スマートデバイスの普及や、インターネットを利用した配信サービスの拡大などによって、コンテンツ視聴体験が大きく変わり始めています。そんな中、ソニーはこれまでにない新しい視聴スタイルを提供するポータブルシアターシステム『HT-AX7』を発表。映像を視聴するデバイスがマルチ化する今の時代に求められる新たなかたちと体験について、その開発に携わった中核メンバーがお話しします。
千々岩:以前は、リビングにある大きなテレビで家族そろって映画やテレビ番組を楽しむ、というのが、一般的なコンテンツ鑑賞スタイルでした。しかし最近は、スマートフォンやタブレットなど、個人用デバイスの普及や、動画配信サービスによるコンテンツ自体の多様化も追い風となり、家の中でも時間と場所に縛られずコンテンツを楽しむスタイルが定着しつつあります。
大澤:コンテンツの視聴方法が多様化している一方、従来のホームシアター機器には「テレビに接続」して「リビングで見る」スタイルに限定されてしまう課題がありました。『HT-AX7』は、そうした接続機器や設置場所の制限を取り払い、最新ホームシアターならではの立体的なサウンドを、「さまざまなデバイス」を使い「好きな場所」で、もっと手軽に楽しめるようにするというコンセプトで開発された製品です。本体はフロントスピーカーと2基のリアスピーカーで構成されており、リアスピーカーを取り外して自分を取り囲むよう後方に配置すると、囲まれたエリアが立体音響空間になる点がユニークな製品となっております。
千々岩:スマートフォンやタブレットの映像を映すスクリーンデバイス、そして3つのスピーカー全てがワイヤレスで接続されるのがポイントです。全てのスピーカーにはバッテリーが内蔵されているので、使用時には電源ケーブルすら要りません。小型軽量で気軽に持ち運びができ、机の上でも、ベッドの上でも、わずかなスペースに設置できます。
千々岩:その通りです。ちなみにバッテリーの持ち時間はそれぞれ約30時間を実現したので、毎日映画を楽しんでもおよそ1週間は使えます。なお、リアスピーカーは不使用時にはフロントスピーカーの上面に片付けておくことができ、自動的に充電されるようになっています。
大澤:本体サイズが小さいため、体験も貧弱なものになってしまうと思われそうなのですが、『HT-AX7』は一般的なホームシアター機器と比べてユーザーの近くにスピーカーが配置されるので、十分な音質と臨場感で映画や音楽の音を立体的に楽しんでいただけます。
千々岩:その上で、一人から少人数で映画や音楽ライブを楽しめる、ソニー独自の技術を搭載した立体音響空間に加え、部屋全体を音で満たし、多人数で音楽を楽しめるようにするモードも用意しました。試聴する場所やコンテンツ、シチュエーションに合わせて2つのサウンドを切り替えてお使いいただけます。
千々岩:これまで立体音響が楽しめる場所はリビングのテレビ前に限られていました。最近は立体音響対応のヘッドホンが人気ですが、こちらもパーソナルな利用に限られてしまいます。その点『HT-AX7』であれば、家中どこででも立体音響を楽しむことができますし、ヘッドホンのように周囲を遮断することもありません。場所やデバイス、ユースケースに縛られることなく、より良い音でコンテンツを楽しみたいという方にぜひお試しいただきたいですね。
大澤:音を立体的に鳴らすための部品構成としてフロントスピーカー1基、リアスピーカー2基が必要なのですが、これをどういうかたちにすればお客さまにとって使い勝手が良くなるか、気軽に使い始めていただけるかを考えるところから形状の検討を始めました。初期検討の段階では、取っ手付きのピクニックバスケットからヒントを得まして、2つの小さなリアスピーカーを大きなフロントスピーカーに収納するような形を考案しました。こうすることでリアスピーカーの充電もしつつ持ち運びもしやすくて都合がよいと考えたのです。
しかしその後、実際の利用シーンを詰めていく過程で、例えばノートパソコンを奥に、フロントスピーカーを手前にという配置だと取っ手が視聴の妨げになることが分かってきました。さりとて折り畳み式の取っ手では強度の確保が難しくなってしまいます。そこで、フロントスピーカーにリアスピーカーを載せる構成はそのままに、取っ手の代わりにフロントスピーカー底面に指が入るくぼみを設けた形状へと変更。持ち運びやすさと使い勝手をキープしつつ、よりシンプルな形状にまとめることができました。
三浦:『HT-AX7』のコンセプトを実現するべく、さまざまな形状のリアスピーカーを検討したのですが、一般的な箱形形状の小型スピーカーだと、ソファーやベッドの上に置いた際、倒れたり傾いたりして安定させることができません。その点、円形で薄くスピーカーが上を向いた形状は安定性が高く、私たちが目指すことに合致する、理にかなったかたちだと考えました。
三浦:音に指向性がなくなることですね。一般的な立体音響システムのサラウンドスピーカーは設置場所を決めて、そこで音場の最適化処理を行って立体音響空間を生成します。しかし、いろいろな部屋に持ち運んで使う『HT-AX7』ではどこでもすぐに立体音響を楽しめるようにしたかったので、そうしたプロセスを挟みたくありませんでした。しかもリアスピーカーの場所がその都度変わりますから、スピーカーの向きが変わっても、大きく音が変化しないようにしたかったのです。
大澤:製品のコンセプトに合わせ、さまざまなインテリアに自然に馴染む、柔らかな質感をまとわせたいという思いがありました。特にソファーやベッドに置いて使うときに違和感のない素材として「布」を使うことに決め、製品全体を包むように覆っています。この際、布の縫い目を見えないようにすることにこだわりました。
なお、底面や天面など、布に覆われていない部分についても、触った時の手当たりの良さや、硬いテーブルの上に置いたときの接触音などをソフトにしたいという狙いから、シリコン素材を用いています。
大澤:質感と同様に家庭内での馴染みを重視し、明るすぎず、暗すぎない中間色のグレーをいろいろ試し、この色に行き着きました。
大澤:『HT-AX7』では、円筒形のリアスピーカーをフロントスピーカーの天面に置いて充電できるようにしているのですが、ユーザーがどの向きにリアスピーカーを置いても充電ができるよう充電端子の形状を工夫しました。リアスピーカー側の接点を円形にすることで、フロントスピーカー側に設けられた接点とどの向きでも接続できるようにしています。
大澤:せっかくリアスピーカーを向きのない円筒形にし、表面を覆う布も縫い目が見えないようにしたので、充電時もユーザーに向きを意識させないようにしたかったのです。
千々岩:リアスピーカーを充電するたびに向きを揃えるのって、実はけっこう面倒なんですよね。『HT-AX7』では利用に伴う小さなストレスを徹底的に排除したいと考えていたので、向きを意識せず、サッと置くだけで充電されるようにしました。
板垣:なお、フロントスピーカーとリアスピーカーは磁石で固定されるため、持ち歩き時に揺らしたり、すこし傾いたりしても落ちにくいようになっています。
三浦:先ほどもお話ししましたが、この製品では立体音響を、誰もが、手軽に、簡単に楽しめるようにすることにこだわっています。立体音響は正確な音場を再現しようとすると、部屋の形状やスピーカーの位置などをきちんと測定しなければなりません。しかし『HT-AX7』ではそうしたハードルを下げ、測定などをしなくても立体音響が十分に楽しめることを目指しました。
三浦:はい。私はこれまでプロフェッショナル向けやホーム向けの緻密に音質を追求した音響製品も数多く手がけてきましたが、『HT-AX7』では「緻密さ」よりも「楽しさ」を大切にしています。
三浦:『HT-AX7』では、3つのスピーカーで三角形を作るようにユーザーを囲み、その中に立体的な音場を楽しめる「サウンドフィールド」を生み出すことができます。これが本機の基本的な利用スタイルとなります。
千々岩:この状態では、面倒な設定の必要なく、手軽に立体的なサウンドを楽しめます。具体的にはベッドの上で寝る前にタブレットで映画を見たり、ソファに腰掛けながらスマートフォンでオンラインライブを見たり、デスクに置いたノートPCでYouTube動画を見たりする際などに使っていただくことを想定しています。
三浦:そしてもう一つ、サウンドフィールドのエフェクトをオフにして楽しむモードも用意しています。3つのスピーカーを部屋の隅に配置することで、まるでカフェのような、音に包まれた空間を生み出すモードです。
千々岩:立体音響とは異なるのですが、均一な音で部屋が満たされるような楽しい体験が味わえます。こちらは好きな音楽を流しっぱなしにしてリラックスしたり、集中したりといったさまざまな用途を想定していますが、最大約40平米くらいの大きなリビングでも使えますので、ホームパーティなどでも使っていただきたいですね。
千々岩:サウンドフィールドのエフェクトをオンにして立体音響を楽しむにはフロントスピーカーを前方に、リアスピーカーを後方に、それぞれの距離を1〜1.2m離して三角形を作るように配置し視聴します。そのため、このモードでコンテンツを楽しめる人数は少人数になると想定しています。
三浦:立体音場の生成には、ソニー独自の「360 Spatial Sound Mapping(以下、360SSM)」技術を用いており、これがドーム状に配置された仮想のスピーカー(ファントムスピーカー)を作り出すことで音を立体的に感じられるようにしています。なお、音のソースについてはスマートフォンやタブレットから伝送されてきたステレオ音声を、ソニー独自のアップミキサーで立体音響化して再生しています。そのため、どのようなソースでも立体的なサウンドを楽しんでいただくことが可能です。
三浦:大丈夫です。『HT-AX7』のコンセプトを受け、実際にいろいろなパターンを試してみたのですが、360SSMの許容範囲が思ったよりも高く、各スピーカーが手の届く範囲に置かれている状況であれば、十分に立体的な音場を感じることができるということが分かりました。
三浦:この製品は「楽しさ」を重視していますから、立体音場の生成についても、それを加味したチューニングを行いました。具体的には各仮想スピーカーの位置や音の強弱などを細かく調整しています。その結果、明確に立体感を感じやすくなるので、今まで立体音響を聞いたことがない人も、ワッと驚くような体験を感じられるようにできたのではないかと思っています。
千々岩:サウンドフィールドのエフェクトをオフした状態とオンの状態で最も異なっているのはスピーカーの配置です。サウンドフィールドのエフェクトをオフにして楽しむ場合は、部屋全体を囲むように配置さえすれば、位置はどこでも構いません。三角形にする必要はありませんし、高さが違っていても大丈夫です。
三浦:このモードでは、部屋全体に音楽を響かせるフロントスピーカーの音を、360度全方向に音が広がる2基のリアスピーカーがサポートすることで、スピーカーがどこにあるのか分からない不思議な心地よさを実現することを目指しました。
三浦:はい。カフェに流れている音楽は、会話を妨げることがありませんし、長時間聴いていても疲れることがありませんよね。サウンドフィールドのエフェクトをオフにした状態ではそうした体験を楽しむことができます。
三浦:『HT-AX7』では、小型ボディで求める高音質を実現するため、近年のソニー製ポータブルスピーカーやサウンドバーなどで導入実績のある「X-Balanced Speaker Unit」を採用しています。『HT-AX7』ではフロントスピーカー、リアスピーカーにこの技術を取り入れ、サイズからはイメージできないほどの迫力あるサウンドを奏でられるようにしています。
そして、その上で、個々のスピーカーに適切なカスタマイズを施しています。特にリアスピーカーですが、よく見ていただくと円形ではなくおむすび形をしているんですね。また、それに合わせてスピーカーの中央部にある部品もセンターからずらして配置されています。
三浦:スピーカー中央部の部品をおむすび型の重心部分に配置することでスピーカーユニット全体の重量バランスを均一化し、正しく振動できるようにしています。これによって音のひずみが改善し、薄型スピーカーにもかかわらず、クリアな音を再生できるようになりました。なお、薄型スピーカーには音がきれいに広がるという特性もあり、『HT-AX7』特性を引き出すことにも貢献しています。また、リアスピーカーユニットは小型化・薄型化する必要がありましたので、スピーカーユニットをキャビネットに直付けするという工夫も行っています。
三浦:フロントスピーカーは、電気信号をスピーカーの駆動力に変えるボイスコイルを楕円形にすることでより力強いサウンドを実現したX-Balanced Speaker Unitに加え、側面にパッシブラジエーターを設けることで低音から高音までしっかりと再生できるようにしています。とても高性能に仕上がっているので、フロントスピーカーを単体のアクティブスピーカーとしてお使いいただいても十分にご満足いただけるはずです。
板垣:スクリーンデバイスとの通信には一般的なBluetoothを、フロントスピーカーとリアスピーカーの通信には低消費電力な2.4GHz帯のワイヤレス通信技術を用いています。リアスピーカーがこれだけコンパクトにもかかわらず、内蔵バッテリーで約30時間使えるのには、そうした工夫も貢献しているんですよ。
板垣:障害物がない状態で約10mの通信距離を確保しています。一般的なリビングルームであれば不足を感じることはないはずです。また、日本を含めさまざまな国のワイヤレス通信環境を調査し、音飛びが置きにくいようなチューニングも施しています。
千々岩:2台のスクリーンデバイスを同時に接続できる「マルチポイント接続」に対応しています。これによりタブレットで映画を見終わった後、スマートフォンで音楽再生を始めると、接続し直すことなく『HT-AX7』から音楽が流れ始めます。従来は一度タブレットの接続を解除し、スマートフォンにつなぎ替える必要があったのですが、『HT-AX7』なら再接続の必要がありません。複数のスクリーンデバイスを切り替えて使うことの多い『HT-AX7』には非常に有効な機能だと思っています。
千々岩:2023年6月に発売されたサウンドバーの新モデル『HT-S2000』から導入が始まっている新しいスマートフォンアプリ『Home Entertainment Connect』に対応しています。購入後のセットアップ時にこのアプリを用意していただくと『HT-AX7』の初期設定や細かなカスタマイズを画像付きガイドで確認しながら行うことができます。チュートリアルも用意されているので、慣れていないお客さまでも『HT-AX7』がどういった楽しみ方をできるのか、すぐにご理解いただけるはずです。もちろんオンラインヘルプへのリンクも用意。将来的なソフトウェアアップデートなどもアプリ経由で提供される予定です。
板垣:ここ数年のサウンドバーやヘッドホンなどと同様、本体に再生プラスチックを用いているほか、『HT-AX7』からの新たな挑戦として、ホームシアター製品では初めてファブリック部分にも再生素材を採用しました。ペットボトルを原料とした繊維を用いることで、環境への配慮をさらに一歩先に進めています。
また、もう一つ大きな挑戦として、パッケージに竹やさとうきび、市場で回収したリサイクル紙といった素材を混ぜ合わせて作ったソニー独自開発の「オリジナルブレンドマテリアル」という紙素材を採用しました。
大澤:はい。ただ、『HT-AX7』はヘッドホンよりも製品自体が重く大きいので、パッケージを二重構造にして強度を高めています。従来パッケージと比べてかなりの手間がかかっているのですが、結果として思った以上の強度と衝撃吸収力を確保でき、いままでパッケージ内部にどうしても必要だった緩衝材が不要になるという大きな成果を得ることもできました。環境配慮はもちろんですが、パッケージを開くとすぐに製品が見えるというのは体験としてもかなり良いものになったと感じています。
大澤:これは「インクルーシブデザイン」観点でも大きな進歩だと考えています。例えば、手先の動きに不安のある方にとって緩衝材を外しながら製品を取り出す作業はかなりの負担になりますが、このパッケージであれば、多くの方がすぐに製品を取り出すことができます。環境配慮だけでない、新しい価値を生み出すことができたと言えるのではないでしょうか。
板垣:『HT-AX7』はこれまでになかったタイプの製品だけに、我々が想像もしていなかったような使い方があるのではないかと期待しています。お買い上げいただいた方々には、型にとらわれないいろいろな使い方で楽しんでいただければと思います。ユニークな使い方を見つけたら、ぜひSNSで教えていただければ幸いです。
大澤:これまで誰も見たことのない製品だけに、ぜひ一度、実物に触ってみていただきたいという思いが強くあります。サイズ感や重さ、質感を手に取って感じていただきつつ、このサイズでこれほどの音が出るんだという驚きを感じていただけると苦労した甲斐があります。
三浦:『HT-AX7』は、さまざまなコンテンツを楽しんでいただくための製品ですが、音響担当として、ぜひ一度は「音楽」を楽しんでいただきたいですね。音楽ストリーミングサービスでも良いですし、YouTubeの音楽ライブ映像でもかまいません。お気に入りの音楽をより臨場感のあるサウンドで楽しむ感覚を味わっていただければ。
千々岩:三浦が音楽を推してくれたので、私は「映画」を推させてください。『HT-AX7』は独自のアップミキサーによってどんな映像ソースでも立体音響に変換して楽しませてくれるのですが、その臨場感が本当に素晴らしいのです。過去にないコンセプトで、ソニーとしてもかなりの挑戦となる製品なのですが、ご満足いただけるものに仕上がった自信がありますので、ぜひ皆さまに体験していただければと思います。よろしくお願いいたします。