「G Master」の設計思想や魅力を
開発陣が解説
FE 50mm F1.2 GM編
FE 50mm F1.2 GM
開発者インタビュー
開発コンセプト
“本当の意味で使いやすい”
F1.2を目指して
―ソニー初の開放F値1.2のレンズを設計する上で、どのような目標をもって開発に取り組まれましたか?
菊地: 我々は、これまでにも様々な大口径単焦点レンズを商品化してきましたが、より明るい大口径レンズへの期待を世界中の多くのお客様からいただいておりました。その中でも多かったのが50mm“標準”のF1.2 G Masterを求める声です。 開放F値1.2の大口径レンズを開発する上で、我々がこのレンズで追求したのはG Masterの解像とぼけを高いレベルで達成しつつ、お客様が“本当の意味で使いやすい”レンズにすることでした。明るさを求めるあまり、レンズが大きく重くなりすぎては、小型・軽量を特長とするEマウントシステムを生かすことができません。また、いくら光学性能が良くても、カメラボディの持つ最新のオートフォーカス(AF)性能を引き出せないレンズや、AFが使えないようなレンズでは、お客様には満足頂けないと考えました。 AF性能に一切の妥協をせず、取り回しや機動性の良さも実現した、αレンズ史上最も明るい*Fナンバーのレンズを実現するため、このレンズにはソニーの最先端の技術を惜しみなく投入しています。このレンズを手にして頂いたお客様には、高い光学性能はもちろんのこと、F1.2の大口径レンズにもかかわらず、こんなにも軽快で静粛なAF動作をすることに驚いて頂けると思います。 αレンズラインナップにこのF1.2レンズが加わることで、クリエイターの方々の撮影領域がより一層広がると考えています。プロはもちろんハイアマチュアのお客様にも、ポートレートやウエディング、風景やスナップなど、ジャンルを問わず広くお使いいただきたいレンズです。
αレンズラインナップには、既にPlanar T* FE 50mm F1.4 ZAがあります。今回のFE 50mm F1.2 GMと比べ、開放絞り値はそれぞれF1.4とF1.2で、値そのものの差は小さいように見えますが、そこには1/2段もの違いがあります。F1.2の実現には、より多くの光を取り込むために有効口径でいうと17%、つまり面積で40%近く大きくする必要があり、コンパクトなF1.2の実現には、設計、製造いずれの面でも高いハードルがありました。 この課題の克服のため、多くの新たなチャレンジをしています。 そのひとつに、F1.2ながら前玉が肥大化しないよう、ソニー独自の超高度非球面XA(extreme aspherical)レンズを複数枚採用しています。これにより口径を大きくすることなく、大口径レンズで発生しやすい諸収差の徹底的な補正に成功しています。 また、フォーカス群で発生する収差を徹底的に排除する為、完全独立駆動のフローティングフォーカスを採用し、至近を含むあらゆる被写体距離において、それぞれに応じた最適な収差補正を実現しました。 フォーカス駆動には、高推力で静粛性の高いソニー独自のXD(extreme dynamic)リニアモーターを採用しています。このコンパクトな直動アクチュエーター、そしてその高精度な制御で、フォーカス群に適切な収差補正の役割を有するレンズを複数枚配置できる設計が可能となっています。 結果、G Masterとして最高レベルの解像とぼけの実現はもちろん、カメラの高速、高精度、高追随なAF性能を最大限引き出すレンズを、長さ108mm・質量約778gと、前述のPlanar(長さ108mm・質量約778 g)と同等のサイズで実現することができました。プロ、ハイアマなど、多くの方に使っていただける、これまでにないF1.2レンズとなっていると自負しています。
Optical Design 光学設計のこだわり
開放F値1.2から圧倒的な解像性能を実現
菊地: 開放F値1.2において、サイズを抑えながら、高い光学性能を実現するために、ソニー独自のXAレンズの採用や解像・ぼけならびに色収差のシミュレーション技術を駆使しています。 そもそも光学性能を高めるためには、いかに収差を抑えるかが重要です。 昔から50mmレンズで多用されてきたのは、ガウスタイプのレンズ構成です。ガウスタイプは、絞りを挟んでエレメントを対称に配置することで、絞りの前後で収差を打ち消し合うことができ、特にこの50mmという画角と相性が良いために、歴史的に多くの50mmレンズがこの形で生まれています。ただし、このタイプで打ち消し合うことができるのは、歪曲や像面湾曲といった収差のみで、軸上光束やサジタル方向の光束は補正できません。つまり、この光学配置では、今回のレンズで我々が目指した高い収差補正性能の目標をクリアできないのです。ご承知の通り、これらの収差補正が充分ではないと、画面全域での解像性能の実現が出来ず、点として写るべきところが、鳥が羽ばたいているように見えてしまったり、色にじみが出てしまったりしてしまいます。それでは、せっかくの大口径レンズを絞って使わなければならないことになり、お客様に大口径の良さを味わって頂くことができません。 開放F値から安心して使って頂ける光学性能を実現する為に、このレンズでは、敢えて対称形を一部崩す光学配置に挑戦し、対称形のレンズ構成では補正が難しい諸収差を徹底的に抑制しています。 前述しました対称形タイプでは、軸上光束やサジタル方向の光束の補正を行うためには、通常は前玉側のエレメントを大きく、枚数も増やすことになりがちです。 計3枚もの超高度非球面レンズ(XAレンズ)を採用した今回の新しい光学配置で、 前玉径の肥大化を避け、レンズの枚数も最小限に抑えながらレンズ全体のサイズの小型化も実現しました。必要最小限の枚数で構成しつつ、圧倒的な収差補正性能を達成しています。
XAレンズは、“非”球面という文字通り、レンズ面の曲率が一定ではなく、周辺部にいくにつれ曲率を変化させたエレメントです。このレンズに使われているXAレンズ3枚は、ソニー独自の光学シミュレーション技術を用いながら、検討を重ねそれぞれ最適な形状に設計されています。 ご承知の通り、G Masterで採用しているXAレンズは、サブミクロン単位で面精度を管理しています。今回はF1.2の大口径ということで、外径の大きなエレメントになっており、その大きさの中で高い面精度を実現するために、製造工程におけるレンズ加工の各プロセスに求められる要求精度が飛躍的に上がっています。これまで以上に難易度の高い製造でしたが、設計・製造の連携による、加工プロセスの改善と同時に、新たな技術的挑戦により、大口径化と高い面精度の両立を実現しています。 特にレンズ構成図の前から2枚目の位置にある大きなXAレンズは、前玉側の構成枚数の削減、小型軽量化に大きく貢献しています。この位置に、ソニーにしか作ることのできない超高精度の大口径の非球面レンズが使えることは、コンパクトなF1.2レンズを生み出す光学設計において、非常に大きいメリットです。 ソニー独自の色収差シミュレーションによる硝材の組み合わせの最適化、それによる色収差、色にじみ低減を徹底的に行っており、大口径ながら、これまでのG Masterで最高レベルの理想的な高解像、高コントラストを実現しています。 光学設計者はレンズ断面図を見ると、「このエレメントはあまり仕事(収差補正)してないな」と分かることがあります。(笑) 設計者としては、より少ないレンズ枚数でより収差補正を効率的にする方法、つまりは光学性能を保ちながらレンズ全体をコンパクトに納めることのできる、別の良い解を追求したくなるものなのです。FE 50mm F1.2 GMのレンズ構成図を見て頂くと、どのレンズも収差に徹底的に貢献させるために、しっかりと曲率を持たせており、無駄と妥協のない光学設計であることを感じ取って頂けるかと思います。極限まで突き詰めた光学設計によって得られる光学性能とコンパクトさの両立を、是非体感いただければと思います。
F1.2の豊かなぼけ × G Masterのとろけるようなぼけ
菊地: 豊かなぼけはF1.2レンズの魅力の1つですが、ぼけ量だけではなく、G Masterに相応しい理想的なぼけ描写にこだわりました。特にポートレートでは、被写体を際立たせる自然でなめらかなぼけの役割が非常に重要です。ぼけは非常に官能性や感覚的なものなので管理が難しいのですが、F1.2を求めるお客様の期待に応えるものを生み出せたと思っています。 まず、設計初期段階からのぼけシミュレーションとその修正の繰り返しにより、理想的な球面収差を徹底的に追求することで、ぼけと解像のどちらも妥協することなく両立させています。さらに製造工程において、個体ごとにエレメント間の間隔調整を行い、球面収差を細かく管理することで、バランスを取るのが難しい前ぼけ後ぼけの両方で、クセの無い美しいぼけ描写を実現しています。先に解像のところで、XAレンズの製造について触れましたが、サブミクロン単位での面精度管理によって、玉ぼけの中に縞模様が出るいわゆる“輪線ぼけ”の発生も抑えています。
高田: 11枚羽根円形絞りも、柔らかで美しいぼけ描写につながっています。開放から2段絞ったところでもきれいな円形を保つよう、絞りユニットを新開発しました。 F1.2は絞りの口径も大きくなりますから、過去の延長で開発すると当然絞り羽根も大きくなります。さらに絞り開放時には、その大きな羽根1枚1枚を光路外、つまりは有効径の外側に退避させるスペースが必要になり、結果的にレンズ外径が大きくなってしまうことにもつながります。 絞りユニットを肥大化させない為に、羽根の形状から、それを駆動させる為の駆動部品一つ一つまで、徹底的な小型化設計を行いました。 絞りユニットは絞り値や露光量を決める大変重要な部分で、部品の小型化を行う事で、各部品に求められる加工精度や、部品の組み立て精度の確保が飛躍的に難しくなりますが、今回、加工プロセスと組立プロセスを徹底的に追い込み、高精度と小型化の両立を実現する事が出来ました。
小型化に不可欠だった直動式アクチュエーター
高田: 高い光学性能をAFと共に実現するためには、メカやソフト制御との連携が欠かせません。 先ほど触れたように、あらゆる被写体距離で高い性能を持つためには、フォーカス群は複数枚で構成する必要があります。また、F1.2という大口径も伴って、必然的にフォーカス群の重量は増大します。 フォーカス群の重量増加は、フォーカススピードや、駆動時の振動・ノイズの増大に繋がるため、大きな課題となります。 AFスピードを損なうことなく、どう解像とぼけを理想に近づけるか。 その解として、既に触れたとおり、このレンズでは、アクチュエーターにソニー独自のXDリニアモーターという直動式モーターを採用しました。
Auto Focus & Mechanical Design アクチュエーター制御&メカ設計者のこだわり
F1.2でも使える高速・高精度なAF
高田: 今回F1.2レンズで高性能AFを実現する上で、課題となったのは、浅い被写界深度で求められる非常に高いピント精度に応えることでした。 開放F値1.2でも狙い通りのAF精度や追随性が発揮できなければ、本当に“使いやすい“レンズとはいえません。ただ、これが技術的に本当に難しい。このレンズには、F1.2という浅い被写界深度で高速・高精度なAFを実現するために、様々な技術と工夫が詰め込まれていますが、 特に、フローティングフォーカス構造、XDリニアモーター、4基のフォーカス位置センサー、フォーカス群の重心バランスの最適化、の4点が大きく貢献しています。 まず、フローティングフォーカス構造は、光学性能の向上だけでなく、フォーカス群を2つに分けることで、それぞれのフォーカス群を軽量化できるというメリットもあるため、高速・高精度なAF駆動の達成に貢献しています。 その一方で、F1.2での解像性能の実現には、大きく重い2つのフォーカスレンズ群を寸分もずれることなく同期して動かす必要があります。これを実現したのが小さいながらも高推力を誇るソニー独自のXDリニアモーターです。 またF1.2の浅い被写界深度では、わずかな誤差も許すことができませんので、フォーカスレンズ群を検出するセンサー4基で、常にフォーカスレンズ位置を、センシングしています。 最後に、XDリニアの推力を無駄なく効率的に発揮するよう、フォーカス群各々の重心バランスが取りやすいために、群と群の間に固定された光学群を設けるといった工夫も取り入れています。フォーカス群の重心とモーターの推力点を合わせることができ、無駄なく効率よく力を伝達することで、高速・高精度・静粛なAF駆動の達成に貢献しています。
水野:フォーカス駆動に関して少し補足させて下さい。 まず直動型のXDリニアモーターですが、このレンズでは2つのフォーカスレンズ群に2基ずつ、計4基搭載しています。その1基1基は、ソニー独自のモーター設計シミュレーションに基づき、設計されています。モーター設計シミュレーションの進化で、厳しいサイズ制約の中でも必要十分な推力を兼ね備え、様々な厳しい環境下で高い信頼性能を確保できる最も効率の高いモーターを開発、搭載することができるようになりました。このレンズに最も適したモーターのスペック、サイズの追求が可能になっており、性能を一切妥協することなく、コンパクト化に貢献しています。 一般的に今回のレンズの様な重いフォーカス群を動かすためには、回転式のアクチュエーターが用いられますが、回転運動を直進運動に変えるカム環やギアを介すことでどうしてもパワーロスが発生します。また多くのメカを介することで、音や振動も発生しやすくなります。これでは我々が目指す、“使いやすい”F1.2レンズを実現できないため、小さいながらも高推力を誇り、モーターそのものがフォーカス群を直接、直進運動で動かすことができ、なおかつ高速で音・振動が少ないという特徴をもつXDリニアモーターを採用しました。 ただ直動式のモーターは減速機構を持たないため、高速・高精度なAFを実現するには、応答性の高い、非常に高度な制御が求められます。具体的には、先に説明した4基のセンサーでフォーカスレンズ群の位置を高精度に検出し、その位置情報を制御へフィードバックするサイクルを、超高速で行うことで応答性を高めています。ここでもソニー独自の制御シミュレーションを用いています。 レンズの移動、停止する軌跡を何パターンもシミュレーションと実機評価を繰り返し行い徹底解析します。そして加速から減速まで、このレンズに最適な滑らかなアクチュエーターの動きとなるようチューニングが施されています。細やかな制御を行うことで、駆動音や振動も抑えられ「本当にレンズが動いているのか?」とつい疑ってしまうほどです。 XDリニアモーターをソフト制御的に100%使いこなすことで、AF速度、応答性を最大限高めながら、高い光学性能を誇るコンパクトなレンズ開発が可能となりました。
カメラの将来を知るSonyだから作れるレンズ
菊地: そしてこのレンズは、カメラボディをフルに生かし切るF1.2レンズであることにも触れさせてください。ソニーはイメージセンサーを含む重要部品をデバイスレベルから開発し、カメラ、レンズをトータルシステムとして、社内で同時開発を行っています。交換レンズ開発においては未来のボディの進化も見据えて、将来にわたりボディの実力を充分に発揮出来る様、開発を行っています。 このレンズにおいても、1月に発表された新商品α1の最高30コマ/秒のAF/AE追随連写、8Kや4K120pの高精細動画撮影はもちろんのこと、将来を見据え、現在だけでなく未来のカメラにおいても最高のパフォーマンスで応えられる設計を目指しました。
使いやすさの追求と確かな信頼性
妥協のない操作性
高田: このレンズは、プロの現場で使っていただけるように、操作性にも妥協することなく開発しています。例えば、コンパクトな筐体にも関わらず、カスタマイズ可能なフォーカスホールドボタンを側面と上面の2箇所に配置し、ポートレートなど縦位置撮影時にも横位置撮影時と同じ操作感で操作いただけるよう配慮しています。 水野:さらに、F1.2をマニュアルフォーカスで使われることも想定し、フォーカスリングの位置、トルクや回し心地のよさを徹底的に検証しています。リングを操作した角度にダイレクトに応答してピントを高精度に操作できるリニアレスポンスMFに対応しており、フォーカスリングの微細な動きに反応できるよう徹底的にチューニングして作りこんでいます。F1.2のため位置精度要求がシビアですが、それに十分に応えられるように開発しました。
プロの撮影環境にも耐える信頼性
菊地: 安心してお使いいただくため、随所にシーリングを施し、ゴミや水滴の侵入を防ぐよう防塵防滴に配慮しています。また前玉にはフッ素コートを施し、汚れがつきにくく、もし付着した場合でもふき取りやすくなっています。 水野:環境温度変化にも配慮しています。環境や温度によってメカ部品や電気部品の特性は変化します。例えばアクチュエーターの駆動能力の変動です。このレンズでは、シビアな環境下でも精度を保てるよう、レンズ側がさまざまな制御パラメーターを自律演算し、常に最適なパフォーマンスを発揮するようなソフトが搭載されています。 その結果、プロの過酷な低温、高温環境下の撮影フィールドなどにおいても高いパフォーマンスを維持できます。
最後に − 新たな撮影体験を届けるF1.2レンズ
菊地: このレンズは、光学設計者として解像とぼけを納得のいくまで突き詰めた、まさに「G Master」の最高峰レンズといっても過言ではありません。お客様には、F1.2での解像の高さと美しいぼけを存分に堪能していただければと思います。 F1.2なのにコンパクトなサイズに高い性能がバランスよくまとまっており、スペックだけでお伝えできないこともあります。是非一度実物を触っていただきたいです。ソニーのあらゆる技術が詰まったレンズですので、いろいろな撮影シーンでお使いいただけると、レンズ設計者として嬉しい限りです。 水野:プロフェッショナルからハイアマチュアのお客様まで、いろいろな使い方のできる万能レンズです。かつてないF1.2レンズですので、ポートレートやウエディング撮影はもちろん、高いAF性能を生かし、スポーツなどの動体撮影でも狙った被写体を一瞬で捉え追い続けることができます。 高田: コンパクトなこのF1.2レンズは動画撮影でも性能を発揮します。手持ちやジンバル撮影での取り回しもよく、F1.2の浅い被写界深度でも被写体を追い続けるAF性能、AFや絞り駆動の静粛性、滑らかな絞りリングやMF時の応答性の高いフォーカスリングなど、動画撮影に最適なスペックとなっていますので、これまでにない新たな映像表現をお楽しみいただきたいです。 新たな撮影体験を届けられるレンズに仕上げましたので、「G Master」のポテンシャルと新たな価値を感じていただければと思います。
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