人と人を結ぶ人になってほしいから“春和”
「生まれた季節の“春”と、+(プラス)という意味をもつ“和”という言葉で、春和。『人と人を結ぶ人になってほしい』と思ったんです。」命名したのは、お父さんの勇治さん。2013年5月28日、3人兄弟の末っ子として、春和くんは誕生した。少し恥ずかしがりやだけどとても優しいお兄ちゃんの永翔(えいと)くんと、物怖じせず好奇心旺盛なお姉ちゃんの柚奈(ゆうな)ちゃんに囲まれて、春和くんは日々たくましく成長中だ。お父さんとお母さんが結婚してから、5年。賑やかな5人家族になった。
春和くんが、人と人をつないでいく
春和くんのお父さんは、家業のガソリンスタンドを切り盛りしている。ガソリンスタンドの隣には小さな商店が併設されているため、車の客だけでなく様々な買い物客が絶え間なくやってくる、村人同士のコミュニケーションを生み、絆を育む貴重な場となっている。
そんな村人同士が交流する場所で生まれた春和くんだからこそ、「『人と人を結ぶ人になってほしい』という願いが必然的に込められたかのよう」と、勇治さん。春和くんを通じて、これからまた新たな人と人の心のふれあいが生まれていくに違いない。
春和くんが育つ普代村
春和くんが生まれた普代村は、岩手県北東部に位置し、東京都町田市ほどの面積の中に、約3000人の人々が住む小さな村。村を通る三陸鉄道北リアス線は、人気ドラマの舞台としてかなりの賑わいを見せている。北緯40度ラインがクロスする黒崎展望台、平安時代初期に開山され“大漁満作、海上安全、縁結び、安産の神様”として知られる鵜鳥(うのとり)神社も、村外からも多くの人々が訪れる人気の場所だ。「海も、山もある。自然に囲まれたこの村は、子どもたちにとっても良い環境だと思っています」と、ご両親は口を揃える。
復興とともに成長
そんなのどかで美しい村も東日本大震災では震度5を観測。資源の豊富な沿岸部の漁場も、津波により甚大な被害を受けたが、村内での死者はなんとゼロ人。高さ15.5メートルの太田名部防潮堤と普代水門が、被害を最小限に食い止めた。
「(建設の際には)村人への負担も大きいことから賛否両論あったようですが、自分たちはもちろん、この子たちの命を守ってくれたのはたしかな事実ですからね」
春和くんとともに防潮堤を前にし、お父さんは感慨深げに振り返る。港では、流された漁港施設が新たに建設され、完成されようとしていた。ゆっくりと、でも確かに、元の姿を取り戻しているようだった。
「春和は生まれていなかったかもしれない」
奇跡はこれだけではない。お姉ちゃんが生まれたのは、震災直前の3月9日。お父さんとお兄ちゃんがふたりに会いに病院を訪れるはずの日が3月11日だったのだと、お母さんが教えてくれた。お父さんとお兄ちゃんが大きな揺れを感じたのは、病院に向かう車に乗った直後だった。
「その日は連絡がとれなかったので、万が一のことがあったんじゃないかと、本当に不安で。病室で『この子は私ひとりで育てなければいけないのかな』とも考えました。もし、私や彼(お父さん)が震災の被害に巻き込まれていたら、春和は生まれていなかったかもしれないんですよね」
暗闇の中で、明るい未来へのバトンがたしかにつながれたことを実感する。奇跡が重なり生まれた春和くんは、家族にとっても、普代村にとっても希望の存在だ。
たくさんの“初めて”アルバム
村に住む人々の活気は、戻りつつある。一年のうちで最も村が華やぐ「ふだいまつり」も、今年は村外から初となる釜石市の伝統芸能を招き、例年以上の盛り上がりを見せた。
村を練り歩く、村民手作りのきらびやかな山車が、ふだいまつりの大きな見どころのひとつ。山車を見せようとお父さんが春和くんを抱きかかえ外に出ると、いつの間にか人が集まった。
村人みんなで見守り、育てる
「ゴキゲンそうだね〜」
「太鼓の音、びっくりしてない?」
通りかかった人も、春和くんの顔を見つけては、やさしく声をかけていく。
勇治さんたちと同じく子育てに奮闘する同世代の仲間たち、近くに住む親戚、近所の人たち……。我が子のように成長を見守ってくれる人たちが、この村にはたくさんいる。
春和くんの目に初めて映る普代村の景色や、楽しそうな人々の姿は、どんなふうに見えているのだろう。大きくなった春和くんと一緒に思い出を振り返るためのアルバム『初めてのふだいまつり』を作ろうと、勇治さんがシャッターを切る。
春和くんのこれから
初めてのクリスマスやお正月、鵜鳥神楽が奉納される「鵜鳥神社例大祭」など、春和くんはこれから、たくさんの“初めて”を経験する。これから、ハイハイからたっち、初めての一歩と、どんどん成長していく春和くん。お兄ちゃん・お姉ちゃんに遊んでもらったり、お父さん・お母さんと近所を散歩したりする何気ない毎日も、同じ日は一度たりともやってこない。春和くんのアルバムは、これからまだまだ増えていく。