ハイレゾとMDR-Z7の特徴
ハイレゾという言葉は高音質の代名詞ともいえるキーワードとなりつつあるが、振り返れば15年ほど前、CDの上位となる高音質ディスクメディアとして誕生したSA-CDで既に100kHzに到達する世界を再生できる環境が生まれていた。その超高域を再生するためのヘッドホンとして誕生したのがQUALIA010であり、ソニーのヘッドホンは10年以上の時をかけハイレゾの世界に対峙してきたのである。この長い期間をかけ熟成されたハイレゾ音源対応機こそ新たなソニーのフラッグシップモデルとして誕生したMDR-Z7なのだ。
ハイレゾの世界はCDと比較し、96kHz/24bitであれば約3倍、192kHz/24bitであれば約6.5倍という情報量の多さを誇る。楽器やヴォーカルといった“音像”のディティールをきめ細かく表現し、録音を行っている場の雰囲気だけでなく、レコーディングの過程で加えられるリヴァーブ成分(残響感)の種類や距離感までもが鮮明に見えるほどリアルな空間を描き出す。再生できる周波数帯域が広がることで倍音成分も自然に再現でき、特に体感できる大きな違いとしては個々のパートの分離や奥行き感など、音が広がる空間、つまり“音場”の情報量の多さにあるだろう。
そしてハイレゾ音源のクオリティはミュージシャンが楽曲を製作する環境、つまりマスター音源をロスなく表現できるレベルに達している。ハイレゾ音源対応ヘッドホンの優れたところは、そうしたマスタークラスの音楽情報を空気のロスさえも最小限に抑え、耳元からダイレクトに味わうことができる点だ。MDR-Z7では自然界の音が空気を伝搬して耳元に届く“平面波”のプロセスに着目。ヘッドホンであってもスピーカーに近い自然な音場を再生できるようにしたことで、理想的なハイレゾの世界を実現したのである。この平面波伝達を可能とさせるためには人の耳介の大きさをカバーできる大口径な70mmドライバーユニットの存在が必要不可欠であった。しかし70mmドライバーユニットでフラッグシップ機としてハイレゾ音源のダイナミクスや繊細さ、広がりを享受できる100kHzまでの超高帯域特性と、可聴帯域内の優れたレスポンスを両立させるのは非常に困難を伴ったという。幾多ものシミュレーションと試作を繰り返し、形状や素材を検討する中、全帯域で高い内部損失とフラットな特性を実現するアルミニウムコートLCP振動板が理想の部材として採用された。
さらに密閉型であることやエルゴノミック立体縫製イヤーパッド、エンフォールディングストラクチャーの採用によって、耳を包み込むような快適な装着性と高い気密性を実現。さらに遮音性の高さも兼ね備えており、微細なレベルの信号を多く含むハイレゾ音源であってもきちんと抑揚良く表現することができる。
MDR-Z7のサウンドを聴いて
MDR-Z7のサウンド傾向としては鮮明な中高域と70mmドライバーユニットならではの豊かでハリのある低域がバランス良く融合しており、非常に安定感が高い。音像も密度高く滑らかで、音の重なりも立体的に描き奥行き深い音場を聴かせてくれる。また個々のパートも分離良く、高解像度かつ濃密で立体感のあるサウンドだ。密閉型のモデルとは思えない爽快な音場感、音ヌケの良さも格別で、ハイレゾならではの空気感の再現性もリアリティに溢れる。ハイレゾ対応ウォークマンNW-A16にMDR-Z7を繋ぎ、ソニー ヘッドホン WEB CM動画のタイアップ曲にもなっている木村カエラの「sonic manic」(192kHz/24bit)を試聴したが、エントリークラスのプレーヤーとは思えない量感豊かなベースの押し出しと、分離良くくっきりと浮き上がるヴォーカルの心地よい対比を味わえた。ギターやシンセサイザーの鮮やかなフレーズやディレイによって幾重にも重なる声もクリアに捉えられる。意図的に歪ませているドラムのアタックも鮮明で、ラウドなタムのボディ感もリッチに感じられた。
この組み合わせでも高音質なハイレゾの世界を体感できるが、MDR-Z7の持つポテンシャルを十二分に引き出すにはポータブルヘッドホンアンプとの併用すればハイレゾ音源の魅力をさらに堪能できる。NW-A16とPHA-3をデジタル接続し再生してみるとヴォーカルにかけられたエフェクト処理がより鮮明に引き立つ。キックドラムとベースの分離も見事で、各々のボディの太さも巧みに描き分けてくれた。どしんと沈み込む低域の厚みがキレも良く、非常にリズミカルだ。エレキギターのクリアなトーンと爽やかに浮き上がるシンセサイザーの描写もきめ細やかで、リヴァーブの奥行きも深く、各パートの前後感も掴みやすい。なにより肉付き良いヴォーカルの存在感が極めて自然であり、リズムがブレイクし静かになる瞬間は口元の湿度感もより露わとなる。ここでKIMBER KABLEとの協力で生まれた高音質ケーブルMUC-B12SM1(1.2m ステレオミニプラグ)に交換してみると、音像の厚みや滑らかさが一段と向上。ベースは弾力良くまとまるが、密度が増しさらに重心が低く安定感が高まった。ヴォーカルの表情もより際立ち、口元のディティールもきめ細かでセンターにピシッと定位。リッチで流麗なサウンドとなる。
続いて同じKIMBER KABLEとの協力による高音質バランス接続ケーブルMUC-B20BL1(2.0m 3極ミニプラグ)との組み合わせでも試聴してみたが、一段と静けさが増し、音像のキレも鮮やかとなった。各パートとの分離も優れており、多彩なエフェクト処理の一つ一つが見えてくるほど音数に溢れた空間が広がる。ヴォーカルの口元の動きも非常に緻密で、息遣いまで見えてくるようだ。個々の楽器の音色も明瞭で音の立ち上がり、立下りも付帯感なく生々しい。スタジオサウンドのリアルな再現、アーティストやエンジニアの意図するものも実感できたが低域のグリップ力も高く、まるで高音質なライブハウスで独り占めして聴いているかのようなリアルで躍動感溢れるサウンドを味わうことができた。
ハイレゾが与える影響
ヘッドホンでないとつくり出せないハイレゾの表現があり、ソニーとしてひとつの答えを提示するのがMDR-Z7なのだ。ヘッドホンの世界で表現することが難しかった“音場”のリアルな再現に加え、密閉型ヘッドホンならではの濃密ではつらつとした押し出し良い音像の表現も両立した稀有なモデルである。ただ単にきれいに音を鳴らすということではなく、音楽の持つパワフルな躍動感、生々しい空気感を熱が冷めぬまま鮮度良くダイレクトに聴かせてくれるのだ。ハイレゾ環境によって音楽の持つ純度が高まったことは非常に喜ばしいことであるが、忘れてはならないのは“音”ではなく“音楽”に込められた思いをどれだけロスなく引き出せるかというこの一点である。MDR-Z7はそうした要のポイントをきちんと押さえ、オーディオライクな音の良さだけでなく、ハイレゾがもたらしてくれた音楽の持つ息吹を同時に味わうことができる、理想が詰まったこれからの時代のフラッグシップモデルといえるだろう。