近年、「自動運転」に関するニュースが多くのメディアを賑わせています。行き先を入力すれば、人間は何もしなくても自動的に車が移動してくれる。そんな夢のような未来は、どのくらい先に待っているのでしょうか。そして、自動運転は、人間による運転以上に「安全」なのでしょうか。自動運転の現状と課題について、20年以上にわたって研究に携わり、多くの実証実験を手がけている慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授・大前学さんにお話を伺いました。
「そうした期待の高まりに応えるべく、精力的な技術開発が行われています。まず前提となるのですが、自動運転の研究領域には大きく二つの流れがあります。一つは、ABS(Antilock Brake System)やVSC(Vehicle Stability Control、車両安定制御システム)といった操縦安定向上技術や車間距離維持システム、車線逸脱防止システム、衝突防止システムなどの予防安全技術が進化して自動運転へと至る流れです。『車の足元から頭へと上っていく流れ』と言い換えることもできます。
もう一つは、高度なAIや認識技術の研究者らが『これからは自動車が熱いぞ』と、それらの技術を自動車に適用するような流れ。これは言い換えれば、『車の頭から足元へと降りていく流れ』だと言えます。
私自身は、前者の流れに属する研究者だと認識しています」
「時折、『システムによる自動運転は、人間の運転より安全性が高い』というような表現を耳にしますが、現時点ではそう言い切るだけの論理的な説明は難しいと思います。というのも、それを客観的に説明できる十分なデータがないからです。もちろん、自動運転車の開発を行っているメーカーには、それぞれ独自の基準があるのかもしれない。しかし現状では、自動運転の安全性に対する公的な決まりごとや、統一の安全基準はまだ策定中の段階です。そうなると、今のところ最も分かりやすい『安全』な状況は『歩行者や他の車、障害物にぶつからない』というものになります」
「例えば日本では、自動運転の自動化レベルを判断するにあたって、SAE(Society of Automotive Engineers)が定めた0から5までの6段階の定義を利用しています。
レベル0は、完全に人間が運転するシステム。現在実用化されている運転支援システムの多くはレベル1(1種類の運転操作をシステムが支援)もしくはレベル2(2種類以上の運転操作をシステムが支援)になります。ここまでは、安全運転の責任が人間側にあるのですが、レベル3と4では、運転操作と状況監視の両方について、自動運転モード中の責任主体がシステム側になります。
レベル3と4の違いは、機能限界時や機能失陥時にシステムの要請に応じてドライバーが運転を引き継ぐ必要がある(レベル3)か、ドライバーの介入や引き継ぎが不要(レベル4)か、というところ。
なお、レベル3とレベル4では、自動運転システムの作動領域は高速道路や特定の走行ルートに限定されますが、レベル5ではこうした縛りが無くなります。現在、オーナーカーの自動運転ではレベル3、バスなどの無人自動運転移動サービスではレベル4の実用化・市場化が目標となっています」
「あくまでもひとつの例ですが、高速道路を時速100キロで自動運転している車の操縦制御回路が壊れたら、間違いなく命に関わる大事故になります。また、レベル3の自動運転を実用化しようとすると、システムや駆動系を含むあらゆる仕組みを二重化し、いざというときにきちんと止まれるようにしておく必要があります。他にも、機械の故障だけでなく、いわゆる例外事象や、システムの誤動作、センサーの誤検出などにも、完全に対応できる仕組みを作り込まなければいけません。
逆に言えば、そこまでの対策ができなければ、製品化は難しいのです。こうした車が実用化されて、店頭に並ぶのは相当先の話になると思います。私個人としては、オーナーカーにおいてはレベル3の自動運転車を作るよりも、完全自動運転並みの知能を持って、人の運転サポートするレベル2の自動運転の実現が現実的なゴールになるだろうと思っています」
「私が実証実験に使っている車両では、GPSに加えて、車載カメラやLiDAR(light detection and ranging、光による検知測距)ユニットといったセンサー類を組み合わせています。それらから得られたデータをリアルタイムに処理するのですが、処理のロジック自体は比較的シンプルです。センサーで検知した歩行者や障害物が、進路内に入っていれば、運転速度を落としたり、止まったりといった動作をします」
「はい。危険予測の仕組みは、自動運転の安全性において、とても大切な要素です。現状、センサー類で検知した動体の移動速度と自車のスピードから、相手が安全な範囲にいるかどうかを判断するといったことは行っています。
今後、重要になってくる研究要素としては、公道における潜在リスクに、システムとしてどのように対応していくかということがあります。例えば、自車のセンサーが捉えている前方車両の陰から、歩行者が出てくることが予想されるような場合。そのような状況で、どのように運転を制御するかが問題になってきます」
「少しでもリスクがあるからといってひんぱんに停車や減速を繰り返してしまうと、公道ではかえって危険な状況を作り出してしまうことになりかねない。また円滑な交通を阻害して、あちこちで渋滞を引き起こしてしまうかもしれない。予測に応じて『良いあんばい』で対応するというのは、システムにとってかなり難しいのです。
また、画像やレーダーで何らかの対象物を捉えられたとしても、それがうまく認識されて、処理の対象になるかという問題もあります。人間であれば、前を走っている車のガラス越しに見える歩行者を把握するようなこともできますが、システムでそれをやるのはかなり難易度が高いのです」
「ただ、自動運転車ならではの強みもあります。それは『通信』を使える点です。例えば、前方を走っている車の、さらに先の状況は自車のセンサーだけでは検知できませんが、もし、先を走っている車にもセンサーがついていて、その情報を共有することができれば問題は解決します。
もちろん、そのための通信インフラが整っていることが前提条件ですが、他の車両や周囲の環境にあるセンサーからの情報を使えれば、自車からは見えない要素に基づいた危険予測も、よりシンプルなロジックで可能になるかもしれません。地域ごとにエッジサーバのようなものを設けておき、その地域にある自動運転車が集めた情報をそこで処理して、その結果をそれぞれの車両が安全運転のために利用するといったこともできるかもしれない」
「私は自動車の『遠隔操縦』に関する研究も行っているのですが、5Gのような広帯域無線インフラに期待しているのはおもにそういった領域です。
自動車の遠隔操縦を実現するにあたって、大きなネックとなっているのは無線通信の帯域幅の狭さと遅延です。もし、5Gによってそれらが解消されれば、長距離輸送のトラックを、遠く離れた場所にいるドライバーが、交代で運転しながらノンストップで目的地に運ぶといったことも実現できるかもしれません」
「現在の日本では、自動運転に対して、大きく二つのアプローチがあるように感じます。一つは、自動車業界がメインプレーヤーとなるオーナーカーの自動運転に向けたアプローチです。自動車は、日本の経済にとって重要な基幹産業ですから、この分野で世界に対して優位性を持ちたいというのは当然でしょう。
もう一つは『ラストワンマイル自動運転』のアプローチ。こちらは世界的なマーケットの広がりには欠けるかもしれませんが、私としては深刻な人口減少や少子高齢化に直面する日本にとって、非常に重要な技術だと考えています」
「『ラストワンマイル自動運転』は、鉄道駅やバス停といった交通の結節点や、病院や店舗といった特定の拠点と、人が住んでいる個々の住居とを自動運転モビリティでつなぐものです。モビリティを単なる個人の乗り物ではなく、フィールドを走るサービスロボットのようなものと捉えることで、社会インフラとしての発展性も高いと考えています。
各地で多くの実証実験を行っていますが、実験してみて、初めて気がつくことも多いのです。例えば、当たり前ですが、自動車を走らせるためには整備された道路が必要です。実際に公道で自動運転車を走らせてみると、あらためてその重要性に気がつきます。道路は、年数が経てば劣化していきますし、夏には除草、冬には除雪が必要な地域もある。自治体や地域の方々が道路保全の取り組みをしているからこそ、その上を車が走ることができるわけです。そういったことを考えると、高齢化が進み、人口が減っていく中で、もしかしたら道路保全をするための自動運転というものを先に考える必要があるかもしれません」
「自動運転は、『次世代モビリティ』という大きな社会的フレームワークの一部として重要な要素のひとつですが、そこにどんな技術を優先的に投入していくべきか、慎重に考える必要があります。
技術が急速に進化し、機械にできることがどんどん増えていく一方で、少子高齢化や人口減少は進んでいる。こうした状況の中で、人間と知的機械がどのように共存するべきかの方法論を、技術とは別に確立していく必要があるのではないでしょうか。『技術的にできる』ことよりも『その技術が人間の幸せな暮らしをどれだけサポートできるか』という視点がより求められるように思います」
自動運転の安全性について考えるところから、さまざまな示唆に富むお話をお聞きできました。「自動化」を単に技術開発の話としてだけではなく、いかに私たちの生活を豊かなものにできるかという技術との「共存」の視点から捉えること。さまざまな分野で「自動化」が進んでいる今、我々一人ひとりが備えておくべき重要な視点かもしれません。
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授
専門は機械工学。東京大学大学院に在学中から自動運転の研究に携わる。自動車制御システムの研究や、自動運転にまつわるさまざまな実証実験を通じて、次世代モビリティの可能性を探求している。