2013年7月、ソニーは内視鏡からの映像を表示する3D立体視対応の「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」を発売しました。ソニーの映像技術が医療と組みあわさることで、命を守る現場はどのように変わるのでしょうか。ソニーの医療への取り組みをご紹介します。
ソニーは映像やエレクトロニクス分野の技術を活かして、1980年代より手術室や検査室で使用するモニターやプリンター、カメラを提供することで医療分野と関わってきました。ふだん医療と映像技術を結びつけて考えることはあまりありませんが、医療において映像技術は大きな役割を果たしています。たとえばCT(コンピューター断層撮影)検査やMRI(磁気共鳴画像診断)検査の結果を、画面へと出力するのも映像技術が担う役割です。また、内視鏡手術をはじめとする外科医療においては、手術をおこなう部位(術部)をモニターに拡大表示することで医師のサポートもしています。
近年では2010年以降にiCyt社、Micronics社を買収し、2012年よりiPS細胞などの再生医療やがんなどの研究用に細胞を測定する装置「フローサイトメーター」の出荷を開始するなど新しい事業にも取り組んでいます。また、オリンパス株式会社との医療事業合弁会社として2013年4月にソニー・オリンパスメディカルソリューションズ株式会社を設立。ハイビジョン映像の4倍以上の解像度で精密に患部を表示する4K技術や、正確な奥行きを把握できる3D映像技術を活用した革新的な外科イメージング機器の開発を進めています。
高精細なハイビジョンや3D映像の登場と、技術の進化とともに映像技術と医療の関わりは年々深まりつつあります。硬性内視鏡手術では医師が術部を肉眼で確認するのではなく、数センチの穴から挿入した内視鏡で体の内部をリアルタイムで撮影し、その映像を見ながら手術をおこないます。細部までくっきりと見える明るく精細な映像は、医師の執刀に必要不可欠なものです。また、高い精度で奥行きを把握できる3D映像は、術部の様子を正確な立体感をもって把握することができ、手術精度の向上に役立つと注目を集めています。
ソニーはAV機器や映画・放送関連機器で培った先進的な映像技術を用いて、医療における映像の活用をサポートしています。そのなかのひとつ、3D映像の表示に対応した「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」は、映像を表示するヘッドマウントモニターの表示デバイスに、自発光方式の有機ELパネルを左右の目にそれぞれ1基ずつ搭載しました。有機ELならではの高コントラストで純度の高い発色となめらかな階調表現は、手術時に注視が必要な対象物の微細な色の違いを鮮明に表示。左目用右目用とそれぞれに用意されたパネルは、肉眼で風景を見るのと同じ仕組みで3D映像を確認することが可能です。
東京医科歯科大学付属病院の木原和徳教授・副院長は、医療における3D映像とヘッドマウントモニターの有用性を感じ取り、 2011年より、民生用ヘッドマウントモニターを利用した『臨床研究』を実施されております。
臨床研究での使用経験におけるヘッドマウントモニターの特長と可能性をうかがいました。
──木原先生が臨床研究で、ヘッドマウントモニターを医療用に適用しようと検討された経緯を教えてください。
木原先生:近年、低侵襲手術(ていしんしゅうしゅじゅつ)(*1)として腹腔鏡手術(ふくくうきょうしゅじゅつ)(*2)、さらにロボット手術(*3)が登場して、世界的に広く普及しています。私たちは、腹腔鏡手術やロボット手術より患者さんへの体の負担が少なく、かつ低コストでおこなえる手術方法の実用化を研究しています。その取り組みから、内視鏡と手術器具を挿入する穴をひとつのみとする手術、術者自身をロボット化する手術、そしてこれらを同時に満たす手術が誕生しました。現在は“ガスレス・シングルポート・ロボサージャン手術” (*4)という名前で海外に紹介を始めているところです。お腹の中に挿入した内視鏡から得られる映像を見ておこなうこの手術には、術部にくわえて生体情報モニターの映像などさまざまな“視覚”情報が必要になります。見たい“視覚”にすばやく切り替えて患者さんと手術の状況を正確に把握するには、多様な視覚を提供するヘッドマウントモニターが役立つのではと考えて臨床研究を始めました。
*1 患者の体への影響が少ない手術のこと
*2 内視鏡手術の一種。腹部に小さな穴を開け、そこから内視鏡や手術用器具を挿入しておこなう手術
*3 内視鏡手術において手術器具を手で直接操作するのではなく、ロボットアームを遠隔操作しておこなう手術のこと
*4 腹部に開く穴をひとつのみとし(シングルポート)、体内で手術器具や内視鏡を動かすスペースを確保するための二酸化炭素ガスを腹腔に挿入しないことで体への負担を軽減し(ガスレス)、かつ医師がロボット手術におけるアームの役割を直接になう(ロボサージャン)手術のこと
ヘッドマウントモニターを使うと、患者さんの体内を目の前に、内視鏡を通して鮮明な立体拡大画像を見ることができます。そして視線を少しずらすと、患者さんの体を広く肉眼視することもできます。また、術者が見ている画像を、同時に手術に携わる医師や看護師など全員が見ることができるという特長があります。
現在開発を進めております私たちの“ガスレス・シングルポート・ロボサージャン手術”では、このヘッドマウントモニターをかけて、六つの視覚を使って手術をしています。つまり、3D映像の立体視、術野を拡大して見る拡大視、手術器具を挿入するお腹の穴を真上から見る俯瞰視(ふかんし)、そして手術参加者全員がひとつの同じ映像を見る共有視、超音波などを使う誘導視、それらいくつもの画面を一画面で同時に見る多面視、こういったたくさんの映像・視覚を使って、手術をおこなっております。そして手にはレーザーメスなど切断と止血を自動的におこなう人の能力を越えた先端機器を持って、内視鏡は術者の頭の動きでコントロールすることもできます。この手術にはヘッドマウントモニターはある意味不可欠というふうにも考えています。
──木原先生が考える、日本の医療向けヘッドマウントモニターの将来像をお聞かせください。
木原先生:ヘッドマウントモニターの医療への応用はまだはじまったばかりで、現在は内視鏡の映像を確認するための機器ということになりますが、今後はより広い臨床領域での応用が考えられると思います。ひとつの例として口や尿道からの内視鏡手術にも有用だというふうに考えられます。また手術だけではなく、さまざまな検査や処置にも役に立つのでは、と考えています。また、肉眼で直接見ているかのような精細な3D映像は、研修医や学生とか、手術をはじめとした医学教育にも有用だと思います。
民生用のヘッドマウントディスプレイは、どのようにして医療機器へと変化したのでしょうか。「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」の開発に携わった4名に誕生の裏側を聞きました。
──民生用のヘッドマウント型ディスプレイを内視鏡モニターに使うことになったきっかけとは?
肥後:「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」誕生のきっかけは、2011年のCES(毎年1月にアメリカでおこなわれる家電関連の見本市)にあります。東京医科歯科大学付属病院の木原和徳先生のメンバーが会場で公開されたソニーのヘッドマウントディスプレイの試作機に興味を持たれて、「内視鏡手術のモニターに応用できるのでは」との声をいただきました。その後、木原先生を中心に民生用の3D対応ヘッドマウントディスプレイ「HMZ-T1」を使った臨床研究をおこなっていただき、内視鏡手術での3D対応ヘッドマウントディスプレイの有用性が確認されるとともに本格的な開発がスタートしました。
──民生用のAV機器である3D対応ヘッドマウントディスプレイ「HMZ-T1」や「HMZ-T2」(T1の後継機種)と「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」の付属品の「ヘッドマウントモニター」との共通点とちがいを教えてください。
肥後:有機ELパネルやレンズなど映像を映し出す光学部分は、「HMZ-T2」のものをそのまま使用しています。「HMZ-T2」とのちがいは内視鏡モニター用の「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」と、装着の確実性を高めた「ヘッドマウントモニター」の構造にあります。「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」では医療用映像信号の入力に対応したことはもちろん、木原先生とのミーティングや臨床試験そして手術のワークフローを分析して、映像の反転機能や超音波内視鏡の映像を子画面表示するピクチャー・イン・ピクチャー機能を搭載しました。内視鏡が撮影した映像の一部へとかぶせるように子画面を映し出すことで、医師は視線を動かすだけで必要な情報を瞬時に把握することができます。情報確認のために首を大きく動かす必要がないので、医師の体への負担を減らすとともに執刀に集中し続けることが可能になります。
森本:「ヘッドマウントモニター」の構造は装着の確実性につながっています。感染症のリスクを最小にするため、医師は手術中に「ヘッドマウントモニター」に触れることができません。内視鏡手術は6時間を超えることもありますが、その間、装着がずれて映像が正しく見えなくなることはあってはならないことです。だからと言って、しっかりと固定したいからと強く締め付けてしまっては、痛みで手術に集中することはできませんよね。度重なる試作でいろいろな方式を試し、そのたびに木原先生に装着性を評価いただきました。評価だけでなく、その場で手近にあった輪ゴムをバンドに見立て一緒になって頭を悩ましたこともありましたね。このような先生の装着の確実性と装着感のこだわりや、医療向け・医療機器としての「ヘッドマウントモニター」への期待を開発者自身が肌で感じることができたことで、今回の装着部の特徴である、バネで重心部分を引っ張りあげ、重量を頭頂部に分散させるという新しい発想が出てきたのだと思います。
──生死につながることもある医療機器の開発には、独特の苦労もあるかと思います。
森本:医療機器は常に安全に使用できることが求められ、たとえば足にひっかかるなどしてケーブルが抜けて映像が途切れてしまったり、術者の頭が引っ張られたりしたら、手術中の重大アクシデントです。このような“もしも”のことが起こらないように、ケーブルにたわみをもたせてクリップで止めるようにしました。これは一例ですが、あらゆるリスクを想定し、そのリスクをコントロールする必要があります。また、それらすべてを検証しなければならず、検証は事前に計画し、実施し、計画から結果まで文書化しなければなりません。このような多くの作業の積み重ねこそが、医療機器開発の中心といってもいいでしょう。複数の機能が絡み合った安全性の検証にはいくつもの段階がありますが、医療機器では段階を無視して機能を追加したり改良することはできません。家を建てるときに柱を立てなければ屋根が乗せられないのと同じように、問題を一つひとつ確実に解決しながら次の段階に進む、ということが求められましたね。人命にかかわる医療の現場で使われる機器なので、開発時の責任や使命感は大きかったですね。
江見:医療機器を販売するには、国や地域ごとに定められた薬事規制(ルール)に則って許認可を受けなければなりません。日本では薬事法がそれにあたります。薬事法の許認可を受けるためには、機器の企画や開発の段階から医学的有効性と安全性を検証し、それらを文書にまとめて提出する必要があります。検証と文書化にはとても多くの作業と時間が必要になります。しかし、ルールがあることで医療機器の安全を体系的に追求し、機器を安心して使えることを医師と患者さんにはっきりと示せるのです。医学的有効性と安全性を担保しながらも、従来にない先進的な機器、たとえば今回発表した「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」のような機器を提供することは、ソニーだから可能なことだと感じています。
──「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」の鮮明な3D映像は医療に何をもたらすでしょう。
川田:3D立体視が可能な医療用モニターはすでにいくつも登場していますが、身につけて使うという機器のユニークさもあって、「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」は国内外から大きな注目を集めています。ヘッドマウントモニターや3D映像といったソニーの先進的な映像技術は、医療機器に革新をもたらす強い力があります。映像技術とひと言で言っても、映像を鮮明にする、暗所で明るく撮影するなどたくさんの技術があります。それらの技術をどう使うか、どう組み合わせるかが今後の医療機器開発の鍵となるでしょう。数多くの技術から必要なものを適用し組み合わせて医療機器へと応用できることは、映像に関して幅広い領域を手がけているソニーの強みでもあります。
肥後:「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」は、海外からは内視鏡モニターとしての用途に加えて、別の医科で臨床評価・研究をおこないたいという申し出をいただくこともありますね。「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」は没入感と正確な3D表示で、“医師が手術台の近くに拘束される”という外科手術の基本的なあり方を変えられるかもしれません。
江見:医療機器は常に進歩していますが、診断・治療の根幹にある医療技術には大きな変化がないものもあります。たとえばレントゲンは100年近く前からある技術です。100年の間にデジタル化で患部を鮮明に見られるようになったりと、周辺技術は進化しているけれどもX線を使うという根幹は変わっていません。そのような意味で、一石を投じたのが、開腹せずに外科手術をおこなう硬性内視鏡手術であり、その内視鏡手術をさらに進化させる可能性の「鍵」となるのが「ヘッドマウントイメージプロセッサユニット」だと思います。
肥後・森本・江見・川田:ソニーならではの先端技術を活用した医療機器開発に挑戦し、まだ微力ながらも「医療」へ貢献していきたいと思います。
内視鏡や生体情報モニターなど複数の映像をひとつの画面に合成、一括表示するイメージマルチプレクサーや、撮影角度が原因で台形に歪(ゆが)んで見える像を補正、実際の見た目に近い映像へと補正するマルチイメージプロセッサー。さらには術中に撮影した映像をブルーレイディスクやHDDへと録画するメディカルレコーダーまで、ソニーは医療現場における3D映像機器をトータルで提供しています。映画や放送機器で磨いた映像技術を応用して手術のスムーズな進行と医療の発展をサポートしています。
映像をもとに執刀する内視鏡手術をはじめ、客観的な判断と後進の育成のための記録など、医療と映像の結びつきは年々強まってきています。木原医師らが推進するガスレス・シングルポート・ロボサージャン手術では、先進的な映像技術が新しい医療を支える礎(いしずえ)のひとつとなっていくと予想します。
医療用液晶モニターやメディカルレコーダー、そして今回のヘッドマウントイメージプロセッサユニットで、ソニーだからできる医療現場の映像を見る・記録する環境をトータルに提供し医療を支えるお手伝いをしています。ソニーはAV機器や映画や放送用機器の開発を通じて磨きあげた、ユニークで先進的な映像とエレクトロニクス技術の提供を通じて、医療現場のサポートをおこなうとともに医療の発展に貢献していきます。
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※ 本ページに掲載している情報は2013年9月5日現在の情報であり、予告なく変更される場合がございます