2019年4月にオープンした資生堂様の最先端研究施設「資生堂グローバルイノベーションセンター(以下、S/PARK)」に設置された世界最大*サイズの16K×4K(19.3m×5.4m)のCrystal LEDディスプレイシステム(以下、Crystal LED)。併せて納入された映像コンテンツは、ソニーPCLが企画・制作しました。
映像コンテンツの企画にあたり、「S/PARKは資生堂にとってもチャレンジできる場、チャレンジする場。映像でもそれを表現したい。」というオーダーに対して、ソニーPCLが提案したのが、16K×4Kのdot by dotの映像という大きなチャレンジ。そして、横浜みなとみらい21という都市のビル内に、屋久島の森をS/PARKに出現させるというアイデアでした。
映像制作を指揮したソニーPCL クリエイティブディレクターの三井孝浩氏と、テクニカルスーパーバイザーの細田昌史氏に今回の世界最大*16K×4K dot by dot Crystal LEDコンテンツ制作について伺いました。
*2019年4月時点 「Crystal LED ディスプレイシステム」として
屋久島の森を、屋内の壁に出現させる
【三井氏】資生堂グローバルイノベーションセンター プロジェクトリーダーの久代哲之 さんと、GIC統括部 S/PARK企画グループ マネージャーの蔵内健太郎さんにお会いしたとき、要望として言われたのはたった一つのことでした。
「このCrystal LEDのスペックが最大限に生かせるコンテンツを作ってください」
この言葉は、私たちソニーPCLのクリエイターを信頼し、制作を委ねてくれたということ。発注する側としては、相当な覚悟が必要な言葉だと思います。絶対に期待に応えられるものにしなくては、という強い決意とともにスタートしました。
Crystal LEDの魅力は、約0.003mm2の微細なLEDがもたらす高精細さ、1,000,000:1以上の高コントラスト比などによる臨場感です。そして、今回、制作した映像が映し出されるCrystal LEDは、16K×4K(19.3m×5.4m)の超巨大サイズ。このスペックを最大限に生かすことを考えたとき、ディスプレイだということを感じさせず、透明なガラス板の向こう側に実際の世界が広がっているような錯覚を、この16K×4KのCrystal LEDなら起こせるのではないかと考えました。そこから、屋久島の森をS/PARKに出現させるというアイデアが浮かびました。
横浜みなとみらい21という都市のビルの中、ただの大きな壁だと思っていたところが巨大な森になり、そこにリアルな動物たちがやってくる──。このアイデアを考えたとき、「これは、壁が別の世界につながったような非日常感を味わえる映像になるはずだ。特に小さなお子さまにとっては、とんでもない体験になるぞ」と心が躍りました。
「見る」ということが「体験」になる
【三井氏】制作段階でこだわったのは、「リアルサイズ」と「dot by dot」です。リアルサイズというのは、大きいものは大きく、小さいものは小さく、実物大で表現するということ。今回のCrystal LEDは、触れられるくらいの間近からも見ることができるようになっています。実物大で表現することによって、見ている人が実物大の大きさから、自分の体の大きさを感じることができますし、目で見ているのではなく、体ごと映像に没入するような体験ができます。
16K×4Kのdot by dotは、初めての試みです。おそらく世界でもほとんど類をみないのではないでしょうか。どこまで実現できるのかも分かりませんでしたが、16K×4KのCrystal LEDのスペックを最大限に発揮することを考えたら、外すことができない条件でした。でも、幸いに、ソニーPCLには細田さんをはじめ映像技術のプロフェッショナルなチームがいます。そこで、常に相談し、技術的に可能なところをさぐりながら、最大限に良いものを追求していきました。
【細田氏】企画が固まり、コンテンツの制作に入ったのは、昨年の夏でした。そもそも、8Kが撮れるカメラも多くありません。アップコンバートしないのであれば、8Kカメラ2台、または3台体制で撮ることが前提でした。横長の映像を撮る方法として、HDの時代には、レンズ1つでカムコーダー3台分の横長映像を撮るシステムがありましたが、そのシステムが登場する前はカメラを3台並べて撮影していました。幸いにもその制作に携わった経験があったため、今回は、α7R IIIを3台並べて撮影しました。
16Kの映像の作り方としては、4Kや8Kとの違いはほとんどありませんが、データ量が膨大になるのが最大の難点。1フレーム265MBもあり、1秒間60コマの映像を実現するには、1秒間にそれだけのデータを送れる転送速度も必要になってきます。そして、データのコピーひとつとっても膨大な時間が必要になってしまいます。今回は、時間的な制約をどのようにクリアするかも制作のポイントでした。
19.3m範囲の森をリアルに切り出す
【三井氏】森は、屋久島で撮影しました。リアルサイズ×dot by dotを実現するためには、森を19.3mサイズにリアルに切り出す必要があります。そのため、撮影ポイントを見つけるのに、険しいトレッキングの道を重い撮影機材を背負って歩きまわりました。見つけたポイントは森の奧。過酷なロケでしたが、素晴らしい場所で、ここに動物たちがやってきたらどうなるだろうかと、ワクワクしながら撮影に没頭しました。
【細田氏】被写体とレンズの距離も、撮影の重要なポイントでした。カメラ3台で並べて撮影すると、レンズのゆがみがすごく影響します。通常、対象物に対して距離が取れない場合には、レンズの画角を広げますが、画角が35mmでもゆがみが目立ってしまい、ステッチングしたときにひっぱりすぎて解像度が担保できなくなってしまいます。苦悩の末、今回50mmレンズを選択し、限界まで下がって撮影しました。
【三井氏】今回のコンテンツには、雲海の映像も入っているのですが、昨年の12月に長野県に撮影に行きました。12月は地元の人に聞いても、ほぼ雲海が出ない時期であり、例年、降雪で山が閉まってしまいます。でも、昨年はたまたま降雪が遅れていて、撮影に行くことができました。山に入り、撮影ポイントに着いてからは、マイナス11度の中、車内で寝袋にくるまりながら、何日も雲海を待ち続けました。諦めかけたロケ最終日、奇跡的にも雲海が現れ、最高の映像を捉えることに成功しました。
16Kの動物を屋久島の森になじませる
【三井氏】今回登場する動物たちは、16K×4KのCGで制作しています。実際に16K×4KのCrystal LEDに動物を映し、CGをどのようにブラッシュアップしていくのかをつめていきました。
【細田氏】多くの人が、それぞれの場所と機材で制作したものを最終的に1つにまとめるため、シーンリニアという色空間を使ってCGを制作しています。
Crystal LEDというシャープな色表現ができるものに対してシャープなCG映像は、そのままでは実写の森となじみが悪く違和感があります。微妙にぼかすなどのデリケートな調整をする必要がありました。カメラで撮られたものは、どれだけシャープに撮っていても、粒子があったりするので完全なシャープではありません。カメラで撮ったものは、有機的なものだと考えています。一方、CGで作ったものは人工的なものです。その有機的なものと人工的なものを組み合わせたときに生じる違和感は、解像度が高くなればなるほど、アウトプットの画面が大きくなるほど、如実に出てきてしまうのです。そのため、違和感をなくし、なじませる繊細な作業はこれまでの制作とは比較にならないものでした。
制作者が見とれてしまうほど美しく、見たことのない迫力
【三井氏】実際に、今回制作した映像コンテンツを16K×4KのCrystal LEDに流したとき、自分たちでも見とれてしまうほど美しく、見たことのない迫力がありました。編集時に映像自体は何度も繰り返し見ているはずなのに、何度もワクワクしてしまいました。制作者をも魅了する、これがCrystal LEDディスプレイなのだと改めて実感した瞬間でした。
私たちが撮影時に受けた感動や体験を、時空を超えてそのまま、それ以上に多くの人に共有できるのは、Crystal LED、そして16Kだからこそだと思います。資生堂さんの“美しさでイノベーションを興していく”というテーマにも沿える、“あたりまえを変える”象徴的な映像コンテンツになったと自負しています。
【細田氏】今回の19.3m×5.4mというサイズですが、世の中にはもっと大きなモニターはたくさんありますが、至近距離に近づいても綺麗に見えるモニターは、Crystal LEDだけなのではないでしょうか。Crystal LEDは、めったに見られない自然や、そこでしか起こらない自然現象など、見ることが難しいものを大勢の方に伝えられる手段になる可能性があると思います。
【三井氏】今回は、ソニービジネスソリューションがソニーPCLに期待してお声がけいただいたことが、ことのはじまりです。おかげで、16K×4Kのdot by dotの映像制作という聞いたことも行ったこともない制作に挑み、実現することができました。今後も私たちはクリエイティビティとテクノロジーの力で、多くの感動を生み出したいと思います。