「SPECTRA ―越境の民―」Vol.1
ブロクパ/インド ジャンム・カシミール州
写真家 佐藤健寿 氏×α7R III
これまで世界各地を巡り、美しくも不思議な世界を写真に収めてきた佐藤健寿さん。注目を集める写真家が、現代に残る希有な民族を取材する連載「SPECTRA ―越境の民―」がトラベルカルチャー誌『TRANSIT』で始まった。α7R IIIを手に佐藤さんが向かった先は、インド北部のラダック地方。山奥の国境周辺でひっそりと暮らすブロクパの人びとを取材するにあたり、α7R IIIはどう力になったのか、旅の裏話とともに伺った。
佐藤 健寿/写真家
武蔵野美術大学卒。世界各地の“奇妙なもの”を対象に、博物学的・美学的視点から撮影・執筆。写真集『奇界遺産』『奇界遺産2』(エクスナレッジ)は異例のベストセラーに。著書に『世界の廃墟』(飛鳥新社)、『SATELLITE』(朝日新聞出版社)、『TRANSIT 佐藤健寿特別編集号〜美しき世界の不思議〜』(講談社)など。TBS系「クレイジージャーニー」、NHK「ニッポンのジレンマ」ほかテレビ・ラジオ・雑誌への出演歴多数。近著は長崎市後援のもと端島を撮影した『THE ISLAND 軍艦島』(朝日新聞出版)。
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――今回、新たな取り組みとして、さまざまな民族の撮影と取材をする企画が始まりました。現代に残る希有な民族を取材するという特徴的なテーマを持ったこの企画は、どのような想いで始めたのでしょうか。
現代は、あらゆる情報が簡単に手に入り、物質的にも画一化している時代です。そんな現代でも、世界にはまだまだひっそりと伝統を守りながら暮らす民族がいる。こういった人びとの生活を写真として残しておきたいと考えたのがきっかけです。もしかしたら、そういった生活を残せるチャンスはそう長くはないかもしれないですから。
――初の民族として、インド北部の山あいに住むブロクパの人びとを取材しました。取材前はどのようなイメージを持っていましたか?
実はまったくイメージがなかったんです。どういう姿をしているかというのは、ネットなどで何となくはわかっていましたが、とにかく情報が少なかったので。そういった民族を取材対象としているので、当たり前なのですが。自分たちが訪ねたのは、ツアーなどで行ける村よりもさらに奥の村で、帰国後にネットで地名を探しても出てこないほどでした。
――情報が氾濫する現代にあって、ブロクパに関する情報が少ないとは、連載第1回目にふさわしい希有な民族ですね。
インド北部ラダック地方のレーからだいたい7時間かけて車で行くのですが、途中の景色はアメリカの国立公園みたいにダイナミックでした。チベット系の家々が並んで、しかも住んでいる人たちは西洋的な顔つきだったり、それこそ金髪の少女なんかもいる。だから無国籍的というか、自分がどこにいるのかよくわからなくなる感覚にもなりました。世界のどこにも属さない場所とどこにも属さない人びと、といった雰囲気がありましたね。
――そのようにある種隔絶された場所に住む彼らですが、佐藤さんが撮影された写真からは人懐こさを感じます。
友好的というほどではありませんが(笑)、少なくとも排他的ではなかったですね。かといって物珍しがられるわけでもなく、拍子抜けするくらいにすっと入っていけたというか。インド人ではあるのですが、全体としてチベット系というか東アジアに近い雰囲気もあったので、ちょっと親近感のようなものも覚えました。多分彼らもそんな感じだったんじゃないですかね。
――現地ではどのようにコミュニケーションをとったのですか?
ブロクパの人たちの中には英語がわかる人もいるのですが、ほとんどの人はブロクパ語を話します。なので、僕らは英語で現地のガイドと話して、現地ガイドがブロクパ語でやりとりして通訳してくれました。ガイドは若者でしたが、チベット文化圏のガイドって、プロ意識が高くて優秀なんですよね。しかもどのガイドもみんな性格もいい(笑)。今回もすごく気が利くし、誠実な若者で感心しきりでした。
――写真でブロクパの女性が頭につけている花が印象的です。これにはどういった意味があるのでしょうか。
Tepiと呼ばれるヘッドギアですね。半分は生花、半分は造花でできていて、魔除けの役割を持つそうです。さまざまな小物で彩られた華やかな服装は、祭や儀式の際に身につける民族衣装で、撮影のために着てもらいました。ただ、ブロクパの人びとも、普段の格好はチベット民族なんかに近い格好ですね。
――今回掲載している作品をはじめ、『TRANSIT』本誌でも黒バックでのポートレート作品が多く掲載されています。これは事前に決めていったのでしょうか。
どのような環境で撮影できるかわからなかったので、黒バックで撮影できるように布を用意していきました。今回の連載はおそらく今後もこういうフォーマットで撮影していくと思います。現代的なスタジオのような雰囲気の中で彼らに立ってもらうことで、その姿や存在が一層浮き立つような効果を狙っています。今回のポートレート撮影では、α7R IIIの瞳AFが非常に効果的でした。実際にはスタジオのように整備された場所ではないし、モデルも撮られることに慣れていないので、じっとしてくれない。こういう状況で、モデルが動いてしまっても、瞬時に瞳にピントを合わせてくれ、被写体を追随してくれるのが本当に便利でした。
――風景の写真を見ると、切り立った山肌と遠くまで見通せる澄んだ空気の様子から標高の高い場所ということが伝わってきます。
手前に流れているのがインダス川で、冬の間は透き通るような色で神秘的でした。ブロクパの集落はこのようなインダス川上流の川沿いの斜面に点在しています。ただ、この辺りには宿泊施設がなかったので、近くの村に泊まりました。近くといっても5時間くらい車で走るんですが。夏季であればラダックは観光客もいるので、民家のようなホテルもあるのですが、行ったのが完全にオフシーズンだったので。
――佐藤さんが取材に行った時期は11月中旬でしたね。
部屋には暖房もなくて、ものすごい寒かったです。夜はマイナス10度くらいまで落ちていたと思います。夜はダウンを着たまま寝ました。もちろんお風呂もなくて、夜にはおばちゃんがバケツいっぱいのお湯を持ってきてくれたんですが、とにかく部屋が寒すぎるから、行水する気にもなれなかったです(笑)。とにかく早く朝になれと思いながら寝ましたね。
――移動が多く、撮影環境も厳しい。そのような取材に撮影機材としてα7R IIIを選ばれていますが、どのようなメリットがありましたか。
コンパクトなので、歩き回ることが多い旅の撮影にはもってこいのカメラだと思いました。画質的には、クラス最高峰のセンサーですから、文句のつけようもありません。以前使っていたα7R IIに比べ高感度撮影も実感できるほどに良くなっていますし、全体の絵作りがすごく良くなったと思います。3人の親子が写る写真もそうですが、旅先って結構一瞬のタイミングでパッと風景や人物を撮るときも多いんです。このカメラで撮った写真を後で見ると中判カメラ並みの解像度で、しっかりとした中域のトーンがあるのでびっくりしますね。
――確かに、背景の山肌のトーンもしっかりと描写されていて、同時に、被写体の顔の皺までくっきりと写る解像感もすばらしいです。他にも感じられたことがあったそうですね。
バッテリーの持ちが大幅に良くなったことも、取材ではメリットが大きいです。α7R IIの頃は常に予備バッテリーを5つくらい携行していましたが、今回は撮影中のバッテリー交換が一度もなかったです。僻地だと夜に充電できないことも多々ありますからそういうときにも心強いですね。
――なるほど。これまでもαシリーズを使い込んでいるから気づくような、スペックでは見えてきづらい点も、こういった取材では大きなメリットなのですね。次回の民族と旅のお話も楽しみにしています。
『TRANSIT』39号誌面では、佐藤さんがα7R IIIで撮影した写真が10ページにわたって掲載されています。ブロクパの人びとについての詳しい解説も合わせて掲載されていますので、ぜひご覧ください。 http://www.transit.ne.jp/
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