見た目はシンプルでオーソドックスなレコードプレーヤーPS-HX500。
だが、裏にUSB端子が搭載されており、PCとつなげることでアナログレコードのサウンドをデジタル録音・保存できる機能が搭載されている。
ポイントは、ハイレゾのフォーマットで保存できるところだ。アナログレコードの持つ芳醇なサウンドをあますところなく保存するには、ハイレゾフォーマットがふさわしい、というわけである。
アナログレコードで音楽を楽しんできたシニア世代はもとより、ちょっぴりレコードに興味を持っている若者や、クラブ文化にどっぷりはまっているDJ予備軍までもが、気を引き興味をそそられる魅力的なアイテムとして設計されているようだ。
純粋にレコードプレーヤーとして使用するのみならず、部屋で眠っているレコードを引っ張りだして、今一度デジタルオーディオプレーヤーやスマホで持ち運ぼうじゃないか、という思いも込められているようにみえる。スペック云々以前に、そのコンセプトが眩しいアイテムだ。
デジタル全盛にありながら、世界規模でアナログ回帰のムーブメントも沸き起こるという2016年の音楽シーンにおいて、1960年代から50年にも及ぶミュージックシーンをリアルタイムで生きてきたピーター・バラカンにアプローチ、話を訊いてみた。アナログレコードからデジタルまで様々なフォーマットで世界中の音楽に精通する彼を通し、音楽の変遷に伴う音楽のたしなみ方とともに、アナログプレーヤーの最新事情に迫ってみたい。
取材・文:BARKS編集長 烏丸哲也
──アナログレコードが自宅の玄関にも置いてあるとお聞きしましたが、本当ですか?
ピーター・バラカン:
玄関にもあります(笑)。Fm yokohamaでアナログ盤しかかけないというラジオ番組「アナログ特区」を毎週やってきていたので、もう玄関にも置きっぱなしで。片付けないといけませんね。
──アナログが当たり前だった時代から、CDそしてデジタルと音楽流通はドラスティックな変化を遂げてきましたが、バラカンさんは、全てのメディアを体感してきていますよね。
ピーター・バラカン:
初めてレコードを買ったのは1960年ですから、9歳の時ですね。45回転のシングル盤でした。
──ここにきて、アナログへの再評価が世界的なトレンドになっていますが、バラカンさんもそう感じていますか?
ピーター・バラカン:
今でもCDがメインなのは変わりませんけど、CDとアナログとハイレゾを聴き比べる実験を何度かしたことがあります。かなりいい機材を使って大きな音で聴き比べるんですが、少なくとも僕の耳にはアナログの方が心地良く感じます。
──どういう点でですか?
ピーター・バラカン:
自分がアナログの時代に育った人間だから、昔の体験/記憶が心地よくてそう感じる…可能性もあります。
──いわゆる思い出補正ですね。
ピーター・バラカン:
でも、聴き比べするのが全て昔の音源というわけでもないんですよ。真新しいものもありますしデジタル録音されたものもあります。フルデジタルの音源などは、ハイレゾがホントはマスターテープに一番近い音のはずなんですけど、それでもアナログで聞いた時のほうが気持ち良いというか…理屈じゃないんですが。
──若い人たちはどんな反応でした?
ピーター・バラカン:
ほぼ僕と同じ意見でした。もちろん人によっては「このアルバムはハイレゾの方がいい」みたいな意見もありましたし、それは当然だと思いますけどね。人の耳はみんなぞれぞれ違うし、生まれた時代や聞いてきた体験的な違いも影響すると思いますから、そもそも正解はありません。
──アナログ世代の人々がそれを善しとするのは想定内なんですが、若い人も旧メディアのアナログがいいというのは、ちょっと不思議な気もします。アナログの質感に馴染みはないのに。
ピーター・バラカン:
不思議ですね。なんなんだろ。ただ、相当いい機材で聴かないとそんな違いはわからないですし、やっぱり今でも聴くのは圧倒的にCDです(笑)。それで不満もありませんから。そもそもアナログ盤は場所も取りますから、普通の家庭では邪魔ですよね。そういう意味ではデータはいいですね(笑)。そのほうがいいという人が大勢いるのはとても分かります。
──そもそもアナログレコードってめんどくさいですよね。いちいちターンテーブルにおいて針を落として、終わったら盤をひっくり返すとか。傷つけないように細心の注意を払いながら。でもそのお作法こそが、音楽を大事に聴くことや自分のライブラリとして愛おしく思う音楽愛を育む一端になっているような気もするんです。
ピーター・バラカン:
それはそうだと思います。以前InterFMで「名盤片面」というアナログ盤の片面を全部聴くコーナーをやっていたんですが、そうやって聴くとそのアーティストの意図した曲順の意味が分かる気がするんです。今では簡単に曲が飛ばせるでしょ?そうなるとアーティストの意図も伝わらない。音楽を作った人に対する礼儀という意味では、その曲順のまま順に聞いていくこともあっていいと、改めて思いますね。レコードは確かに面倒なんだけど、ちゃんと拭いて丁寧に針を下ろして聴くと、聴き方まで丁寧になりますよ。
──一方で、当時はカセットテープもよく使いましたよね。
ピーター・バラカン:
レコードはレコードで聴いていたのでカセットにダビングすることはありませんでしたけど、友達から借りた輸入盤やブートレッグなどはカセットに録音しましたね。あとラジオのエアチェックとか。
──彼女に聴かせるためのお気に入りテープとか、ドライブ用セレクションとかもカセットテープで作りましたよね。
ピーター・バラカン:
MIXテープ作りましたね(笑)。そこまでマメじゃなかったけど。夏休みに九州の友達のところに行った時、その時好きだったアルバムを3枚カセットにダビングして、車の中でそればっかり聴いていた。そういう思い出はありますね。音楽は人と共有してこそ楽しいものと思うんです。
──だから、DJの道に進んでいったんですね。
ピーター・バラカン:
そうだね。なぜ僕がDJをやっているのかといえば「僕が好きな音楽を人に聴かせたい」からです。一緒に楽しみたいという気持ちが強い。
──カセットで音楽を持ち運んだように、アナログレコードの音をハイレゾのフォーマットで持ち出していつでもどこでも楽しめるという点で、PS-HX500は画期的なプレーヤーだと思います。
ピーター・バラカン:
確かに、アナログ…特に昔のプレスのいいものを持っていれば、そのままハイレゾのフォーマットで録音するのは面白い試みだね。
──大切なレコードに傷をつけてしまうのが怖くて、できるだけ回したくないという人にとっても、ハイレゾフォーマットでの保存は朗報でしょう。
ピーター・バラカン:
レコードは持っているけどプレーヤーは持っていないという人もたくさんいますし、若い人で興味を持ち始めている人もいますから。
──PS-HX500の場合、オーディオセットを持っていなくてもハイレゾのフォーマットで録音/保存ができるUSB機器ツールとして購入するのもありですよね。
ピーター・バラカン:
なるほどね。そうか、それもありだね。今は中古レコードも特に外盤なんて凄く安いですから、音楽好きにはたまらないね。この前、ラジオのリスナーに「亡くなったお父さんの荷物を整理していたらたくさんのレコードが出てきた。子供の時によく家でかかっていたもので、凄く聞きたくなった」という人もいてね、そういう人にも薦められるね。
──バラカンさんにとってアナログの魅力ってなんですか?
ピーター・バラカン:
確実に音がいいです。特にアコースティック楽器の質感はアナログに限るかな。録音そのものがアナログだった時代のものは、やっぱりアナログで聴くのが一番しっくりきます。敢えて聴き比べないとわからないことですから、さほどこだわるものでもないですけどね。ただ、ジャケットの魅力は大きいかな。アートワークを楽しんでライナーを読んで、昔はレコードを聞きながらジャケットを眺めていましたから。
取材当日は十数枚のアナログ盤を持参いただき、ロッド・スチュワート、ライ・クーダー、カサンドラ・ウィルソン、ロバート・プラント、ボズ・スキャッグスなど時代を彩った名作から、テデスキ・トラックス・バンドやアラバマ・シェイクスといった次世代を牽引するアーティストに至るまで名盤の数々をたっぷりと堪能、スタジオには時代を超えた芳醇な音楽で満たされる至高の時間が流れていた。
レコードのサウンドをたっぷりと堪能しながら、あわせて実際にDSD録音にもチャレンジしてみた。ピーター・バラカンのコレクションからロッド・スチュワート『エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー』を選択、「マギー・メイ」をDSD128(5.6MHz/1bit)で保存しステレオからプレイバックしてみたが、バラカン氏も「十分忠実に再生されている感じですね」と、
プレーヤー再生と遜色ない再現性を確かめることができた。
そしてもうひとつ、興味深い実験も行われた。通常アナログレコードは、スピーカーからの空気振動や床を伝わる振動にさらされているので、その振動が針の動きに悪影響を与えてしまう。多かれ少なかれ避けがたい宿命にあるわけだが、デジタル録音が目的であれば、取り込み時にスピーカーから音を出す必要はないので、振動の影響を事実上ゼロにした状態で針が盤をトレースできる。
実際音楽を再生しながら取り込んだデータと音を出さずに取り込んだデータを聴き比べてみると、驚くほどの音質に違いが現れ、バラカン氏も「かなり違いますね…いい音しています」と驚きを露わにしていた。音圧に叩かれない状態で針がトレースしてくれるとレコード盤に刻まれた音がクリアに聴こえるのだ。
録音した音源をWALKMAN NW-ZX100に入れて、その聴き心地も確かめてみた。MDR-1Aで再生したバラカン氏は、そのまま時間を忘れたかのように、真剣な表情でリスニングに没頭していた。
私自身も自分のレコードでハイレゾフォーマットでの録音にチャレンジしてみた。選んだレコードは1977年にシングルカットされたイーグルス「ホテル・カリフォルニア」のいわゆるドーナツ盤だ。長らく放置していたこともあり盤のコンディションはあまりよくなく、傷や汚れもあるためにパチパチとノイズも乗ってしまっているが、そんな雑音をも含め、録音された音源はその時の再生状況を見事に描き出してくれた。
録音・編集・保存するのは無料で公開されている専用のPC用アプリ「Hi-ResAudioRecorder」で、PS-HX500とPCをUSBケーブルで接続しソフトを立ち上げると、いつでも録音スタンバイ状態となる。レコードに針を下ろし録音ボタンを押すだけでOKだ。録音を終了すると画面に波形が表示されるので、好きな場所にマーカーを入れていく。曲の頭と最後にそれぞれマーカーを入れ、「アルバム名」「アーティスト名」「曲名」などの編集をしてから保存すれば楽曲データの出来上がりだ。アルバム10曲入りであればマーカーを20ヶ所入れて書き出しをすると、一気に10曲のデータを保存してくれる。保存形式はPCM44.1、48、96、192KHz/16bit、24bitのwavファイル、あるいは2.8MHz、5.6MHzの.dsfファイルでも保存することができる。アルバムだと数GBに及ぶ巨大なデータとなるが、長らく眠っていたアナログレコード・ライブラリーを気軽に高音質で持ち運べるのは画期的な出来事だ。
これ一台あれば、押し入れで眠っていたアナログレコードが一気に息を吹き返すことになる。掘り出し物にあふれた中古レコード店にも行きたくなるというものだ。ミックステープやお気に入りライブラリを作ったりプレイリストを組むように、音楽にたっぷりの時間を割いて贅沢なひとときを味わうのも悪くない。
音楽好きにとって、そんな至宝のミュージックライフを生み出してくれるのも、PS-HX500が持つ隠れた魅力のようだ。
取材・文:BARKS編集長 烏丸哲也