デジタルペーパー「DPT-S1」は、“紙のデジタル化”のキーとなる“紙”と“ペン”の役割をもっています。ディスプレイにはA4用紙に相当する大きさの13.3型フレキシブル電子ペーパーを採用。クッキリと精細な文字表示を実現しました。デジタルペーパーは“指先でページをめくってペンで書く”という、慣れ親しんだ紙そのものの操作感を再現しています。また、最長約3週間の長時間駆動とA4ノート1冊分以下となる約358gの軽さにより、日常の使い勝手で気になる電池の充電や、持ち運び時の重量を意識することがほとんどありません。
デジタルペーパーは紙をデータに置きかえることで、環境負荷の少ないペーパーレス社会を実現します。“書くこと”のデジタル化からは、どんなメリットや使いかたが生まれるのでしょうか。デジタルペーパー「DPT-S1」の開発に携わった木村、田村、友清に話を聞きました。
デジタルペーパー「DPT-S1」は、電子ペーパーの採用やスリムなデザインから、電子書籍端末Readerを連想します。この2つの製品には関連があるのでしょうか。
木村:Readerもデジタルペーパーも同じ電子ペーパーを搭載した商品ですが、Readerは電子書籍を読むための商品であり、デジタルペーパーは文書を利用するための商品としての位置づけです。デジタルペーパーは読むことだけではなく、紙のように書くこともできますから、重要な言葉にマーカーラインをひいたり、余白に手書きのメモを残したり、といったことも簡単にできます。
田村:メモをとる、アイデアを書きためるといった“書く”行為を思い浮かべたとき、頭の中にパッとあらわれる道具はペンとノート、とくにノートは学生時代にお世話になった大学ノートと言われるA4サイズのものだと思うんですね。長年慣れ親しんだ“紙に書くこと”と強い結びつきがあるサイズですし、メモを書き込む余白の大きさや机への収まりなど、慣れ親しんだことから生まれる便利さや安心感とも言えるものがあります。そこでデジタルペーパーはA4とほぼ同じサイズの13.3型の電子ペーパーを採用しました。
身近な書く道具である、A4のノートやA4用紙の使い勝手をイメージしたわけですね
田村:そうですね。さらに書く部分がA4サイズなら、A4を折らずに入れられる封筒(角形2号)にも収まる大きさが自然だと思います。書くときはA4ノートサイズなのに、かばんや書棚に収まらないのでは不便ですよね? ですからデジタルペーパーはフレームを含む全体のサイズで、A4ファイルとほぼ同じ大きさにしています。
木村:A4用紙の感覚を再現するという点では、ディスプレイもそうですね。外光を反射して画面を表示するE Ink®社のフレキシブル電子ペーパーを採用することで、紙とインクに近い見た目を実現しました。長時間画面を見つめても目への負担が少なく、アイデアとじっくり向き合うのにも向いていると思います。
紙のデジタル化を目指すデジタルペーパーにおいて、紙に迫る読みやすさと書き心地を実現することも重要な開発テーマですよね。
田村:デジタルペーパーが採用しているフレキシブル電子ペーパーは、印刷物のようなクッキリとした画面表示が特長のひとつです。ただ、白と黒の粒子を動かして画面を表示する構造のため、画面の素早い書き換えは苦手としています。気になった言葉をサッと書く、紙とペンのようなダイレクトな書き心地を実現するには、ペンの入力と画面表示のタイムラグをできる限り短くしなければいけない。そこでデジタルペーパー「DPT-S1」では、心地よい書き味を実現するために、さまざまな独自の処理を追加しています。
友清:たとえばペンで言葉を書くときに、タッチパネルからの入力座標がノイズで揺れることがあり、これを解消するためにはフィルターを通してノイズ成分を除去する必要があるのですが、ただ単純にフィルターを通すだけですとペンで書いてから実際に表示されるまでの間にタイムラグが発生し、心地よい書き心地が得られなくなります。そのためタイムラグの短さを維持しつつ、ノイズ成分を除去するといった処理をおこなうのは苦労しましたね。
表示のタイムラグといっても、実際には1/1,000秒単位のごくわずかな時間です。この短い時間を人間が感知するのは困難ですが、文字を書くと違和感となってはっきりとわかってしまう。おもしろいことに落書きや単純なメモですと1/1,000秒の差はほとんどわからないんです。しかし、文字をしっかりと書いているときには、わずかな差でもすぐに気がついてしまいます。開発時には実際に文字を書いてもらい、何百何千の感想をもとに微調整を繰り返しました。
木村:入力タイミングの微調整もそうですが、デジタルペーパーの開発中には「こんな小さなことが違和感になるのか」と驚いたことがたくさんありました。長年慣れ親しんでいるから「できて当然」、「できなくてもいいや」と無意識のうちに感じていることが、実際にデジタルペーパーを使うことで現れてくるんです。開発中はメモを共有する便利さなどいろいろな発見がありました。
紙の気軽さとデジタルの便利さを兼ね備えたデジタルペーパーならではの使いかたとは?
友清:デジタルペーパーはデジタルカメラに似ているんじゃないかと考えています。デジタルカメラの登場で、写真を撮る機会はすごく増えました。「とりあえず撮っておこう」となんとなく撮った写真が、お気に入りの一枚になることもあります。同じように、デジタルペーパーに書きためたアイデアのひとつから、ビジネスや旅行、イベントと新しいことが始まることもあるでしょう。もしデジタルペーパーを手にする機会がありましたら、ぜひいろんなことを書きこんでみてください。思いつくまま、気の向くままにたくさんのメモをとることで新しい発想の流れが見つかるかもしれません。
田村:私の場合、紙に書いたメモは他人に見せることはなく、自分だけのものになっていますが、デジタルペーパーに書いたアイデアは、ネットワークを通じてサーバーに保存・共有することができます。共有することで自分の考えがいろんな人の目に触れて、アイデアに十人十色の肉付けをしていくことも可能になります。オリジナルの小さなアイデアがふくらんで、さらに新しい発想が生まれてくる。そんな使いかたも考えられますよね。
木村:デジタルペーパーは、文書の余白にメモを書き込む、デジタルペーパーで作ったメモを見ながらパソコンでレポートを作成する、といった具合に、名前のとおり“デジタルの紙”として、パソコンやタブレットと組みあわせて使う機器です。いつも身近にある薄くて軽い紙の使いやすさを追求しつつ、ネットワークで文書の共有や連携ができるのがデジタルペーパーの特長であり強みなんだと思います。
デジタルペーパーは紙に代わる使用感やネットワークを使った共有機能の有用性を確認するため、紙に触れる機会の多い企業や学校で実証実験をおこなっています。実験に参加された、早稲田大学 人間科学学術院の畠山卓朗教授にデジタルペーパーの使用感と可能性をうかがいました。
デジタルペーパーに初めて触れたときの印象と、使用された後の感想をお聞かせください。
デジタルペーパーの存在を初めて知ったときには、目への負担が少ない電子ペーパーのディスプレイと、ノート一冊分の軽さ、約3週間の長時間駆動に魅力を感じました。ただ、同時に13.3型という画面サイズにはとまどいを感じていました。というのも私が今まで使ってきたタブレットやノートパソコンは10型前後のサイズでしたので、大きなサイズでは持ち運びに不便じゃないかと想像したのです。ズーム表示機能がありますし、デジタルペーパーを使うまでは小さな画面に不便さを感じていませんでした。
実際に使ってみていかがでしたか?
実際に使用してみると、ほぼA4サイズの13.3型という大きさはとても心地いいですね(笑)。まさにA4の紙を見ているのと同じ感覚で、論文やレポートの情報が目に入ってくるんです。自分や学生の論文指導では余白にメモを書き込むんですが、その書き込みも紙と同じ感覚でできます。
デジタルペーパーを使うようになってからは、文書を読むツールとしてのパソコンやタブレットの出番がかなり減りました。なぜだろうと思いかえすと、液晶のまぶしさや画面サイズの窮屈さに負担を感じるようになっていたんですね。デジタルペーパーに出会う前は画面のズームやスクロールは当然のことだと思っていたのに、出会ってからはひと目でページ全体を見わたせないことや、考えているうちに画面が消灯してしまうことに不便さを感じるようになりました。
紙とくらべた場合はどうでしょうか?
圧倒的に軽いのがうれしいですね。「紙より軽い?」と不思議に思われるかもしれませんが、論文の一つひとつは50枚近い紙の束です。卒業論文の季節になると同時期に10本近くにしっかりと目を通す必要があります。“宿題”として家に持ち帰るときは、論文だけでも数冊分の電話帳と同じ負担になります。それがデジタルペーパーならノート1冊ぶんで済むのですから、通勤にとても助かりました(笑)。また、ちょっとしたメモ書きのためにA4用紙を使用するのは気が引けるときもありますが、デジタルペーパーであれば気軽に考えをまとめておける。「紙に書くまでもないかな」という事も、とにかく書きとめておくようになった、という変化はありますね。
デジタルペーパーの実証実験には学生さんも参加されたと聞いています。
実証実験には私のゼミに所属している3年生11名にも参加してもらい、ゼミや授業などでデジタルペーパーを使ってもらいました。使用前は11名の参加者のうち9名が好意的な意見を、2名が否定的な意見を持っていました。好意的な9名は使うほどにデジタルペーパーの有用性を見つけていきました。シンプルに授業のノートをとるだけでなく、ホワイトボードを使うようにおたがいのアイデアを書きこみあって考えを広げていくなど、使いかたを自分たちで見つけていったのが印象的でしたね。
学生たちが使っていたデジタルペーパーには、資料として彼らの先輩の卒業論文を保存していました。これまで卒業論文は冊子のかたちで私の研究室に保管していたのですが、閲覧できるのは私が在室しているときに限られていました。デジタルペーパーでいつでも先輩たちの成果を参照できるようになったことで自分の将来を身近に考えやすくなったほか、論文を書くときの切り口や進めかたのヒントを探しやすくなったのではないかと思います。
デジタルペーパーを使ううちに否定的だった2名も有用性を認めるようになりました。いっぽうで、4年生、大学院生、そして同僚教員にも体験してもらいました。デジタルペーパーは大きなインパクトを与えたようです。論文を書く、添削を受ける、といった機会が多い人びとにとって、デジタルペーパーはとても大きな意義があることを確信しました。
デジタルペーパーはネットワーク接続や文書の共有といった、紙にはない機能を備えています。紙とデジタルの特長を合わせ持つ、デジタルペーパーだから実現できることとは?
言葉はいろいろなことを表現できますが、ふと思いついたアイデアなどは絵に残したほうがイメージに近い場合もあるでしょう。メモはそんなひらめきを自由に書くことで、思考を“生”に近い状態で残すことができます。“アイデアを書く”という行為は、三宅なほみさんがおっしゃっている“思考の外部化”につながると思います。思考を書いて頭の外に出すことで、イメージとしてのみ存在していたアイデアを客観視できるようになります。目に見えるようになることで、ひらめきを後日の機会に向けてためたり、ほかの人と話し合ったりして発展させることが可能になります。そしてネットワークにつながって多くの人とアイデアを共有できるデジタルペーパーには、紙以上に思考が発展する可能性があると思います。
どんな可能性が考えられるでしょう?
デジタルペーパーは環境負荷を軽減するペーパーレス社会を実現するとともに、CSCW(Computer-Supported Cooperative Work:コンピューター支援による共同作業)の担い手としての可能性も秘めていると感じます。たとえばネットワーク接続機能を応用して、テレビ会議で文書をリアルタイムに共有し、参加者が同時にアイデアを書き合うという使いかたができるといいですね。
また、訪問介護のような福祉の現場においても活用できるのではないかと思います。訪問スタッフが利用者のようすを確認し、デジタルペーパーに書きこむとともにその場で情報をサーバーに送信できれば、リアルタイムでデータ集計と分析が可能になりますよね。日々変化する利用者のようすに適した、素早い判断がおこなえるようになります。また、現場のメモという密度の濃い“生”の情報を共有することで、介護サービスの質を上げることにも貢献できるでしょう。
そのほかにも、離れた場所に住む耳が不自由な人とのコミュニケーションにも役立つのではないでしょうか。電話が使用できなくても、書くことで意思を通い合わせることができます。手書きの文字はメール以上に心が伝わると思います。
ディスプレイは、E Ink®社のフレキシブル電子ペーパー「Mobius」を採用。画面は無数のマイクロカプセルで構成され、カプセルの内部にある白と黒の粒子を上下させることで、文字の黒と紙の白さを表現します。
粒子による画面表示はインクでの表現にとても近く、画面表示にバックライトを用いる必要がないため、まぶしさやチラつきを感じにくいのも特長のひとつです。
電子ペーパーの電力消費は画面表示を書き換えるときにのみ発生します。ページめくりなどで表示の内容が変わらなければ一日中画面を表示し続けても電力消費はなく、バッテリー切れを気にすることなくじっくりと推敲(すいこう)しながらメモを作成したり文書を読んだりすることができます。
デジタルペーパーはオープンな文書形式のひとつ、「PDF」の表示とデータの保存ができます。パソコンで作成した文書の表示や、逆にデジタルペーパーで作成した手書きのメモをパソコンやスマートフォン、タブレットで確認することが可能です。
デジタルペーパーはWi-Fi接続でサーバーにアクセスし、パソコンを使わなくてもダウンロード・閲覧することが可能です。サーバーを介して文書データを共有すれば、ときに膨大な量になる紙資料の印刷・配布・回収をなくすことができます。
※ Wi-Fi, the Wi-Fi CERTIFIED logo, WPA, WPA2 and Wi-Fi Protected Setupは、Wi-Fi Allianceの商標または登録商標です
※ 本ページに掲載している情報は2014年3月27日現在の情報であり、予告なく変更される場合がございます