MDにはあまり馴染みのない筆者なのだが、RH1のスペックを見て驚いたことがある。
それは、あまりにも少ない電力で動くということだ。
RH1付属の充電池は、容量が370mAhしかないが、約6時間のLinearPCM録音、約10時間の再生が可能である。
最長ということでは、1GBのディスクでHi-LPモードの再生は、約19時間とある。
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充電池に詳しくないかたにはピンと来ないかもしれないが、いま単4の充電池の容量が800〜900mAh程度であることを考えると、単4電池の半分以下の容量でMiniDiscという物理メディアを回転させながら、この長時間動作はすごい。
オーディオブロック設計担当の松本賢一氏は、こう語る。
「基本的にMDは、省電力を極めています。
過去には何十時間録音、百何十時間再生というのが当たり前の世界でしたんで。
まずサーボ制御にしても、記録時はバッファに貯めておいて、一時期に高速で短時間で書く。
それは録音する上でノイズを出さないという意味でも重要なんです。」(松本)
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「電源設計も、コストの面とか部品点数とか考えた場合、5V系の電源、2V系の電源とおおざっぱに2種類とかでブロックを動かすんです。
しかしこれでは、無駄に高い電圧で動かしたりということが起こる。
ですがMDではなるべく効率のいい電力ということで、最低限必要な電圧を複数作り出しています。
それぞれのブロックに最適な電圧を作り出して、無駄のないような電源構成になっているわけです。」(松本)
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MDの強いところは、省電力の他にもある。商品企画担当の土屋氏はこう指摘する。
「実際デジタルミュージックプレーヤー(DMP)が全盛ですけど、MDが強い分野があって、一つは録音。
そしてもう一つは、高音質再生じゃないかと。
ここは今のDMPでは、満足できるものはないんじゃないでしょうか。」(土屋)
確かに今のDMPは、音質の良さよりもユーザービリティの面で普及が促進されていることは間違いない。
その中でRH1の設計者が選んだ道は、エフェクトやプロセッシングに頼らない、音の素性の良さだ。
カップリングコンデンサの容量を従来の2倍に増やすというアプローチも、その中で生まれてきた。
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カップリングコンデンサとは、アンプの最終段で直流成分をカットするために用いられるもので、スピーカーやヘッドホンに直流が流れて壊れないようにする部品である。
この容量を増やすとこで、低音特性が改善できることは、アナログアンプ時代からノウハウとして良く知られている。
「ポータブルオーディオでカップリングコンデンサの容量までなかなか踏み込めなかったのは、やはり本体のサイズが小さいので、現実的に十分な容量のカップリングコンデンサが乗せられなかった、という事情があります。
第一世代のMZ-NH1の設計が終わったあたりから、次はここを改善したいというのが見えてまして。
そのためにコンデンサメーカー数社にこのサイズでこの容量のものはできないかと、無理をいって試作を繰り返して貰いまして、それで今回やっと使えるものが間に合いました。」(松本)
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しかしRH1に搭載されているのは、最新のHDデジタルアンプである。それに対して、このようなアナログ的なアプローチは効果があるのだろうか。
MDの初代機「MZ-1」とMZ-RH1の試作品。RH1のカラーは試作段階でいくつかの色が検討された。
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「これまで容量を攻められなかったのは大きさの問題と、もう一つは従来のアナログアンプでは、そこまでやっても見返りが少ないというのがあるんです。
我々はフィードバックを使わないデジタルアンプを使っていますが、これはDC近辺まで位相特性が非常にいい。
一方アナログアンプはフィードバックがあるので、低域のほうはだいぶ位相が回ってしまうわけです。
一番カップリングコンデンサが利いてくるのは、フィードバックのないデジタルアンプの、低域の位相特性なんです。」
フィードバックとは別名負帰還とも言い、増幅回路ではよく使われる仕組みである。
出力の逆位相信号を減衰させて入力側に戻してやることで、歪みなどが打ち消され、安定した増幅ができる。
ただデジタルアンプのような元々の特性のいい回路では、使わない場合も多い。
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実際にLinearPCMで音楽CDからHi-MDに転送し、聞いてみるとこの話がよくわかる。まず圧倒的なS/Nの良さだ。
完全に無音状態から音楽が立ち上がってくる感動は、昨今のデジタルプレーヤーでは味わえないクオリティである。
もう一つ松本氏が再生機能として取り組んだのが、録音レベルが違う曲を再生時に聴きやすいレベルに揃えてくれる、「ダイナミックノーマライザ」である。
現在のCDライティングソフトなどには、バラバラのソースから集めた曲の音量を揃える、「ノーマライザ」と言われる機能を搭載したものは多い。
だが実際に試してみると、なんだか全体的に音がこぢんまりしてしまう感じがして、大抵はせっかくの音楽のダイナミックレンジを壊してしまう。
「ダイナミックノーマライザは再生側に搭載する機能なので、ライティングソフトなどに搭載されているノーマライザのように、事前に音量をスキャンするといったことはできません。
その代わりに、常時再生音のレベル感知をしながら、想定レベルよりも低ければユーザーが気づかないように10秒ぐらいかけて、ゆっくり音量を上げて行きます。
もちろん急に大きなレベルが来たときには、すばやく下げるわけです。」
サウンドミキシングの隠語では、聴き手に気付かれないように音量を上げ下げすることを、「盗む」という。
ダイナミックノーマライザは、この「盗み」を上手くやる機能と言える。
こういうプロのテクニックを再生機にハードウェアとして搭載したのは、おそらく初めての試みだろう。
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「この機能、実は企画は頼んでないんです。
通常だったら、企画側でこういう機能があったらいいなということで、設計にお願いして実現して貰うというのがいつものストーリーなんですけど。
これは『できました』っていう状態で貰ったので、ホントにエンジニアの思い入れの部分ですね。」(菊池)
「これも第一世代の設計が終わったぐらいから考えていたんですけど、正直どれぐらいの出来になるのか、やってみないとわからないところがあるので、見えるまで黙ってようと思ってこっそり仕込んでいたんです。
特異なピークに左右されずにマキシマイズできて、ダイナミックレンジをむしろ改善しつつ、曲全体としてはコンプレスする、という効果が望めます。」(松本)
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