デジタル時代におけるメディアの存在意義\

Chamber 34
2019.5.13

デジタル時代におけるメディアの存在意義

テクノロジーの進歩が私たちの生活を便利に、そして豊かにしてきました。テレビや雑誌、そしてインターネットを通じてたくさんの情報を得ることができる、まさにメディア多様化の時代。これからの時代、メディアはどういう未来を辿っていくのでしょうか。テクノロジーをとおして未来を見据える雑誌『WIRED』日本版の編集長の松島倫明さんにお話を伺いました。

デジタル時代におけるメディアの存在意義\

――まず、松島さんが『WIRED』日本版の編集長に就任されてからリブート号となる「ニューエコノミー ぼくらは地球をこうアップデートする」と、2号目となる「デジタルウェルビーイング 日本にウェルビーイングを」が発行されました。手応えはいかがでしょうか。

「リブート号を発売するタイミングが『WIRED』US版の創刊25周年だったこともあり、『WIRED』のこれまでの25年を見つめながら、次の25年を考えていくものにしたいと構想を練っていました。その結果が、創刊エグゼクティヴエディターのケヴィン・ケリーが唱えた『ニューエコノミー』を起点にした内容でした。

続く号では、僕自身が書籍編集者だった頃から追いかけてきた『ウェルビーイング(身体、精神、社会的に幸福な状態)』をテーマにしました。これまで発行してきた『WIRED』日本版史上、これほど緑に囲まれた表紙はなかったと思うので、そういう意味では新しいものを発信できたのではと思っています」

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――まさにこの号は、鎌倉で自然と共生している松島さんらしさが出ていると思います。しかし、テック雑誌で「ウェルビーイング」を取り上げることに疑問を抱く人もいたのではないでしょうか。

「読者の中には『WIRED』を単純なテック雑誌だと思っている人がいるかもしれません。しかし、それは大きな誤解で、僕らの使命は“テクノロジーをとおして人間の営みを考察すること”なんです。そういう意味では、今回のようにテクノロジーをとおしてウェルビーイングを語ることも、ひとつのチャレンジだと捉えることができます。

それに加えて、『WIRED』は『今年はこれが流行る』と時代ごとのトレンドを読みながら目先の予測めいた話をするのではなく、20〜30年先を見据えながら『こういう未来に向かうのが面白いよね』と提示できる雑誌でありたいと日頃から考えています」

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――松島さんは、テクノロジーにどのようなことを期待されているのでしょう。

「自然とテクノロジーという意味では、前号でも取材しているケヴィン・ケリーが1994年に『Out of Control』という本を出版しているのですが、その中で『自然はますますテクノロジーになり、テクノロジーはますます自然となっていく』と書いている。つまり、自然はバイオ工学といったテクノロジーにハックされ、一方でテクノロジーは遍在して僕らを取り巻く自然環境のようになっていくわけです」

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――両者の境界線が融解していくわけですね。

「例えばソニーのウォークマンは、生物としての自然を拡張することで新しい世界をつくったと言えるのではないでしょうか。人間がもともと持っているポテンシャルを引き出したり、持っていないものをプラスしていくことがこれからのウェルビーイングになるんじゃないかなと思います。

一方で、そういう新しい拡張をもたらしてくれることと同時に、自然に溶け込むことで社会インフラになっていくテクノロジーもありますよね。特にサービス系はどんどん見えなくなっていくでしょう。それは僕らが電気を当たり前のように使うことになったように。テクノロジーが成熟すればするほど、もはやそれを意識することはなくなっていくのです。それはつまり僕らの生態系に組み込まれたということでもあるので、ウェルビーイングの可能性を考えるときも、いちばんの議論になるんじゃないかと思います」

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――人々がウェブに情報を求める時代に、雑誌を発行することの意義はどのように考えていますか。

「僕らは実装するメディアを目指したいと思っています。ただコンテンツを出して終わりではなく、社会にコンテクストを打ち込んでいきたい。今号に『日本にウェルビーイングを』というサブタイトルをつけた理由もそこにあって。つまり、このテーマにコミットしていくというある種の宣言でもあるんです。これからテクノロジーが僕らの生活をさらに豊かにしていく中で、どうやってウェルビーイングを能動的に実現していくか。その問いに対して、僕らが考える新しい価値の軸をしっかりと提示していく。そしてその宣言は、紙媒体つまり記録として残るものにしたい。ときにはリアルなイベントをしたり、企業と一緒にラボ的なものをつくってプロダクトや事業に落とし込んでいったりしながらじっくり考えていきたいと思います」

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――これからの新たな取り組みを考える際に今、注目しているテクノロジーはなんですか。

「次は『ポストモビリティ』を特集したいと考えています。というのも、最近になり自動運転をはじめとする未来のモビリティについてさまざまな議論が行われていますよね。でも、インフラやモビリティ側の視点に終始することが多いなと感じていて。そうではなく、人間の側から見つめ直すとどうなるのか考えていきたいんです。

そうすると何が見えてくるのかというと、僕らが運びたかったものは何なのかという問いです。人間の体なのか、意識なのか、親密さといった感情なのか。もしかしたらモビリティを整備していくよりも、現実世界をすべてデジタル化してミラーワールド(デジタル化された現実空間)を実装した方が早いんじゃないかという話もあります。現実問題として、鎌倉にあるような細い道や都心部では自動運転はなかなか厳しいでしょうから。

そして、本当に社会をすべてデジタル化していくとなると、都市や人間の動きをすべてリアルタイムで検知していく必要が出てきます。いま自動運転車がやろうとしているのも結局はこれですよね。そうすると何が必要になるのかと言うと、遍在するカメラが大きな鍵を握ることになります。全人類がカメラを使って現実世界をスキャンしていく時代になるのが、真の意味でのモビリティ社会なんじゃないかと読み替えもできるくらいに。あらゆるところにカメラが存在するようになって、センシングされていく。そして、スキャンされた3Dデータが組み立て直されて現実世界と生き写しのミラーワールドが構築されていくわけです。そして、その後に何が起こるかと言うと、新しいプラットホームが生まれます。その覇権をどの企業が握るのか。それを考えていくのも面白いですね」

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――モビリティというか、もはや世界を考えるわけですね。では、そうやってテクノロジーが発展していくなかで雑誌やWebメディアの役割はどうなっていくと思いますか。

「現在はあらゆる企業がオウンドメディアをつくっていますよね。それと同様にメディアはあらゆる業態になっていくと思います。そこはボーダレスになっていくはず。例えば、小売の企業がメディアを持って宣伝から購買まで自分たちで完結させていくのと同様に、メディアの側から小売になっていくと。つまり、『WIRED』が選んだものに価値が生まれていく。もちろんそれは狭い意味での小売のガジェットに限らず、あらゆるもののビジネスソリューションになるんじゃないでしょうか。僕らはそれらも込みで『実装するメディア』になっていきたいと考えています」

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――では、メディアの中でもテレビ業界はどうなっていくと思いますか。

「テクノロジーは物事を民主化していくのですが、これまでの数十年は一家に一台、もしくは複数台のテレビがある環境が生まれましたよね。

コミュニケーションの方法にしても、今は文字から音声やビジュアルのコミュニケーションにどんどん移行しているので、そういう形でのプラットホーム化が進んでいくのではないでしょうか。そう考えるとテレビは面白いと思います。再びミラーワールド的な話をすると、テレビは現実世界とミラーワールドを繋ぐことができるので、インターフェースになることができるはず。

あと、個人的にはテレビとか車とか、若者離れが進んでいると言われているものが今はすごく愛おしいんですよ(笑)。つまり、それだけのために時間を使うのってものすごく贅沢でラグジュアリーな体験なんです。車とかはまさにそうで。自宅のある鎌倉から東京まで約1時間なのですが、考え事をする時間として最高だなと。テレビも似たようなものじゃないですか。一回りしてそういったものに価値が生まれる気もします」

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――そういう中で、これからの『WIRED』がこだわっていきたいポイントはどういったところでしょうか。

「雑誌にはページネーションというものがあるんですけど、わかりやすいビジュアルは入れないようにしています。僕の理想は、文字が一切ない表紙なんですね。WIREDというロゴとビジュアルだけあればみんなが『これだよね』と手に取ってくれる。そういった強さのある雑誌にしたいと思っています。

そして、読者を毎回裏切って驚かせたい。ちょうどUS版も全米雑誌賞のデザイン賞を今年も受賞したのですが、デザインはすごく考えていますね。日本版でも、文章で説明していることはあえてビジュアルでは表現しないようにしています。ときには一見まったく関係のないものを載せることもあるんですけど、それはつまりわかりやすさだけを提供するのではなく、0.5秒しか意識して見ていないかもしれないビジュアルの意図を、文章を読んでいくことで体感するという経験を届けたいからなんです。

『WIRED』日本版のクリエイティブディレクターである伊藤直樹さんも常々『WIREDは発想を触発する雑誌だ』と話しているんですけど、手にとってパラパラとめくりながら感じていただけるといいのかなと思います。特にこれだけいろんなものがオンライン上で完結するようになった中で触覚はすごく贅沢なものになっていくはず。あまねくそういうものの価値が上がっていくのではないでしょうか」

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テクノロジーの進歩によって、テレビや雑誌というトラディショナルなメディアの在り方が問われる昨今。松島さんは雑誌を通して情報を届ける意義、その新たな価値観を語ってくれました。「テクノロジーをとおして人間の営みを考察していきたい」という言葉の中に、人とテクノロジーの良好な関係を発信してきた雑誌の哲学と、松島さんの信念が垣間見えた気がします。

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松島 倫明

『WIRED』日本版編集長

1972年東京生まれ。1995年株式会社NHK出版に入社。村上龍氏のメールマガジンJMMやその単行本化などを手がけたのち、2004年からは翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどに従事。『FREE』『SHARE』『ZERO to ONE』『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』『〈インターネット〉の次に来るもの』『BORN TO RUN』など数々の話題書を手がける。2018年6月より現職。

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