光と影の表現が印象的な劇場版「空の境界(からのきょうかい)」未来福音。海外でも人気の高い日本アニメはどのようにして作られるのか。最新アニメの表現方法とは。アニメ制作者にそのこだわりを語っていただき、さらにヘッドマウントディスプレイでその再現性を体感していただきました。
©奈須きのこ/星海社・アニプレックス・講談社・ノーツ・ufotable
国内はもちろん海外でも人気の高い日本のアニメ。手描きの画から生み出される活き活きとしたキャラクターや背景の美しさは、今も昔も変わりません。さらに近年はCGによって描かれた細密な映像と温かみのある手描き表現の融合や物理法則をシミュレートしたリアルな特殊効果の登場など、表現技法の進化によって映像作品としての魅力はさらに高まっています。
ひと言でアニメと言っても、子どもが楽しめる笑いや爽快感をシンプルに追求したものから重厚なテーマを扱ったものとさまざまな種類の作品があります。なかでも注目を集めているのが二重、三重にも張り巡らされた伏線と緻密な設定で、立体的なストーリーが楽しめる大人が楽しめる作品です。大人向けのアニメで描かれる美しい物語世界と驚きのストーリー展開からは、一秒たりとも目が離せません。
豊かな色彩とコントラストのくっきりした映像は、アニメの特長のひとつです。ヘッドマウントディスプレイ「HMZ-T3W/T3」は有機ELパネルを採用しています。有機ELは黒の表示をするときには発光をゼロの状態にすることで、圧倒的な高コントラスト表現をおこないアニメの鮮やかな色彩を再現します。また、ソニー独自の光学レンズを採用し、まるで映画館のような仮想大画面(*)を映しだします。さらに、人の視野を覆う構造とヘッドホンからのサウンドにより、作品以外の情報が遮断され、自然と物語の世界へ没入することができるのです。
* 仮想画面サイズ750インチ相当(仮想試聴距離20m)。体感サイズには個人差があります
ヘッドマウントディスプレイで鑑賞して、ぜひ確かめていただきたい箇所を赤文字で記載しています。
「空の境界」は、あらゆるモノの死を視る能力“直視の魔眼”を得た少女・両儀式(りょうぎ しき)と、彼女を見守る黒桐幹也(こくとう みきや)が遭遇する怪奇事件を描いた作品です。奈須きのこ氏の同名小説を原作とした「空の境界」は、2007年の第一章「俯瞰風景」を皮切りに一章から七章まで映画化され、単館公開作品の歴史を塗り替える大ヒットを記録しました。
シリーズ最新作である『劇場版「空の境界」未来福音』は、サイドストーリーとアフターストーリーで構成されていますが、「空の境界」らしい手に汗握るサスペンスは初めて触れる人にも楽しめ、また、昔からのファンにとっては世界観の補完が出来るエンターテインメント作品になっています。アニメーション制作は『Fate/Zero』等、クオリティーの高さと独自のテイストで定評のある制作スタジオufotable(ユーフォーテーブル)が手掛けており、美しい映像も見どころのひとつです。
劇場版「空の境界」未来福音 ストーリー
“未来視”の力を持つ爆弾魔・倉密メルカの犯行現場を目撃したことから命を狙われる両儀式。
行く先々に仕掛けられた罠を潜り抜け、肉薄する式だが…。
一方、黒桐幹也は“未来視”の力を持つ少女・瀬尾静音と出会う。
PROFILE:劇場版「空の境界」、TVアニメーション「Fate/Zero」のキャラクターデザイン・総作画監督を務める。「未来福音」では初監督を成し遂げた。
──アニメ監督というお仕事について教えてください
監督は各シーンの画面構成を決定する絵コンテ(絵による台本)を作成することや、キャラクターを描く作画、背景美術、撮影、音声とアニメ制作のすべてに関わって作品全体の方向性を決定します。多くの場合、シリーズもののアニメ作品は監督が固定されているものですが、これまで全七章+終章を制作した劇場版「空の境界」シリーズでは、章ごとに異なる表現を楽しんでもらおうとそれぞれ違う人間が監督を務めています。僕は作画出身なので、未来福音では画(ビジュアル)を使ってキャラの心の動きやシーンに漂う空気感を表現することを心がけました。こういうカメラワークにして、キャラにはこんなふうに芝居をさせてと、ビジュアルを思い描いて映像を作っていきました。
──須藤監督にとっての未来福音とは?
未来福音の原作は、「空の境界」シリーズの原作が完結し、アニメ化された後に書かれた作品です。10年近い時間が流れて、原作者の奈須きのこさん自身と「空の境界」との関わり方も変化していると思うんです。僕が感じた未来福音の原作の印象、過去の「空の境界」シリーズとの違いは、作品への光の当たり方です。過去の「空の境界」シリーズは闇の中のほのかな光や、逆に闇のなかでも特に暗い部分を描いていた。その光の描き方や時間を経て変化した部分を表現したかったんです。
撮影監督の寺尾くんとも話しあって今まで「空の境界」シリーズが作りあげてきた透明な青やオレンジの色彩感や光と影の表現は残しつつ、未来福音がもつ未来への祝福や明るい部分をきちんと表現したいなと。映画を見終わった後に未来福音の余韻とメッセージに浸れるようにと、物語終盤からエンディングにかけていろいろ考えながら作っていきましたね。原作小説のファンは映像化にあたって動いている『両儀未那』(りょうぎ まな)をしっかり見たいわけですし、エンディングに近づくほど「空の境界」の未来が濃密に現れていきます。中でもスタッフロールが終わった後の『織』(両儀式のもうひとつの人格)が登場するシーンは絶対に入れなくちゃと思い追加したシーンです。
──未来福音をソニーのヘッドマウントディスプレイ「HMZ-T3W/T3」で見た感想をお願いします
劇場そのものとも言える画面の見え方がとてもおもしろいですね。まるで100席くらいのミニシアターの客席のど真ん中か、そのちょっと後ろから画面を見ているみたいです(*)。視界いっぱいに画面が広がっていて、しかも視線を動かすことなくすみずみまで見える、本当に特等席からの視界ですね。画面の下に舞台挨拶で使うステージが見えないのが不思議なくらいです(笑)。
画質は僕らが映像チェックに使っているマスターモニターにとても似ています。特に黒の表現がすごいですね。暗いものがしっかり暗く見える。影と光のコントラストの大きな差だけでなく、影の中にある黒が影の暗さに同一化したり、逆に浮き上がったりすることなくすごく自然に見えます。「空の境界」シリーズは暗さの表現が肝なので、今回の未来福音だけでなく第一章からもう一度ヘッドマウントディスプレイで見てみたいですね。
* 体感サイズには個人差があります
PROFILE:ufotableの多くのタイトルで撮影監督を担当。VFX、3D、背景と複数の領域を横断しながら、トータルでの画面作りを行なうマルチプレイヤー。
──撮影監督というお仕事の内容について教えてください
僕が所属する撮影部は、キャラクターが描かれた“セル”のデータと背景をCGで合成し、ひとつの映像にすることが大きな仕事のひとつです。さらに画面の明るさや色味を調整したり。近年はデジタル技術が進化したことで、水たまりに映る光の反射や雨や雪といった天候の再現、キャラが使う魔法の表現の作成と画面への合成も撮影部の担当になっていますね。
人物のどこにカメラのピントを合わせるのか、画面の色合い、照明がどこから当たっているのか、画面はクリアなのかそれとも霧がかかっているのかなど。俳優の表情以外のもので、心情やシーンの雰囲気を描いているんです。
──未来福音では、キャラクターの心の動きやシーンの雰囲気を窓から差し込む光などで表現しています
「空の境界」シリーズは、リアルを感じる世界の中にファンタジーがある、日常と非日常のせめぎ合いが作品の軸のひとつになっています。それを印象的に見せるために背景美術をはじめとする画作りはリアルさを追求しています。でも単純にリアルさだけを追求すると、表現が平板に、画面がつまらなくなってしまうことがあるんです。
たとえば日常生活で霧を体験することは年に数えるほどしかありませんよね。しかし、霧があると印象的になるシーンでは演出として足しています。顔に差す太陽の光も、場所や時間によっては光が当たるはずがなくてもそのシーンに必要なら入れてみようと。そういった演出をすることでシーンは印象的になります。でも、リアルさは薄れてしまうんです。それなら、リアリティーを損なわない演出の境目はどこだろう、と。それは演出を入れるタイミングや強さによって変わるんですね。その境目は監督とのセッションで見つけていくんですが、リアルと演出のバランスを計るのは難しかったですね。とても楽しい時間でもありましたが。
──未来福音をソニーのヘッドマウントディスプレイ「HMZ-T3W/T3」で見た感想をお願いします
初めてヘッドマウントディスプレイを使用したときに、色の再現性とか、クリアな画質がすごく印象的だと思いました。光をスクリーンに当てて投影する劇場だとどうしても黒が浮き上がって見えることがあるんです。ヘッドマウントディスプレイにはそれがなく、吸い込まれそうな表現になっている。こちらが意図した、暗い中にわずかに見える、といったシーンが思ったとおりのイメージで再現されていて、少し安心しました(笑)。
しかも劇場に匹敵する大画面でもありますよね。劇中には両儀式やメルカの口元のちょっとした動きで心情を表現するシーンがあるんです。数ピクセルほどの動きで、表示する機器や、画面の大きさによっては「なんとなく感じる」といったレベルの表現です。そういった表現もヘッドマウントディスプレイだと自然に目に入ってきます。大画面であり鮮明でシャープな発色がとても印象的ですね。しかも視聴に場所を取らない。映像を100パーセント楽しむのに最適な機器のひとつだと思います。
PROFILE:自ら絵筆を取る業界歴30年以上のベテラン美術監督。紙と筆のみでアニメの背景を表現し続けている。ufotable美術部のトップとして新人教育も行なっている。
──美術監督というお仕事の内容について教えてください
アニメの背景美術はキャラクターの背後にある風景、たとえば街並みや部屋の内部を一枚の絵で表現します。まずシーンごとに背景の担当者を割り当てます。担当するシーンがどんな内容でどんな雰囲気なのか、朝昼夜どの時間帯を表現するのかなどを参考にする写真などの資料を見ながら監督と打ち合わせをして背景を作成します。
背景美術はパソコンを使って描く人が増えていますが、僕は手描きなので“スタンダード”というだいたいA3くらいの大きさの紙に筆を使って画を描きます。作業時間はそのシーンの背景美術の基本となる美術ボードとなると、完成まで軽く2〜3日はかかりますね。時間はあまりないけれども、それをベースにカットごとの背景を作っていくのでしっかり細部まで描かないといけません。
──「空の境界」シリーズの背景美術は表現としてのデフォルメが少なく、映像全体にレンズを通した実写映像のような立体感と雰囲気があります
平面の紙の上に風景を描くわけだから、背景美術に立体感や現実感を出すには絵画の表現技法に頼るだけじゃなくシーンの空気感も意識する必要があると思います。“遠くはぼかし気味に手前ははっきりさせる”は、立体感を表現する基本テクニックですよね。でも、そのシーンで起こっていること、シーンに漂う“空気”を考えずに手前と奥をきっちり描き分けると、欲しかったはずの立体感が、自然な奥行きというかそういうのがなくなっちゃうんです。奥はぼかして、でも目をこらすとディテールはちゃんと見えている。そういう感じで基本の技法を踏まえつつ、作品や場面の雰囲気に合わせて表現を変えていくことを心がけることが大事ですね。
──未来福音をソニーのヘッドマウントディスプレイ「HMZ-T3W/T3」で見た感想をお願いします
印象としては劇場で試写を見たときとそんなに変わらない。映画館に行ったような感覚がありますよね。ただ単に大画面を再現するんじゃなくて、映画館独特の雰囲気が感じられる。暗闇に画面が浮かび上がる感じがいいですね。高画質であることはもちろん、映画館ならではの画面の見え方を自宅で再現できるのは映像にかかわる者としてすごく魅力的です。いつでもセンターの位置で見られますし。さらにヘッドバンドをしっかり固定すれば寝ころんでも画面が見られるのもいい。僕ももう年だし、やっぱり寝転がってるのが楽ちんなんですよね(笑)。
両儀式と黒桐幹也の娘とも言われる謎の多い少女、両儀未那。「空の境界」の“その後”、未来を象徴する存在でもある。
喫茶店、アーネンエルベでの会話を楽しむ黒桐幹也と瀬尾静音。ぼんやり白く光る窓とそこから差し込む陽光は、現実にはありえない描写で、ふたりの心の動きや交流を象徴する。
観布子(みふね)の母のもとへつながる路地裏。寺尾撮影監督の色味調整と光の当てかたで立体感と雰囲気が際立っている。
©奈須きのこ/星海社・アニプレックス・講談社・ノーツ・ufotable