国内通信キャリアを中心に、5G技術の商用展開が進んでおり、あらゆるビジネスの動きが加速してきています。企業はこうした技術の進化にどう向き合うべきなのでしょうか。5G技術の応用研究の最先端の研究者であり、5Gの基礎技術の開発と国際標準化に大きく貢献した、東京工業大学工学院の阪口啓教授に5Gが私たちのビジネス、生活に与える影響から、その先に来る6Gに関してお話を伺いました。
「私の専門は無線通信工学で、長年、4G、5Gなどの通信規格にどのような技術を取り入れるかを考えるシステム設計に携わってきました。
セルラーネットワークの歴史は、日々、増えていくデータ通信容量にいかに対応するかの歴史です。実は4Gの商用サービスが始まった2010年頃には、すでに10年後にデータ通信量が約1,000倍になり、パンクすることが予想されていました。そこで大容量通信が可能な新たな規格の開発が急務とされていたのですが、当時の技術では4G以上にデータレートをあげることは不可能だと考えられていました。
そこで私が考えたのが、今まで使ってこなかった周波数の高いミリ波の使用です。これによって帯域を広く取ることができ、通信速度も非常に速くなります。ところが周波数の高い電波は接続性に劣り、通信が切れやすいという課題があります。その問題を解決するために、接続性が重要な制御信号には低い周波数を使うヘテロジニアスネットワークという手法を考えました。これによって5Gの根幹となる技術を確立することができました」
「5G対応のスマホは想定していたより早く各社が開発し、発売されました。しかし、ミリ波の基地局整備はまだまだこれからです。ミリ波の基地局が少ないままではせっかく高速通信技術を確立しても、実際に享受できる通信量が限られてしまうので、早急に普及させなくてはなりません。それが直近の大きな課題で、導入コストを下げるための研究開発も必要だと思います。
もともと日本では、東京五輪に合わせて2020年を5G元年とする予定でした。しかし、五輪が延期となり、5Gの普及・活用にも若干の遅れが見られます。しかし、今年はオリンピックが開催されるでしょうし、5Gのネットワークも本格的に導入されますので、5Gを活用したさまざまな製品やサービスが発表されるはずです。またコロナ禍の影響で、リモートワークやオンライン教育などの新たな生活様式である超スマート社会への動きも加速し、国も大きな予算を投下して5Gの普及を推進しています。超スマート社会への動きが5Gの普及をさらに進めていく上での大きなムーブメントになっていくことは間違いありません」
「これまでにない新しい産業が生まれ、人々のライフスタイルも大きく変わるでしょう。私はすでに6Gの研究に取り組んでおり、方向性もほぼ固まりつつあります。私は『2ジェネレーション=1レボリューション』という言葉を提唱しています。つまり2世代の通信規格によって、一つの大きな革命が起きるということです。
例えば3G、4Gではスマホによる革命が起きました。アップルがiPhoneとiOSを、グーグルがアンドロイドを開発しました。そしてスマホのプラットフォームをつくることに成功した企業が勝ち組になったのです。
私は5G、6Gの時代には、これまでとはまったく異なる大きな革命が起きると考えています。5G、6Gのプラットフォームがどのようなものになるかを予測するとともに、デザインすることも私の仕事です。この革命の波にうまく乗ることができた企業が、次の時代を牽引することになります。企業にとって、かつてない大きなビジネスチャンスなのです」
「4Gまでは、基本的にサイバー空間の情報に人間がスマホでアクセスして活用していました。ところが5G、6Gでは、仮想空間が現実とつながります。AI、データベース(地図)、センサー、 MEC(マルチアクセスエッジコンピューティング)などを活用して、現実にある情報を仮想空間に取り込み分析、解析したうえで物理空間にフィードバックするサイバーフィジカルというシステムにより、ロボットや車、ドローン、都市、社会に存在するあらゆるものを制御できるようになるのです。さらに仮想空間上に現実世界をリアルタイムに再現するデジタルツイン技術によって、従来のモニタリングやシミュレーションとは違って、精度高くかつリアルタイムに現実社会を予測制御するということもできるようになります。
このような5G、6G時代のプラットフォームは、現在のスマホを軸としたサービスとは全く異なるものになるでしょう。現在は、あらゆるものがスマホに集約されすぎています。5Gには本来もっと大きな可能性があるのに、それが足かせになっている面があるのです。
そこで今、新しいデバイスとして期待が集まっているのがARグラスです。現在のARグラスはデータの処理を本体で行なっているため、デバイスそのものが重いのが課題です。それをMECで行えば、それこそメガネのような軽いデバイスでARが利用できるようになります。例えば、土木分野であればARグラスを活用すると、対象の機器、設備を捉えることでARグラスを通して作業箇所や作業手順の確認が可能になります。そんな可能性を秘めたARグラスに対してあらゆる企業が大きな予算を投下し、激しい開発競争が繰り広げられています。その勝者が、次世代のプラットフォームを担うことになるかもしれません」
「ここ10年ほどで実現できそうなものとしては、遠隔で無人のトラクターなどを操作するスマート農業、自動運転バスやタクシーによるスマートモビリティ、ドローンによる宅配、海中ドローンによる資源探索やゴミの回収を行うスマートオーシャンといったものがあります。
特に5Gの活用で進歩するのが、自動運転の分野でしょう。5Gを活用すれば車や、信号機、路側帯に設置されたあらゆるセンサーの観測情報をリアルタイムに集約することができます。信号機も5G対応のものに置き換えれば、信号が周辺の情報を観測しそのデータをリアルタイムで車に送信することで、より安全でかつ効率的な自動運転が実現できるでしょう」
「5Gがビジネス環境に大きな変化をもたらすことは間違いありません。その変化のなかでどう生き残っていくのかという姿勢が問われます。例えば、エンタメ業界ではAR全盛時代が訪れるでしょう。ARグラスによって、実際に見ている現実世界にバーチャルな情報や映像を重ね合わせて楽しむコンテンツが主流になると思います。放送業界ではネットとの融合がますます進み、3次元空間と融合した新しいサービスが始まるでしょう。
また医療分野ではリモート診療が進み、介護業界では遠隔操作が可能なロボットによる介護サービスが生まれるでしょう。超スマート社会は単に便利なだけではなく、人間がより自由に、心豊かに暮らせる社会となるはずです。企業にもそのような新しい発想による製品やサービスの開発をお願いしたいと考えています」
「そうですね。東工大でも次世代リーダーを育成するための横断的教育プログラム『超スマート社会卓越教育院』を設置しました。2018年に設立された産官学連携組織『超スマート社会推進コンソーシアム』と連携し、次世代型社会連携教育研究に取り組んでいます。企業や自治体からさまざまなニーズや課題を吸い上げ、新しいオープンイノベーションプラットフォームをつくり、実践的な研究とともに人材育成を行なっています。例えば、昨年度からスマートモビリティ教育研究フィールドを活用した教育が始まっていて、そこでは機械・電気・情報といった自動運転を構築する要素を、横断的に学んだプロフェッショナルを養成しています。
このような取り組みのなかから、超スマート社会を担う人材を多く輩出していきたいと考えています。これからの社会は、誰も想像していなかったような新しい姿になります。社会人や子どもを含め、社会全体が5Gを含めたテクノロジーについて、学び直す必要があるでしょう」
「日本は少子高齢化や労働力不足、地域格差、自然災害などさまざまな課題を抱えています。そういった課題を解決し、誰もが安心して、より自由に、心豊かな人生を過ごすためにいち早く超スマート社会を実現する必要があります。また超スマート社会は、これまでの産業革命などと同様に、導入が進むとともに自由なスタイルや新たなアイデアが生まれ新しい社会が加速的に広がっていきます。未来のために、ビジネスシーンでも5G技術を使った新しいアイデアが多く生まれてくることを期待しています」
5G技術は従来の4Gが単純に進化したものではなく、社会全体を変革し、新たなステージへと進化させる革新的な技術である。そして、5Gをあらゆる分野で活用し、超スマート社会を実現することが日本の未来を左右する。阪口教授はそのように語ります。5G技術をどのように活用して、より良い未来を築いていくのか。私たちが果たすべき役割は非常に重要なものになってくるでしょう。
東京工業大学工学院電気電子系 教授
超スマート社会卓越教育院 教育院長
1973年生まれ。1996年名古屋工業大学工学部卒業。2006年東京工業大学大学院理工学研究科博士取得。2017年同大学工学院電気電子系教授に就任。2019年に同大学超スマート社会卓越教育院教育院長に就任。2018年より株式会社オロの社外取締役に就任。専門は無線通信システムの設計と応用。