倉敷成人病センター
アイセンター 様
岡山県の倉敷成人病センター アイセンター様は、中国・四国地方で最大規模を誇る眼科を含む急性期病院です。眼底疾患/緑内障/水晶体関連疾患に対して高度な技術を有する15名の専門医が在籍しており、2023年度には、白内障手術3,848件*、緑内障手術513件*、網膜・硝子体手術919件*を行なっています。これまで顕微鏡下で行われてきた手術に代わり、術野の3D映像を4Kモニターに映し出し、立体メガネを着用した執刀医が、より負担の少ない姿勢で手術を行うHeads-up surgery(以下、HUS)を積極的に導入し、患者の安全性と手術の精度向上に貢献している点で注目を集めています。
* 倉敷成人病センター アイセンターWebサイトより
https://www.fkmc.or.jp/data/eyecenter_medical/
倉敷成人病センター アイセンター様は、2021年の新棟増築のタイミングで医療映像プラットフォーム「NUCLeUS ニュークリアス」を導入し、手術映像とアナログを含む医療機器をIPネットワークで一元管理することを実現されました。
HUSを推進されている倉敷成人病センターの副院長兼 アイセンター長の岡野内 俊雄様と、導入計画を推進され、日々の機器運用を行なっているクリニカル・エンジニアのお二人にお話しを伺いました。
IP(Internet Protocol)ネットワークを通じ、手術室を含む院内の多様な機器からの医療映像データを一元的に管理・活用することで、手術サポート、ワークフローの効率化を実現する次世代型映像システム
眼科手術では、従来の顕微鏡を覗いて行う手術から、モニターを見ながら行うHUSへの移行が進んでいます。
2021年にNUCLeUSを中核とした映像システムの運用を始めて、今ではほとんどの手術をHUSで行なっています。ソニーや顕微鏡メーカーとも協同 を続け、現在では接眼部と同等の映像クオリティーを実現できています。見学に来た方は皆さん驚かれます。これからもっと世の中に普及して、今後5年のうちには接眼部を完全に越えるクオリティーになるのではないかと期待しています。
最近、ソニーの新しいモニター(LMD-XH550MT)を試用する機会があり、私たちがこれまでに培った設定を適用したところ、現在使用しているモニター(LMD-X550MT)と比べても映像のクオリティーが格段に向上していました。デジタル特有の水などの反射が減ってノイズもなく、とてもクリアな映像が得られました。
旧来の映像クオリティーが低いシステムにおいては、表示される明るさを保ちながら高画質を維持するのが難しく、感度を上げるとデジタルノイズが増えてしまう問題がありました。また、それを強い照明光で補おうとすると、長時間の手術では網膜に光障害が生じて視力に悪影響を及ぼす可能性があるため、硝子体手術では光ファイバーの光、白内障手術では顕微鏡の光をできるだけ暗くする必要があります。しかし、デジタル処理によって画面の明るさと高い映像クオリティーを両立できると、手術カメラの露出感度を下げても高画質を維持でき、眼内照明も暗くすることで患者の光障害のリスク低減につながります。
顕微鏡は被写界深度が浅いので一箇所にしか焦点が合いませんが、映像ではデジタル処理によって焦点が合う範囲を広げることができ、より広い領域を鮮明に見ることができます。これにより、手術を俯瞰的に行うことができるため、これがHUSのメリットとされています。
モニターの映像クオリティーが向上することで俯瞰的なことに加えて、細部を大きく高倍率でモニターに表示する「強拡大」手術が可能になります。拡大した映像では網膜に直接触れているのか、押さえているのか、引っ張っているのかがハッキリとわかります。俯瞰的なだけでは見定めできなかったり侵襲が発生したりしていたことが、強拡大では解決できます。
顕微鏡側で倍率を上げて拡大することもできますが、その場合、照度が下がって暗くなります。それを補うために強い照明が必要となり、光障害のリスクが高まるわけです。
執刀医が顔を上げて負担の少ない姿勢で、モニターに表示された俯瞰的かつ、高倍率な映像を見ることができるのもHUSのメリットです。私も手術をしていて疲労や負担が少ないと感じます。多くの医療関係者にこのことが理解されるとHUSは一気に普及するでしょう。
現在、一般的なHUSにおいて、モニター側で倍率を上げる強拡大の手術は行われていないでしょう。これは顕微鏡の接眼部と比べてモニターの映像クオリティーが低いため、手術状況が余計にわかりにくくなるからです。
また、見えづらい部分を強調するためにデジタル映像加工技術を使うツールもありますが、これは本格的なHUSへの過渡期の代物と言えるでしょう。ぼやけた映像の中で、「ここは取るべき膜なのか、それとも残すべき膜なのか」がわからないため、極端な色を加えて区別しています。モニターの映像クオリティーが向上して解像度が高くなれば、このようなツールは必要なくなります。
とはいえ、極端な色区別が不要になるだけで、映像加工が全く必要なくなるわけではありません。例えば、患者の角膜が真っ白に混濁してしまっている状態や、眼内レンズに水滴が溜まるグリスニング現象が起きている場合です。眼底の処置でも中間投光体の状態が悪く混濁していると、顕微鏡を覗く手術でも難しくなります。デジタル映像では中間投光体に何かがあるとクオリティーが落ちる特性がありますが、入力される映像ソースやモニター出力のクオリティーが低いわけではありません。このような場合、加減の利いた映像加工があると手術がとてもやりやすくなるため、色と構造を強調するNUCLeUSのCAS機能(Color and Structure Enhancement)が役立ちます。手術室で3Dメガネをかけてモニターを見ると一目瞭然です。
前眼部の白内障手術では、モノクローム表示して水晶体を包んでいる膜の色/カラーは薄く青みがかった状態になり、構造/ストラクチャーが強調されます。CAS機能がOFFの状態では平面的に見えていたものが、ONにすると奥まで透けて立体的に見え、層に重なった透明な膜も前後の位置関係がはっきりと区別できます。混濁に隠れてわかりにくいエッジの部分も、ストラクチャーを+1強調するだけでとてもわかりやすく、切開しやすくなります。
CAS機能ON(青みがかった状態)
CAS機能OFF(平面的に見える)
膜と水晶体を分離させるハイドレーションではカラーを強調することで奥行き感が出て、水の流れが見えやすくなります。超音波を使用する時は、カラーもストラクチャーもOFFにします。濁りを取る時は、再びカラーを+1にします。
後眼部の眼底手術では、通常はCAS機能がなくても充分見えますが、浮腫や白濁して状態の悪いケースでは、まずカラーをONにしてストラクチャーをわずかに調整しています。強度近視の患者は、眼底の赤みが強いので、膜を青く染めることでわかりやすくしています。
CAS機能ON(膜がわかりやすい)
CAS機能OFF(赤みが強い)
これまでのように、見えない部分を派手に強調する過度な映像加工は、高画質化により不要となりましたが、条件が悪い場合には適切な映像加工が必要です。HUSが本格化するこれからの時代に、CAS機能には大きな将来性があると考えています。
2021年の新棟でのアイセンター開設の約2年前から映像システムの新規導入について検討を始めました。岡野内先生をはじめとしてドクターたちから求められたことは、見やすく鮮明な高画質と、そこから発展させられるHUSなど次世代への映像活用でした。
当時、医療映像システムを扱う他社と比べると、「ソニーは新参者で実績の面ではこれから」といった印象がありました。それでもソニーを選択したポイントは、実際に見て納得した「画質の良さ」でした。術野モニターやパソコンモニターで同じビットレートで映像を比較した結果、ソニーの映像は画質がよく、4Kの映像ではとてもクリアで、3Dの映像では立体の奥行き感がしっかりと伝わりました。ドクターからは「リアルタイム伝送のタイムラグもほとんど感じない」という意見もありました。
また、それまでの手術映像は、各手術室のハードディスクに録画されていましたが、今回の映像システム導入において、クリニカル・エンジニアチームの最大の課題は「IP化によるサーバーでの集中管理」でした。
NUCLeUSと医療機器/カメラ/モニターなどは、一般的なLANケーブルでLANポートを介して接続できます。さまざまな種類のケーブルが混在することなく一本化されたことで、手術室内の配線がスッキリ整理されました。これまでの継続運用の中で、断線などのトラブルはありません。
それぞれの機器からLANケーブルを壁のLANポートに挿しただけで、モニター上に何の機器が接続されたかがわかります。手術に立ち会っている看護師やクリニカル・エンジニアも直感的にオペレーションしやすく、ドクターから指示を受けた必要な機器の情報を、指定のモニターにタッチパネルですぐに切り替え表示できます。手術前の準備もとても効率的になりました。これまでドクターしかできなかったタスクのシフトや、スタッフの業務量を軽減する働き方改革の一助になっています。
ドクターの中には、使い慣れた古くからの機器を使い続けたいという要望もあり、4Kや3Dなど最新の機器と古くからあるアナログの機器が混在する環境となって、運用が難しくなることを想定していました。しかし、NUCLeUSではSビデオなど従来のアナログ信号も受け入れることができるためクリアできました。これは、限られた予算の中で、最新のソリューションを導入しつつも、これまでの資産を活用できるという大きなメリットでした。
アイセンターのある新棟で、映像システムのIP化を2021年3月に導入して有効に継続運用できたので、眼科以外の手術部があるセンター棟にも2021年6月にNUCLeUSを導入しました。
ソニーには将来に渡って現時点よりも、さらに鮮明で革新的な映像を実現できることを期待しています。クリニカル・エンジニア チームとしても、他病院での先進的な取り組みなど、取り入れられるものは吸収して最新機能も試用していきたいです。また、3D手術をはじめとしたアイセンターの先進的な取り組みを外部の皆さまへ発信していきたいと計画しています。
※本ページ内の記事・画像は2024年2月、7月に行った取材を元に作成しています