災害大国ともいわれている日本は近年にもさまざまな大災害を経験し、災害対策への意識が一層高まっています。一方で災害対策は災害後の対応に重点が置かれ、どのように備え、行動すればいいのかという視点での対策がまだ十分に浸透していません。
今回は災害情報・災害心理の研究者である東京大学准教授・関谷直也さんに、災害対策に役立つ最新技術の可能性、および災害対策として本当に必要なことについて、お話を伺いました。
「東日本大震災以降、日本の災害対策の傾向として、どちらかといえば災害後の対応や復旧に重点が置かれている傾向があると思います。大きな地震や津波が起きたり、水害が発生したりした場合、被災者がその後の生活をどのように取り戻すのか、そして周囲がどのように支援していくのかに焦点が当てられます。
それらは当然重要ですが、それよりも、先ず災害対策において本当に重要なことは、災害が起きた時にきちんと正しい知識を持って安全な場所に避難することです。自分や家族の命を守るために、避難が可能な安全な場所や避難ルートとしてどういう道を使えばよいのかなどを、事前に知っておくことが本来の災害対策として最も重要なのです」
「例えば、大都市部でいうならば、大地震の発生後に火災が市街地全体に広がっていった場合、どのように避難すればいいのかなどを知っているかどうかということです。大都市部では、地域単位で大きな公園や緑地、大学などといった広域避難場所が指定されています。地震後の大規模火災に備えて、最終的にはそこに逃げる必要があります。避難所は火災延焼の可能性がなくなった後、自宅にいられない場合に行く場所で、直後に避難所に行くのは間違いです。
また単純に考えれば、最短距離で広域避難場所に向かおうと多くの人が思うはずです。しかし、それも違います。路地など狭い道を抜けていこうとすると、火災の延焼によって、燃え広がる火に囲まれる可能性があります。大都市圏では、道幅の広い道路は飛び火などで燃え広がりにくいように、背の高いコンクリート造りの建物を建てておくなど都市計画が進んでいます。そのため、できるだけ早めに道幅が広い道路に出て、そこを通り、広域避難場所に向かうことが最善の避難方法といえます。また駅の近くなど火災の燃え広がる可能性のない場所「地区内残留地区」は、そこから動かないことが最善です。地震後、都心部では「火災」に気をつける。あらかじめ自分の身を守るための原則論をいくつか知っておけば、被災する確率を少しでも抑えられるでしょう」
「災害の形態やパターンは多様です。また、災害対応に唯一の正解というものはありません。自治体や企業にとって災害対応はとても複雑です。どんな災害でも、それが初めての経験になります。そのため、被災した自治体には、過去に災害対応を経験した自治体職員が応援に行って、支援・アドバイスをするというのが通例となっています。
災害対策をマニュアル化するのは簡単ではありません。地域ごとに災害の特性も異なりますし、その地域のことを知っているのは、その自治体の職員しかいません。とはいえ、ある程度の『ガイダンス』は作れるのではないかと思います。例えば災害対策の専門家ならば、気象庁や河川の管轄事務所などからのさまざまな情報やデータを見れば、今何が起きていて、次にどういった危険が迫りそうかなど、ある程度は予測できます。そのようなノウハウを情報化、手順化するのはある程度可能ではないでしょうか。
BCP(事業継続計画)対応として、災害時はまず、どの企業でも従業員の安否確認を行うと思います。災害が収まれば商品の在庫などを確認して、取引先が被災して、納入されない場合は別の取引先を開拓して取り寄せるなど手配するでしょう。自社の設備の点検、工場ならば様々な装置の点検が必要になるでしょう。その後、現場の状況を判断して営業停止や再開の目処を立て、取引先などに連絡をすると思います。こういった手順について、企業によって細かいところに違いはあっても、基本的なノウハウは共通しているのではないでしょうか?
先例となる教師データは少ないので、難しいとは思いますが、災害時の対応について一定程度のノウハウが存在し、それが活用できるとするならば、将来的には意志決定の支援もできるはずです。自治体や業種ごとのマニュアルの管理、情報の共有や更新といったことでAIが活用できるのではないでしょうか」
「超高感度カメラといった映像技術が、夏場の夜間に多発する災害対策に大きく役立つと思います。夏は日中の強い日差しで地面付近の空気が暖められ、水蒸気を含んだ空気が上昇して積乱雲を作り、局地的な豪雨が発生します。それが極端化したり、長時間続けば、水害、土砂災害が発生します。また、それは往々にして夜間の場合もあります。実際、2018年の西日本豪雨をはじめ、過去にもいろいろな災害が夏場、また夜間に発生しており、そのことが犠牲者を増やす要因にもなっています。
そして、災害対応において、単なる水位系の数値よりも、河川状況のカメラ映像の方が実感としてつかみやすく、政府の関係機関や多くの先進的な市町村では監視カメラを設置するところが増えています。
例えば、超高感度カメラを使ってリアルタイムに、夕方から夜にかけて大雨が降った後の河川やダムの水の様子を、映像で見られたらどうでしょう。水位センサーなどの数値よりも危険な度合いが実感でき、避難指示も、より迅速に出せるかもしれません。
河川や田畑の様子を見に行って亡くなるという方も毎年必ず発生しますが、仮に超高感度カメラなどで確認できるならば、そのような人はいなくなるでしょう。また、人間は実際に身に危険を感じるまで逃げようとしません。したがって、河川に近い家庭でもインターネットなどでその映像が確認できれば、避難指示の説得力が増すでしょう。
夜間に水位がはっきりと確認できる超高感度カメラが、日本中の河川にもっと張り巡らせられるようになれば、河川の防災対策がドラスティックに変わると思います」
「先ほども触れましたが、大都市圏での地震では火災からの避難がとても重要になります。しかしながら、地震時に、どこで火災が発生していて、どのくらいの規模になっているのかを広域、リアルタイムかつ詳細に把握できる技術が今のところはありません。
センサーネットワークの活用も考えられますが、火災になれば、焼失や停電のためセンサーを通じて情報を得るのは困難です。現代版の火の見櫓として、広範囲で火災が俯瞰できる技術があれば、避難誘導に役に立つはずです。
そこで、上空から広範囲かつ稠密に温度を色で表示したり、煙を透過して炎が直接見えるカメラなどがあれば、より明確なビジュアルとして火災の状況が把握できるでしょう。超高感度カメラとはまた違った技術が必要になると思いますが、そういったカメラが開発されれば、数千、数万人単位で犠牲者を減らすことができるかもしれません」
「最新の高解像度カメラや画像解析の技術が発達し、短時間で広範囲に、かつ数センチ単位まで把握する技術が実現化すれば、地震発生後の自分の家の傾き、水害後の浸水深(洪水・津波などで浸水した際の、水面から地面までの深さ)は即座に把握できるはずです。そうすれば、災害後にどのくらい被害を受けたかを認定してもらい、災害復旧や被災者支援の基本的な資料となる罹災証明書の作成や申告はドラスティックに変わるでしょう。人工衛星で地上を撮影した画像から、広範囲に被災前と被災後の状況を比較するのです。それによって、個々の家屋の浸水深や傾き具合など分かれば、全壊なのか半壊なのかといった被害認定が可能になります。
これは些細なことに思えるかもしれませんが、それだけで災害後の手間とコストが大きく省けるのです。罹災証明が発行されないと家屋が取り壊せないし、地震保険の申請にも影響します。また、自治体にとっても想定する仮設住宅への入居者数の根拠にもなるなど、罹災証明の判定は災害後の復旧に大きく関係しています。実際、罹災証明には多大な時間と人手がかかるため、災害後に、全国の市町村から被災地に集まる応援職員の多くはこの業務に携わります。
災害後にはあらゆる業務量が増えます。もし、仮に、罹災証明を簡易化できれば、他の様々な業務に人を回すことができます」
「今後、各企業で一人でも構わないので、防災のことをきちんと学んだ専任担当者を置いて欲しいと思いますし、そのような人材を育成する必要があります。今、企業ではIT化が進んだことでCIO(最高情報責任者)やCDO(最高デジタル責任者)といった、情報担当やデジタル担当の経営幹部が置かれるようになりました。それと同じように、日本の企業には防災に詳しく、災害・危機に対応できる経営幹部を置く必要があると思います。災害の多い日本において、災害対応は企業の経営に大きな影響を与えるからです。
また、いつ起きてもおかしくないといわれている首都直下地震を想定した場合、災害時には企業間連携が大きな意味を持つでしょう。現在は自治体とライフライン企業を中心に連携は進んでいますが、多くの企業で進んでいるとはいえません。大規模災害では、企業が個々に災害対策をやろうとしても無理なので、平時から業種間、また企業間の壁を越えた共同で議論できる場を作って欲しいと感じています」
近い将来、私たちが気づかないうちに、災害対策に最新技術が取り入れられているかもしれません。また、日頃から災害対策への意識を高めておくことや、企業間での連携の必要性を実感しました。
企業にとっても、BCPをコストではなく投資であると捉えようという声はあがっていますが、なかなか進んでいません。とはいえ、被災した場合には、そのような対策を行っているかどうかはその後の企業活動に極めて大きな影響を及ぼすことになります。今一度、災害対策をBCPにおける最重点項目として捉え、再点検することが求められています。
東京大学大学院 情報学環総合防災情報研究センター 准教授
専門は災害情報論、社会心理学。災害時における人の心理、社会現象、避難行動、風評被害、原子力防災などに焦点を当てて研究している。著書に『「災害」の社会心理』(KKベストセラーズ、2011年)、『風評被害―そのメカニズムを考える』(光文社、2011年)など。