ニアフィールドスピーカー「SA-Z1」が、昨年9月のIFAで海外発表された際のインパクトは強烈だった。ソニーの高級スピーカー開発が進められているという噂は耳にしていたが、登場した「SA-Z1」はいわゆるピュアオーディオ的なパッシブスピーカーではなく、“ニアフィールドパワードスピーカー”というユニークなコンセプトだったからだ。しかも、パーソナルオーディオのフラグシップモデル“Signature Series”に名を連ねる製品として登場したのだ。
そんな「SA-Z1」が、ついに日本国内でも発売された。
SA-Z1
フラグシップヘッドホン「MDR-Z1R」やフラグシップウォークマン「WM1シリーズ」も名を連ねるSignature Seriesのラインナップが拡充
近年、ハイエンドなDAPやヘッドホンを家の中でのホームオーディオ用途にも活用するケースも定着している。Signature Seriesで先行展開している超高級プレーヤー「DMP-Z1」やフラグシップヘッドホン「MDR-Z1R」などは、まさにそうしたホームオーディオで最高の音を追求できるアイテムと言えるだろう。特に、「DMP-Z1」は据え置きを想定した機器でありながらバッテリー駆動にも対応させて電源ノイズの排除を図るなど、ハイエンドヘッドホンをホームオーディオで高音質に楽しむためのこだわりが随所に込められている。
そして、今回の新製品「SA-Z1」が想定するのもまさにそうした世界。ヘッドホンでホームオーディオを楽しんでいるファンに、ニアフィールドリスニングという分野でも最高の体験を届けられるハイエンドスピーカーなのだ。
ニアフィールドパワードスピーカーという名が表す通り、「SA-Z1」が想定する設置位置はPCを中央にセットするような、デスクトップ上のニアフィールド空間。アンプ内蔵のパワードスピーカーという所も、ミニマムな機器構成で最高音質を追求する現代的なオーディオの価値観に合致する。
高音質を構成する技術はIFA発表時の情報や日本国内のニュース等で報じられているので詳しくはそちらを参照してもらいたいが、進化した「D.A.ハイブリッドアンプ」や同軸構造のスピーカーを採用。D.A.ハイブリッドアンプではFPGAを左右チャンネルそれぞれに搭載し、理想的な信号処理プログラムを実装することで、16ch独立駆動制御によるタイムアライメントコントロールを含め、アンプの実力を最大限引き出せるようにしている。
メイントゥイーター1基とアシストトゥイーター2基の計3基を縦一列に配置して組み合わせることで広い指向性と十分な音圧、高い解像度を実現した「I-ARRAY」システムを、ウーファーと同軸配置
また、左右のスピーカー間は専用のデジタル同期ケーブルで接続。高精度のマスタークロックを用いて左右スピーカーを共通クロックで動作させて音声遅延量を補正、それぞれのスピーカー内のドライバー直近までデジタル信号のまま伝送し、デジタル音声処理を高精細に行うことで、左右間の音声のゼロレイテンシー伝送を実現した。このように、理論上の“正しい音の出る設計”をパワード型で作り上げてしまったスピーカーなのだ。
左右スピーカー間は付属の専用ケーブルで接続。見た目はPC用のD-Sub15ピンに似ているが独自設計の専用端子だ
入力端子はUSB-B端子がPCM 784kHz/32bitとDSD 22.4MHzまでに対応。ウォークマン端子はPCM 384kHz/32bitおよびDSD 11.2MHzに対応し、他にPCM 96kHzまで入力可能な光デジタル端子、そしてステレオミニ、XLR、RCAを搭載している。
背面端子部
側面にはデジタル入力類とステレオミニ端子を装備
今回はソニーが提案する新たなリスニングシステムを体験するべく、主に「DMP-Z1」との“Signature Series”コンビで試聴を実施した。
試聴システムは自宅のPCデスクに設置。PCモニターを挟んで「SA-Z1」を左右に設置するという、一般的なデスクトップオーディオに近いスタイルを採った。「DMP-Z1」の再生ボタンを押した瞬間から、衝撃な音楽体験の始まりだ。
左右チャンネルをスイッチで切り替え可能。組み合わせるプレーヤーに接続しやすいように左右を入れ替えて設置するなどといったことができる
まず、僕が最もよく試聴する宇多田ヒカルの『あなた』。「SA-Z1」で聴くと驚く。
左右2台のスピーカーの中央にハッキリと歌声の音像が定位。その音像の立ち上がり具合が凄まじく、そこに宇多田ヒカルの姿があって声を発していると知覚するほど。スピーカーの存在は完全に消え、手を伸ばせば届くほどの至近距離から歌声が迫ってくる。これまでさまざまなオーディオ機器を試してきたが、こんな体験は初めてのことだ。
ステージの目の前で音楽を聴いているような感覚で、バンドやオーケストラが自分の前の半径50cmの空間で全ての音が存在。それでいて各楽器の定位はしっかりしており、指を差して位置を指示できるくらいに極めて精緻な音空間を展開する。そして、もう少しスピーカーに近づき試聴距離30cm程度まで近づくと音場が変わり、ドラムセットの前数十センチの位置に立ち会うような、今までににない臨場感、没入感が生み出される。
「SA-Z1」は個々の音があまりにリアルで、宇多田ヒカルのハスキーな歌声まで鮮明でブリリアント。音色にはエネルギー感がありつつも高域まで歪みもなくスムーズな自然さ。そして音が空間に消え入る最後の描写までもが正確で、音の奥行きまで再現される。さらに、低音すらも淀みなくタイト。楽器どうしの音の重なりも、卓越した奥行き感、立体感できっちりセパレーションして再現してしまう解像力に驚いた。
ひとたび「SA-Z1」で音楽を聴き始めると、音楽的な体験が面白過ぎて、時間を忘れて次々に聴き込んでしまう。他にもいくつかハイレゾ音源のインプレッションをお届けしたい。
クラシックの音源からはカラヤン指揮の『ヴィヴァルディ:四季 - 春 第1楽章:アレグロ』。こちらでは、弦楽器の繊細、そして分解能に妥協しない描写力とともに、高域まで歪みなく再現し続けるところが見事。ホールで演奏するオーケストラの様子を、リスニングフィールドのなかに緻密に再現するような表現力だ。
一体の煙突構造にすることで不要な共振を抑えたヒートシンクを採用
上原ひろみ『Alive』では、空気を揺らすようなドラムの音の炸裂を、目の前で聴くような圧倒的な臨場感と、溢れ出すダイナミクスで再現。そして肉厚なピアノも、その音の響きをどこまでも見通せる立体感だ。まるで自分一人のために彼女たちが目の前で演奏してくれているような音場は、曲を聴く体験すら別モノにしてしまうほどだ。
ビリー・アイリッシュ『bad guy』は、ベースとバスドラムの低音を、深く抉るようなタイトさでその情報とともに引き出す。左右両方のチャンネルに配置された特徴的な歌声は柔らかく丁寧に浮かびあがる。これだけのパワーがあれば、ニアフィールドより少し離れた位置のリスニングでも通用するだろう。
本機のリモコン
「SA-Z1」にはリモコンや本体ボタンで音質をカスタマイズできる要素がいくつもある。「D.A.ASSIST」ではアナログ音をブレンドして音を柔らかくする“BLENDED”の設定、「A.WF MOTION」では低音の躍動感を抑える“FIXIED”の設定を行える。
そして「A.WF FREQ RANGE」では、低域をタイトにする“NARROW”、増強する“WIDE”の設定、「A.TW TIME ALI」ではトゥイーターとスピーカーのアライメントを調整する“DELAY”“ADVNCE”の設定が選択可能。様々な楽曲を聴きながら試すとデフォルト設定が最も精緻な音だったが、ニュアンスを変える目的で切り替えてみると面白いだろう。
アンプやウーファー等の動作方法を物理的に切り替えられるスイッチを装備
もう一方のスピーカーにはメインボリュームやディスプレイを装備
オーディオ製品でおなじみの機能である「DSEE HX」を“ON”にすると、ハイレゾ音源でも空間的な伸びやかさ、立体感をスムーズに再現に効果的に機能する。そのほか「DSDリマスタリング」をオンにするとシルキーなニュアンスになるので、これはお好み次第で活用する/しないを選べばよいだろう。
さて、今回は「DMP-Z1」との組み合わせで「SA-Z1」の実力をチェックしたが、ウォークマン用のWM-PORTも用意しているとおり「NW-WM1Z」などをプレーヤーとして利用することも可能。もちろん、Windows PC/Macを接続して一般的なPCオーディオスタイルのクオリティをさらに高めることもできる。ただ、音純度、低音までのフォーカスのクリアさという点ではやはり「DMP-Z1」との組み合わせがズバ抜けて高音質だと感じた。外部ヘッドホンアンプなどを用いなくてもハイエンドなヘッドホンを駆動できることも考えると、可能なら「DMP-Z1」も一緒に揃えて、ヘッドホンでもニアフィールドでもフラグシップデスクトップオーディオ環境を構築したくなるところだ。
一般的に、家の中でのハイファイオーディオというと、いわゆるピュアオーディオか、ハイエンドなヘッドホンリスニングのどちらかのイメージが強いかと思う。「SA-Z1」は、そのハイファイオーディオの世界にニアフィールドリスニングの存在感を強烈に印象づけるものだ。加えて、プレーヤーに「DMP-Z1」を用いれば、ここまで紹介してきた驚異的な音像定位を始めとするニアフィールドリスニングの魅力だけでなく、ヘッドホンリスニングならではの解像感や没入感も楽しめるシステムをデスクトップで構築できる。今後要注目のスタイルと言えるだろう。
本機を一般的な他のスピーカーと素直に横並びで比べることはできるものではないが、「SA-Z1」をじっくり聴くと、あまりに高音質過ぎて既存のオーディオの軸ではもはや評価できないスピーカーだとすら感じた。音楽体験の次元がそもそも違う、と評するべきだろう。
78万円(税抜)と、一般的なニアフィールドスピーカーと比べるとかなり高価な本機だが、この音を体験してしまうとその価格も納得。いや、むしろ「コストパフォーマンスが高い」と言っていい水準だとさえ個人的には感じた。
ソニーにしか作り得ないオーディオのひとつの頂点として、ポータブルオーディオ愛好家はもちろん、ピュアオーディオの愛好家も是非一度その音を体験して、導入を検討するべきスピーカーだ。