東京カメラ部10選 2014
井上浩輝 〜前編〜
「α9で世界の瞬きを撮る」
北海道を舞台に孤高のキタキツネを追った「A Wild Fox Chase」で知られる井上浩輝氏。α9をメインに、αシリーズを愛用。野生動物を撮影する上でミラーレスを使うことの利点や、お気に入りのレンズなどについて伺った。
井上浩輝/写真家 1979 年札幌市生まれ。札幌南高校、新潟大学卒業、東北学院大学法務研究科修了後、北海道に戻り、風景写真の撮影を開始。次第にキタキツネを中心に動物がいる美しい風景を追いかけるようになり、2016年に米誌「National Geographic」の『TRAVEL PHOTOGRAPHER OF THE YEAR 2016』のネイチャー部門において、日本人初の1位を獲得。人間社会に依存していないキタキツネや人間を知らないキタキツネは本当にいるのだろうかという疑問から「A Wild Fox Chase」という作品群製作に取り組んでいる。この名前は、かつてシェイクスピアの物語のセリフのなかにも出てきた “A Wild Goose Chase” という英語の慣用句からひらめいて名付けたものであり、カメラのレンズを意識しないで生きるキタキツネたちを追ったものだ。近時は、株式会社AIRDOの提携写真家として北海道の翼が結ぶ就航地を撮りまわっている。
──普段は何を撮影していますか? キタキツネをはじめとして、エゾシカやヒグマなどの北に住む野性動物、北海道の風景を主に撮影しています。現在は航空会社と提携をして、北海道を飛ぶ飛行機の撮影もしています。元々は風景と飛行機を撮っており、特にαシリーズは大好きだった飛行機を撮るために導入したんです。これまでα6300、α7R II、α9など歴代のαシリーズを使ってきており、システムはαだけで構築しています。
──野生動物と飛行機は動体ですが、撮影する際に機材に求めることは?
<カメラ本体について>
AFの正確さと速さ、そしてピントが合っている部分の解像度ですね。動物写真の場合もやはり目にピントを合わせたい。ぼけやブレがカッコイイ動物写真もありますが、多くの場合はピントが大切であることは言うまでもなく、写真撮影技術と車輪の両輪となる機材の基本性能がしっかりしていないとスタート地点にも立てません。α7R IIの解像度は抜群ですが、α9のAFの正確さと速さ、そして連写性能は撮影スタイルが変わるほどです。以前は「こんな写真を撮りたい」とイメージし野性動物たちが多く住む地域に入っても、思ったほどの成果が上がらないときが少なくありませんでした。しかし、いまでは2〜3日で以前の1週間分が撮れてしまうほどです。初めてα9を手にしたときに「全幅の信頼を寄せていいカメラ」と直感的に感じましたが、撮影地においてそれが日々現実になっていっています。
<レンズについて>
カメラというのは、ボディとレンズのパッケージです。私の動物撮影において、特にFE 70-200mm F2.8 GM OSSは、α9と共に「なくてはならない存在」です。70mm側で撮影したときのわずかなぼけとピント面のシャープさで、恐ろしいまでの立体感を生み出してくれます。FE 70-200mm F2.8 GM OSSの前は、FE 70-200mm F4 G OSSを使って片手で撮影していたこともありますが、やはりある程度の重量はありますので、最近はEVFを覗きながら撮影するスタイルに切り替えました。グリップを付けたα9とのバランスはとても良いですね。ズーム時もフォーカス時も鏡胴の長さが変わらず持ちやすいですし、自然の中で撮影をしていても、繰り出しの間から水が入る心配がない点もありがたいです。
──他に使用しているレンズは?
飛行機の撮影はFE 100-400mm F4.5-5.6 GM OSSを使うことが多いです。こちらもとてもシャープなレンズだと感じます。FE 70-200mm F2.8 GM OSSにテレコンを付けていた時期もありますが、シャープさを重視してFE 100-400mm F4.5-5.6 GM OSSを導入しました。また、このレンズに2倍テレコンをつけて800mmの超望遠レンズとして使用することも少なくありません。広角レンズも数本所有していますが、北海道は広大な風景が多く、ただワイドに撮ってしまうと似たような写真になってしまうんです。広角だと人工物も写り込みやすくなりますし、どこを切り取るかが重要だと感じます。
一方で、札幌の時計台をより広角のFE 12-24mm F4 Gで撮ってみたところ、計台のまわりの木々と緑がいつもより生き生きしてくるこの構図が見えてきました。なんておもしろいんだ!と楽しくなりながら撮りました。
──ボディの性能やレンズのラインアップで、今後期待しているものは? さらなる解像感のアップが楽しみです。αのRシリーズの解像感をいったん知ってしまうと、他のカメラを使えなくなるくらいの素晴らしさがあります。たとえば、背の高い木の上でこちらをのぞきこむエゾフクロウを100-400mmの望遠端+2倍テレコン+全画素超解像ズームで撮影してみた際は、1600mmというとんでもない焦点距離になりましたが、顔の毛一本一本がわかるのではないかという描写力です。でも、この解像感もより高い次元に進化していってくれることを願っています。また、僕が動物に対してフラッシュを浴びせる撮影手法を好まないこともあり、α7およびα9シリーズにおける高ISO時のノイズ感の低減をとてもうれしく感じています。いま一番やりたいのは暗闇写真、たとえば月明かりだけで野生動物を撮っていきたいんです。そういった撮影において、100-400mmに限ってはもう少しだけ明るくなれば嬉しいですが、動体をAFで追随しながら撮影することを考えれば、「明るさ」だけでなく「被写界深度」とのバランスも重要になってきますね。個人的には、F2.8くらいが追随しながら目にピントを合わせにいく上で、必要な被写界深度かなと思っています。そのような意味で、単純にレンズが明るく進化してほしいというよりは、さらに高感度特性に優れたボディの進化に期待しています。
──αシリーズを長く愛用いただいていますが、ミラーレスであることに不安はありませんでしたか? 僕の中でのミラーレスに対する不安は最初からAFだけで、それ以外は一眼レフに構造上勝っていると思っていました。ミラーレスの登場により、写真の上達は格段に速くなったと思うんですね。それはフィードバックが速くなったからです。フィルム時代は出来上がった写真を見るまでに数日かかっていたものが、デジタル時代になると数秒後に再生できるようになり、さらにミラーレスになると、EVFや背面液晶で撮る前から成果物のイメージが見えるようになりました。これによって、僕のようにまったく別の人生から写真の世界に入ったような人でも、数年で仕事にすることを可能にしてくれました。
──野生動物を撮る上でミラーレスが優位になる機能はありますか? なんといっても「サイレントシャッター」機能による無音撮影ですね。キタキツネを至近距離から撮る場合、シャッター音を出していると、音に合わせて動き出してしまうんです。テンポ良く撮っていると、調子に乗って尻尾を振りながら囓ってくるやつがいたり(笑)。またキタキツネを撮る場合は、目を見て撮ると向こうも気にしてしまうため、背面液晶を使いよそ見をしているようにして撮ったりすることが多いですね。αはEVFでもライブビューでも、AF・サイレント・連写速度などの撮影性能はまったく変わりませんので、撮影スタイルを選ばずにベストな瞬間を狙える良さがあります。
──キタキツネの世界をできるかぎり自然な姿で撮ることができるわけですね。 まさにそれが重要なんです。僕がこだわっているのは、「僕に気付いているキツネ」か「気付いていないキツネ」かということ。たまに、野生のキツネについて議論になることがありますが、「野生」ってなんだろうと考えたことがあります。もっとも鈍い定義はペットか野生か。先鋭化させていくと人間の存在を知っているかどうか。いろんな解釈があると思いますが、キツネはそもそも人間の生活圏の近くで暮らしている動物なんですよね。野生に見えても人里に出入りしているかも知れません。逆にタヌキは森の中で生活をして人の前に出てくることは稀で、まさに両者は陽と陰の存在のように感じます。僕は「野生」という定義の狭間でふらふらするのは嫌だったので、撮影をしている僕を意識しているキツネか、意識していないキツネかでシリーズを分けるようにしました。前者が「Portrait Kitakitsune」というシリーズ、後者が「A Wild Fox Chase」というシリーズ。これはシェイクスピアの言葉「A Wild Goose Chase」から取っています。「野生のアヒルを見つけようとすることほど無駄なことはない」という意味です。こちらを意識していない「A Wild Fox Chase」を撮るには、サイレントシャッターはなくてはならない存在なんです。
──写真にはそのようなストーリーがしっかりと存在しているのですね。 例えばこのクマの写真は、私に気付いて意識しているところが逆に魅力だと思っています。誰かに黄色の花を持っていこうとしているところを僕に見つかってしまい、アッという顔をしているという表情に見えませんか?僕は記録写真や生態を撮ろうとしているわけではなく、ストーリーを一緒に語るとパワーが付くような、アートに振った動物写真を撮っていきたいんです。動物写真をプロとして撮るにあたり、これまでの動物写真の推移を分析しました。記録として動物が写っている時代があり、その後は動物の色がわかるカラー写真が人気になりました。移動手段が進化してからは、遠い異国に生息する動物の写真が人気の時代が来ます。そしていまは高いデザイン性が動物写真に求められていると感じており、まさに僕はそこを目指しました。このような空気感の写真を撮る場合、最新のギアは必ず必要なんです。もちろん最新ギアが多くの人に渡れば、特有の空気感も一緒に広まっていきますので、また新たなストーリーを追い求めて次世代のギアを手にしていくわけです。ソニーは、そのような技術進化を牽引しつつ、尖った機能を惜しげもなく投入してくれるメーカーだと思ったから手にしたのです。プロとしてやっていく以上は、チャレンジしようとしているジャンルの研究は必要だと僕は思います。あの人だから撮れる良い写真があると思っていただく必要がありますからね。
──動物、風景、飛行機、それぞれジャンルは異なりますが、何か共通点や繋ぐものがあるのでしょうか。 それぞれ僕が大好きなだけではありますが、たとえば飛行機であれば風景の中にデザインされている状態、また動物であれば目の位置や背景の色などにこだわり、僕がデザインの中に是非取り入れたいと思っている被写体です。単なる記録ではなく、山水画で滝・小舟・俳人などをどこに配置するかを考えていくのと似ている気がします。
──次回は具体的にα9を手にして、撮影スタイルがどのように変わったかをお伺いしていきます。
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