Masumi Takino
フォーリーアーティストの探究心
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滝野 ますみ
1990年生まれ。東京藝術大学 音楽学部 音楽環境創造科卒、東京藝術大学 大学院 音楽研究科修了。株式会社ヴェントゥオノにて映画、ドラマの音響効果、株式会社beBlueにてアニメーション、ゲーム、CM、インスタレーション、プロジェクションマッピングなどのサウンドデザインを手掛ける。現在は株式会社ネオンサウンドを設立し、幅広く活躍している。
“フォーリー”とは、映像を再生しながら足音や衣擦れなどの効果音を生で収録するサウンドデザインの手法。日本ではまだあまり知られていませんが、ハリウッドではフォーリーアーティストを専業でされている方も多く、今注目を集める仕事のひとつです。幼いころから音楽が好きで、学生時代にはピアノやサックスも経験したという滝野氏。音楽の表舞台ではなく、「サウンドデザイナー/フォーリーアーティスト」という裏方を選んだ理由とは一体なんだったのか。そして、滝野氏ならではの仕事のこだわりとは?広告、アニメ、映画、ゲームとジャンルを問わず活躍する滝野氏の3C(Creative Craftsmanship Challenging)を聞きました。
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01
幼いころから音楽が好き。でも演奏以外のクリエイティブにも挑戦したかった。
両親が音楽好きで、幼いころから音楽に囲まれて育ちました。私は姉の影響で小学生のころに地元の合唱団に入り、中学からサックスを始めて、個人的に先生についてクラシックサックスを習っていました。当時、毎日5〜6時間は練習していましたし、演奏は本当に好きだったので、漠然とサックスプレーヤーを目指していました。
ただ、大学進学のタイミングで、演奏のみをやっていくことに疑問を感じたんです。正直、「クリエイティブに関わるもっと色々なことをやってみたい」という気待ちが強かった。そこでビビッときたのが、東京藝大の音楽環境創造科でした。録音も舞台芸術もアートも、音楽を軸になんでも挑戦できそうな気がして、入学を決意しました。
大学では実際色々なことに挑戦できて、すべてが今の仕事に繋がっています。例えば制作活動では、作曲家とコラボレーションして、自分の演奏したサックスを多重録音し、5.1chサラウンドの音響作品を作りました。音響技術でどんどん作品が良くなっていくのが楽しくて、夢中になって制作しましたね。作品は海外のレコーディングコンペティションに出して、賞をいただいたこともあります。
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02
ターニングポイントとなったアートアニメ『グレートラビット』
当時、私が在籍していた音響専攻と藝大アニメーション専攻がコラボレーションし、アートアニメを制作する企画がありました。私は漫画や絵画も好きだったので、すぐに手を挙げたのですが、実際にやってみると凄く面白くて、「もしかして向いているのかも」と直感したんです。制作を続けていくうちに、卒業した先輩から仕事としてサウンドデザインを依頼されるようになっていきました。
ターニングポイントとなったのは、和田淳監督の短編アートアニメ『グレートラビット』のサウンドデザインです。動画を見ていただくと分かるとおり、台詞や音楽が無く、ほとんどが効果音のみで進行していきます。通常の商業映画であれば、音は派手に出したくなるもの。しかし、本作の場合は作品のコンセプトを重視して、タオルが擦れる音などを用いた地味な作り方をあえてしていきました。
その結果、非常に独特な演出に繋がり、唯一無二な作品に仕上がりました。そして、『グレートラビット』はベルリン国際映画祭短編部門で銀熊賞を受賞するなど、国内外で高い評価を得ることに。『グレートラビット』を通して、サウンドデザインを自分の仕事にしたいと考えるようになりました。
trailer | グレートラビット | The Great Rabbit
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03
映画やアニメ。ヒットの鍵を握るのは「フォーリーサウンド」。
卒業後は株式会社ヴェントゥオノに入社し、映画やアニメのサウンドデザインを担当しました。中には大ヒットした映画やドラマ、ゲームも数多くあります。
当時最も感動したのが“フォーリーステージ”です。これはフォーリーアーティスト専用の効果音作成・録音スタジオのこと。アスファルト・コンクリート・大理石・土・フローリングなど多様な床面が張り巡らされていて、さまざまな効果音を録ることができる空間です。
映画のフォーリーを収録する際は、このフォーリーステージで主人公の足音や動作音はもちろん、遠くで歩く通行人の足音など細かな音まで、すべて映像に合わせて音を選んで収録します。誰も気づかないような音でも、入っているのといないのとでは映像の奥行きや雰囲気までがまったく違って見えてきます。さらに、ただ映像のタイミングに合わせて効果音を出すだけではなく、声優さんのようにキャラクターの表情や台詞に合わせて演技をしています。
たとえば“衣擦れ”の音も奥が深いんですよ。注意して聞かないと分からない程度の音量ですが、服が擦れるときの音ひとつとっても演技をしながら収録することで、感情やキャラクターの性格が浮き出て見えてきます。実写の場合は、俳優さんが実際に着ていた服や履いていた靴をお借りし、よりリアルに近づけていきます。
またある時は、ビッグタイトルのゲームのフォーリーを担当しました。風や自然の描写が印象的な世界観のゲームだったので、大量の草を集めて手で振って風になびく草の音を収録したりもしました(笑)。ゲームの場合、無音にしてプレイされる方も多いと思いますが、ぜひ”音あり”で楽しんでもらいたいですね。ゲームは実写と違って現場音というのがありません。その分すべての音を一から作ってキャラクター性を表現したり、独特の世界観や没入感、リアルさを演出するためのこだわりが沢山あるんですよ。
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04
こだわりは、キャラクターやシチュエーションに合わせた沢山の靴
フォーリーサウンドを作るうえでのこだわりは沢山ありますが、今回は二つご紹介したいと思います。
一つ目は、どこへ行くにもレコーダーを持っていくこと。私は普段から音集めをしていて、工場や小学校、旅行先など、なかなか行けない場所には必ずと言っていいほどレコーダーを持参し、物を触ったり叩いたりして音を出してみるようにしています。最近の発見は、案外“瓦”がいい音を出すということ。瓦って、ただの石とは違うちょっと変わった音がするんですよね。それを発見してからはネットで瓦を大量注文して、実際にCMやゲームの効果音でも使いました。
二つ目は、靴。足音にはキャラクターの個性が強く出るので、自宅に大きなスーツケースと段ボール2箱分の大量の靴をストックしています。例えばシリーズもののゲームでは、キャラクターもどんどん増えますし、当然シチュエーションも増えていきますので、キャラクター分の靴を何種類もストックしています。靴の音にはこだわりすぎて、街を歩いているときでも他人の足元を注視するクセがついてしまいました(笑)。やっぱり高価な靴はそれだけいい音を出してくれたりします。
こうした音をチェックするときに、どのスタジオでも必ずと言っていいほど使われているのがソニーのヘッドホン、MDR-CD900ST。私自身、学生時代にソニー製品をはじめて手にしたのが、このヘッドホンでした。多くのスタジオで完備されているMDR-CD900STは、定番のリファレンスになっていると思います。
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05
音作りの最初から最後までを手掛けたい
最近は、プロジェクションマッピングやプラネタリウムで流れる映像のサウンドを手掛けました。どちらの仕事も新しい挑戦でとても新鮮だったのですが、特にプラネタリウムは長年の夢でしたので、実現したときはとても嬉しかったです。
プラネタリウムの映像は、小さなお子さんを対象にした全編アニメーションでした。音を作る前の段階から監督と構想を綿密に話し、子供の脳内の世界観を音で表現するというコンセプトが定まりました。そこから素材として赤ちゃん用のおもちゃの音などを録りためたり、普通では作らない変わった音作りにチャレンジしたんです。ミックスでも綿密な調整を重ね、アウトプットのところまでプロデュースし、プラネタリウムに行かないと聴けない唯一無二のサウンドを作ることができました。
このように、音作りのコンセプトから最終的なアウトプットという”最初から最後まで”を監督と話し合いながら作品づくりをしていくことで、映像に最もマッチした最善の演出をいつも心掛けています。今後も、プラネタリウムのような空間自体を魅力的にするサウンドデザインに挑戦してみたいですね。
あとがき
映画、アニメ、広告、ゲーム――。映像と名のつくところには、サウンドデザイナー/フォーリーアーティストの存在が欠かせません。幼少のころから音楽に触れ、表舞台ではなく裏方の仕事を選んだ滝野氏。ですが、根底にある“音楽が好き”という気持ちがブレることはなく、持ち前の探求心で新たなサウンドを作り出しています。改めて、私たちが普段何気なく見ている映像には、滝野さんのようなサウンドデザイナー/フォーリーアーティストによる音の存在がとても大きいのだと感じる取材でした。今後もジャンルを問わずに幅広い作品を手掛けていきたいと話していた滝野氏。今後の活躍が楽しみです。
Text : Yukitaka Sanada
Photo : Yuji Yamazaki