高木 考一氏
写真の「画力」を動画に生かせる。
α7S IIIは感性を形にできる
「クリエイティブ機器」です
Koichi Takagi × α7S III × PHOTO&VIDEO
ミュージシャンのPVやCMなどの動画から、広告、アーティスト写真などの静止画まで手掛ける高木考一氏。独自の感性で作品と向き合い、その世界観を緻密に表現することで注目されているクリエイターの一人だ。今回はα7S IIIを使ってインドの打楽器「タブラ」の奏者であるユザーン氏のMVとポートレートを撮影。動画や写真はどのようにつくり上げているのか、高木氏ならではの表現手法とともに現場で活躍したカメラの機能やレンズの魅力についてもお聞きした。
MUSIC VIDEO U-zhaan, BIGYUKI "CITY CREATURES"
PROFILE
高木考一/フォトグラファー・シネマトグラファー
2008年、株式会社イイノ・メディアプロに入社。2010年、写真新世紀優秀賞受賞。2011年に独立し、1年間ベルリンで作品制作を行う。帰国後はフリーランスのフォトグラファー、シネマトグラファーとして活動。HOEDOWNの立ち上げに参画、撮影はCM、PV、映画、ビルボード広告、インスタレーション作品など多岐にわたる。
https://hodwn.com/
動画も写真的に撮っている感覚がある。
そこが動画の世界ではひとつの個性に
フォトグラファーとシネマトグラファー、ふたつの肩書きをお持ちですが、どのような背景があったのですか?
今は動画の仕事がメインになっていますが、僕のベースは写真家です。20代のころは現代美術に興味があり、写真で美術作品をつくってやっていきたいと思っていました。しかし、いろいろ勉強して知識と作品は増えても、まったくお金にならないわけです。広告的なフォトグラファーになるのは違うかな、と思いながらもとにかく生活しなければならないので、修行をし直そうとそちらの道を模索し始めました。 それならば面白い撮影が経験できそうな有名なスタジオに行きたいと思い、「イイノ・メディアプロ」に入りました。そこで仕事をしていくうちに気付いたのが「プロのカッコよさ」です。商業フォトグラファーでもカッコいいものはカッコいい、と思い、商業に特化した技術を習得。それまでは抽象的なアート作品にこだわっていましたが、「求められる普遍性を形にする」という現場を体験したことで、自分の表現と技術が融合したいい作品ができ、スタジオ在籍中につくった作品で賞を獲ることができたのです。 この時、30歳目前でしたが、自分に足りないものを補うためにドイツへ向かいました。多様な美術をこの目で見て美意識を養いたいと思いドイツに1年滞在し、ヨーロッパの美術館や博物館、さまざまなところを見てまわった感じです。帰国後はスタジオで学んだ技術を生かしてアシスタントやライティングの仕事をしました。その時の仲間が教えてくれたのが動画の世界です。そこから少しずつ動画作品を撮るようなったので、実は本格的に始めてからまだ6年ほどしか経っていません。
動画よりも写真歴のほうがはるかに長いのですね。
仕事では静止画も動画も撮りますが、写真は20年以上やっていますし、動画を撮る時も自分は写真的に捉えているようなところがありますからね。外部のディレクターが僕を指名してくれるのも、写真的に撮っているところが面白いと思ってもらえているからだと思っています。
静止画、動画、ともに撮影時に大事にしていることや意識していることはありますか?
ひとつは監督の掲げたテーマやコンセプトを、技術者として「撮るならどんなことができるか」を徹底して考えること。例えば、監督が「いい表情を撮りたい」と思ったらそこに徹底します。以前、日本のガールズバンドの MVを撮った時は、総合ディレクターと2人だけでアメリカで撮影したのですが、彼女たちはその時、とても疲れていたわけですよ。監督が「彼女たち、なんだか大変そうだから楽しそうなMVにしたい」と言ったので、僕はできるだけ彼女たちに話しかけたり、技術的にも友だちが撮ったかのようにラフに撮影したり、彼女たちの生の表情が撮れるといいなと思いながら撮影しました。 もうひとつは、作品をつくる上で意識しているのは「世界」と「社会」です。何かを見てきれいだと思う本能的な部分は「世界」、約束事や流行のようなものは「社会」。これを明確に分けるようにしています。「世界」の普遍性を持った“美しさ”と、時が移り変われば変化するような「社会」としての“良さ”は分けて考えるようにしています。今自分はプリミティブな美しさを撮っているのか、時代的な良さや物語的な良さを撮っているのか。これを自覚することは画をつくる上でとても大事だと思っています。動画は特にそれらが絡み合った表現になるので、撮ったり考えたりする時にやりがいや楽しさを感じます。
動画作品は監督やディレクターの意思や意図を汲み取って撮影しなければならないと思いますが、「自分の表現」を出すことができるものですか?
僕は自分の表現を作品に反映するタイプだと思います。撮影前の打合せでは監督やディレクターに自分の意思を伝えますし、現場でも監督の指示よりもいい構図を見つけたら「こっちのほうが良くないですか?」と提案することもあります。もちろん協議して整合性をとりますし、自分が間違っていると思った時は修正もします。色々なスタッフの意見はできるだけ取り入れた上で、自分の表現を加え、意思疎通を繰り返しながらいい作品に仕上げていくところが、動画作品をつくる楽しさにも繋がっています。
タブラの音の浮遊感を
宙に舞うビニール袋で表現
動画作品のコンセプトを教えてください。
ユザーンさんから「この曲のMVをつくってくれないか」と依頼があったのですが、あるディレクターが曲を聴いて「自分の中にビニール袋がただ飛んでいるっていうアイデアがあるんだけど」と話し始めたところから具体化していきました。この曲はなんとなく浮遊感があるので、ビニールが宙に舞う浮遊感とも合いますし、「やってみたら面白いかも」と思いました。
今回はα7S IIIで動画作品と静止画を撮っていますが、α7S IIIの印象はいかがでしたか?
僕は業務用カムコーダーのPXW-FS5、フルサイズミラーレス一眼のα7S II、α7R IIを持っています。それぞれに「もう少しこうだったらいいのに」と思う部分がありましたが、ソニーの場合は新しいモデルが誕生するとそれが一気に解消されている。α7S IIIもまさにそんな感じでした。普通は少しずつ不満が解消されていくものですが、ソニーは一気に解消されるわけですよ。その出し惜しみのなさに、いつも驚かされます。 α7S IIIになって、α7S IIに比べバッテリーは2倍くらい持つようになりましたし、4K120pで撮影ができることにも驚きました。あとは画のトーン。これまでは後で色の調整がしやすいように撮影時には輪郭を柔らかく表現するフィルターを入れていました。でもα7S IIIはフィルターを入れなくてもトーンがきれい。色をほとんどいじらなくても済むのでとても楽です。 さらにバリアングルモニターに変わり、MVではよく使いたくなるトリッキーな画を撮る時にも便利になりました。特に僕らの場合は「ワンアイデアで撮影する」ということも多いので、アングルの自由度が高くなったのはありがたかったですね。メニューの配列も変わり、タッチパネル液晶になって設定の変更が直感的にできるようになったのも良かったです。 そのほかにも撮影時に実感した魅力はたくさんありますので、作品を見ながらお話していきたいと思います。
ダイナミックレンジが広く階調も豊か。
α7S IIIだからこそ多くのアイデアを形にできた
では、さっそく動画作品を見ながら話を聞かせてください。下のシーンのように遠くから小さな被写体を追うのは難しかったのではないですか?
動画作品00:40より
宙に舞うビニール袋は予測不能な動きをしますから、大きく重い動画専用のカメラでは追いかけるのが大変です。でもα7S IIIは機動性抜群。軽ければ複数台を持ち歩くことができて「撮れる画」も増えますからね。高性能かつ軽くなると「一歩超えた作品」ができることを実感しました。
被写体となるビニール袋は真っ白なので、表現するのが難しい部分もあったと思うのですが。
α7S IIIは色の出かたがとてもきれいで、白だけでも幅広い表現が可能です。下のシーンはビニールに日差しが当たっていて明暗のコントラストが強く、影の部分は黒潰れしてもおかしくない状態ですが階調豊かに表現してくれました。
動画作品01:30より
背景右の木もカメラによってはペタッと真っ黒になってしまうことがありますが、階調が残っているのでカラコレも思い通りに、楽にできます。とにかく色がとてもきれいですよね。上のシーンは撮りながら「わあ、きれいだな」と感動していたくらいです。 ダイナミックレンジが広いので、明部も暗部も非常に表現が豊かです。動画のラスト、外から室内にビニール袋が入ってくるシーンでは、その実力を大いに感じることができます。部屋の照明はつけず、テーブルの上にある花の存在感を際立たせた状態でも、外の緑までしっかり映っていますからね。今までのカメラなら部屋の外は白飛びしているところです。
動画作品03:00より
正直、暗い部屋の中で撮影しているので、黒潰れが心配でした。窓の外に合わせたギリギリの露出に設定しましたが、室内の花の感じもきちんと出ているし、暗部も明部もとてもきれい。実はこのカットは撮影が始まってすぐに撮ったので「ここのカメラ、すごいな」とテンションが上がり、いい感じでスタートが切ることができました。 このMVはα7S IIIでなければ、出したアイデアを思い通りの動画にするのはかなり難しかったと思います。真夏に撮影したので、日差しが白いビニールに当たれば確実に白飛びしますからね。でも下のような日が当たったカットでもビニールの質感まで出してくれる。もちろん半段、一段と露出を落として撮っていますが、α7S IIなど以前のカメラではきっと思い描いた画に仕上げることはできなかったと思いますよ。
動画作品02:54より
僕が観ている人に望むのは「没入」です。時間を忘れて集中してしまうような圧倒的な没入に憧れがあるので、白飛びや黒い波のようなノイズ、カラーのズレや収差などがなくなることはとても大事。違和感があると没入できなくなりますからね。そういう意味ではカメラ性能に加え、レンズ性能の高さも一役買っていると思います。
今回はどのようなレンズを使って撮影したのですか?
「FE 70-200mm F2.8 GM OSS」「Planar T* FE 50mm F1.4 ZA」「FE 90mm F2.8 Macro G OSS」の3本でほぼ8割を撮影しています。下のカットは「FE 90mm F2.8 Macro G OSS」で撮影。正直、今まではあまり使ったことがなかったレンズですが描写力の素晴らしさに驚きました。被写体にグッと近寄ると、世界の様相が変わるので動画全体のアクセントになりますね。僕の場合、テンションが上がるとどんどん被写体に寄ってしまうので、ディレクターに「高木さん、ちょっと引けますか」と言われることも多いです(笑)。
動画作品02:08より
仕事柄さまざまなレンズを使いますが、やはり純正レンズはカメラの性能をフルに発揮できるのが圧倒的な強みです。僕はMFで撮影しますが、フォーカスリングのレスポンスなどの操作性もまったくストレスがありません。それは他の2本のレンズも同様。αはAF性能の高さが魅力ですが、シネマレンズの操作に慣れている身からしてもMF操作は十分に満足できる仕様になっています。
ポートレート撮影のスタイルの変化を予感させる
優秀なリアルタイム瞳AFと高感度性能
静止画のポートレートはどのようなコンセプトで撮影したのですか?
僕は「社会」的な“日常”に垣間見える「世界」的な美しさや不思議なところを発見して、その分配を考え“日常”を豊かに描きたいなと思っています。その部分も意識して下の2枚を組み写真のように仕上げた感じです。
α7S III,FE 70-200mm F2.8 GM OSS 105mm,F2.8,1/320秒,ISO200
最初はユザーンさんに目が行きますよね。でもその後は、周りの木を見たり、窓の映り込みを見たりして、もう1回ユザーンさんに戻ってくるわけですよ。スパイラルではないけれど、視点がどう動くか、どう見るか、という部分も考えながら撮っています。写真の世界観を見てもらえるように、視点誘導も意識しているところです。 α7S IIIはダイナミックレンジが広いので、上の写真に写っている手前の木のトーンの出かたもきれいですよね。表現の豊かさから窓への映り込みも印象的に見えるので、どこに視線が行っても作品に集中できて助かります。
α7S III,FE 70-200mm F2.8 GM OSS+1.4X Teleconverter 241mm,F3.2,1/320秒,ISO400
静止画でも撮影はMFですか?
普段はMFで撮りますが、今回はリアルタイム瞳AFを使ってみました。使ってみるとなかなか面白いですね。僕が今までAFを使わずに来たのは、AFとの相性が悪いようでAFを使うことがストレスになっていたからです。でも、このリアルタイム瞳AFはとても優秀なので動画も含めてあらゆるシーンで効果的に使えると思います。カメラをスタビライザ−につけて被写体を追いかけながら撮るようなシーンではマストで使いたいくらいです。 リアルタイム瞳AFを使えば、集中が必要なピント合わせがより楽に、正確に撮ることができますからね。こういう便利な機能を活用すれば、今後の僕の撮影スタイルも少し変わってくるかもしれません。
作品の中には夜、暗い中で撮影しているものもありましたが。
α7S IIIは高感度性能が良いので、試しに夜にも撮ってみました。下の写真は2枚ともISO10000で撮影していますが、仕上がりは想像以上に良かったです。真っ暗な状態で、街灯の明かりだけで撮っていますが、感度を上げてもしっかりデータが残っています。街灯の明かりだけ、と言っても人の目ではほぼ見えない環境でここまで明るく撮れて、データも残っているというのは、α7S IIIの性能の高さを感じました。
α7S III,FE 70-200mm F2.8 GM OSS 220mm,F2.8,1/250秒,ISO 10000
α7S III,FE 70-200mm F2.8 GM OSS 162mm,F2.8,1/250秒,ISO10000
この時もAFを使ってみましたが、暗い中でもきちんと設定した部分にピントを合わせてくれました。夜はピントが迷ってしまうだろうと思ったのですが、予想外で驚きです。
写真を撮る本質があってこそ出せる「画力」。
それを動画に応用できるのは素晴らしいこと
静止画も動画も1台のカメラで撮影できるα7S IIIの価値を、高木さんはどう考えていますか?
α7S IIIの本質は、筐体からして写真を撮るためのカメラです。ですがアイデンティティーとして感度性能と動画性能を持ち併せている。僕は冒頭でも申し上げたように基本は写真家ですから、「写真が前提」という部分は非常に大事だと思っています。 動画でも結局は「画力」が命です。映画も観ている人の心にワンシーンでも残すことができれば勝ちだと思っています。そういう意味でもカメラの画力があり、それを動画にも生かせることは大きな魅力です。特にミニマムに、低予算で撮影しなければならない場合も満足度の高いクオリティーに仕上げることができる。ですからこの路線はぜひ守りつづけて欲しいところです。 僕にとってα7S IIIは、写真も動画も撮れる「クリエイティブ機器」という存在です。本来は「こう撮りたい」というものを厳密な設定で実現させるのがクリエイティビティーだと思うのですが、今の時代は簡単であることも必要かもしれません。α7S IIIで多くの人が表現の可能性を広げて感動する作品をつくり、その感動が観る人にどんどん連鎖していくといいな、と思っています。
そうなると、動画業界にも少し変化があるかもしれませんね。
カメラが小さく軽くなりレンズやセンサーのクオリティーが上がればできることも増えるし、まだ見たことのない新しい撮影方法なども考案されるかも知れません。僕は目がカメラになればいいと思っています。素人と玄人が技術の壁を超えて最高の面白いものをつくれる世界が来るといいな、と思っての極論ですが。 面白いことを考えている人が面白い画を素直に撮れる。お金のことや機材のこと、さらに一緒につくる仲間がいない、そんなことで諦めずに作品をつくることができる世界になったら素晴らしいと思います。今後もソニーには、こういった「クリエイティブ機器」をつくり続けて欲しいですね。