Kosei Kobayashi
若き照明技師の飽くなき挑戦
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小林 洸星
1989年生まれ。神奈川県出身。野口まさみ氏・島田祐介氏に師事したのち、ライティングディレクターとして独立。2019年に株式会社オフィス洸星を設立。これまで手掛けたのは、花王ソフィーナ、NTTドコモ、ソニーのα7SV、BMWをはじめとしたCMの他、MVなどジャンルを問わず活躍している。
「アポロ11号による人類月面着陸の成功」をテーマにしたウイングアーク1st株式会社のテレビCMなど、映像業界でも注目を集める作品の照明を手掛ける小林洸星氏。父や親戚も照明技師という家系に生まれ、幼少期からその道を志したという小林氏は、若手の照明技師として業界の第一線を走り続けています。そんな小林氏の3C(Creative Craftsmanship Challenging)について、話を聞きました。
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01
照明技師の家系に生まれ、幼いころから憧れを抱くように
私の父は、今なお現役で活躍する照明技師。物心ついたときから、家には父の仕事仲間が頻繁に出入りしていました。幼いながらに、“好きなことを仕事にしている大人たちの集まり”という雰囲気を肌で感じており、なんとなく「かっこいいな」と思っていました。よく驚かれるのですが、実は親戚も照明技師をしており、私の家系は本当に皆がこの仕事をしているんです。運命なのかなと思うくらいに。
時は過ぎ、高校生になったころの出来事です。無理を言って父に「現場を見せてくれ」と頼み込んだことがありました。当時はフィルムカメラが主流。いざ現場へ足を運ぶと、そこにあったのはとてつもなく大きなCMのセット。まずはそのダイナミックさに驚きましたね。
そして、照明技師の父がファインダーを覗き込むやいなや、臨戦態勢だった助手たちが動きだし、各々が照明をあてる作業に移ります。しばらくして「洸星、おいで」と父に呼ばれファインダーを覗き込むと、真っ暗だったスタジオがキラキラしているように見えたのです。その時の衝撃は今でも忘れられません。働く父の姿を初めて目にし、いつか自分もこの仕事をしたい。早く照明技師になりたい。そう思うようになりました。
本当は高校卒業と同時に現場へ飛び込むつもりでいましたが、父に「視野を広げてこい」と言われ、大学へ入学。4年間しっかり大学生活を送ったものの、やはり照明技師以上に興味が湧く職業は思いつきませんでした。周囲がスーツに身を包む就活シーズンには、撮影現場に足を運び、仕事を覚えるところから第一歩を踏み出しました。
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02
ターニングポイントとなったビームスのMV
転機が訪れたのは今から約4年前の出来事です。当時は、25歳。照明技師の上野敦年さんのもとでチーフをしていました。上野さんのスケジュールがあまりに多忙なタイミングで、私が監督やカメラマンさんとコミュニケーションを取りながら、ほぼ単独で進行した案件があります。それが、ビームスの40周年を記念したMV。40年間の東京のカルチャーを、ファッションと音楽という2つの視点から振り返る「TOKYO CULTURE STORY 今夜はブギー・バック(smooth rap)」です。
予算・規模感ともに非常に大きく、山梨にある大きなイベントスペース、筑波のスタジオ、そして原宿のキャットストリートを使って撮影が行われました。上野さんが不在の中で、ほぼ一人でやり遂げたときにはじめて、「もうどんな仕事が来ても怖くないぞ」と思いましたね。この出来事をきっかけに自信を持つことができたのでたいへん思い出深い作品です。もちろん現場は大変でしたが、このときにご一緒した監督やカメラマンさん、私にチャンスを与えてくれた上野さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
BEAMS40周年記念『今夜はブギー・バック』で観るTOKYO CULTURE STORY/BEAMS40周年記念動画『今夜はブギー・バック』MV
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03
コミュニケーションを密にし、画づくりの目線を合わせる
その後、チーフを4年やったのち、晴れて照明技師に。自分の強みや個性が分かってきて、日々仕事が楽しくてしかたがないですね。手掛けた仕事はどれも思い出深く印象に残っているのですが、そのなかでも新たな挑戦ができたなと感じるのは、「アポロ11号による人類月面着陸の成功」をテーマにしたウイングアーク1st株式会社のテレビCMです。はじめてテレビCMを放映するクライアントで、オーダーは「とにかくかっこいい広告を」とのことでした。
このとき一緒に仕事をしたカメラマンの佐藤さんも私と年齢が近かったので、若い視点で自分たちにしかできないことをやろうと話しました。とは言っても、予算も限られていて、さらにキャストに子どもを起用しているので20時には撮影を終えなければなりません。こうした制限がある中で、どう自分たちの色を出して攻めていくかは非常に悩みましたね。
工夫した点は大きく二点あります。一つ目は、監督やカメラマンさんとのコミュニケーションを密にすること。アングルチェックの時間も多く取れない中で、関係者間で目線を合わせ、「こういう画にしたいよね」という擦り合わせをきちんとしておく。そうすると、監督の演出にかける時間が長く確保でき、結果としてそれがクオリティーの引き上げにも結びつくのではないかと感じました。
二つ目は、いい意味で機材にこだわりすぎないということ。もちろん長く愛用しているものもありますが、現場によっては必ずしもそれが正解とは限りません。特に、この作品の場合は屋内外はもちろんのこと、宇宙空間があったり、海外っぽい雰囲気があったりと、照明の工夫が求められるシーンが非常に多かったのです。
そのため、一つの機材に頼るのではなく、新しいものを積極的に取り入れました。たとえば、キャストが子どもの場合、夜の撮影が困難です。そこで、照明だけで夜を演出。黒澤フィルムスタジオに何度も出入りし、良さそうな機材があればすぐに使ってみるようにしました。
また、ロケットが月面着陸した瞬間の映像は、なるべくその時代にあるライトを使ったほうがリアルだと考え、中継シーンにはタングステンを使用。当時の時代背景も踏まえながら、時代に即したライティングができるよう工夫しました。ちなみに、カメラマンの佐藤さんも、手動式の30秒しか回せないようなビンテージのフィルムカメラを使って撮影されていましたよ。
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04
カメラの進化に合わせて照明もアップデートしていく
ソニーのα7SVが発売される際、その広告を手掛けました。広告自体もα7SVで撮影したのですが、フットワークの軽いカメラだなと驚きました。通常、三脚に載せて撮影…となると準備に時間が掛かるのですが、α7SVだとジンバルにくっつけてそのまま撮影に入ることができます。とにかく作業スピードがアップしました。
私は現場におけるスピードってすごく重要だと思っています。というのも、スピード感を持って仕事をすれば、監督が演出にかける時間が増え、結果として映像のクオリティーがぐんと引き上がるからです。
また、最近では周りでもVENICEを使う人が増えてきて、私自身現場で何度か目にしたことがあるのですが、そのときに感じたのは、感度をあげても映像がノイジーにならずクリアだということ。ライティングがしづらい場所でも、小さなライトがあれば簡単にかっこいい映像が撮れるんですね。実際の光量はほんのわずかなのに、まるで大光量で照らしているような仕上がりに感動しました。ここまでくると、カメラの進化に合わせた照明機材のチョイスが鍵を握ってくるようになると思います。
先にお話した宇宙を撮影するシーンでは、実際には見たことのない宇宙空間を想像してライティングを決めていきました。「シンプルに太陽が1つあるのであれば、ライトってそんなにいらないのではないか」、「18キロの大きなキーライトさえあれば、あとはもう反射の光だけで十分雰囲気を出せるのではないか」など。そんな想像を膨らませながら、カメラの進化に追いついていけるよう、新しい機材を積極的に取り入れています。毎回同じライティングをしないように、同じ機材を使わないように――。そうした挑戦や工夫をやめたら成長が止まってしまうとも思っています。
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05
ジャンルにこだわらず、成長の幅を広げていきたい
これからも、面白いと感じたことは何でも臆せずチャレンジしていきたいですね。昨年、サカナクションのオンラインライブの照明を担当させていただきました。普段は広告の仕事が多いのですが、音楽の現場もいつもと異なり、刺激的でした。たとえば、奥行きをつくるという意味で、空間ライティングの勉強にもなりました。
私自身は、広告専門とか映画専門でやりたいという気持ちはなく、幅広くさまざまなジャンルを手掛けていきたいと思っています。最終的に目標としているのは、やはり父。今でも自分の手掛けた仕事をSNSにアップすると、たまに「いいね」をくれるのですが、ちょっと嬉しいですよね。幼少期に「かっこいい!」と感じた記憶そのままに、ずっと父の背中を追い続けているのかもしれません(笑)。
私はまだまだこの業界では若い方ですが、下の方には負けないように、上の方には食って掛かるように。成長を止めずに第一線を走り続けていきたいです。ただ忙しくしていることがゴールではありません。どれだけいいライティングをできたかという視点でいくと、まだまだ先輩方には勝てないと思うことも多いのです。だから腕を磨いて自分なりに満足できるように努力し続けていきたいです。
あとがき
広告・MV・ライブとあらゆるジャンルを手掛けながら活躍の場を広げている小林氏。彼の中に固定観念というものはなく、新しいことを積極的に吸収していく姿勢を取材中に何度も垣間見ることができました。さらに、協業者との密なコミュニケーションやカメラマン・監督に対するリスペクトは、素晴らしい作品を作り上げていく上で欠かせないものづくりの姿勢なのだと改めて感じさせられました。今後もジャンルレスに経験を積んで、腕を磨いていきたいとお話していた小林氏。今後の活躍にも注目したいです。
Text : Yukitaka Sanada
Photo : Yuji Yamazaki