撮影監督 芦澤明子 様 (J.S.C.) / 機材協力 株式会社三和映材社 部長 高橋康弘 様
デジタル撮影に黎明期から取り組んだ境地
「デジタルであっても“現場でできることは現場でやりきる”」
映画『レジェンド&バタフライ』(主演:木村拓哉、共演:綾瀬はるかほか)の制作にあたり、CineAltaカメラVENICE (MPC-3610)が使用され、2023年1月27日から全国ロードショー公開されました。
撮影監督
芦澤明子 様 (J.S.C.)
機材協力
株式会社三和映材社
部長 高橋康弘 様
芦澤様 私のソニーのカメラとの付き合いは非常に長くて、遡ると、ソニー最初の放送用アナログカメラのBVP-300(撮像管式システムカメラ)にまで遡ります。ピンク映画から撮影の世界に入り、その後、TVCF、ドキュメンタリーやテレビドラマなど、さまざまな分野を経て今に至ります。今のデジタルシネマへつながる入口は、HDCAMが登場してHDW-700Aというカムコーダーを使った時になるかと思います。24pでの撮影はできないカメラでしたが、TSP<東京サウンドプロダクション>のVEさんが基本の色を作りそこから狙いのトーンをつくってくれて、へえー、こんなにも変わるんだなと感動して・・・そこで、デジタルシネマにつながる基本を学んだと思います。
その後、HDW-F900などを経て、劇場映画以外も含めてF23、F35、PMW-F3、F65RSなど多くのCineAltaカメラを使ってきました。もちろん、他社のカメラもいろいろ使ってきました。
当時フィルムにあってデジタルにないものがたくさんありましたが、一方でデジタルにあってフィルムにないものは、ねらいの画調までいじり倒せることでした。画家と一緒で、どういう絵の具で絵を描くか。デジタルという絵の具を選んだ以上、それをどうパレットで混ぜてどんな表現ができるかを考えました。Logなどといったものはなかったので、あくまで現場勝負。後でもある程度直せましたが、あまりそれを考えずに現在の「オンセットグレーディング」的な考え方で、VEさんと現場で各シーンごと調整しながら撮りました。結果として後に作業を残さないので、グレーディングは1、2日で終えることさえありました。モニタリング環境の用意などで「現場でお金がかかる」とも言われましたが、「その代わり後でお金はかからないでしょう」と(笑)。今はLogやRAWがありますので「後でもどうにかできるだろう」「いや、どうにかされちゃうだろう」「気が変わってどうにかしちゃうだろう」と思うこともありますが、今回の作品でも「現場でできることは現場でやりきる」という考え方で撮影しています。
芦澤様 VENICEとの出会いは、撮影監督の佐光 朗さんの現場でカメラテストに立ち会ったのがきっかけです。s709 LUTをあてた画を見たのですが、質感が綺麗で画も素直。「これはこのまま使える位いいな」と思ったことが始まりでした。その直後の仕事で初めてVENICEを使いましたが、そこでの成功体験もあり今回の作品でもVENICEを選ぶことにつながりました。
前作ではSuper35mmサイズでの撮影でしたが、今回はフルサイズで撮影しています。大友監督はアクション作品が多く、シネスコ仕上げが多い方です。シネスコの場合、アナモ撮影か通常撮影の上下切り(レターボックス)かの選択になります。私は以前PMW-F55と昔のKOWAのアナモレンズの組み合わせで撮影したことがあり、その質感はとても気に入っていたのですが、最近のアナモレンズは性能が良すぎて、ちょっと味気なさを感じていた事や、アナモのズームレンズを2カメ分長期確保することが難しい事、レンズの取り回し等々を鑑みて、今回は通常レンズでの撮影としました。
一方で、監督は今回の作品をシネスコにするか、アメリカンビスタサイズにするか、で悩んでおられました。そこでプロデューサーの助言もあり、幅広い対応ができるように6Kフルサイズでの撮影を選びました。記録はX-OCN XT、VFXや仕上げは4Kで行っています。
私はSuper35mmかフルサイズかは作品の内容、予算や使いたいレンズとの組み合わせから選択すべきと思っています。今回に関してはフルサイズ上下切りで大正解だったと思います。
仕上げの段階で、監督の意図から大幅にブローアップ(トリミング拡大)したショットもあるのですが、荒れたように見えたところはありませんでした。やはり6Kフルサイズ撮影にして良かったと思います。特に、ドルビーシネマの4Kスクリーンで見たときは2Kスクリーンと比べて格段にクリアで感動しました。
高橋様 レンズはFUJINON Premistaズームレンズ3本に1.4倍/2倍のエクステンダーと、ZEISS Supreme Prime単焦点レンズを25〜200mmまでの10本、1.4倍/2倍のエクステンダー、加えて必要に応じてZEISS Macro 60mm T3を使用していただきました。
芦澤様 レンズはその1セットを、2台のカメラで使い分けて撮影をしました。
芦澤様 私は作品に合わせたLUTをつくります。まずLUTづくりのためのテストをして、狙いを、グレイダーやDITに具体的に伝えて作業をはじめます。今回の作品では場面に合わせて、高揚している時代、苦しんでいる時代。そして、戦いで荒んでいる場面、を想定した3つの基本的なLUTをつくりました。その上でDITの深澤雄壽さんが現場運用上15パターンほどのLUTを作ってくれました。現場では悩まなくていいようにシーンの頭で使うLUTを迅速に決めて撮ることができました。現場で色温度を微妙に変えるのが好きなので、そういった部分はいじります。しかし、後の仕上げはいずれにせよ一筋縄では行きませんが、先に述べた通り「現場でできることは現場でやる」というポリシーは同じです。現場で感じたことは現場で定着させることが大切だとおもいます。照明技師の永田英則さんはこのやり方をよく理解してくれて、その上で大胆な光を作ってくれます。これら微妙な作業においてもVENICEは非常に素直に反応をしてくれるのでストレスを感じることはありませんでした。
私は、オンセットグレーディングを望むので、DITの深澤さんにかける負担も大きく大変だったとおもいますが、ポスプロである東映ラボテック、グレイダーの菅井隆雄さんとのデーターのやりとりもスムースに進みました。大友監督は常に「絶対に現場で仕上がりに近いイメージを見たい」という方ですので、DITモニターと同じモニターを監督用モニターとして用意しました。
高橋様 モニターには17型有機ELモニター PVM-A170をお使いいただきました。これから、4KやHDRを現場モニタリングしたい、というニーズも高まってくると思いますので、今後はそういった要望にもいち早く応えていきたいと思っています。
芦澤様 大友監督の作品への熱い思いを受け止めるべく、ポスプロチームも全力で取り組みました。現場でできることを現場で一生懸命にやったからこそ、プレグレーディング、グレーディング合わせておよそ1ヶ月半で済んだとも言えます。後から方向性を変える場合も一貫性が保たれているところからの変更なので、時間をかけずに進めることができます。
芦澤様 撮影の感度はベースISO 500のEI 1600と、ベースISO 2500のEI 4000の2つで撮っています。LUTはEI 1600用とEI 4000用を別に用意していて、違和感なく組み合わせられるようにしました。私は表現としての粒状性を大事にしているので、他の作品でもISO 1600以上で撮っています。デジタルシネマカメラによるノイズ(≒粒状性)は「ビデオっぽい」と敬遠されがちですが、実はLUTの作り方次第でいい感じの質感に変えることができるのです。今回の作品を劇場で実際に見ていただければわかりますが、暗部のノイズがいい塩梅になるようにLUTを作りました。実際に暗いシーンで高いEI感度使っていても、相当良い感じに見えます。そういうことができるのが、デジタルの楽しさだと思っています。また、絞りをもっと絞り込みたい、という場面でも照明を大きく変えるよりEI感度をポンと変えた方が早い。VENICEはEI感度を変えたときでも画調もほとんど変わらずでかなり良いと思います。
芦澤様 カメラヘッドを分離して使うことのできるVENICEエクステンションシステム(CBK-3610XS)については、早朝の逃走シーンで馬に乗るところまでをフォローしていくショットで使いました。助手さんが、延長用の中間コネクタをはじめケーブル部分がさらに軽くなったら理想的…と言っていました。今度のVENICEエクステンションシステム2 (CBK-3620XS)では、中間コネクタがなくなり、より軽く、取り回しも良くなると聞いていますので期待をしています。
ステディカムのシーンでは、オペレーターが「VENICEはそのままでもホールドしやすいカメラだから大丈夫」ということで、エクステンションシステムを使わずに搭載して撮影をしています。
芦澤様 8ポジションの内蔵光学NDフィルターは良いですね。あれがあるから使いたいという方もいます。特に0.3(1絞り)単位で濃度を切り替えられる、というのはVENICEだけです。太陽が待ってくれないような夕景のシーンで0.3ずつ変えていけるのが最高です。私よりも助手さんが内蔵NDの魅力に惹かれてしまって「夕景が多い作品ならVENICEでしょ!」という感じです。私は民生機のカムコーダーも使ってきていますが、ソニーの民生機では昔から内蔵NDフィルターが当たり前に搭載されていました。以前使っていたCineAltaカメラPMW-F3にも搭載されていました。そういった広い分野でのノウハウの熟成がVENICEにもいかされていると思います。こういったところもソニーの強みだと思います。
芦澤様 今回の現場では予備機としてXDCAMメモリーカムコーダー FX9も準備していました。6Kで収録することはできませんが「準備しておけば何かの時には助かるかもよ?」とプロデューサーに言われてキープしておきました。実際には予備機としての出番はなく、本能寺のアクションシーンでカメラを増やしたい、という事があり使いました。VENICEと一緒に使ってみてわかったことは、アクションシーンのごくごく短いショットでは、ぱっと見ではどれがFX9のショットか見分けがつかないということです。それぐらい画が良く、VENICEと画の質感もマッチしていていいカメラだと思いました。
高橋様 当社ではVENICEに加えてFX9、FX6、FX3なども保有していてクレーン撮影やスタビライザー、ドローンなど、さまざまなシーンや場面で使い分けていただいているのですが、ソニーのCinema Lineカメラは機種が異なる画を混ぜても違和感なくつなげられるところが、すごいところだと思います。
芦澤様 今回の作品では、海原で大波をかぶったり、砂埃の中のアクションシーンなどがあったので予備機としてFX9を用意していました。しかし、結局FX9が出番を迎えることはなくVENICEの堅牢さに驚きました。そうしたシーンではカメラにビニールをかけるなどしていたのですが、それでもカメラがずぶ濡れになりました。その時には「いよいよFX9の出番か・・・」と思ったのですが、全くそういうことにはならず、良い意味で裏切られました(笑)。クランクインからクランクアップまで2台のVENICEにはトラブルはありませんでした。
高橋様 長期作品では、定期的にカメラのクリーニング依頼などがあり、カメラによっては分解清掃時に埃が入っていたり、ということもあるのですがVENICEについては今までそういう経験は一度もありません。
芦澤様 この作品の後にテレビドラマの現場でもFX9を使ったのですが、FX9もまた、どんな目に遭っても大丈夫でした(笑)。
高橋様 VENICEの良さは、アクセサリー対応の幅の広さでも感じるところです。例えばVマウント12Vバッテリーが使用できる一方で、外部給電では30Vでの給電にも対応しています。カメラクレーンなどに積載すると、簡単にバッテリーを取り替えられなくなりますので、用途や場面に応じて自由な機材構成を取れるのがVENICEの強みだと思います。
芦澤様 ビューファインダーもいいですね。明るさが丁度よく、絞り操作による実際の明るさの変化とファインダーの明るさの変化がちゃんと一致するところがいいです。絞りを変化させてもファインダーの明るさがあまり変化しないカメラもあります。ファインダーの見やすさから、別のメーカーのシネマカメラを好んで使っていましたが、VENICEはとても良いです。
芦澤様 いま、私たちに与えられた課題は、急速に向上してきたカメラの感度の使いこなしだと思っています。「感度が上がると何でも映るからやりようがない。」などと語る人がまだ多いように思います。確かにそういう考えもわかりますが、高感度で撮影時のライティングは、実は大変難しいのです。
以前、別の作品を撮った際、夜の川岸のシーンがありました。対岸の夜景の光などは肉眼では見えるのですが、通常の感度では映らないんです。ISO 4000とか5000くらいならば、いい感じで映る。そこでISO 4000とか5000のT2.8あたりで撮ろうとした時に、手前の芝居を自然でいい感じに、艶やかに、ライティングすることがいかに難しいことか。そんな時F8とかF11に絞ったのでは身も蓋もありません。高感度だから何でも映るという考えはひとまず置いて、今後はカメラの高感度をいかして、低照度の魅力あるライティングにチャレンジしたいと思います。
芦澤様 私は今でもPMW-F3を愛機として持っていて時間のあるときはブン回しています。ソニーのシネマカメラのいいところは、家電量販店でも取り扱っているモデルがあるので、実際に見て触れるところだと思います。ソニーは、そういう上から下までのラインナップが完成してきて、画の質感やワークフローの共通性も高く、予算や規模に応じて柔軟な選択ができるのがいいところです。高いカメラはよくてあたりまえですが、手頃な価格のカメラでも使い方や工夫でいい味が出ることもあって、そういうところが魅力でもあります。
今後も、カメラがまた自由に選べる機会があれば、再びVENICEを使いたいと思いますし、既にVENICE 2が発表されていますので、今度はVENICE 2も使ってみたいと思っています。
最後に一言、ストレスなしに本作を見てもらえるのは安定したフォーカス、つまり優秀なフォーカスマンの力量に負うところも大きいと思います。テクノロジーの進化を生かすも殺すも結局マンパワーだと思います。
©2023『レジェンド&バタフライ』製作委員会
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