『CAPA』2月号の内容を掲載
α7R IIIは風景写真において新しい撮影領域を広げる革新的なカメラだ。それは、まぶしい太陽や逆光条件の景色でも高精細なEVFで確認できること。光学ファインダーならつぶれてしまうはずの暗い部分も意識できるのだ。さらに、被写界深度まで常に確認できるのは、風景写真家にとっては正に夢の機能である。α7R IIIによって面倒な操作がなくなり、景色と向き合う時間がより増えた。
高橋 真澄/風景写真家 1959年北海道生まれ。大学時代から北海道の山を中心に撮影を始め、40年近くにわたって美瑛・富良野の自然風景を独自の感性で表現し続けている。写真展・著書多数。
雲はある程度冷えると結晶化して光を反射し、その角度によっては虹色に輝く。強い光を放つ太陽の四方に雲がかかれば、虹色に輝いて彩雲になる。今までこのような照度差のある写真の多くは撮影者の経験値によって撮影されていた。なぜなら一眼レフのファインダーは、絞り開放の条件で見るからだ。これではまぶしくて確認できず、階調の狭間に映る景色も発見できなかった。しかしαなら絞りに応じた画像がそのままライブビュー画像として反映される。さらに、見やすいEVFによって、被写界深度や絞り羽根による光のエッジまでもコントロールできてしまう。これはとても画期的なことで、私にとって、新しい撮影領域が出来上がったに等しい。この特性と15ストップという広ダイナミックレンジ、そして高解像性能などが相まってαでしか表現できない作品が生み出せるのだ。
虹は、雨粒が反射して七色に輝く自然現象だ。夕方、突然に暗くなり雨が降り出す。空が開けて光が差し込むと、二重の虹が立ち上がった。景色は相変わらず不透明だが、α7R IIIと「G Master」レンズの表現力はその不透明な空とくっきり映る地上の木々を解像感豊かに捉えてくれた。虹は照度差があるので露出決定に苦労するものだが、見たままが写るα7R IIIのおかげで露出の失敗は少なくなり、電子シャッターによってブレの心配もない。表現に集中できることによって、景色に圧倒され飲み込まれることも減り、作品の質も上がるようになった。
私は北海道上富良野町に住み、一年を通して毎日自然と向き合いながら撮影している。写真を撮るきっかけは、学生時代に登山に夢中になり、その自然風景に魅了されたことから。30歳で初めて写真集を出し、今は70冊を超えたが、日々新しい切り口を模索しつつ自問自答の毎日である。私が考える風景写真は、自然の中の畏怖を感じるものや厳かなものを捉えること。さらに身近でしみじみとするものも含め、撮影者の美意識にどう共鳴してもらうかだと思う。それは目に見えるものだけではなく、鑑賞者の思いと、撮影者の意識がリンクすることで生み出される。 実際の撮影は、想定の中の偶然を意識している。例えば虹やサンピラーなどの自然現象は、作ることも動かすこともできないが追うことはできる。そこで虹が出てほしい場所を数多くイメージしておき、虹が出る状況になったら、その場所で待ち構える。それは、常に風景と対話することで可能になる。そして、その対話を乱さないカメラが、私にとっての良いカメラだ。 風景写真において重要なのは、カメラ操作の経験値を積むことではなく、美意識の経験値を積むことだ。α7R IIIは、EVFで見たままを記録できる機能によって面倒なカメラ操作から解放してくれた。シャッターを切らなくても露出や被写界深度を試行錯誤できるし、拡大して正確なピントも確認できる。それは風景を撮影する際に行なう作業そのものである。 加えて微細なブレの発生を防げる手ブレ補正や電子シャッター、過酷な自然条件にも耐える堅牢性とバッテリー性能。私にとってこれまで困っていたことはすべて 解決されている。あとは被写体と向き合って撮るだけ。純粋に撮影者の感性で勝負できる楽しい時代になった。
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