北海道を舞台に孤高のキタキツネを追った「A Wild Fox Chase」で知られる井上浩輝氏。メインカメラをα9に変えたことで、加速度的に撮れる作品数が増えたという。野生動物撮影に有効なα9の機能について伺った。
井上 浩輝/写真家 1979年札幌市生まれ。札幌南高校、新潟大学卒業、東北学院大学法務研究科修了後、北海道に戻り、風景写真の撮影を開始。次第にキタキツネを中心に動物がいる美しい風景を追いかけるようになり、2016年に米誌「National Geographic」の『TRAVEL PHOTOGRAPHER OF THE YEAR 2016』のネイチャー部門において、日本人初の1位を獲得。人間社会に依存していないキタキツネや人間を知らないキタキツネは本当にいるのだろうかという疑問から「A Wild Fox Chase」という作品群の制作に取り組んでいる。この名前は、かつてシェイクスピアの物語のセリフのなかにも出てきた “A Wild Goose Chase”という英語の慣用句からひらめいて名付けたものであり、カメラのレンズを意識しないで生きるキタキツネたちを追ったものだ。近時は、株式会社AIRDOの提携写真家として北海道の翼が結ぶ就航地を撮りまわっている。
──α9を使うようになり、撮影スタイルに変化はありましたか? 変わりましたね。AF追随連写を多用するようになりました。このキタキツネが走って向かってくる写真は、フォーカスモードを「AF-C」、フォーカスエリアを「ワイド」に設定して撮影しています。キツネが動けば自然とフォーカスが追ってくれる。ものすごいアルゴリズムですよね。僕はキツネが木漏れ日に入る瞬間を待つだけでよかったんです。α9になってからは、永遠に連写できるのではと思うほどバッファが持ちます。キツネがじゃれ合っているような場合、いつそれが終わるのかはわかりませんから、連写を長く続けられるほうがいいんです。いまは256GBのメモリーカード1枚を使っていますが、ちょっとこれでは心許なくなるかもしれないですね(笑)。
──前回も触れましたが、最新ギアを使うことで撮影スタイルや作品の仕上がりに影響が出るということですね。 このリスが走ってくる写真も同様の設定で撮影しています。この構図の中で自然とリスにフォーカスしてくれました。唯一、僕が行ったのは目線を下げるために寝っ転がったことです。もちろん、この場所に居た、ということも大きな要素ですが。この時は道ばたでおにぎりを食べていたら、急にリスが現れたので、慌ててカメラを構えて撮影しました。こういう咄嗟の撮影でもフォーカスエリアをワイドにしておけば撮り逃しがありません。カメラの起動は、これまでEVFなどの立ち上がりに時間がかかりましたが、α9になってからはかなり速くなっています。
──通常、動体にはその動きの質にマッチした設定を行わなければなりません。 そう、普通は急出現や遮蔽物に関する設定をしていきますよね。単にワイドにするだけでここまで追随するという予測性能には驚きました。おそらく、追随の根本的な考え方が一眼レフとは異なるんでしょうね。ミラーがあることにより瞬間が遮られるところを予測していくのではなく、↓ 常時剥き出しのセンサーが、捉え続けている被写体の動きに演算しながら合わせていくわけですからね。「予想」から「実測」に変わったというか。よく例として挙げられるのは走り幅跳びです。着地した瞬間に急に止まるわけですが、それもα9なら合わせられると思います。つまり、このリスが急停止しても問題ないはずで、その信頼感たるや、です。
──連写を使用しない際のフォーカスエリアはどのような設定にしていますか? 「フレキシブルスポット」にして、マルチセレクターを使い狙った場所にフォーカスエリアを移動させています。この写真は、三分割法を解説する際の見本のような1枚ですね。交錯点に眼を配置しています。こういう写真が簡単に撮れるのはフレキシブルスポットの強み。眼にしっかりとフォーカシングされ、恐ろしいほどのシャープネスを味わうことができます。マルチセレクターは誤作動もなく、とても使いやすいですね。リスなんかは素早く動いて、急に止まってを繰り返しますので、連写してビデオカメラのように構図を気にしながら追いかけると、こんな一瞬を撮れます。後ろのぼけなんかも気に入ってます。
──このマスの写真はどのように撮影しているのでしょう。 α9を三脚に載せてシャッター半押しをしながら待っているだけです。魚が跳ねて画面に入ってくると、緑色のフォーカスエリアが反応するので、シャッターを全押しします。これまでは絞り込み置きピンをして、魚が跳ねるのを集中して待っていましたが、 α9の場合は絞りを開き気味でも楽々と撮影できるところがすごいです。このような写真で前ぼけを入れられたり、1/2500秒の高速シャッターと低感度を同時に維持できるのはありがたいです。
──連写時のブラックアウトはいかがでしょう。 α9は完全にブラックアウトがありません。被写体・構図とも遮られることなく見え続けるので、動きものを撮影する時のメリットは顕著。画面がフリーズするタイプのカメラだと、ズレが修正できずに構図が乱れますし、一眼レフのように完全に暗転するカメラでも、脳内補正をしながらでないと撮影できませんから。とても撮りやすくなりましたね。
──陰影は井上さんの写真において重要でしょうか。 僕は影の中の光こそがメインだと思っています。よく美術の授業で「陰影を付けなさい」と言われますが、写真において意識すべきはその逆なのかもしれません。陰影ではなく「光のあるところを描きなさい」ということだと思うんです。レンブラントやフェルメールもそう。明るいところを描いてから影を描きますよね。僕の父は北海道庁に勤めていて三岸好太郎美術館の学芸員をやっていました。収蔵作品の中に「道化役者」というものがあり、ピエロにスポットライトが当たっていて観客席はとても暗い。僕はその作品を見るのが大好きで、いつかこういう絵を描きたいと夢見ていました。僕はいま、写真でそれを実現しているんです。それを簡単にしてくれる機能がハイライト重点測光だと思っています。たとえば、スポットライトのような光が入っている場所では効果的です。一方で、水面に光が反射しているような風景写真の撮影時には、それに引っ張られて写真全体が暗くなる傾向もあるので、シーンに応じて使い分けています。
──α9になったことで、後からの写真セレクトなど作業は変わったのではないでしょうか。 たしかに撮影枚数は膨大になりましたが、一連の連写が動画のように連なっているため、撮影時の記憶が甦りやすく、セレクトしやすいという側面もあります。レタッチ時も少し変化がありますね。RAWデータの色がキレイなのがα9。ただし、少しアンダー露出で撮り暗部を持ち上げていく方法をこれまでは採っていましたが、α9は明るめに撮っていく方が仕上げやすいように感じるんです。異なるアプローチが混在すると面倒なので、完全にいまはα9で一本化するようになりました。ちなみに、α9は3ヶ月間で3万ショットは超えています。早く体の一部と言えるくらいまでに使いこなしていきたいですね。そして、また次の機能が搭載される新機種をいち早く手に取り、それを活かした作品を発表していきたいと思っています。
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