株式会社 宮城テレビ放送 様は、回線センター並びにスタジオサブシステムに、ソニーのNetworked LiveによるフルIPベースのプロダクション設備を導入し、2024年2月から順次運用を開始されました。Networked Liveシステムご採用までの経緯や、導入の成果などを、設備計画から現場での制作技術まで幅広くご担当される、同社 総務局 技術推進部 部次長 目黒 洋一 様・同部 日野 尊澄 様に伺いました。
株式会社 宮城テレビ放送
総務局 技術推進部
部次長 目黒 洋一 様
株式会社 宮城テレビ放送
総務局 技術推進部
日野 尊澄 様
目黒様:今回、回線センターとUスタジオ・Jスタジオ、Uサブ・SサブにIPベースのシステムを導入しました。Uスタジオ、Uサブは、看板となる帯の情報番組をはじめとして、大半の制作系番組を扱っています。Jスタジオは、ウイークリーの情報番組の収録などに使っています。Sサブは、主にスポーツ中継の受けサブや、大型特番を意識して今回の更新タイミングで新設しました。U・Jの2スタジオとU・Sの2サブは互いに自由に組み合わせて使うことができます。
目黒様:当社の制作スタジオ・サブのシステムは、元々規模の大きなUスタジオ・Uサブと小さなJスタジオ・Jサブがありましたが、15年前の地デジ対応更新時より、U・Jの2つのサイズの異なるスタジオに対して、Uサブのみでドライブする運用を行っていました。しかし、帯の情報番組の直後に野球中継となるような編成が増えたことで、1つのサブだけで運用するのは大変になり、制作サブは2つ欲しい…と考えるようになりました。そこで、今回の更新では各サブとマスターに映像を分配する回線センターを統合し、前回制作サブと回線センターを更新した際と同等の予算内で、Uサブと同等構成のSサブを新設することになりました。
Uサブ(主にレギュラー番組の送出に使用)
Sサブ(スポーツ中継・特番などレイアウトもフレキシブルに対応)
目黒様:更新の検討は2018年頃にスタートし、IPシステムに関する情報収集・他社の設備見学などを進めて参りました。IPにメリットはあるのか、SDIではどうなるのか、ということを比べながら、2021年くらいまではIPとSDIのハイブリッド案などを並行して検討していました。その後のIP環境の充実や、他局でのSMPTE ST 2110をベースとした導入を目にして、本格的にIPでの検討が進んでいきました。業界全体でも潮流はIP化だと思いましたし、「それならIPで」と考えていました。当然ながら、運用に制限がかかったり、特定のメーカーに依存したり、高コストになる前提で導入するつもりはありませんでした。
目黒様:比較検討を重ねていく中で、目標に据えていた「2サブ・2スタジオの自由な組み合わせでの運用」や「回線センターとの統合によるコストダウン」、「2サブ・2スタジオ・回線センターを纏めてのシステム二重化」、さらには「10年後に控えている局舎移転」などの観点から、当社としてはIPの方が適していると感じました。特に局舎移転の際には、新旧局舎間を接続しての移行がしやすいのではないか、と考えました。IPは運用経験がないところが未知数でしたが、IPサブを先行して導入された局さんをいくつも見学させていただき、その感触で「全体のIP化も大丈夫だろう」という手ごたえを得ました。
検討の過程では、当社の現場スタッフにも、IPシステムを見てもらう機会を設けましたが、実際の使い勝手などを見て「大丈夫ではないか」と前向きなコメントをもらえたことで、IP化の道を決断しました。
目黒様:今回の更新で、1つサブを多く設けたかったこともあり、削るべきところは思い切って削りました。その一つが4K対応です。会社によって判断が分かれるところだと思いますが、当社では今回「4Kでのライブ制作需要は当面ないだろう」と考えることにしました。しかし「15年先」まで考えると自信はありません。SDIでは、HD前提でシステムを構築してしまうと、後から4K化するにはビデオルーターの入れ替えを伴うなど、現実的ではありません。しかしIPならば、ライセンスの追加などで4K対応できるので、拡張を柔軟に行うことができます。SDI-IPゲートウェイなども、将来的な価格の低下を見込み、必要最小限の数だけ入れることにしました。IPならば増設も行いやすいからです。柔軟性の高いIPにしたことで、SDIよりも思い切った決断ができたと思います。
目黒様:ライブプロダクションスイッチャー『MLS-X1』のプロセッサー本体は、スタジオやサブのある建物とは別棟に設置しています。ネットワークスイッチと同じラックにスイッチャープロセッサーを置くことで、光ファイバーではなくカッパー(メタリック線)による接続を行っています。結果、高価な光トランシーバーの数を節約でき、コストダウンを図ることができました。これはソニーのSI担当者による提案でした。このように、細かな設計を一緒に煮詰めることで、予算を抑えながら「2サブ化」の悲願が達成できる見通しが立ちました。
ネットワークスイッチと同じラックに設置した『MLS-X1』のプロセッサー本体
日野様:カメラについては、Uスタジオ用にマルチフォーマットポータブルカメラ『HDC-3500』を4式導入しました。内1式はカメラクレーンに搭載しています。IP接続のみを前提としましたので、IPカメラエクステンションアダプター『HDCE-TX30』を組み合わせることで、コスト削減を図りました。一方、Jスタジオは、野球中継などでの持ち出しも前提として、バリアブルNDフィルターやスロー出しのためのHFR(ハイフレームレート撮影)機能も搭載した、マルチフォーマットポータブルカメラ『HDC-5500V』を選びました。持ち出す際には、SDIベースの中継車への接続にも対応する必要があるため、カメラコントロールユニット『HDCU-5500』にIPオプション『HKCU-SFP50』を組み合わせて、IPでもSDIでも接続できる構成としました。
Uスタジオ用の『HDC-3500』×4式
Jスタジオ用の『HDC-5500V』×2式
日野様:スタジオや中継車用のシステムカメラとしては初めてとなるソニー製の導入でしたが、これまで外部と関わる現場で各社の方々と話す中、ソニーのシステムカメラは評価も十分で、以前から当社でも導入をしてみたいと考えていました。
目黒様:ソニーのシステムカメラは、現場の評価だけでなく、カメラ本体からCCUに至るまで、製品バリエーションが広いことも今回の導入に適していたポイントでした。用途に合わせた構成の柔軟性も相まって、ソニーのシステムカメラを選ぶことにしました。
目黒様:現場担当者に各社のスイッチャーを比較検討してもらいましたが、最終的にソニーのライブプロダクションスイッチャーを希望されました。今のソニーのスイッチャーは、特にライブ用途に適した、浅いメニュー階層で直感的な操作ができることが理由でした。検討時はXVSシリーズでしたが、その後『MLS-X1』が登場し、XVSシリーズと同じ操作感ながらME構成を柔軟に変更でき、将来的に拡張もしやすいことから『MLS-X1』を選択することにしました。
初導入のソニー製スイッチャー『MLS-X1』
目黒様:ネットワークをどちらの会社にお任せするかも課題でした。ソニーはIPベースのシステムにおいて、すでに十分な実績をお持ちでした。それも自社製品完結ではなく、周辺機器や音声、インカムといった各社製品をも統合したSIです。また、IP化推進においても、業界の旗振り役的な立場で活動をされており、その点でも安心感がありました。本来はそれぞれの周辺機器メーカー側で対応していただくべき課題まで、ソニー側で積極的に対応してくれる姿勢を示していただけたことも、全体のSIをソニーにお任せするきっかけとなりました。
日野様:『HDC-5500V』と合わせて導入した大型レンズアダプター『HDLA-3505』は、箱型レンズ用ハンガーマウント部を脱着できるように特注改造をしていただきました。Jスタジオでの通常運用において1台はENGレンズを装着、野球中継では両カメラとも箱型超高倍率レンズを装着、と、日常的にハンガーマウント部を脱着して運用しています。箱型・ENGレンズ双方を用途によって使い分けできるので、とても便利に使っています。
ハンガーマウントを取りはずし、ポータブルレンズで運用
『HDC-3500』や『HDC-5500V』に更新しての印象は、「明るい」「綺麗」です。『HDC-5500V』は、既に野球中継で運用し、私もカメラマンとして使いました。『HDC-5500V』の特長である、バリアブルNDも早速使っています。HFR撮影が可能になったことで、スロー出しやハイライトリプレイなどの映像表現もさらに充実しました。
野球中継で使用中のHDC-5500V
日野様:HDCシリーズは細かい機能の充実も嬉しいポイントです。例えば「フォーカスポジションメーター」もその1つです。1塁側ベンチ、1塁のバッターランナー、ピッチャー、3塁側ベンチなどのフォーカスポジションをマーカーに設定しておくことで、フォーカス合わせがスピーディーに行えます。フルHDパネルを搭載する7.4型有機ELカラービューファインダー『HDVF-EL760』と相まって、フォーカス合わせがとても楽に行えています。
ほかにも、ソニーのカメラはインカムのヘッドセットがデュアルモノ対応となっているのが便利に感じています。左耳で実況や解説、右耳でディレクター指示、と、聞き分けることができ、とても聞き分けやすくなりました。
さらに『HDC-5500V』では大型ファインダーを前後スライドできるのが助かります。中継現場によっては、立ち位置が狭く、顔の目の前にファインダーが来るようなポジションとなるケースもあります。『HDC-5500V』では、ファインダーを奥(レンズ寄り、被写体側)に押し込むことができ、目を離してファインダーを覗けるため、カメラワークが楽になりました。
『HDVF-EL760』では、ファインダーからカメラ本体のメニュー操作を行えるのも便利です。クレーン運用では、カメラに直接触れることができないので、とても助かります。
目黒様:『MLS-X1』は2台のプロセッサーを2つのサブにそれぞれ割り当てて使用しています。USK(アップストリームキーヤー)にM/E2列を割り当てた上でも、M/E分割機能で、まだ4段取れます。『MLS-X1』では、M/E分割を行った際、キーヤーが均等配分に固定されることなく、それぞれのM/Eに任意の数を割付けできます。そういった場面でも構成の自由さを実感します。
日野様:IPにすると言った時、当初は「常に目黒さんがいないとどうにもならないことになるのではないか」と心配しました。しかし、実際に導入されてみたら全くそんなことはなく、みんなすんなりと使いこなしていました。
目黒様:従来通りのハードウェアタイプのコントロールパネルと、ブラウザベースの「ルーターマネージメントソフト」の両方を各所に配置していたので、最初は皆、慣れ親しんだハードウェアタイプから使いはじめ、次第に便利なブラウザタイプを使うようになりました。
ルーターマネージメントソフトでは、番組を選択すると全体のクロスポイントが一括でセットアップされるので、便利です。音声系のクロスポイントも制御できるため、MUXのような使い方も出来、現場でも好評です。
回線センターもIPで統合したことで、今までは回線センターにリクエストする必要があった、局舎外のソースもルーターで直接取れるようになり、便利になりました。一方、それらのソースを全てハードウェアのパネルに押し込んでしまうとページ数も膨れ上がってしまうので、ハードウェアとブラウザベースの組み合わせは良いコンビネーションです。ハードウェアのパネル数も最小限に抑えることができ、コスト面でも貢献してくれました。
ルーターマネージメントなどを行うソニーのSI製アプリケーション
目黒様:IPならではの活用として、若手スタッフのトレーニングにも役立っています。Uサブでの生放送中に、同じ環境があるSサブで、Uサブと同じソースをリアルタイムに使いながら、オペレーションのトレーニングもできます。また、6月に仙台で開催された、東北絆まつりでは、地上波オンエアをUサブで、配信をSサブで実施しました。地上波と配信の番組内容が全く異なっていたため、カメラの映像を全て本社に集め、2つのサブで映像をシェアしながら別々のプログラムを制作しました。従来のように現場に持ち込んだ中継車で2つのプログラムを制作した場合は仮設作業が膨大だったと思います。まさに、IPだからこそ制作の自由度が上がり、実現のハードルを下げることができた成果だと思います。
目黒様:今年2月の稼働開始以後、すでに2〜3ヵ月ほど経過しますが、大きなトラブルもなく、安定して運用が行えています。当初掲げていた更新に向けた目標も、全て実現することができました。「IPではできることが増えているから、考えないといけないことが増えた」と感じることもありますが、ソニーのNetworked Liveは、独自のソフトウェアなどを通じて、そこを使いやすくしてくれていると感じました。
目黒様:まず、このIP化更新を通じて感じたことは「IP化は間違っていなかった」ということです。そして、ソニーのネットワーク構築の経験の深さを実感しました。知見も多く、IPベースでのシステム構築において安心感がありました。
日野様:立会検査の後からも、あれこれとたくさんの質問をさせていたのですが、1つ1つにスピード感ある対応をしてくれて、好印象でした。
目黒様:今回サブをIPで構築してみて感じたことは、システム間の相互接続でSDIと異なり、調整や検証が必要な部分が大きいということです。マスターとサブを接続した他局の例で、ネットワーク設計をネットワーク専門のSIerに依頼した事例を知りましたが、個人的には放送に長けた映像システムのSIerに任せた方が安心な上に、ネットワークスイッチなども必要十分な提案をしていただけるのではと思っています。だいぶ先の話にはなりますが、マスター更新時にはネットワーク全体の再構築が必要になると思います。ネットワークの取りまとめが成功の鍵と思いますが、放送を熟知しているソニーにも期待したいと思っています。
取材:2024年4月、6月に伺った内容を元に構成