Sayaka Nakane
唯一無二の世界観
Chapter
中根 さや香
日本大学芸術学部油絵科卒業。CM、MVのほかショートフィルムまで幅広く手がける。onedotzero、エジンバラ国際映画祭などに招待出品、MVA受賞。A Tribe Called Quest 全米ツアーステージ映像演出。2009年クリエイティブスタジオN・E・W設立、2017年には短編映画「Story To Tell」が、ロンドン国際短編映画祭、L.A.インディペンデント映画祭、ハーレム国際映画祭などで複数の賞を受賞。現在ロサンゼルス・東京を拠点に活動中。
油絵、グラフィックデザイン、CGの経験を経て、CM やMVなどジャンルを問わずに作品を作り続けてきた中根氏。その独特の映像表現には、国内のみならず海外からも高い評価の声が寄せられている。近年は、日本・ロサンゼルスの2拠点を軸に活躍する中根氏の3C(Creative Craftsmanship Challenging)を聞きました。
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01
油絵、グラフィック、CG。
そして、映像の世界へ。
そして、映像の世界へ。
大学では、油絵を専攻していました。もともと作家になりたくて、卒業後はグラフィックデザインの仕事に就いたんです。でも、やってみて半年で「違うな」と。というのも、グラフィックはあくまで仕事としてしか見れず、どうしても“自分の作品”という感覚を持てなかったんです。一方で、映像は仕事としても作品としても、自分のやりたいことを表現できる場なのではと感じました。
もともと映画が好きだったのもありますが、そうした背景から映像の会社でインターンを始め、一からCGを学ぶことにしました。絵は描けたので、小さな仕事から少しずつ任せてもらえるように。最初の頃は、アニメや映画「学校の怪談」などのCGからスタートし、CMも手掛けるようになっていきました。実写とCGを絡めてみるといった当時では挑戦的なことも、この頃始めていましたね。
初めてMVを手掛けたのは、映像業界に入ってから5年が過ぎ、フリーランスとして活動し始めて少し経ったころ。知り合いの紹介で「フルCGでMVを作ってみないか?」と声をかけてもらいました。それが、m-floのDispatchという曲。背景を全て絵で制作したこのMVは、2000年代初頭の映像業界においては斬新で、onedotzeroというロンドンの映画祭に呼んでいただいたんです。この時の受賞が大きな転機になり、これを皮切りに国内外問わず仕事のオファーをいただけるようになっていきました。会社に属しているわけではなかった当時の自分にとって、こうした実績はある種の名刺がわりになったと思います。なので、今考えてみると、ここが映像監督としてのキャリアのスタート地点かもしれませんね。
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02
やりたいことを全て詰め込んだ
「STORY TO TELL」
「STORY TO TELL」
2016年に、女性2人組のアーティスト・DFTの「STORY TO TELL」という映像作品を手掛けたことも、強く印象に残っています。MVでもなければCMでもない。いただいたのは、DFTの曲を使って面白いことをしてくれ、というオーダーでした。先にお話した通り、映画が好きだったので、短編映画のようなものを作れたら面白いな、と感じていたものの、映画の仕事は未経験。全てが手探りでのスタートでした。
まずはストーリー構成を考えようと着手したのですが、俳優に台詞があると、肝心の曲が耳に残らないため、クライアントの意向に添えません。MVでないとは言え、DFTの曲の良さを存分にアピールしたかった。それでとった手法がリップシンクです。キャストには、まるで台詞を言っているかのように、歌詞を口ずさんでもらいました。今見てみると、小学生の女の子たちがゴリゴリのラップを口ずさんでいて、結構攻めてるなと感じますが(笑)、やりたいことを全て詰め込むことができた思い出深い作品ですね。
この作品で描きたかったのは、70年代のやくざ映画のような世界観。それを表現するために、ビデオカメラではなく、16ミリのフィルムカメラで撮影しました。映画のスタッフさんと初めて仕事をしたのもこの時です。日芸の先輩でもあったカメラマンの木村信也さんは、当時映画の経験がなかった私に一からその概念を教えてくれました。たとえば、ストーリーが続くような切り返しやアングルは、MVやCMを手掛けてきた自分にとっては未経験。作りたい世界観を木村さんに伝え、ベストな表現を一緒に探っていきました。
また、この時挑戦したアクションシーンのディレクションは個人的にすごく楽しかったですね。わざとらしくならないよう、キャストも俳優ではなく格闘家を起用。さらに練習現場へ足を運んでビデオコンテを作成しながら、70年代の映画に少しだけ現代らしい動きを加えるなど、アイデアを詰め込みました。3日間というタイトな撮影スケジュールの中で、かなりの量を撮影したので、正直すごくハードでした(笑)。ただ、今までやってこなかった手法を取り入れ、映画のカメラマンさんとご一緒しながら、新しい可能性を模索することができました。そうした意味で、今後の自信にも繋がった作品です。
STORY TO TELL / DFT
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03
キャラクターありきで
作り込んでいく世界観
作り込んでいく世界観
もともと、ジョン・ウォーターズやペドロ・アルモドバルの映画が好きでした。たとえば、ジョン・ウォーターズの作品によく登場するのは、いわゆるマイノリティと呼ばれる人たち。そうした人々に焦点を当て、ポジティブに描くところが好きで。その奇抜な作風にばかり目がいってしまいがちですが、彼の作品には、一風変わったキャラクターたちを生き生きと描くある種のリスペクトや愛が一貫して感じられます。私が映像作品をつくる上で、そこに大きな影響を受けてきました。
“誰もが平等”という言い方をすると月並みですが、どんな境遇にいる人でも皆同じ権利を持っており、自分が望みさえすれば、選んだ道を思うように歩めるというメッセージを込めたかった。だからいつも、どうすればキャラクターたちの個性を生かしながらカッコよく描けるのかという点は、すごく気にしています。
ありがたいことに、ルックを評価していただくことが非常に多いですが、私のものづくりの根底には、そうしたキャラクターが持つ本来の“強み”を一番いい形でアウトプットしたい、という想いがあります。そこに一番頭を悩ませ、時間をかけます。ですので、ビジュアルありきのものづくりではなく、キャラクターありきで作り込んでいくケースが多いのではないかと思います。
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04
頭の中のイメージを、
まずは水彩画で描いてみる
まずは水彩画で描いてみる
もちろん、美術出身なので、それらを描くために大事にしているこだわりもあります。たとえば、水彩画で絵コンテを描くなど、準備に時間を掛けるということ。思いついたときにいつでも描けるようにタブレットも持ち歩いています。自分が納得いかないまま撮影に入るのが一番怖いですから。
次に、色彩。最近手掛けた女王蜂の火炎というMVも色味にこだわりました。女王蜂の場合、ボーカルのアヴちゃん自身がやりたことをベースに、企画を膨らませていきます。私の映像作品の多くは、実は色味を直感で決めていくケースが多いのですが、なんとなくの色のイメージを決めたら、そこからカラコレの方と一緒にああでもない、こうでもない、と色味を細かく調整していきます。
アーティストの持つ強さや曲の個性を際立たせるために、色彩も重要な要素になるので、本作品でもかなりこだわりました。本作は違うのですが、撮影では「α」を使用することもあります。ワイドが出やすいのも愛用している理由の一つです。最近周りで「VENICE」の評判をよく聞くので、使ってみたいなと思っています。
火炎 / 女王蜂
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05
コロナ禍での新たな挑戦
新型コロナウイルスの影響で、各界が大きな打撃を受けています。映像業界もその一つ。これまで当たり前に行ってきた撮影も全てストップしました。そんな中、Zoomを使用して初めてリモート環境下でチャレンジしたのが、KEIZOmachine!とスチャダラパー・Boseの楽曲「LLクールジャパン」のMVです。
お二人はもちろん、監督、スタッフが一度も直接会うことなくオンラインでやり取りしたステイホームなMV。事前の打ち合わせも含めてZoomでコミュニケーションを取っていました。直接話せないゆえの難しさはもちろんありますが、離れていても、今までとはまた違った形で、一緒にものづくりができる喜びを感じましたね。
KEIZOmachine! "LLクールジャパン (由比ヶ浜海岸冬景色)" feat. Bose
そのほか、新しい挑戦という観点でいくと、いつも決まった座組で仕事をするのではなく、常にアンテナを張って、若手の方やまだご一緒したことがない方とも積極的にコラボレーションするようにしています。たとえば、最近の作品だと、平井堅さんの「いてもたっても」のMVでご一緒したマグマというクリエイティブ集団。彼らは、一見すると役に立たないガラクタのようなものを集めてそれを作品にしてしまうんです。「えっ!?こんなものが」っていう(笑)。
楽曲を聴いてみて、いつも近くにあるものも、少し角度を変えてみると違った世界が見えるよというメッセージを伝えたくて。そこからは、マグマと打ち合わせを重ね、ヤシの木に足が生えているような個性的な小道具等を作っていただくことで、そうした世界観を一緒に作っていきました。
いてもたっても/平井堅
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06
今後は映画にも
チャレンジしてみたい
チャレンジしてみたい
これまで国内のMVやCMをメインに手掛けてきましたが、最近では海外からオファーをいただくことも増え、ちょうど今ドキュメンタリーにも着手しています。具体的なお話はまだできないのですが、こうしたコロナ禍において、観た方に少しでも希望を感じてもらえるよう、ポジティブなメッセージを込めた作品にしたいと思っています。
あとは「STORY TO TELL」を撮って以来、映画にはチャレンジしていないので、やはりすごく興味があります。同作品はショートフィルムだったので、その延長線上にあるストーリーでもいいですし、全く別のお話でも。弱い立場の人が真っ当に生きていて、そこにはいろんなドラマがある、ということに焦点を当てたいんです。今現在、日本とロサンゼルスを拠点に活動していますが、今後はさらに海外へ軸足を伸ばして活躍の場を広げていきたいですね。
あとがき
その独特の色彩が放つ斬新な世界観が、海外からも高く評価されている中根氏。しかしお話を聞いていく中で見えてきたのは、キャラクターや登場人物に焦点を当てたものづくりの姿勢でした。そしてその姿勢は、作品の中だけに限らず、カメラマンやキャストなど、協業する人たちに対しても表れています。相手へのリスペクトを常に大切にしながら、経験のない領域にも積極的にチャレンジしていくーー。そんな柔軟さが垣間見ることのできた取材でした。今後は国内のみならず海外でも活躍が期待される中根氏。今後の作品にも注目していきたいです。
Text : Yukitaka Sanada
Photo : Yuji Yamazaki