命を守る防災気象情報の今とこれから\

Chamber 44
2020.3.13

命を守る防災気象情報の今とこれから
迫り来る風水害、そのとき本当に役立つ情報とは

大型台風や記録的な豪雨による深刻な被害が多発する近年、テレビやインターネットをはじめさまざまなメディアで防災情報を目にする機会が増えました。情報量が増える一方で、いざ災害に直面したときには、一人ひとりが身を守るための判断・行動をとることが求められています。自ら情報を取りにいくことの重要性や、これからの気象情報メディアのあり方について気象キャスター・防災士として活躍する斉田季実治さんにお話を伺いました。

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――昨年の台風15号・台風19号が記憶に新しいですが、近年、大型の台風や記録的な豪雨が多発しています。その背景にはどのような気象の変化が考えられるのでしょうか。

「昨年の台風19号の際、東北では一日に降った雨量の過去最高記録をわずか12時間で塗り替えた所も多くありました。また、2018年に西日本で甚大な被害をもたらした台風21号も、『非常に強い勢力』を維持したまま上陸したのは25年ぶりのことでした。

こうした極端な気象現象の背景には、地球温暖化が一因にあると考えられます。気温が高くなれば、空気中に含むことができる水分量が多くなるため、一度に降る雨の量も多くなりやすいです。

また、台風は海面水温が27度以上で発生・発達すると言われています。日本近海の海面水温が高くなることで、より高緯度まで勢力が衰えずに北上し、被害をもたらす危険があります」

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――ゲリラ豪雨や局地的な大雨がもたらす危険についても、ニュースでよく目にします。私たちが警戒すべき雨量の目安はあるのでしょうか。

「『1時間に50mm以上』が警戒値の目安といえます。多くの自治体では、1時間に50mmを基準とした治水工事がなされているんです。ただ、近年はこれを超える雨の頻度が増えてきているため、例えば都内では排水処理能力を高める工事を進めています。

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図:全国の1時間降水量50mm以上の年間発生回数の経年変化(1976〜2019年)
出典:気象庁ホームページ(https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/extreme/extreme_p.html

昨年からは、大雨に関して5段階のレベル化が始まりました。これは、自らの判断で避難行動をとりやすいようにするため。対象地域住民は、避難に時間を要する人(ご高齢の方など)とその支援者が避難するレベル3、全員避難となるレベル4、命を守るための最善の行動をとる必要があるレベル5、というように、よりわかりやすくなったことで早めの行動に結びつけることができます。

私たちは雨量を気にしがちですが、それに伴って起こりうる浸水、冠水、増水、転落、土砂崩れなど、水害ではいろいろな被害が考えられます。低い地域は水が溜まりやすく浸水しやすいですし、川が氾濫すれば一気に危険な状態になる。また、崖は土砂崩れや崖崩れの危険性があります。自分が住んでいる場所にどんな危険が起こりうるのかを知っておくことが重要です」

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――著書「いのちを守る気象情報」の中で、斉田さんは「台風は自然災害の“総合商社”」と表現されていますね。

「台風の接近時には、5つの気象警報(大雨・洪水・高波・高潮・暴風)が同時に発表されることが多くあります。それだけ台風は複合的な災害を招く恐れがあるのです。ただし、台風が発生してから近づくまでには、通常3日以上かかりますので、備える猶予のある災害ともいえます。被害を防ぐためには、早い段階から情報を得て防災対策をすることが肝心です」

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――風水害時の食料や水・電気などライフラインの確保として、私たちは日頃どういった備えをしておくと安心でしょうか?

「必要なものは家族構成や健康状態によって異なります。最低限の備蓄として、水や食料は家族の人数×3日分は用意しておくべきです。小さい子どもがいる家庭なら、オムツなどもあるといいでしょう。また、こうした備えは災害時用に保管しておくというより、普段使いしながら新しいものに更新していくことをおすすめします。防災意識を日常の中に組み込ませることが大切です。

また災害時には停電も大きな問題の一つです。今はスマホで情報を得る方も多いので、モバイルバッテリーはいくつか確保しておくべきです。また、今後は、電気自動車(EV)が蓄電池としての役割を担うようになるかもしれません。日常的に使いながら蓄電できるという点でも、EVは停電時の備えに最適だと思います」

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――風水害時、メディアでは、河川やダムの状況を伝えるライブカメラの映像をよく目にします。こうした映像情報は、どのように活用されていますか。

「数字やグラフだけでは危険性が伝わりにくいときに、実際の川の増水状況や氾濫の様子などを映像で見せることがあります。あまり知られていないのですが、国土交通省が道路や河川に設置しているライブカメラの映像情報は、一般の方もネットで見ることができます。台風のとき、田んぼや川を見に行って流される事故が毎年のように起きていますが、こうした映像情報の利用が一般化すれば、そのような事故も減るはずです。

また、ここ数年で視聴者提供の映像を活用する機会も増えました。今はスマホでも鮮明な映像が撮れるようになり、『国民全員カメラマン化』が進んでいると感じます。NHKでも視聴者から映像を提供していただき、放送に使用することが多いです。例えばゲリラ豪雨やヒョウ、竜巻など局地的な気象現象ではそうした視聴者からのリアルタイムの情報が役立ちます。また、大型の台風などメディアがカバーしきれない広範囲にわたる被害状況を知るツールにもなっています」

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――斉田さんはSNSでも積極的に情報を発信されていますが、その際、どのようなことに気を付けていますか。

「台風19号のときは、植木鉢を玄関に入れたり、ベランダの荷物を部屋に入れたりする様子を写真に撮ってツイートしました。『専門家が対策を取るくらい、大変なんだ』と、切迫感がより伝わると思ったからです。SNSでは、『何mmの雨が降る』『この地域が危険』といった客観的な情報よりも、主観的な情報を発信して、実際の避難行動につなげることを意識しています。

台風のように広範囲にわたる災害の場合、メディアでは最も危険性の高い地域の情報を優先的に伝えざるを得ません。しかし、危険が迫っている地域は他にもたくさんあります。災害から身を守るためには、一つのメディアだけの情報に頼らずに、インターネットやSNSなども駆使して自ら情報を取りにいき、身を守ることが大切になります」

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――AIをはじめテクノロジーの進化によって、今後、気象情報メディアはどのように変化していくでしょうか。

「近年、台風の予測の精度は飛躍的に向上しています。例えば、これまで台風の暴風警戒域は3日先までしか発表されませんでしたが、昨年から5日先まで発表されるようになりました。また、予報円*の半径も20%小さく絞り込まれました。その背景には気象衛星の進化やスーパーコンピューターの運用、海外モデルの導入などがあります。いつ頃、どの地域に影響が及ぶかがより正確にわかるようになってきています。

*台風の中心が到達すると予想される範囲を円で表したもの。この円内に台風の中心が入る確率は70%です。

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図:「台風情報の見方」より
出典:気象庁ホームページ(https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/7-1.html

通信システムの進化で言えば、5G(第5世代移動通信システム)技術によって、多くの情報を高速で送ることができるようになるので、全国各地に配備したセンサーから土壌の水分量のデータをリアルタイムに取得し、土砂災害警戒情報の発令に生かすといったことも考えられるのではないでしょうか。

気象情報や防災情報のパーソナライズ化も注目されています。住んでいる地域や家族構成など個人に合わせた情報を直接的に届ける手段ができれば、その伝え方や形はどんどん変わってくると思います。

今後、天気の予測をコンピューターに任せる時代もそう遠くないでしょう。情報量もその精度も進化している今、気象キャスターとしての役割を考えると、正確な情報を伝えるということだけでなく、まずは人として信頼されることが大事だと改めて感じています。『あの人がやっているんだから自分も気をつけよう』と、心が動かされ、実際の行動につながることで、初めてそれが意味のある情報になると思うのです。これからも人の心を動かすような気象情報、防災情報の伝え方を考えていきたいですね」

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人はどうしても「自分だけは大丈夫」という正常性バイアスが働く傾向にあると斉田さんは言います。自分の命を守るためには、情報を多方面から複合的に取得し、災害を「自分ごと化」することが何より大切といえるかもしれません。人の命を守るため、伝え続けること。その使命を胸に、斉田さんは今日も空を見上げています。

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斉田 季実治

気象予報士/防災士

1975年東京生まれ。北海道大学で海洋気象学を専攻し、在学中に気象予報士資格を取得。北海道文化放送の報道記者、民間の気象会社などを経て、2006年からNHKで 気象キャスターを務める。現在は「ニュースウオッチ9」に出演中。日本気象学会会員。日本災害情報学会会員。著書に『いのちを守る気象情報』(NHK出版新書)『知識ゼロからの異常気象入門』(幻冬舎)。 気象・防災・環境に関する出版や講演を通して、自然の「素晴らしさ」や「怖さ」「変化」を伝えている。

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