「Music Unlimited」は音楽の聴き方を根源的に変えるサービス
Vol.05 菊地成孔 インタビュー
最新のヒット曲からクラシカルな名盤まで──。1,300万曲以上の膨大なライブラリーから、気になる楽曲を好きなだけ楽しめる定額制音楽サービス「Music Unlimited」。ジャズ、現代音楽からヒップホップまでジャンルを横断する音楽活動を展開し、ミュージックシーンきっての論客としても知られる菊地成孔さんに、この次世代のサービスについて深く語っていただきました。
最初にお断りしておかなきゃいけないんですが、僕自身はデジタルメディアにはからきし弱いんです。普段、パソコンやタブレットで音楽を聴くこともないし、スマートフォンに楽曲を入れるやり方も分からない。なにせ移動中はいまだ"CDウォークマン"を愛用している人間なので(笑)。新しいサービスには全然対応できてません。ただ僕は、音楽家であると同時に、職業選曲家でもあるので。1日の中で、ジャンルにかかわらず雑多な音楽を聴いている時間はかなり長いと思います。未知の音楽との出会いは、やっぱり友達からのリンケージが多いかな。あとは普通に自分の情報網に引っ掛かった作品を買ったり。バックパッカーが放浪の旅に出るみたいに、まったく知らない作品を試し買いするという経験は、滅多にないですね。
そう、マネージャーがたまたま「Music Unlimited」に加入していまして。移動中の車中で使わせてもらったんです。これはきわめて興味深い体験でした。これまで音楽を聴く際には、例えばCDショップに行って気になるアルバムをピックアップし、「今日はどれを買おうかな」って考えていたわけですね。欲しいアルバムを5枚選んで、その中から悩みに悩んで2枚落とす、みたいな。これは実は、配信ビジネスの登場後も変わっていません。「楽曲配信でマーケットが変わる」と主張する人もいましたが、僕はそうは感じなかった。マテリアルとしてのCDがデータに置き換わっただけで、"選んで、買う"という根本の営為は同じだからです。でも、「Music Unlimited」は根本的に違う。いわば巨大なレコード屋さんの在庫が、手の平の端末にすっぽり収まったイメージ。要は、レコードマニアなら誰もが夢見る「棚のここからここまで全部ください」が実現してしまったわけですね。しかもレコード屋さんと違って、試聴なしで片っ端から聴けるという。大げさではなく、ちょっと怖い気さえするくらい、音楽への接し方の根源的変化だと思っています。
たしかジャスティン・ティンバーレイクの新譜(『20/20 エクスペリエンス』)だったかな。まあ、ベタと言えばベタですが(笑)。1,300万曲もあると、わざとマイナーなミュージシャンの名前を言っても、大抵出てきちゃいそうだったので、まず王道的なものを試してみました。それにこのアルバム、すごくクオリティーが高いんですよ。内容的には、「いい男が、ちょっと軽めでお洒落な曲を歌ってる」だけの作品なんだけど。この"だけ"ってところが意外に重要で。最近のポップミュージックには、必ずと言っていいほど「言いたいこと」が含まれてるでしょう。でも、音楽で世界に対するメッセージとか、僕は別に聴きたくないんで──すみません、話が逸れましたね(笑)。
そうだなぁ……じゃあアメリカの若いラッパーで、ケンドリック・ラマー。彼の最新作『good kid, m.A.A.d city』なんかどうですか。(手元のパソコン画面を見つつ)うん、これもすぐ出ますよね。アメリカでは昨年度のベスト・ヒップホップアルバムの呼び声も高い作品なので、今さら僕が推薦するのもばかばかしいくらいだけど(笑)。このアルバムも素晴らしかった。もともとヒップホップは、ジャスティンの新譜とは真逆で「言いたいこと」だけでできている音楽ですが、このアルバムでは彼自身の個人史がそのままアメリカ現代史に重なり合っていて。ほとんど文学的な領域に入っています。しかも表現の必然として、新しい内容のリリックが、いわゆるギャングスタラップとは違う新しいフローの感覚に結び付いている。そこが凄い。ラップのマッチョなところが苦手という人も、聴きやすいと思いますよ。
例えばディスコグラフィーの下に、関連アーティストも表示されますよね。このサービス自体は従来のオンラインショップのレコメンド機能に似ていますが、表示された作品がまるまる聴けるというのは、やっぱり凄い。言うまでもなく、表現とメディアは密接に関わりあっています。その意味では戦前のSP盤がLP盤に進化したことで「アルバム」という表現形態が生まれたように、今後は音楽表現そのものにも影響が出てくるかもしれませんね。まあ正直言うと、未来のことは誰にも分かりませんが。このサービスが普及すれば、表現する側への影響が絶無ということは、まずありえないような気がします。
えーと、ですね。邪道と言われそうですが、先日使ってみて一番面白かったのは、実はブラウジングだったんです。こうやってスマートフォンの画面上で指を走らせて、知らないアルバムジャケットをどんどん見ていく。例えば「J-POP」というジャンルなら、僕が知らないアイドルの顔が次から次へ出てくるし。あるいは知っているミュージシャンでも、「へえ、この人こんなアルバム出してたのか」という発見もある。極端な話、音楽は聴かなくても、まったく飽きないくらいです。言ってみれば、図書館をブラブラ散歩しながら、知らない本の背表紙を眺めている感覚に近いかもしれませんね。
ありますね。先ほども申し上げたように、僕は職業選曲家でもあるので。少なくともリスナーの方よりは、日常的に幅広い音楽を聴いている。それでも「Music Unlimited」を自由にブラウジングしていると、自分がまだ出会ってない音楽はこんなにあるんだって実感しますから。もちろん1,300万曲が聴き放題だからといって、誰もが素敵な音楽にアクセスできるとは限らない。出会いというのは常に神秘的なもので、量を聴きまくっても、ダメなときはダメ(笑)。この世に存在する全てのモノ・コトを知りつくしたいというのは、人類が有史以来ずっと抱えてきた見果てぬ夢なわけで。デジタルメディアがどんなに進化しても、それが叶うことは原理的にありえません。だけど現実的な可能性という意味で言うなら、普通なら出会わなかったであろうコンテンツにアクセスできる率は、このサービスで格段に高くなります。それは間違いない。
なるほど。ユーザー主体で作っていくヒットチャートみたいなものが力を持てば、それはそれで面白いですね。と同時に、好きな音楽が好きなだけ聴ける定額制サービスの時代こそ、たとえばリアルな友人同士のつながりだったり、僕のような職業的DJの存在意義も出てくるような気がするな。せっかく1,300万曲という破格のスケールがあるんだから、両方のラインを生かした方がより楽しい気がしますね。
僕は今、自分のリーダーバンドとして「DCPRG(デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデン)」「菊地成孔ダブセクステット」「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」の3つを動かしていますが、今年は久々にペペのCDをリリースします。大きなところではそのくらいかな。実は今年で50歳になるんですが、記念イベント的なものは一切しないで。できるだけ何ごともなかったように、去年と同じように活動しようかなと。展望と言えば、それが展望(笑)
どうだろう。頭でプランニングしている側面もあるし、勘で動いている部分もある。コンセプトワークで音楽を作っても冷たいものにしかならないし、勘だけに頼ると失敗のリスクが大きい。半々くらいがちょうど良いと思います。それに音楽って、楽曲で見れば膨大ですが、構造のエッセンスだけを見ていくとそれほど数多くの形式ってないんですね。その中で、ある種の倫理や潔癖さに殉じて1つのジャンルに徹するタイプのミュージシャンもいれば、僕みたいにいろいろ試してみたい変人もいる。料理と似てますよ。例えば、一方にオーセンティックなフランス料理をきっちり守る伝統派のシェフがいて。もう一方に、びっくりするようなマリアージュ(意外な取り合わせ)のフュージョン料理をガンガン作っちゃうシェフがいる、みたいな感じ(笑)。僕は後者。これは才能云々の問題ではなく、音楽家としての性分じゃないかなと。
エッセンシャルな答えでつまらないんですが、聴いている人に"ちょっといい気分"になってもらうこと。それに尽きます。「番組を聞いて救われた」とか、「人生が変わった」とか、そういう大それたことは考えていなくて(笑)。仕事で忙しい時期は、別に何週か飛ばしてもらって全然構わない。でも、久しぶりに時間ができてチューニングを合わせてみたら、やっぱり"いい気分"になれる。それくらいの感じが理想ですね。ただ、先ほどのジャスティン・ティンバーレイクの新譜と同じで、この"ちょっといい気分になってもらう"というのが実は難しいもので。送り手が適当にチャラッと放送すればいいかというと、当然ながらそうじゃありません。ですから、常にそのクオリティーを保つためにじっくり1週間かけて選曲し、けっこう血の滲む努力をしているというイメージかな(笑)。娯楽というのは本来、そういうものだと思うんです。
ちょっと現実的なお話をすると、この番組は放送後にポッドキャストでも配信しているんですね。ただその場合、ご存じの通り楽曲を乗せることができません。今後、ラジオと「Music Unlimited」のコラボが継続できるとすれば、この欠落を補える利点があるでしょうね。要は、僕の適当なトークはポッドキャストで聞いて、音楽は定額サービスで見つけてもらえればいい。放送では1回に平均6曲かけていますが、かなりマイナーなものでも高い確率で楽曲は見つけられるでしょうし。何なら、最初から企画に組み込んじゃう手もあります。
そう思います。例えばキャリアの長いジャズ・ミュージシャンの場合、生涯に何十枚もアルバムを出しているケースも珍しくありません。その中には当然、スランプや不遇だった時代もあるだろうし。また、名作と呼ばれるアルバムの中にだって「ジャケットはよく見かけるけど、実は聴いたことがない」というものもあるはず。例えばマイルス・デイビスだってジョン・コルトレーンだって、今の若いリスナーには「名前は知ってるけど、どんな音楽だろう」と思ってる人は多いと思うんですよね。ロックだと、フランク・ザッパなんて生涯にめちゃくちゃな数のアルバムをリリースしてますし。ラジオの1曲をきっかけにして、あるミュージシャンの生涯を一気に聴き通せるというのは、やっぱり今まではできなかったことですよね。
何だろうなぁ…。あ、でも、いつか番組とサービスのパートナーシップが実現したら、やってみたい企画はありますよ。もし「Music Unlimited」がなければ自分が一生聴かなかったであろう曲を毎回1曲ずつ選んで、オンエアするの(笑)。そういう"音楽的死角"は、どんなに量を聴いてる人にも絶対ありますからね。そうやって自分から内発的には出てこない種類の楽曲をランダムにピックアップするコーナーがあれば、リスナー的にも僕的にもいろいろ発見があるだろうなと。で、それを見つけるのは、検索ではなかなか難しくて。やっぱり、膨大なストックを指先でブラウジングして、名前とアルバムジャケットだけで直感的に選ぶのが一番いい気がするんです。さしあたって思い浮かぶのは、「アニソン」ジャンルかな(笑)。ここは僕にとって、まったく未踏の領域なので。この辺から手を着けてみたいですね。