小幡(デザイン担当)
“α700”や“α550”もそうなのですが、これまでのカメラのデザインというと、ボディーがあってペンタ部があって、グリップがあって、というようにそれぞれの要素を相関させるという考え方で作られていました。今回の“α77”は、トランスルーセントミラーテクノロジーをさらに発展させ、世界初(*)の有機ELファインダーを採用し、最先端の動画機能も追加するなど、ソニー独自の技術を惜しげもなく注ぎ込む大きな変革のタイミングなので、デザインについても今までの考え方を一度リセットして、新しいデザインにチャレンジしていくことにしました。そこで、従来の考え方は一旦全て捨て、一体感のある、全体がひとつの流れのなかに包まれたような、モノフォルムなデザインにしていきたいと考えたんです。そのデザインを具現化していく中で「テンサイルスキン(tensile skin)と名付けた新しい造形手法を取り入れました。たとえば、キャンプで使うテントのイメージです。テントは、ポールに布をかけてロープで引っ張るのですが、先端がぐっと引っ張られて、そこから自然な面が流れていく…そんなイメージです。このコンセプトを理解してもらうために、いったん作った別の試作機に伸縮性のある布を被せて、社内のプレゼンで見せてみました。人工的ではなく、流れるように自然で美しい面をカメラに展開することによって、従来のカメラとは違う、今までのαとも違う、新しい造形が見えてきました。
* レンズ交換式デジタルカメラにおいて。2011年8月広報発表時点、ソニー調べ
上野(外装メカ担当)
メカの設計としても、正直なところ難しいお題をもらったなと思いました。従来の形ですと、部品の構造も比較的シンプルに作れたんです。今回はテンサイルスキンという複雑な曲面に、より高機能になった複雑な内容を入れていくという、難易度の高い作業でした。
小幡
新しくデザインし直す、というのは全体デザインだけでなく、細部にも及んでいます。例えばグリップ。グリップも今回はデザイン主導でやったのですが、テンサイルスキンデザインがソニーのオリジナルだというのと同じように、握ったときに「あ、このグリップはソニーだね」と思っていただけるような、ソニーグリップみたいなものを作ろうというところからはじまりました。“α350”で始まったライブビュー機は、液晶を見て操作しやすいことを重視していたのですが、“α77”“α65”は電子ファインダーを覗いたまま操作がしやすい、握りやすいグリップであることが大きなテーマとなりました。考え方が一新されたことで、実際、グリップにはかなり時間をかけましたね。サイズ、厚みなどが違うバリエーションを数種類作って、多数の一般の方を対象に事前のユーザー調査を行って最適な形を探っていきました。試作機3種類と、既存の他社製品を取り混ぜて、グリップの感触を聞いていく調査です。この調査の結果を元に、指の腹が当たる部分の長さや、指先が当たる部分の深さを調整していきました。
ちなみに、中級機とエントリー機はグリップが違うことが多いのですが、“α65”のグリップもサイズは小さくなっているものの、同じ思想で造形に落とし込んでいます。
それから、背面の親指が当たる部分ですが、ここはある程度しっかりスペースをとりながら、突起の形状も、指が心地よく馴染むように、高すぎず、低過ぎず、カーブの形状も全て、今回見直ししました。また、その親指の先で操作するダイヤルも、誤動作をしないように下の壁を高くするなど細部に気を配っています。
また、今回は動画機能の充実という点もデザイン上のテーマとなっていて、上部のマイクに存在感を出したのもその現われです。
前浜(商品設計担当)
他モデルと比べていただくと分かりやすいと思うのですが、ボタンが極端に右にかたまっています。左の方はメニューボタンとモードダイヤルくらいで、あとは全部右手側。電子ファインダーを覗いた状態で、目を離さずに、右手ですべてを操作できることを目指しました。最適なグリップを目指すとしっかりと握るためのスペースが必要になる。一方で “α77”は中級機として、なるべくボタンをワンプッシュで操作したいという要請が必ず出てきますから、ボタンの数も増やしたい。矛盾した欲求の折り合いを見つけるのに苦労した末に、最終的にはいいバランスに仕上がりました。
上野
ファインダーを見ながら操作できることは、αの特徴が最も出ている部分です。ですからここには相当こだわりましたね。ボタンの高さであるとか、周辺の形状であるとか、細部にこれまでにない工夫が施してあります。
小幡
よく見ていただくとわかりますが、再生と削除のボタンの突量が違っています。ファンクションキーは使用頻度が高いので一番突量が大きく、その次がスマートテレコンバーターボタン、だとか。AEロックはボタンを押しながらレリーズなので、これは比較的出っ張っている方がいいだろうとか、かなり細かく工夫しながら調整しましたね。自然に使いやすいものになっています。
上野
ダイヤル類も難易度が高かったですね。メカ担当からの視点で言うと、テンサイルスキンデザインになったことで、外側はダイヤルに十分な高さがあるように見えても、内側が潜り込んだデザインになります。試作を重ねて、実際に触ってみて操作性に問題がないか検討して、最終的な形に辿りつきました。
前浜
それから、今回は他の機能に割り当てることができるボタンを“α77”で3つ、“α65”で2つ設けています。これも、カスタマイズできるボタンを増やしてほしいという一般ユーザやカメラマンの方々の声を元に、設置を決めたものです。キーカスタマイズというのは、検証が大変です。30種類の機能を割り当てられるとすれば、30倍の検証をしなくてはなりません。制御担当にも相当無理を言って、頑張ってもらいました。
内田(商品企画担当)
ボタンをカスタマイズできる仕様にしたことも、「ファインダーをのぞいたまま操作が完結する」ことを目指した結果です。もともとは、上面2個、背面3個で合計5個のボタンまでカスタマイズできるようにしようという案や、さらにファインダーの中の表示もカスタマイズできるようにしようか、という案も出ていたぐらいです。諸事情でそこまでは行いませんでしたが、それだけこだわって検討を重ねてきました。
前浜
もうひとつ、“α77”の特徴は上部の液晶表示パネルです。これは当初、背面の液晶モニターがあるのだから上部はいらないのではないか、という議論もありました。ただ、中級機として、フィルムカメラ時代から液晶表示パネルはこの位置にあることに慣れていらっしゃる方も多く、カメラらしい操作感を大事にしたいと考えました。“α900”よりも項目数を増やしつつも、情報は厳選して、視認性のよさに留意しました。例えばテーマパーク内のアトラクションなどで背面液晶の表示が禁止されている場合もありますから、そういう場合にも有効です。
内田
暗い客席から舞台を撮る、というようなシーンでは液晶パネルは欲しくなりますね。周囲に気を配りながら設定を瞬時に確認できるので、実際の撮影シーンで役立つことが多いと思います。
内田
αは従来からチルト機構を取り入れていました。2軸チルトを活用したハイアングルがとても好評で、プロのカメラマンの方からも「今まで撮れなかった写真がこれで撮れるようになった」と言っていただいています。一方で、縦位置でもこれを実現させてほしいという要望がずっとあったのですが、なかなか実現には至らず…。今まで光軸上のチルトということを大事にしてきたこともありまして、縦位置も光軸上でチルトにしたいと考えていました。今回は、企画側から、縦でも横でも、今までと同じような使い勝手で、ハイアングル、ローアングルを自由自在に使えるような機構にしてほしい、さらにはチルトにして、三脚でも使いやすく、と。
上野
メカの設計としても、3年ほど前から縦位置でも使えるタイプの構成をリクエストされておりました。優先事項として何度となく検討してきたのですが、なかなか具体化できるアイデアが出てこなかったんです。“α77”にはぜひとも取り入れたいということで、今までやってきたことを集約してチャレンジをしました。試作をはじめた当初は、衝撃に対する強度に課題もありましたし、液晶の配線がどうしても長くなったり可動箇所が多くなるので耐久性の問題もあって、かなり苦労しました。
内田
我々に見せてもらっていたものは、合計すると何10パターンもありましたね。
上野
試作品は、いまも設計のフロアにゴロゴロ転がっています(笑)。機能を考えるとどうしても大きくなってしまい実現性がなかったのですが、今回は形状的にも工夫を入れて、大きさも強度も満足のいくものができました。縦位置でローポジションの写真を撮る時など、使い勝手は格段によくなっていると思います。
小幡
質感ということでいうと、今回採用されたテンサイルスキンの造形、曲面に合う塗装にもこだわりました。基本はプロット塗装というもので、一眼レフカメラによく使われている粒を飛ばしたような塗装です。この大筋は従来と変わっていないのですが、“α550”や“α55”より、もうちょっとだけツヤを抑えた落ち着いた粒がいいと考えました。このプロット塗装ではベースにツヤ消しのブラック、その上に粒のブラックと2回塗装するのですが、今までは粒の方にツヤを際立たせることで模様を見せていました。今回はそれよりも高級感を出したい。ツヤは変えずに、なるべく粒の立体感を見せることで存在感を出して、全体的に艶が落ちた、落ち着いた塗装を目指しました。同じツヤ消し同士だと2回目に飛ばした粒が目立たないので、粘度調整とか吹くエアの圧とか拡散の具合とかで立体感を出していきます。この塗装のノウハウは非常に難しいということだったのですが、設計担当者の方には何度も「もうちょっとこう…」とわがままを言わせてもらいました。
上野
かなりリクエストは厳しかったです(笑)。なかなかデザイナーのOKがもらえるレベルが出せなくて苦労しました。
小幡
グリップのラバーも、今回表面のパターン目を新しいものにしました。より滑りにくくするため、凹凸を深めに、パターンの目も若干大きくして、塗装面との意匠的な違いを際立たせています。また、“α77”では滑り止め効果をさらにアップするために、ラバー範囲を広げました。
上野
“α77”では、ボタンの数も多いですが、防塵・防滴性能も高めています。パッキンを配置したり、部品同士の密着度を高めたりという工夫をして、雨の中でも撮影できることを目指しています。ユーザーの皆さんの撮影シーンがかなり広がってくるのでは、と期待しています。
上野
テンサイルスキンというキーワードのもと、仕上がりとしては非常にいいカメラになっていると思います。全体の質感で、今までにないものが出せているカメラです。ぜひ多くの方に使っていただきたいですね。どちらの機種も、グリップ感はじめ操作性の部分でデザイン陣と一緒になってかなりこだわってやってきましたので、そのあたりをじっくりと体験していただくと、非常にうれしいです。
小幡
デザイナーとしては、新しい世代のデザインを作り上げるという大きなテーマをやりきったのが大きいですね。中級機を使われているユーザーの皆さまに十分満足していただけるものが作れたと自負しています。また今回は“α77”同梱のレンズであるDT 16-50mm F2.8 SSMのデザインも手がけましたが、ボディーのテンサイルスキンデザインに対してこのレンズは幾何学的な造形を強く押し出した新デザインです。このデザイン的なコントラストの妙も、味わっていただければと思っています。
前浜
私は商品設計がはじまる2009年頃からずっと関わってきて、電子ファインダーもデバイス担当と一緒に開発してきました。最初から最後まで“α77”と“α65”という2つのカメラを育てたという思いもあって、感慨深いものがあります。改めて完成品を触ってみて感じるのは、今回のαというのは、実は使えば使うほどなじんでくる、人間的な面を持っているカメラなのではないか、ということです。電子ファインダーをのぞきながら撮るのは今までなかったスタイルにも関わらず、使い込むとどんどん自分の体になじんでくる感じなのです。ユーザーの皆さまには、そういうところをぜひ体感していただきたいですね。
内田
“α77”と“α65”は、すべての機能やデザインが「狙った瞬間を逃さず、きれいに撮る」という基本コンセプトを出発点にして、カメラや写真にこだわる中級者の方が使っても満足していただけるように作られています。このボタン配置、操作性、デザインも、狙った瞬間を、ファインダーを覗きながら素早く撮れる、という点を愚直に追求し尽くした結果です。ひとりでも多くの方々に、手に取ってその速さと美しさを実感していただけることを、心から願っています。