NW-WM1シリーズ
松任谷由実をはじめ、数多くのアーティストを手がけてきた音楽プロデューサー / アレンジャー、松任谷正隆。ソニーの「ZXシリーズ」を愛用しているという彼に、新しいフラッグシップモデルである「WM1シリーズ」を試聴してもらい、「ZXシリーズ」からの進化と今後の音作りの可能性を語ってもらった。
バスドラムの打面を打つペダルの質感や、ギターのピックの硬さまでもがリアルな音で伝わってくる
──まずは松任谷さんに、普段愛用されているNW-ZX2と、WM1シリーズのNW-WM1Aの音を聴き比べていただきました。スティーリー・ダン『Gaslighting Abbie』(2000年)や、ノラ・ジョーンズ『Don't Know Why』(2002年)など、いくつかの音源を参考にされていましたが、第一印象はいかがだったでしょうか。
ZX2の良さである、低域から高域までのレンジの広さなどは、WM1Aにも受け継がれている感じがしました。WM1Aで驚いたのは、「音の立ち上がりの速さ」ですね。もちろん、ZX2もリアルなんですけど、バスドラムの、打面を打つペダルの質感までがリアルに伝わってくる。音の消え際もクリアで、リバーブの切れ目などもよく聴こえます。
──では次に、NW-WM1Aの上位モデル、NW-WM1Zで同じ曲をお聴きください。
(目を閉じて試聴中)なるほど……、これはすごい! ビックリしました。WM1Aでも充分いいのだけど、WM1Zはより「リアル感」がある。つまり使っているマイクの種類とか、ギターのピックの硬さとか、そんなところまでわかってしまう感じ。このクリアな音質をテレビの鮮やかさにたとえるなら、ZX2がハイビジョンで、WM1Aが4Kだとしたら、WM1Zは何だろう……8Kみたいな(笑)??
──NW-WM1Zは、無酸素銅をくり抜いて金メッキを施したシャーシを採用しているので、音全体がやわらかくなるんです。1.8kgほどある「のべ棒」から切り出しているので、本体の重さは約450gほどです。
たしかに、ずっしりと重いですが、クオリティーの高い音質が実現するのなら仕方ないのかな。ポータブルプレイヤーとしてこんなにいい音を外に持ち出せるのなら、許容範囲内かな(笑)。
──それと、NW-WM1AもNW-WM1Zも、ヘッドホンジャックが新規格なんです。既存のZX2では、アンバランス接続に対応したφ3.5mmのステレオミニジャックを採用していましたが、WM1シリーズには、バランス接続に対応したφ4.4mmの新規格のジャックを採用しました。バランス接続なので、右の音と左の音の信号をセパレートしたままヘッドホンへ送るようになっています。そのため、ステレオのチャンネル感がしっかり出ているはずです。
なるほど。そうなってくると、音作りの段階ですでにミックスの良し悪しがバレてしまうかもしれませんね。ハイビジョンテレビが出たとき、クリアな映像に制作や出演者側が慌てていたじゃないですか。それと同じことが録音業界でも起こるかもしれない。
ハイレゾには、「触覚」や「視覚」を刺激される音がある。僕にとって、いい音というのは「触れる音」なんです
──WM1シリーズには、最新のフルデジタルアンプ「S-Master HX」を搭載しています。NW-ZX2以上に音質が磨かれただけでなく、音の情報量、出力も増しているのですが、その影響は感じられましたか?
たしかに。ZX2では9分目くらいの音量で聴いていたけど、WM1Aでは7分目くらいの音量で、聴感上は同じレベルに感じました。普段、ZX2で聴く時は、パワー不足が気になる時もあり、ポータブルヘッドホンアンプPHA-3を使ってパワー感を補っているのですが、WM1Aなら、ヘッドホンアンプがなくても繊細な音をそのままリアルに聴くことができますね。
──「音のリアルさ」という意味で、スタジオのモニタースピーカーで制作中に聴く音と、実際に録音された音との違いは気になりますか?
そこがいつも悩みどころなんですよね。スタジオでは、自分専用のモニタースピーカーの音を基準に、楽器を重ねていくんです。「こういうアイデアだから、こういう音色の楽器をかぶせて」「こういうオケの音(ボーカルのないトラック)だから、こういう歌い方のボーカルを録って」というふうに。
──スタジオで鳴っているスピーカーの音こそが、イメージ通りの音なんですね。
ところが、それをマスタリングの工程で44.1kHzのCDフォーマットに変換することで、どうしても音質がグッと下がってしまう。音楽家としては、せっかく腕によりをかけて作った大皿料理を、タッパーに詰めて冷凍されちゃったような感じでちょっと辛いんですね(笑)。それがハイレゾになって、大皿料理のままお客さんに出せるようになった。
──作り手が音に込めている意志やイメージも、より正確に伝わるようになったわけですね。
たとえば、ドラムの音像って、ドラマーが叩きながら聴いている音と、ドラムの正面から聴こえる音は違うわけじゃないですか。四方から違う音色を出すドラムの場合は音バランスに左右差があるので、どちらのアプローチを選ぶかによって、曲全体の「音空間」をどう聴かせたいかが変わってきます。その空間のなかで鳴っている楽器やボーカルはもちろん、ノイズも音楽の一部なんです。
──椅子がきしむ音や、ブレスの瞬間や、ちょっとした衣擦れなど。
そう。これまでの再生フォーマットだとその音質も半分以下になってしまっていた気がする。もちろん、人間の耳には補正能力があるから、聴こえてくる歌や演奏からイマジネーションをふくらませることはできるのだけど、「音としての再現」はできていなかった。それがハイレゾでは、あたかも「その空間にいるような気分」で、一つひとつの音に近づいて味わい尽くすことができる。しかもWM1Zなら、「音に触れるような感覚」になれるかも。
──「音に触れるような感覚」というのは?
まるで楽器に触れて、音の振動を感じるようでした。とくに強く感じたのはベースですね。「ブンッ」って弦をはじいたときの、指の強さ、指の腹のどこで弾いているのかまで見えるような。手を伸ばせば、その楽器やプレイヤーに手が届くような臨場感が、オーディオの醍醐味だと思う。「聴く」という行為は「聴覚」だけど、「触覚」や「視覚」を刺激されるような音もある。だから、僕にとっての「いい音」というのは「触れる音」なんです。
音の情報量、クオリティーが高いので、これからのレコーディングのやり方が変わるかもしれない
──NW-WM1AとNW-WM1Zは、どんなジャンルの音楽を聴くのに向いていると思いますか?
僕の愛聴盤のアナログレコードは、デイヴ・グルーシンという、ピアニスト / プロデューサーが、シェフィールド・ラボというスタジオで、ダイレクトカッティング・レコーディングしたアルバムなんですね。好きすぎて3枚ほど持っているんですけど(笑)。そういう、編集やマスタリングなどの工程をあまり経ていない音源を聴いてみたいです。あと、僕はSA-CD(スーパーオーディオCD)のサウンドが気に入っていて、すべてのCDを高音質録音されたSA-CDで出し直して欲しいくらい大好きなんですが、なかでもチェロリストのヨー・ヨー・マのアルバムは一時期、毎日聴いていました。ああいうアコースティックなサウンドが、WM1Zは似合うでしょうね。
──じつはWM1シリーズは、SA-CDに使われていたDSDという録音フォーマットを、バランス接続時にネイティブ再生できるようになったんです。まさに松任谷さんが求めていたSA-CDクオリティーを楽しめます。
(NW-WM1Zで試聴中)これは……困りましたね(笑)。今までに聴いたことのない音。ここまでのクオリティーになってくると、もうレコーディングのやり方まで変わるかもしれないですね。適当な環境でレコーディングしたものは、聴けなくなってくると思う。
──再生機が進化すれば、レコーディングの仕方も進化していくと。
当然そうなりますよね。機材や楽器が変われば音楽も変わる。たとえばMP3の時代は、音の厚みでごまかすというか、みんな足し算で音楽を作っていました。でも、WM1Zの高音質な音を知ってしまうと、引き算で作りたくなります。ピアノ演奏なら、それをどのくらい立体的な音で録れるのか、マイクの立て方、アンビエンスのバランスなどにこだわると、ピアノの音だけで一つの「空間」や「表情」を作れるから、楽器数がだんだん減っていく。そのほうが、かえって多弁な音楽になっていくんじゃないですかね。
──最後に、今回聴き比べたNW-ZX2、NW-WM1A、NW-WM1Zのご感想をお願いします。
とにかく、WM1シリーズの音を聴いてしまうと、ハイレゾ以前の音はタッパーに密封して冷凍された料理のような(笑)、音が凝縮されている印象を持ってしまう。それがZX2で、大皿のまま食べられるようになって、音楽が生きてくるようになった。新フラッグシップのWM1Aは、いままで以上に情報量とパワー感があがったので、まるで素材の良し悪しが引き立った新鮮な料理のよう。そして、その上をいくWM1Zは、全体の味わいはもとより、素材一つひとつの味まで吟味できるほどの完成度。作り手が「こんな音にしたい」とイメージする、まさに「理想の音」を聴いている感じがします。すでにZX2をお持ちの方は、ぜひ同じヘッドホンで、同じ曲で、違いを聴き比べてみてほしいですね。
ウォークマンWM1シリーズ
NW-WM1Z / WM1A
「音」に込められた想いまで、耳元へ