2022/9/9
映像制作の現場でファイルベースが謳われて久しいですが、かつてテープの受け渡しでやり取りされた素材搬入は、時代とともにディスクやメモリーメディアへと形を変えました。そこにはユーザー自身が身をもって体感する進化として、メディアの形の違いよりもむしろその中身、つまり目には見えない “ファイル(データ)” を取り扱うことの利便性によって制作ワークフローそのものの進化に著しく影響を与えました。
一方で、ファイル運用の現場では、使用するメモリーメディアの容量問題や、編集で用いるHDDやSSDなどのストレージの準備および素材管理、長期保管を視野に入れたアーカイブシステムの構築など、さまざまな課題があります。やっかいなのは、それらには業界標準の規格やスタイルが定まっておらず、ユースケースに応じてユーザー自身が最適な環境を検討し構築しなければならないという難しさです。そうこうしているうちに社内には大量のHDDやSSDが山積みになり、一体あのデータはどこに保存されているのか? このHDDには何が入っているのか? 目の前の現実を見て途方に暮れるのです。
しかしよく考えてみれば、目に見えない(形の無い)ファイル(データ)という情報の扱いを、HDDやSSDといった形のある媒体で管理するというのは、いささか効率が悪いようにも思えます。 目に見えないのであれば目の届く場所に置いておく必要はなく、目に見えないのだから目に見える形で相手先に受け渡す必要もないのです。
物理的なモノの移動を必要としないファイル運用の中心にクラウドサービスを取り入れるメリットは、即時性や効率、従来と比較して革新的な使い方にあります。現在は、制作現場で当たり前とされたフローの概念を覆すような可能性すら感じるところまで来ています。
このコラムでは、映像制作現場のために専用設計されたソニーのCreators’ Cloudから、Ci Media Cloudを中心に、新世代のクラウドワークフローについて数回にわたってご紹介していければと思います。第一回目の今回はクラウド運用の基本「素材の受け渡しと共有」について、注目していきましょう。
クラウドと聞いて思い浮かぶ身近なサービスにはどのようなものがあるでしょうか? スマートフォンのデータバックアップを目的としたものや、オフィス書類の共有を目的とするものなどその種類はさまざま。こと映像制作の現場でクラウドを用いる理由として、真っ先に浮かぶのは遠く離れた相手に効率よく素材を受け渡したいという点ではないでしょうか? よく聞くところではDropBox、ギガファイル便、OneDriveなど汎用のサービスを利用して、容量の許す範囲で映像や音声のコンテンツをアップロードし関係者へ送るという使い方でしょうか。
書類ファイル程度であればメールやチャットで送信するのが標準スタイルですが、映像や音声ファイルとなるとファイルサイズが大きすぎます。同様の手段を用いるのは現実的ではないとの観点から、こうしたサービスを利用する人が増えたと記憶しています。
実際、私自身もいくつかの汎用ファイル共有サービスを利用し、これまで幾度となく素材ファイルの受け渡しをしてきました。権限さえあれば誰でもアクセス可能な、まるで空に浮かんだストレージと考えれば確かに便利ではあるものの、映像業界での素材受け渡しを前提とした場合には、機能や仕組みの点で扱いにくさを感じます。
具体例をあげると、第一にファイル共有のサービス形態によってアップロードできる1ファイルの上限サイズが設けられていて巨大な動画ファイルはアップロードできないこと。第二に、アップロードされた多くのコンテンツの中から目的のファイルを1つダウンロードしようにも、サーバー上で映像の内容が確認できないため、一旦すべてのファイルをダウンロードしてからチェックが必要。他には、仕事やプロジェクトごとに思い付きでファイル共有サービスを利用するため、単なる素材の一時置き場に過ぎず、ファイルの管理にまでは至っていないことなど、実際に運用してみてから気づく事が少なくないのです。これらは、アップロードする側とダウンロードする側の両者で不便を感じているところかと思います。
映像制作の現場でクラウド運用を考えたとき、必要とされる機能としては大前提として、
などがあり、一般的な書類ファイルをクラウドで扱うよりも要求レベルは格段に高くなります。
Ci Media Cloudは、映像制作現場の運用に特化したクラウドサービスです。
映像業界の要求をスマートに実現しており、
などの特長を持ち合わせています。それがクラウド上のパッケージソリューションとして提供されるため、ユーザーは特別な機材を準備することなく、パソコンへの専用ツールのインストールさえ不要で、インターネットブラウザからアクセスするだけで即運用が開始できるという手軽さも特長です。
まさに今、大事な収録をしている撮影現場でクラウドを利用するために、まずは専用アプリを準備してからなんてことはやっていられませんから、インターネット回線さえあればどこからでもに利用できる点は重要なポイントです。
それではCi Media Cloudのインターフェイスを見ていきましょう。WindowsでもMacでもOS環境を問わずウェブブラウザーChromeからアクセスするだけでご覧のような専用アプリさながらのツールを開くことができます。この時点で、汎用クラウドサービスとは一線を画して、映像制作に専用設計したサービスであることがお分かりいただけるのではないでしょうか。
Ci Media Cloudの画面構成を簡単に見ておきましょう。
画面左から、
これらの主だったツールによって、Ci Media Cloudは単なる素材置き場としてだけでなく、素材の管理、いわゆるCMS(Content Management System)としての機能もあわせ持ったサービスとして提供しています。
それらを操作するユーザーインターフェースのデザインは、初めて利用するユーザーであっても説明書の必要性など感じることなく、直感的にストレスなく扱うことができます。この洗練されたUIはCi Media Cloudの大きな特長とされています。
クラウド運用は言うまでもなくファイルのアップロードやダウンロードの繰り返しによって情報のやり取りが行われます。しかし、インターネット環境さえあれば、いつどこからでもアクセスできるサービスとはいえ、大前提としてその通信速度が快適性に直結する点は無視できません。近年では家庭用光回線はもとより、スマートフォンによるモバイル通信網の速度も飛躍的に向上しています。こうしたクラウドサービスを利用する上では、それらの通信速度が十分活用できているかどうかが重要なポイントとなります。
Ci Media Cloudはそうした通信環境を無駄なく効率的に利用できるよう、一般的なHTTPSによるアップロード (TCPプロトコル)でも複数スレッドで転送する仕組みを取り入れています。映像や音声など巨大ファイルのやり取りでも比較的高速に転送できるだけでなく、転送レートの落ち込みが少なく、安定した振れ幅での通信を実現しています。それだけでも十分実用的な転送が可能です。
さらにIBMの超高速転送アルゴリズムAspera(UDPプロトコル)を標準で利用でき、1ランク上の転送速度を利用できる点も見逃せません。実際にその転送速度をHTTPSによるアップロードと比較してみると、その差は一目瞭然で大幅な速度向上が見て取れます。
下の図はHTTPSによるアップロードとAsperaによるアップロード、また汎用のクラウドサービスのアップロード速度を比較したものです。HTTPSでもかなり安定した転送が実現できているところ、Asperaに至ってはその安定性はさらに向上し転送速度も2倍以上出ているところが分かります。参考までに、同一環境で計測した汎用クラウドサービスOneDriveの結果を見ると、転送レートが不安定なうえ転送速度もかなり低くなっています。同じネットワーク環境でもクラウドサービスの違いによりその結果に大きな差がある事がわかります。
なお、計測検証は一般のフレッツ光のインターネット回線において、ネット通信速度計測で用いられることの多いFAST.comのサービスで、アップロード速度280Mbps程度と判定される評価環境で測定を行いました。実測アップロード速度は、HTTPSでは約150Mbpsでした。一方、高速転送アルゴリズムで転送を行うAsperaでは、スタート直後から約300Mbpsの転送速度が出ていました。もちろん、こうした通信速度はベストエフォートであるため通信環境に依存する要素が多く、値は一定ではありませんが、同じ通信環境でもその帯域を十分活かしきれる仕組みが備わっているという点が非常に重要です。特に通信品質の悪いネットワーク環境で使用するケースほど、この恩恵を受けられるのではないかと思います。
クラウドサービスを映像制作の現場に取り入れようと考えたとき、注意したいポイントは何でしょうか?アップロードダウンロードの通信速度や、使用できるサーバー容量などはもちろんですが、映像や音声ファイルの受け渡しを前提とするなら扱えるファイルのフォーマットやコーデックは最も意識しないといけないポイントの一つです。
映像制作の現場は、いつも同じコーデックばかり扱うとは限らず、制作するコンテンツの要求に合ったコーデックを選択したり、クライアントからの指示によって使用するコーデックが指定されやたりする場合もあるかもしれません。また、さまざまな撮影機材がメーカーを跨いで使用され、収録される素材の解像度やコーデックが混在する環境は大いにあります。ポストプロダクションのワークフローではVFXなどの制作において関係者の間でファイルを共有しながらクオリティ重視のファイルコーデックを使用して並行作業で進めることも少なくありません。
そうした観点でクラウド運用に目を向けた場合、対応するファイルフォーマットやコーデックは撮影素材だけでなく、中間フォーマットとして用いられる編集機メーカーのオリジナルコーデックや制作現場同士で受け渡される交換用フォーマットまで幅広い対応が求められることが分かります。
上記に掲載した表はCi Media Cloud上で扱えるファイルフォーマット/コーデックの一覧です。どうでしょう、制作現場で聞くことの多い、主だった形式の多くは網羅されているのではないでしょうか?
素材搬入や完パケ納品で用いられることの多いProResはもちろんのこと、H.264、H.265、XDCAMなど配信や放送用途で使用されることの多いコーデックをカバーしています。さらにはソニーのCinema Line カメラのフラッグシップ機であるVENICEのRAWやX-OCNまでを網羅し、編集機メーカーのAvid DNxHD / DNxHR、Grass Valley EDIUSのHQ / HQXをもカバーしています。静止画系では、ARWやDNGなどのRAWファイルのほか、VFX系の交換フォーマットでおなじみのDPXやEXR、汎用のJPG、PNG、TIFF、TGA、Photoshop PSDやIllustrator AIに至るまでカバーしています。これだけ豊富なファイル形式に対応しているため、配信、放送、映画、CMなど業界を問わず幅広く活用できるサービスであることが分かります。
ここで言う対応とは、単にクラウドにファイルが置けるかどうかではありません。アップロードしたファイルをツール内でプレビューまで含め映像や音声として扱えるかどうかです。
究極を言えば、手元のPC環境に専用ツールがインストールされておらず、見ることができないRAWやX-OCN素材であっても、Ci Media Cloudにアップロードしてしまえばその内容を再生して確認することすらできてしまうのです。
メタデータウィンドウには選択したクリップに関する様々な情報が並んでいます。上記の例では、コーデック欄を見るとこのクリップがSony X-OCNであることが分かります。ダウンロードすることなく、RAWやX-OCNファイルがクラウド上で見られる時代になったのです。
Ci Media Cloudにアップロードされたファイルの内容を確認するとき、それはユーザーが「映像制作に特化したクラウドサービス」の意味を始めに実感する瞬間かもしれません。
映像素材がアップロードされたワークスペース内はまるでノンリニア編集機のビンを見ているかのように、見やすさと使いやすさの両立を狙ってデザインしています。
Ci Media Cloudは、ワークスペースにファイルがアップロードされた時点でプレビュー用のコンパクトなプロキシファイルやサムネイルが自動生成される仕組みを持っています。そのため、ツール上には映像、音声、写真ファイルなどが分かりやすく配置されるだけでなく、任意のクリップでマウスオーバーすればプレビュー画面を開かずして、そのコンテンツの内容を大まかにチェックすることができます。挙動も最近のノンリニア編集ソフトさながらの操作性であり、またそのレスポンスも確かなものです。
サムネイルをダブルクリックすれば専用のプレビューウィンドウが開かれ、フルスクリーン表示にてコンテンツの再生が可能です。
プレビュー画面には、オリジナル素材から自動生成されたプレビュー用プロキシファイルが表示されリアルタイムに再生が行えます。このプロキシファイルのおかげでオリジナルファイルがProResやRAWやX-OCNだからと動作が重いという感覚はなく、むしろ軽快に動作する点はクラウドであることを忘れるほど。さらには素材に埋め込まれたメタデータを元にアナモフィックレンズによる撮影素材においてはアスペクトレシオ情報が自動的に反映され、デスクイーズ(横長画面表示)で見ることができます。
クラウドへのファイルアップロードについては、Asperaで効率よく短時間で行える点は先述したとおりですが、実際の現場での運用を考えてみるとどうでしょう? 自身でアップロードし自身でプレビューやダウンロードをするならともかく、ロケ先の撮影スタッフに現地から素材をアップロードしてもらうケースや、関連会社間で素材の受け渡しを行うケースなど、離れた相手にファイルをアップロードしてもらう使い方は、クラウドを必要とする最大の理由だったはずです。
そんな時、これまで汎用のクラウドサービスを使ったワークフローを振り返ってみると、ひとまず現地からサーバー容量を気にしながら少量ずつファイルアップロードを進め、全て終わった段階でアップロード先サーバーのリンクを受信者に通知してダウンロードしてもらう...こんな流れだったでしょうか。
もしそのようなアップロードを複数の撮影スタッフがあちこちで行ったら受信者は大変です。あちらからはDrop Boxで送られてきて、こちらからはOne Driveで送られてきて。そうして送られてきたファイルの中身はすべてダウンロードしてみないことには中身が確認できず、受信者はダウンロード保存先として巨大なHDDの準備も必要でしょう。
こうしたケースに対応するためCi Media Cloudには遠く離れた相手に対しアップロードを支援する便利ツールが準備されています。それがファイルリクエスト機能です。
ファイルリクエスト機能はCi Media Cloudにある任意のフォルダーに素材を送ってもらうよう離れた相手に対し依頼できる仕組み。送信者(依頼を受ける側)にはメールでアップロードリンクが届き、専用のアップロードページへアクセスできるため、難しい知識は必要なくアップロードしたいファイルを選んで送信するだけ。先述したAsperaによる高速アップロードはファイルリクエストでも利用できます。
ファイルの受信側(リクエストを投げる側)は、さまざまな条件を付けてこのリクエストを作成することができます。
ファイルリクエスト名やアップロード先のフォルダーが指定できるのは当然として、このリクエストに有効期限を指定し一定期間のみ受け付けるような設定ができるほか、ファイル数が多い場合に、フォルダー単位でのアップロードを許可したり、受け取るファイルの最大数やファイル形式、拡張子で制限することもできます。さらに受信者が送信者のメールアドレス入力やメタデータ入力を依頼または強制できるため、ファイルがアップロードされた時点で共通のメタデータを付けてしまうなんてことも可能。
さらに撮影地や色域/ガンマ情報といった頻繫に利用するメタデータを、テンプレートとして登録できるカスタムメタデータの中から任意フィールドと強制フィールドを選択することも可能。強制フィールド項目に至っては、メールアドレスを含め必要項目を満たさなければ素材アップロードができないよう強制できますから、情報の入力漏れを防げます。
こうした徹底管理により、ファイルリクエストに応える形でアップロードされたファイルは指定したフォルダー内に収まるだけでなく、アップロードが完了した時点でメタデータ入力済み素材となります。その後、クラウド上での検索やアーカイブに役立つというわけです。
また、取材先の撮影スタッフがファイルリクエストに従い、素材ファイルのアップロードを完了すれば、その旨が依頼者へメールで通知されますから、ファイルの到着をまだかまだかと首を長くして、常にクラウド画面を凝視している必要はないのです。また、必要あらば制作に携わる関係スタッフにも同時に自動メール送信する設定も可能ですから、素材のアップロード状況を関係者間で共有しながら作業を進めることができるのです。
さて、今回はCi Media Cloudによる素材の受け渡しについてご紹介してきました。
一口にクラウド運用と言っても、映像業界で必要とされる機能や性能は他と比べ要求度の高い部類です。単にファイルが受け渡せるというだけでなく、それをご自身のワークフローに取り入れた時十分に機能するものかどうかを見極めることが大切です。
次回のコラムではアップロードしたクリップの取り扱いやアーカイブについて掘り下げてみていこうと思います。