Keisuke Imamura
独自の映像表現
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今村 圭佑
1988年生まれ。富山県出身。日本大学芸術学部映画学科撮影・録音コース卒業。大学在学中より藤井道人氏と自主映画を制作する。卒業後はKIYO(清川耕史)氏のもとで約2年アシスタントを務めたのちに、24歳で撮影技師としてデビュー。映画・CM・MVのカメラマン、撮影監督として活動。2020年には映画「燕 Yan」で長編監督デビューを果たす。
20代の頃から映画やCM 、MVなどジャンルを越えて、映像作品を撮り続けてきた今村氏。各方面のトップクリエイターから、絶大な信頼を集めているカメラマン・撮影監督だ。2020年には映画「燕 Yan」にて、監督業にも進出。常に挑戦を続けながら映像作品と向き合う今村氏の3C(Creative Craftsmanship Challenging)を聞きました。
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01
本気で好きになった先に、
数々の出会いがあった
数々の出会いがあった
高校生の時にどうしても富山から上京したくて、東京にしかない学部・学科を受験しようと考えたんです。それで、日本大学 芸術学部の映画学科を受けました。監督コースもありますが、そちらは倍率が高かったので、倍率の低かった撮影・録音コースにしたんです(笑)。
実は高校生まで映画はたまに観る程度だったので、大学に入ってから仲間の会話に全然入ることができなかった。そこで大学の図書館に通って視聴できる映画を、「あ行」から順に片っ端から観ていきましたね。「東京に行きたい」という動機で大学に入ったので、本当に映画を好きになろうと必死でした。
大学3年生から自主映画を撮るようになり、初めて手にした映像制作用カメラがソニーのNEX−FS700です。あのカメラは革新的でしたね。その後は、大学の先輩だった藤井道人さんとデジタル一眼カメラを買って撮影していました。その頃からどんどん映画にのめり込んでいきましたね。卒業後はカメラや機材の勉強をしたくて、KIYO(清川耕史)さんのもとでアシスタントとして2年くらいお世話になりました。
その間に藤井さんの低予算の映画なども撮っていて。それがきっかけで、数々の著名な広告を手がけているクリエイティブディレクターさんとも仕事をするようになりました。その後、その方の紹介で乃木坂46のMVも撮らせてもらったんです。当時のクリエイターからは、私がデジタル一眼カメラで撮る映像が斬新に見えたようで、乃木坂46のMVを撮った頃から色々と声がかかるようになりました。
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02
演者とリンクした瞬間の手応え
藤井さんが監督をした映画「新聞記者」でも撮影を担当しました。本作品では、原作を読んで思い浮かんだ映像やアイデアを打ち合わせなどで随時、藤井さんに提案していました。「新聞記者」は対比の物語なので、それを構図で表現できるように意識したんです。
藤井さんはそこまでカット割りを細かく指示する監督ではないので、人物対比の構図など相談しながらカット割りを決めていきました。
もちろん、現場で”感じる”ことも重要です。俳優と呼吸を合わせながらカメラを向けていると、「この後こっちに向くな」と動きが直感的に分かるんです。そして、俳優の気持ちが籠った瞬間を逃さず、シーンを撮れた瞬間が一番気持ちいいですね。現場でこういった手応えを感じる瞬間がある反面、事前に考えることも大切だと思っています。ここは私の中でも大きな葛藤があって。事前に考えながらも、現場でも空気を感じる。本当はこの両方ができるのが、理想なんでしょうね。
映画「新聞記者」予告編
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03
同世代の才能とお互いを高め合う
映像作家の山田智和とは大学が一緒でした。在学中はあまり関わることがなかったのですが、卒業後に自主制作の映画の現場で会うように。仕事では接点がほとんどありませんでしたが、「いつかは一緒にやるだろう」という気持ちはありましたね。そんな中、米津玄師さんの「Lemon」のMVで、一緒に仕事する機会を得たんです。当時は「現場で何かを掴みたい」という思いが強かったので、その場で色んなことを試していきました。
大まかなシチュエーションや構成は決まっていましたが、カット割りや外から降り注ぐ光の演出は現場で決めていきました。この時はグリマーグラスフィルターとシアンのCC20Cのフィルターを使っていました。昔はゼラチンのフィルターとスチールのフィルターを組み合わせた自作フィルターを、レンズに取り付けたりもしていましたね。今その映像を見てみるとかなり攻めているなと、自分でも思います(笑)。特徴的でないと若くして世に出ることは難しいので、思いついたことを必死でやっていました。
米津玄師 MV「Lemon」
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04
監督業で再確認した、カメラの面白さ
オファーをいただいて映画「燕 Yan」で初めて監督を経験しましたが、引き受けるまでには相当悩みました。それでもやろうと決心したのは、映画やMV、CMと色々な撮影をしてきた中で、CM現場に行くと「MVの人」と言われ、映画の現場に行くと「CMの人」と言われ、MVの現場に行くと「CMの人」と言われてきて、そういった”ジャンルの壁”を飛び越えようと考えたからです。
映画にMVのエッセンスを入れたり、CMに映画のエッセンスを入れたりして、面白いものを作り、日本の映像業界をもっと良くしていきたい。ジャンルなんかに縛られず、活躍している人がどんどん活動していかないと作品のクオリティーが上がっていきませんからね。そういった思いで、監督業にも挑戦しました。
「燕 Yan」は日本と台湾を舞台にした映画で、セリフも半分以上は中国語。主演の水間ロンくんが中国語を話せるので、台湾のロケハンにも同行してもらって移動や食事をともにしながらコミュニケーションを深めて、作品の雰囲気作りをしていきました。また、自分にできることを考えた上で、凝った演出ではなく、俳優の動きに合わせてカメラを手持ちで回し、ドキュメンタリーのように撮影したんです。
でも、いざやってみて監督とカメラマンという職業が分かれている理由がよく分かりましたね(笑)。とても面白かったですし、また挑戦してみたいとも思っています。ただ、自分はカメラマンが向いているし、撮影が好きなんだなと改めて感じました。
映画『燕 Yan』予告
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05
その機材にしかできないことがある
撮影用クレーン「JIB50」は藤井さんと自主映画を撮っている学生の頃から使っています。何より軽くて、素早く動けるのがいいですね。大型のJIBの方が安定感はあるのですが、映画の撮影などで日本の狭い場所でも機動力が発揮できるのが便利なんです。カメラが入りにくい場所だと、コンパクトなJIBでないとやっぱり無理なんです。
「α7」も撮影現場には必ず持って行きますよ。小さいカメラにしか撮れないシーンというものがありますし、車内などの狭い空間も「α7」でないと撮れないですからね。2021年に公開する映画「ヤクザと家族 The Family」の撮影でも使っています。今度は「VENICE」を使ってみたいですね。
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06
若い世代が育っていく業界であってほしい
映像業界も若手不足という現状で、どうしたら興味を持ってもらえるかは自分なりに考えています。人材が少ないとライバルがいなくなりますし、そうなると「これでいいか」と若手も中途半端になってしまう。下からの突き上げがあるからこそ、私を含めた上の世代が「こんな奴が出てきたのか」と刺激を受けて、さらに成長していくことにもつながります。
だからこそ、若い人に興味を持ってもらえるような、いい作品を作っていかなければならない。現場で忖度せずに、まずは自分がいいと思ったものを撮るようにチャレンジしていくことも絶対に必要なんです。
私自身、24歳でプロの世界に入れて本当に良かったですし、そういった人が増えれば若手がたくさん出てくると思っています。映画学科に入る学生も減っていると聞いていて、この業界だと将来に不安を感じる人も多いですよね。だったら自分が経験したことや業界のことでも、知っていることなら何でも教えて、不安を一つでも解消できればなと考えている最中です。
あとがき
ジャンルを問わず、様々な映像作品に関わる今村氏。インタビュー中には「日本映画は、現場で俳優の演技を見ながらカット割りを考える場合が多いのですが、事前に色んな準備をしてカット割りをしたり絵コンテを書くことでしか生まれない画やお芝居もあると個人的には思っています」という言葉があり、「日本映画の可能性を広げていきたい」という想いが伝わってきました。さらに今村氏から発せられた言葉から、「日本の映像作品のクオリティーを上げていきたい」、「若い人たちがもっと活躍できる場所にしたい」という、確固たる信念を感じました。これからもその信念を胸に、日本を代表する作品を撮り続けていく今村氏に注目していきたいと思います。
Text : Yukitaka Sanada
Photo : Ryosuke Oshiki