“防災の日”特別企画 豪雨災害の防災最前線を知る\

Chamber 49
2020.9.13

“防災の日”特別企画 豪雨災害の防災最前線を知る
防災科学技術研究所の大型降雨施設を訪ねて

9月1日は「防災の日」です。台風被害が増えるこの時期、改めて災害に対する認識を深めるとともに、日頃の備えについて一緒に考えましょう。

熊本県を中心に九州・中部地方を襲った「令和2年7月豪雨」。その降水量は、「平成最悪の水害」と言われた2年前の西日本豪雨を上回り、土砂災害や浸水・冠水など、広範囲で甚大な被害が出ました。こうした水災害をはじめ自然災害の多い日本は、“防災先進国”だということを知っていますか?災害研究の“最前線”について学ぶべく、訪れたのは茨城県つくば市にある防災科学技術研究所。世界最大級規模の「大型降雨実験施設」を見学するとともに、先端的研究施設利活用センター副センター長、水・土砂防災研究部門主任研究員の酒井直樹さんにお話を伺いました。

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■最大時間雨量300mmの豪雨を再現できる世界最大級の降雨実験施設

防災科学技術研究所設立のきっかけとなったのは、1959年9月に発生した「伊勢湾台風」です。5,000人を超える死者・行方不明者を出したこの未曾有の大災害によって、日本では防災体制の整備が急ピッチで進められることに。1963年4月、同研究所の前身である「国立防災科学技術センター」が誕生しました。以来、「防災科学技術を向上させることで災害に強い社会を実現する」という目標のもと、地震、津波、噴火、暴風、豪雨、豪雪、洪水、地すべりなど自然災害に関する幅広い分野の研究が続けられています。

「大型降雨実験施設」は、1974年に運用を開始。自然の降雨状態を再現する装置として世界最大級の規模と能力を誇ります。施設は、5つの実験区画と移動降雨装置、ポンプ制御棟、貯水槽、基礎実験棟から構成され、移動降雨装置は降雨散水面積44m×72m、降雨強度15〜300mm/h、雨滴粒径0.1〜6mm程度の雨を降らせることが可能です。

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■「ゲリラ豪雨」も再現可能。より自然な降雨環境を実現するために

「大型降雨実験施設」の大きな特徴は、自然の降雨環境に近い状況を作れるということ。それにより、がけ崩れ、土石流、浸水といった実際の災害状況を再現し、防災に役立つデータを得ることができます。また、2014年に改修工事を行ったことで、近年増加する「ゲリラ豪雨」(突発的に発生する局所的な大雨)を再現可能となり、最大雨量として10分間雨量50mm(時間雨量300mm)は日本最大です。落ちてくる雨として6〜8mmの雨粒も再現できるようになりました。

酒井さんがまず着目したのが、雨粒の大きさだったと言います。「ゲリラ豪雨などの集中豪雨で、雨滴が腕に当たって痛いと感じたことはありませんか?雨滴は大きいほど重く、スピードが速いほどエネルギーが高い。その一方で、しとしと降る雨や、サーッと糸を引くような雨は、雨滴が小さくスピードも遅いんです。大型降雨実験施設でも、雨滴の大きさとスピードをコントロールできれば、より自然降雨に近い状態を作れると考えました」

しかし、それは予想以上に難しいことでした。「テストを繰り返すうちに、ただ水滴を大きくするだけではダメで、水圧を制御する必要があるとわかったんです。例えばシャワーを使うとき、水圧を弱めると、水が太く出ますよね。水滴の大きさと水圧の関係を緻(ち)密に測り、4種類の降雨ノズルをそれぞれ制御して、降雨強度15〜300mm/hの雨を再現できるようになりました」

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■強度の違う雨の中を歩く体験

ヘルメットを着用し大型降雨実験施設内に入ると、巨大な空間が開けていました。天井には、口径の異なる4種類を組み合わせた降雨ノズルが544個。地上からノズルまでの高さは16mあり、この高さによって、自然の雨と同じ落下速度を再現できるのだとか。
さらに、降雨装置全体がレールを使って移動できるようになっており、実大規模の模型斜面や、アスファルト、土面など、さまざまな条件の区画で実験を行うことができるようになっています。今回使用したアスファルト面のエリアは、実際の道路の造りと同様に両脇に側溝があるのが特徴。これによって、水の溜まり方や水のはけ方を観察できるようになっているそうです。

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「今日は、雨の強さや雨粒の大きさの違いを体験していただけるよう、エリアを分割して、1時間雨量60mm、180mm、300mmの3種類の雨を同時に降らせます」
数分後、目の前に広がっていたのは、土砂降りの雨の日の光景。水滴がバチバチ音を立てながら、アスファルトの地面の上を跳ねています。さっそく、雨の中を歩いてみました。普段、雨滴の重さを意識したことはありませんでしたが、60mmのエリアから180mmのエリアに切り替わったとたん、傘が重くなるのを感じます。さらに、300mmの雨の勢いは凄まじく、Tシャツからスニーカーの中まで全身がぐっしょり濡れて、前を見て歩くのが困難に。雨の音にかき消され、会話もよく聞こえません。「こうして実際に豪雨を体験することで、視覚的にも感覚的にもその恐ろしさを知ることができます。事前に備えよう、という意識も高まるはずです」
今後は、施設のさらなる改良を考えているのだそう。「新たな課題は、風を再現することです。最近は、豪雨にともなう風の被害も深刻になりつつあります。雨と風を組み合わせた実験もできるようにしたいですね」

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■民間企業と取り組む「水害への備え」

近年、民間企業と手を組んで実験を進めることも増えてきたそうです。2019年10月には、住宅メーカー「一条工務店」と共同で、耐水害住宅の公開実験を実施しました。
実験では、「大型降雨実験施設」内に木造2階建て住宅2棟を建て、床上浸水時のリスクを明確にするため、各種センサーや60台に及ぶカメラを設置。住宅の1階部分までを浸水させ、家の中に水が入ってこないかを観察したそうです。「耐水害住宅の開発ポイントは、浸水、逆流、水没防止の3つ。窓やドアにはパッキンをつけ、配水管には、水が逆流しないように自動で弁が閉まる逆流防止弁を取り付けました。実験の結果、耐水害住宅に床上浸水は見られず、水害被害軽減につながる技術であることを証明することができました」
耐震住宅に比べて、開発が遅れているという耐水害住宅。水災害が増える中、耐水害住宅が実際に販売されたり、技術が応用されたりすることで、精神的にも安心感が増すと酒井さんは言います。「災害が起きたときのために事前に対策すること、発生後は手を尽くしてなるべく早く復旧することが大切です。被害を最小限にとどめ、復旧までの時間をなるべく短くすることが、人命や経済を守ることにつながります」

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■最新のテクノロジーを災害現場で活かすために

最先端技術の開発や向上のためにも「大型降雨実験施設」が活用されることが増えているそうです。「例えば、自動走行車の実験です。自動走行車には数多くのカメラやセンサーが搭載されていますが、雨の日にはカメラが雨粒を捉えてしまい、避けるべき障害物を捉えられなくなってしまいます。新しい技術を試す場として、自然に近い雨を再現できるこの実験施設が利用されています」

いま酒井さんが注目しているのが、IoTセンサーの利用だと言います。「スマホにはさまざまなセンサーが搭載されていて、傾きや動きを瞬時に測ることができます。さらには、センシングした後、リアルタイムで観測データを送信できる。このような技術を土砂災害などの予測研究に活用したいと考えています」
しかし、まだ課題も多いのだとか。「山は崩れる前に少しずつ動くんですが、土の硬さや傾きによって、その動きは千差万別。危なくなる直前の些細な動きを捉えたいのですが、難航しています。こうした課題解決のために、現在、大雨降雨実験施設に山を作り、IoTセンサーを取りつけて検証実験を行っているところです」

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最先端のテクノロジーの中でも、酒井さんが最も可能性を感じているのが「映像技術」だと言います。「ドローンで撮った写真や映像から変化を計測して、基盤データとして蓄積すれば、それをシミュレーションにかけたり、災害が起きたときに変化を追ったりすることができます」
さまざまな企業と手を組んで、監視カメラの映像から異常を検知するAIも開発中だそうです。「平時と比べて水位が上がってきたなど、災害現場で何が起こっているかAIが即時で判断し、早めの対策につなげる。そういったことができればと考えています」

「大型降雨実験施設」を民間に開き、集めたデータを共有することが、広い意味での防災・減災につながると酒井さんは言います。「イノベーションを起こすのは我々ではなく、民間企業の技術やアイデアです。今後も、さまざまなアイデアを持った企業と一緒に、実験や研究を進めていきたいと考えています」

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変化し続ける気候や環境、増加する自然災害。かつてないほどに人びとの防災意識が高まっている今、その最前線では、最新のテクノロジーを使った研究や取り組みが進められていました。
中でも、活用の場が広がっているという防災科学技術研究所の「大型降雨実験施設」。今後も、多くの民間企業と力を合わせていくことで日本の防災技術は発展し、より安心・安全に暮らせる未来が描けることでしょう。

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防災科学技術研究所(NIED)

茨城県つくば市天王台3-1
https://www.bosai.go.jp/

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