高橋(プロジェクトプロデューサー)
今の時代、カメラと言えば携帯電話からデジタル一眼レフカメラまでいろいろありますが、デジタル一眼レフカメラの画質は飛び抜けてきれいで、その差は歴然です。デジタル一眼レフカメラで撮った写真は解像度が高いので、階調も豊か。加えて単にきれいなだけでなく、その場の空気感や情緒までもを映し出す魅力があります。
しかし従来のデジタル一眼レフカメラは大きくて重いうえ、操作が少し専門的なので一般のユーザーは取り扱いにくい。では理想のカメラとは何だろう…と考えていくと、必然的に高画質でコンパクトなものにたどり着きます。
我々デザイン部門からも、コンパクトでデジタル一眼レフカメラの画質を持つカメラの開発を提案していました。それが満を持して結実した、この「NEX-5」、「NEX-3」です。
新津(プロジェクト統括&アートディレクション)
プロジェクトがスタートし、一度はデザインも確定して設計まで進んだのですが、実はデザインチームでもう一度デザインコンペをやり直しています。それはこの新しいコンセプトのカメラのデザインが、3年たっても5年たっても同じような考え方で作られるような、「新しいカメラの原形でなくてはならない」という強い思いがあったからです。
「原形」となりうるカメラの姿を求めて形をつきつめていくと、どうなるか。まず、レンズの存在感は変えることはできない。またもう一つ「液晶パネル」も、もはやデジタルカメラには欠かせません。それならば、その二つを極限まで研ぎ澄ませ、融合したものにしたい。他の要素はそぎ落とす。「それは今までにないものであり、例え他が同じようなものを作ったとしても真似にしかならない。まさにこれこそ『新しいカメラの原形』になるはずだ」。そういう確信のもとにデザインを追求していきました。
高木(「NEX-5」「Eマウントレンズ」デザイン担当)
レンズと液晶パネルを際立たせるという命題をもらいました。しかし実際はバッテリーもあれば基盤もあるわけで、それだけでは済みません。どこを際立たせ、「筒」と「板」の二つの要素を強調するか、かなり悩みました。
そんな時、カメラ雑誌を見ていてふと、一眼レフカメラの正面写真に、レンズがボディのボトムからはみ出て見えるものが多いことに気づきました。「遠近法」によってそう見えるだけで実際に出ているわけではありませんが、写真だとそう見えてしまうのです。
「NEX-5」のパーツを見ると、液晶パネルの高さよりもレンズの径のほうが大きかった。だったら本当にレンズをボディから出してしまえばいいのでは…それが今回の「NEX-5」のデザインのスタート地点であり、最大の特長となりました。レンズの径よりもボディの高さが小さいカメラというのは、おそらく今までにはないと思います。
しかし、レンズの径が本体より大きいと、そのままでは置いたときにゴロゴロと傾いてしまいます。そのためバッテリーのレイアウトを調整してグリップにすることで、ボディを浮かせ、自立させるようにしました。
突起したグリップの役割はそれだけではなく、超小型のボディを持ちやすくすることに一役買っています。「持つ」「つかむ」といった感覚ではなく、「柄(え)を握る」感覚でホールドできるため、長く握ったり短く支えたりということが可能なのです。これは、長い柄を持ってオペラを鑑賞する映画のワンシーンに触発されています。
もう一つの大きな特長はボディの薄さです。レンズ交換式カメラはレンズの取り付け位置が定義されている関係で、ボディを一定以上は薄くできません。
その限界を超え、どうにかもっと薄くできないか。さんざん考えた結果、ついにこのレンズのマウント部分のみボディから前方に迫(せ)り出す形を生み出しました。横から見るとマウント部はレンズと同じ質感にそろえてあるので、一見レンズの一部のように見えます。Eマウントレンズをボディに取り付けると、レンズはより強調されてレンズらしく、ボディは非常に薄く見えるという相乗効果のあるデザインとなりました。その特長を最大に活かすためにも、レンズは金属の感触を強調し、重厚で先進的なものにしています。
新津(プロジェクト統括&アートディレクション)
ミラー付きのデジタル一眼レフカメラだったら、強い思い入れを持つユーザーも多いので、その方々の視点も総合してデザインしていくべきでしょう。しかし、この新しいカメラに関しては、まず「私自身が欲しいものを形にした」という意識があります。どこへでも持っていきたくなるコンパクト性や洗練されたデザインなど、私が欲しいものはユーザーにも受け入れられるはずだ、という信念のもとスタートしました。
高橋(プロジェクトプロデューサー)
今までのデジタル一眼レフカメラはどうしても「操作が難しそう」というイメージから手を出さない人も多かったですが、これは「ごく普通の」つまり特に専門知識のない方にも気軽に使ってもらえるようにしたかった。
こだわって良いもの求めるようなユーザーに高画質の魅力を存分に堪能してもらう、それを大前提にユーザーテストを重ねて改良を加えていきました。「ごく普通の」にはもちろん私も含まれます。
新津(プロジェクト統括&アートディレクション)
ただ、当初すすめていたデザインは、商品の企画サイドが想定していたものとは少しニュアンスが異なっていました。企画側は優しくフレンドリーなデザインを想定していたのに対し、我々デザインサイドが重視したのは何よりも“本格感”でした。製品としての親しみやすさは大切な要素ですが、カメラメーカーであるソニーの新機軸となるカメラとして、「次の時代の本流」であらんとする挑戦的な要素をユーザーは期待しているはずだ、と。
議論は拮抗(きっこう)し、その結果として皆さんにご覧にいれることになった2つのモデルができあがりました。“本格感”を目指したのが「NEX- 5」、より多くの方々に親しんでいただくことを念頭に創り上げたのが「NEX-3」です。結果的には、それぞれ異なる良さを持つ、とても充実したラインアップに仕上がったと思います。
日比(「NEX-3」デザイン担当)
「NEX-3」のデザインを正式に担当する以前からこのプロジェクトのデザイン提案に関わっていました。いくつかの方向性の中に「NEX-3」と近い形もすでにスケッチしてあり、その時点で“助走”は十分にできていました。
「NEX-3」のデザインは、「NEX-5」よりももっと「フリー」なものにしようと心がけました。私自身、デジタル一眼レフカメラのヘビーユーザーではなく、どちらかというとコンパクトデジタルカメラをより多く使うのですが、そんな自分を含め、より多くのユーザーを想定しています。
「NEX-3」のグリップは、「NEX-5」のフィット感と違って、コンパクトデジタルカメラに近い「遊び」があります。デジタル一眼レフカメラを扱う事に高いハードルを感じている方も大勢いると思いますが、この製品には気張らず自由に扱えるイメージを持たせたかったのです。「NEX-5」を持てば少しアーティスティックな写真を撮りたくなり、「NEX-3」を持てば平穏な日常を楽しく記録したくなる――そんなイメージでデザインしました。
多くの人に受け入れられる、親しみやすいデザインとして、造形的にも充分なアイデンティティを提案できたかと思います。
また「NEX-3」は「NEX-5」よりも操作系を少なく見せています。これも多くの方々が気軽に扱いやすいカメラを目指してデザインされたものです。
実は個人的なことですが、先月私のところにも子供が産まれ、ちょうど高画質のカメラが欲しいと思っていました。できれば従来のデジタル一眼レフカメラより小さくて持ち歩きやすく、優しい気持ちで被写体と接することができたら、と思っていました。新津と同じく、「NEX-3」は今まさに自分が欲しいカメラなんです。
高橋(プロジェクトプロデューサー)
カメラを作るとき、普通はプロカメラマンなどカメラを知りつくした人の声を重視するものです。しかし今回は本当に新しいカメラを作るチャンスなのだから、これまで当たり前と思っていたことを疑ってみることから始めてみました。
操作系のルールについても従来のαと同じにするか、サイバーショットと同じにするかという議論も最初はありましたが、全くゼロから作っていくことにしました。
たとえば携帯電話は、十字キーとわずかなボタンだけで複雑な操作ができます。実際に皆さんが使いこなしているのに、なぜカメラではできないのか。こんなことから操作性を再構築していきました。
奥村(GUIデザイン担当)
GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)については、デジタル一眼レフカメラを初めて扱うようなステップアップユーザーでも簡単に使用でき、さらに従来の一眼レフカメラのユーザーにもしっかり受け入れられるよう、構造の根本から見直しました。
「NEX-5」、「NEX-3」には「ソフトキー」が採用されています。これは携帯電話によく見られる、ひとつのボタンに色々な機能を持たせる構造です。インターフェースを作っている者からすればあまり珍しくないアイディアですが、カメラで採り入れられている例は多くありません。液晶画面のすぐ右側に ボタンを配置して、今それらのボタンがどのような機能を持っているのかを、画面から指し示すようにしました。
コントロールホイールも「NEX-5」、「NEX-3」のGUIの大きな特徴になっています。ボケ具合やEV値など微妙な調整も、ホイールの動きに合わせたメニューを表示するので、直感的に行うことができます。
こだわったもう一つのポイントが、「撮影アドバイス」です。デジタル一眼レフカメラを初めて扱うユーザーも多いことを考慮し、被写体にあわせた撮影アドバイスをワンアクションで液晶パネルに表示できるようになっています。
たとえば夜景を撮っているときに、夜景撮影のコツがすぐに読める。便利な撮影マニュアル本を一冊携帯しているようなものですね。
GUIのグラフィックは最終的に全部直して、質の高さを崩さないアイコン表現、光学機器としての品位がしっかりと保てるデザインに仕上げました。
永原(UIサウンドデザイン担当)
意外かもしれませんが、音というものは操作感を大きく左右します。「NEX-5」、「NEX-3」はプロジェクトに関わるみなさんの質感へのこだわりがものすごくて、非常に細かいディレクションを受けながら音の構築をしていきました。
デジタルカメラのシャッター音には電子的に作られた音が使われる場合が多いのですが、「NEX-5」、「NEX-3」は本来の機械音に充分な存在感があるので、シャッター音についてはそれをそのまま生かしています。
これに対してユーザーインターフェースの操作音は、非常に難しいテーマでした。従来のαやサイバーショットとは異なる斬新なGUIの操作には、今までにないUIサウンドを作らなければなりません。
さまざまな音を検討した結果、「カメラらしさ」を重視し、機械音をベースに作っていくことにしました。
メカ音といっても、実際はサンプリング音の組み合わせです。そのヴァーチャルな音色を実際のデバイスといかに自然にフィットさせるか。音の挙動にさまざまな工夫を凝らしました。たとえばメニューを開く「カチャ」という音は、1音目よりも2音目の印象が強めですが、「決定」の意味でクリックした「カチャ」は2音目のほうを低くしています。これらはメカ音でありながら、音のUIとしての「作法」は、サイバーショットなど他のソニー製カメラと、同じになるように作られているのです。またホイールの操作音、これも作った音なのですが、指から伝わる振動の感触や金属的な「粘り」を表現するために、何度もスタッフの皆さんに体感してもらいながら作り直しました。ホイールはこの機械のいわば要なので、今回のUIサウンドのなかで最も時間がかかった部分です。
畑(パッケージデザイン担当)
「NEX-5」、「NEX-3」は、コンパクトな商品ですから、当然パッケージも小さくなくてはいけません。 パッケージ設計者の努力により、実際に従来のαの箱よりかなり小さくなっています。しかしこのパッケージの大きな特長は、レンズを装着した状態で梱包されていることです。これは、お客様が箱から出してすぐ撮れるように、という思いからです。
逆に、パッケージの写真は、レンズと本体を別々に置いています。レンズを装着したところを使いたいという人も多かったのですが、レンズ交換式のカメラであることをちゃんと伝えることが大切だと考えてこの写真を採用しました。
お客様が購入後、最初に手にするのは、パッケージです。そのパッケージで、高性能で使いやすいカメラであることをシンプルに伝えよう。カメラ自体の使いやすさのように、ストレスなく箱を開けて使える、つきつめた「普通の箱」にしよう。このパッケージは、そのような考え方からできています。
福原(コミュニケーションデザイン担当)
αのデジタル一眼レフカメラでもないし、サイバーショットでもない新しい機軸だったので、社内のプロジェクトのメンバーも、これがどういう位置づけのものなのか直感的にわからないケースもあったと思います。経験したことのない全く新しいものに対するモヤモヤした不安感に近いものかも知れません。私の仕事は、それを整理し誰もが認識できるよう視覚化することです。
今回の製品をαブランドとすることは当初からだいたい決まっていました。つまりα独自の高画質、クリエイティブ性、使用感を持ち備えたカメラです。ただし伝統的なデジタル一眼レフカメラの特徴をもつ従来のαと違って、これはもっと自由で新しいコンセプトの製品です。製品自体も、それを使うお客様も新しいと感じる。そのために、ロゴやブランドカラーの使い方に幅を持たせました。ボディを見てみると、ロゴの形状は同じですが、色はシルバーになっています。
名称は同じαだけれども、今までのαとは違う。それはこの名前からもうかがえるのではと思います。
写真は、生活のなかで最も身近に感動できる表現・記録手段のひとつであることは間違いありません。高性能Eマウントレンズが生む最高のクオリティを手軽に持ち歩けること、幅広いユーザーがその魅力を手にすることを可能にする「NEX-5」、「NEX-3」。デザインスタッフも設計スタッフも、本当に細部にわたって妥協しないで作りあげたと口をそろえます。携わったスタッフ全員に自信がみなぎっていたのがとても印象的でした。