宇宙を解放する――ソニーが宇宙ビジネスに進出します。「宇宙感動体験事業」の創出のため、ソニーは東京大学と国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)とともに「Sony Space Entertainment Project」を2020年に発表しました。2022年には、ソニー製カメラを搭載した小型人工衛星を打ち上げリアルタイムで宇宙を撮影可能にすることで、宇宙のエンターテインメント利用を開拓する本プロジェクト。その実施経緯や、今後の宇宙ビジネスへの展望などを、東京大学の小泉 宏之准教授、JAXAの平松 崇さん、ソニーの宇宙エンタテインメント推進室の見座田 圭浩さんに伺いました。
見座田:「2017年にJAXAの皆さんを弊社に招き、宇宙ビジネスのイベントを開催していただいたのがきっかけでした。そこから社内の宇宙好きが有志で集い、2019年にJ-SPARC*に東京大学と共同で提案するに至りました。その時のチームが、2020年春先から事業準備室(現推進室)として組織化して、今に至ります」
*「JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」。宇宙ビジネスを目指す民間事業者等とJAXAとの対話から始まり、事業化に向けた双方のコミットメントを得て、共同で事業コンセプト検討や出口志向の技術開発・実証等を行い、新しい事業を創出するプログラム。
見座田:「ソニーの強みの一つは、映画や音楽、ゲームなど、エンターテインメント事業の機能をグループ内で持っていることにあります。音楽に救われる人がいるように、エンターテインメントは単純な娯楽にとどまらず、人の支えになることもできます。また日本のアニメのように、文化を創造する側面もあります。それを宇宙でやっていきたいと考えたのが、SSEPの大きなコンセプトです」
小泉:「JAXAの方から『JAXAとソニー社員の有志で面白そうなことをしているから参加しない?』と誘ってもらったのがきっかけでした。私は東大の前にはJAXAに在籍していたので、その時の縁です。当時はまだ『宇宙×エンタメ』という現在の形ではなく、宇宙から我々の位置情報を発信するという見守り衛星のアイデアでしたが、早い段階で“擬似的な宇宙旅行”にシフトし、現在の形になっていきました」
平松:「私はJAXAの新事業促進部で民間の宇宙事業創出のお手伝いをする中で、参画することになりました。これまで私は小型の衛星開発に関わっていましたので、その経験をいかしたお手伝いができるのではないかというのが参加の大きなモチベーションでした」
平松:「ゲームのイメージが強かったですね。カメラや音楽などの分野ももちろん知ってはいますが、私が最初に手にしたソニー製品はプレイステーションでした。この宇宙事業も、最終的にはゲーム機と繋がるリアルタイムのエンターテインメントになるのではないかと思っています」
小泉:「ウォークマンやプレイステーションのイメージが強かったですね。SSEPのチームメンバーと意見を交わすうちに、ゲームや映画、音楽などのコンテンツは一部で、映像や通信、メディカルなどの幅広い事業領域を知ることができました。話が進むにつれ、ソニーと宇宙は相性が良いと常々思うようになりました」
平松:「ソニーさんの本気を感じました。疑似体験や映像鑑賞など宇宙を活用したエンターテインメント施策と呼べるものはこれまでもあったのですが、どこか“研究段階”という印象がありました。しかし、ソニーさんほど多様な事業をもつ企業が宇宙に取り組むとなると、やはり一歩踏み込んだものになるのではないか、とコンセプトから感じ取りました」
見座田:「ソニーは、衛星の『ミッション部』という、カメラに関連する領域を開発しています。また、衛星を地上から操作するためのシステムの構築、そしてその映像を活用した事業化プランやパートナーさんとの共創を担っています」
小泉:「東大は衛星を作るのがメインの役割です。小型衛星作りのプロフェッショナル集団である東大の中須賀・船瀬研究室が主にそこを担当し、エンジンを専門とする私は彼らの技術サポートを行っています。また、実際にエンジンを製作するのは、私の研究室からスピンオフしたPale Blue(ペールブルー)というスタートアップ企業に発注しています」
写真左上:小泉研究室が開発した水蒸気エンジン実証用の小型人工衛星。青い壁面に見えているのが水蒸気を噴出する5つのノズル
写真右上:実験室で真空を作り出す真空チャンバー。内部に入っているのは水イオンエンジン
写真左下:JAXAと東大が共同開発している小型人工衛星EQUULEUS。今年末にNASAの大型ロケットSLSにより月フライバイ軌道に投入。水蒸気エンジンで軌道を制御して月の裏側軌道へ
平松:「JAXAは、人工衛星を作る東大と事業開発をするソニーの間に立ち、議論の橋渡しや技術的なサポートを行っています。私は、小型衛星開発にプロジェクトマネージャーとして携わってきた経験をいかし、技術的なお手伝いやミッション設計、技術的観点からの事業開発のサポート、衛星のライフスタイル設計のサポートをさせていただいています」
写真左上:はやぶさ2が地球スイングバイ後に撮影した地球©JAXA、東大など
写真右上:技術試験衛星9号機のCG©JAXA
写真左下:宇宙で撮影された衛星分離の様子©JAXA
写真右下:星雲の観測データ©JAXA
小泉:「これまで東大が作ってきた小型衛星は、クイックに安価かつ汎用的なものを作ることを目指したものであり、JAXAが手掛けてきた信頼性が重視される人工衛星や探査機とは作り方が違いました。しかし、今回、製作する衛星はサービスに用いるものですので、これまで東大が作ってきたものよりも一つ上の信頼性が求められます。そのため今までのやり方そのままの踏襲ではなく、JAXAと組んでその信頼性や品質管理を取り入れつつ、両者の強みを掛け合わせた新たな衛星を作っています」
見座田:「宇宙空間でカメラを自由自在に動かすリアルタイム体験にフォーカスしています。具体的には、地上にいながら、衛星に搭載されたカメラのパン(水平)、チルト(傾き)、ズーム(拡大)を操作できるのが特徴です。通常、人工衛星に取り付けられたカメラは同じ角度で地上を追尾しているものが多いのですが、我々はそれをエンタメ活用するにあたり、自由自在に撮影することで新しい表現を実現したいと考えています」
見座田:「大きく分けると、ソニーグループ内で完結するオリジナルサービスと、パートナーさんと一緒に取り組むBtoB、BtoC領域があり、それらの幅広い可能性の中で事業探索をしている段階です。イメージしやすい例を挙げるとすると、テーマパークやアミューズメント施設に対して、衛星を使ったバーチャルなコンテンツを提供することが考えられます。ほかには教育です。我々の映像を使うことで鮮度の高い宇宙体験ができるので、教育にも活用できるでしょう」
平松:「これまでの人工衛星は使い方がとても限定されたものでした。ですので、全く新しい使い方を一緒に考えるのは私にとっても刺激的な試みです。地上とリアルタイムに映像を共有することや、宇宙からのさまざまな映像を届けるという用途には、新たな衛星の設計や性能が必要になるかもしれないですし、地上のシステム設計も必要です。これは、宇宙を身近にできるチャレンジングなプロジェクトだと感じています」
小泉:「東大やJAXAは宇宙のプロフェッショナルではありますが、その分新しい宇宙の活用法を考えても新鮮なアイデアが出てこないという現状があります。これまで宇宙に関わりのなかった分野の専門家にジョインしていただけると、今までにない宇宙利用ができるのではないかと期待しています」
平松:「宇宙に興味のない人たちが、宇宙を身近に感じられるものを作ることこそが『宇宙を解放する』というコンセプトに繋がると考えています。そのため、高い技術を実証するというよりは、『感動を作り出したい』など心に響く価値を生み出すことに関心がある企業さんが参加してくれるといいと思っています。
恐らく将来的には、我々人類は月や火星に住む時代が来ると思います。その途上の話として、皆にとって宇宙が身近なものとなる段階が来るでしょう。その時のために、生活の中で何を考えなければならないのかなど、貴重な学びを得られるように、ぜひ宇宙を専門としていない幅広い方々にプロジェクトに参加していただきたいです」
小泉:「私は宇宙利用を拡大したいと思っています。その昔、宇宙は国だけがアクセスできる場所でした。それがひと段落すると各国の宇宙機関や大企業が利用するものになりましたが、人工衛星には300億円くらいの予算が必要であり参入障壁が高い状態でした。それが2000年頃から超小型衛星の登場で1〜3億円での開発が可能になり、さまざまなプレイヤーの参入が促進されました。そして、これからの20年は、宇宙に興味のない人にも宇宙が解放される時代になるでしょう。それに伴い、人々の宇宙に対する意識が大きく変わるはずです。
例えば宇宙には、宇宙ゴミ(スペースデブリ)の問題があります。壊れた人工衛星や、ロケットの分離で出た部品などが高速で地球の周りを回っていて非常に危険なのですが、未だ解決方法がありません。もし解決したとしても、誰もそれに対してお金を払ってくれないのが現状です。しかし、本プロジェクトを通して皆が宇宙に視点を持てば、カメラにデブリが近づいた時のアラートと回避のための撮影一時中断などにより、デブリ問題に対する当事者意識が芽生えるはずです。そうした変化に期待しています」
平松:「私自身も宇宙の仕事に携わりながら、宇宙を体験はできてはいません。そのため、このプロジェクトの成功を通して、どんなふうに自分が宇宙を感じるようになるのかを楽しみにしています。『機動戦士ガンダム』の〈ニュータイプ〉のように、宇宙を体験して人々の物の見方や考え方が変われば、社会全体のパラダイムシフトにつながり想像もつかない社会が実現できるかもしれない。それを楽しみにしています。また技術的なところでは、エンタメ衛星を突き詰めていくことで、これまでになかった斬新な人工衛星ができ、新たな技術も開発されていくはずです。とても楽しみですね」
光学航法望遠カメラ(ONC-T)による撮像©JAXA、産総研など
ソニー、東京大学、JAXA、それぞれの担当者が共通してお話されていたのが「宇宙を解放することによって人々の意識が変わるかもしれない」という大きな期待。人工衛星を通してリアルタイムで地球の姿を確認し、広大な宇宙を目の当たりにすることで、エンターテインメントの枠を超えた意識変革を我々に与えるかもしれない。本プロジェクトの大きな魅力と可能性は、そういったところにあるのではないでしょうか。後編では、見座田さんにソニーが考える宇宙ビジネス構想と、求める共創パートナーについて詳しくお話を伺います。
SSEPでは、オープンイノベーションの加速や各種ニーズ検証を兼ねたウェビナーを6月から開始しました。
詳細は下記のWEBページをご参照ください。
https://sony-startup-acceleration-program.com/article507.html
※6月にご参加いただけなかった方は、7月以降のウェビナーにぜひご参加ください。
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 准教授
1977年生まれ。専門は宇宙推進工学およびプラズマ工学。小型衛星プロジェクトにおいては推進系開発を主導し、小型イオンエンジンなど世界最小クラス推進系開発のトップランナー。IEPC 2015 Best Paper Award、平成29年度文部科学大臣表彰科学技術賞などを受賞。著書に『宇宙はどこまで行けるか-ロケットエンジンの実力と未来 』(中公新書)
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA) 新事業促進部 事業開発グループ 主査
慶應義塾大学で超小型衛星開発、宇宙教育(キャパシティ・ビルディング)に従事し、2018年より現職。JAXAの宇宙イノベーションパートナーシップ「J-SPARC」プロデューサーとして、衛星データ利用、超小型衛星(モノづくり)関連事業を担当し、事業者によるソリューション開発、ミッション開発の支援を行う。
ソニーグループ株式会社 宇宙エンタテインメント推進室
2011年にソニー入社。ITインフラ部門で社内ネットワーク構築やソニーストアの運用などを担当したほか、経営管理部門にて中期経営計画の策定や中近東エリアの事業計画策定を担当。2020年より、宇宙エンタテインメント準備室(現 宇宙エンタテインメント推進室)に所属。