ハイレゾの醍醐味(だいごみ)とは、過去へタイムスリップできること。これまで「大人のソニー」では、歴史に名を残す歌手や演奏家、製作者たちが、当時の現場においてどのような思いで音楽を作り上げたかを取材してきた。しかし、ハイレゾの力とはそれだけでなく、私たちがまだ実際には体験していない場所、さらには未来にまで連れて行ってくれるのではないか。今月は、ハイレゾの新たな次元へと舵を切りたい。
1974年。シリーズ1作目のテレビアニメが放送され、以降、数々のTVシリーズ化、映画化を経て、日本を代表するエンタテインメント作品となった『宇宙戦艦ヤマト』。その5年前の1969年には、人類がアポロ11号で月面に着陸。宇宙開発競争に各国が参入し、人々の好奇心が宇宙へと一気に広がった時代に、途方もなく遠い未来の2199年を描いた日本人の圧倒的な想像力と表現力。そんな『宇宙戦艦ヤマト』の制作現場には、数々の逸話が残っている。ヤマトが発進する場面や"波動砲"を撃つ場面など、ヤマトが動く際のSE(効果音)には、疑似的に作った音だけでなく、必ず現実に存在する船の音を取り込んでいたこと。また、テレビアニメ第1話、ガミラスの侵略軍が一列に連なって攻めて来る場面では、電子的な音の中に実は特急列車の音が潜んでいることなど。これら、細部での徹底したリアルとの融合があったからこそ、宇宙や未来といった世界観の飛躍にも説得力があったのかもしれない。では、SEと同じく、物語の臨場感を生み出すのに欠かせないBGMは、どうやって作られていたのだろう。
40年前は遠くに眺めていたヤマトが、頭の中に出現する。
シンフォニック・オーケストラ・ヤマト『さらば宇宙戦艦ヤマト 音楽集』
2014年現在、『宇宙戦艦ヤマト』の音楽集10タイトルのハイレゾ配信が始まった。これらは元々、70〜80年代にLPレコードで順次発売されたものである。SFアニメ作品で初めて、劇中BGMをオーケストラが演奏する交響組曲として再編・ステレオ録音したことにより、異例のヒットを記録。アニメ界における音楽ビジネスの在り方を変えたと言っても過言ではない名盤だ。今回、その名盤のハイレゾ化を担当し、ヤマトのみならず、数々の作品の音響監督・吹替演出として活躍している吉田知弘氏と、本作のディレクターの日本コロムビア株式会社 八木仁氏に話を伺うことができた。
吉田監督と八木氏には、2014年11月8日に発売予定の新製品,、ハイレゾ対応ウォークマン®「Aシリーズ」と2014年10月24日に発売予定の新製品、ハイレゾ対応ヘッドホン「MDR-1A」で聴いてもらったのだが、開口一番、吉田氏から「そうかー、やっぱり、ハイレゾってヘッドホンで聴くのがいいんだ!」との感想が。その意味するところとは?
「あくまでも私見ですが、『宇宙戦艦ヤマト』の音楽をこの「Aシリーズ」と「MDR-1A」で聴いてみて、CDよりも"分かりやすい"と感じました。もともと私には、ハイレゾ音源について、楽器から出る余韻を明瞭に聴かせてくれるという認識があって、改めてその通りだなと。CDを普通のヘッドホンで聴いたときに音がごちゃごちゃする変な感覚が、ハイレゾ音源とハイレゾ対応ヘッドホンだと無いんです。そしてもうひとつ大きいのは、「Aシリーズ」と「MDR-1A」だと左右から聴こえるべき音が、頭の中で混じらずにきちんと両立して楽しめること(「MDR-1A」が低域から高域まで広帯域の音を一音一音リアルに再現する秘密はこちら)。それが『宇宙戦艦ヤマト』を楽しんでもらうためには、とても大切な要素だと思います」。(吉田氏)
感情を揺さぶるには、弦の音を左(L)から聴かせよ。
シンフォニック・オーケストラ・ヤマト 『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』
「では、具体的な曲を例に話しましょう。まず、1作目のBGMをシンフォニックに再編したのが『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』です。『宇宙戦艦ヤマト』のプロデューサーである西崎義展氏の人並みはずれたこだわりと、作曲・編曲・指揮の宮川泰氏のシンフォニー、メドレーの天才的なセンスが光る、ヤマトの音楽の原点のような作品です。その中の、『THE BIRTH-誕生』を聴いてみてください。冒頭で、バイオリンなど弦楽器が、低く悲しげな音を奏でます。はるか彼方の宇宙へ旅立つクルーたちの、壊滅的な状況に陥った地球への不安、本当に動くかも分からないヤマトへの心配が表現されています。このシンフォニーの編成で、弦楽器は左側にいます。「MDR-1A」で聴くと、弦が醸し出す「不安さ」が左から聴こえてきますね。脳の構造上、人間の感情に訴える音は右耳より左耳で聴いた方が強く印象付けられると言われていて、作り手はそこまで計算しています。だからハイレゾで、この弦の音がはっきりと左から聴こえることは、その場面に込められたメッセージや登場人物の心情をより深く感じるために必要なんです」。(吉田氏)
弦楽器の叙情的な調べに続いて、金管楽器のファンファーレが鳴り響く。「ヤマトに乗り込む前に、乗員たちが行進する場面です。阿久悠作詞、宮川泰作曲、ささきいさおの歌でおなじみのオープニングテーマのインストゥルメンタルが流れ、いよいよヤマトは宇宙に向けて発進します。『宇宙戦艦ヤマト』では、音楽をまず作り、それに合わせて画(え)を編集するという手法を多く取りました。音楽は単なる演出ではなく、ストーリーを牽引(けんいん)する重要な役割を担っている。ストーリーに合わせて、主役となる楽器も変わります。ハイレゾだと、主旋律を奏でる楽器が他の楽器に邪魔されない。だから、ヤマトのストーリー自体もぼやけない」。(吉田氏)
無音の世界にも、人間は音をイメージする。
シンフォニック・オーケストラ・ヤマト 『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト III』
「次に、私がハイレゾ向きだと思う曲は、『交響組曲 宇宙戦艦ヤマトIII』の『THE SUN 太陽のシンフォニー』です。他の星での戦争による流れ弾が太陽に当たったため、太陽が1年で消滅する危機がやってきて、ヤマトが新しい地球を探す旅に出ます。曲の冒頭では、感情に訴えかける弦の音で、太陽に迫る危機を表しています。ハイレゾでの明瞭な音を左耳で聴いて、浸ってください。そこから、かつて自然の恵みを人類に与えてくれていた美しかった太陽を、金管と弦で表します。ハープなどの弦楽器の余韻がハイレゾだとすごく鮮やかですよね。この余韻があるから、後にくる、太陽の惨状を表す悲壮さのパートが際立ちます。ここで、シンセサイザーが奏でた電子音が聴こえましたか?何をイメージした音でしょうか?太陽の色が赤黒くなり、地球に悪影響が及ぼされます。この音は、その悪影響のひとつ、強烈な電磁波を表しています。アルバムが発売された80年代に流行していた電子音をうまく利用して、誰も聴いたことのない新鮮な音を一から作っているんです。既にある音のストックなどは使っていません。他にも、ハイレゾ音源でのリリースはされていませんが、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 音楽集』の『白色彗星(すいせい)』では、迫り来る巨大彗星(すいせい)の恐怖を表すSEとして、女性の叫び声を密かに入れるなど、趣向の凝らし方がすごい」。(吉田氏)
こういった作り手の技がいつでもどこでも手軽に堪能できるのも「Aシリーズ」だからこそだ。(従来より小型・軽量化されながらもハイレゾオーディオのディテールの再現力がより高まった秘密はこちら)。
「宇宙を音楽で表現した先駆けと言えるのが『宇宙戦艦ヤマト』です。プロデューサー 西崎義展氏からはスタッフに「無音を作るな」と言うオーダーがあったと伝え聞きます。本来なら真空で音が聴こえない空間ですが、逆に音楽で補完することで、日本人の"宇宙観"を豊かにしました。これも『宇宙戦艦ヤマト』の功績のひとつです」。(八木氏)
記事中のハープの音は、上記の(試聴する)ボタンよりmoraサイトにて一部試聴が可能です。
(『交響組曲 宇宙戦艦ヤマトIII 』、1曲目の『THE SUN 太陽のシンフォニー』 0:21〜0:44)
※ハイレゾ音源をお楽しみ頂くには、パソコン側の設定変更と専用の再生ソフト、ハイレゾ対応機器等が必要です。
詳しくはこちら さらに、東京・銀座 ソニービル ソニーショールームや、ソニーストア 名古屋・大阪なら最高クラスの環境でハイレゾ音源を試聴いただけます。
人類が宇宙に近づくとともに、ヤマトの音楽も進化した。
シンフォニック・オーケストラ・ヤマト 『宇宙戦艦ヤマト ファイナルへ向けての序曲』
「『宇宙戦艦ヤマト』の音楽における宇宙表現の"円熟期"と言えそうなのが、10月1日に配信されたばかりのアルバム『宇宙戦艦ヤマト ファイナルへ向けての序曲』の『アクエリアスの神話』です。宮川泰氏が「宇宙のお葬式」と呼ぶスキャットの物悲しい歌声が印象的ですが、このスキャットは、先に取り上げた1作目『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』の『OVERTURE-序曲』の頃から用いられています。その後の『ヤマトよ永遠に 音楽集 PART2』の『新宇宙II(二重銀河)』では、スキャットが混声合唱で表現され、『アクエリアスの神話』で完成形に到達するのですが、約10年にわたり、作品の成長とともにどんどん編成が豪華に、引いては宇宙表現も壮大になっていきます。音像が厚くなっていく変化をすみずみまで味わえて、かつ、その音像がぶれない。映像で言うところの解像度が高く、すべての音にピントが合っている状態がハイレゾならではです」。(八木氏)
ハイレゾ時代のヤマトと、2199年へ旅立とう。
シンフォニック・オーケストラ・ヤマト / ささきいさお / 島倉千代子
『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち 音楽集』
「ハイレゾ化された10タイトルのアルバムを、既にLPレコードでお持ちのファンも多くいらっしゃると思いますが、ぜひハイレゾで聴き比べていただきたい。『宇宙戦艦ヤマト』に熱中していた少年時代、私はレコードの音がどうも苦手でした。レコードは円盤の中心になるほど円周の長さが短くなるので、記録できる音の情報量が減り、音が"細く"なってしまいます。その特性を製作者も分かっていて、A面の最初とB面の最初、つまり最も音がよく出るパートには、"売り"の楽曲を入れていましたが、各面の最後の楽曲は音がよくなかったのです。しかしハイレゾ盤では、96kHz/24bitのマスターから、どの曲も同じ条件で収録し、再生できますので、音の差はなくなっています。レコードにはレコードのよさがありますが、どうぞハイレゾでも体験してみてください」。(吉田氏)
ハイレゾには、過去をよみがえらせるのみならず、人間が持つ未知への想像力を、より豊かに、鮮やかに具現化する効果もあると考えられるのではないか。ハイレゾの普及によって、これからどんな可能性が開けるのか、「大人のソニー」では今後も追求していきたい。
2014年4月〜2015年3月にご紹介した商品です。ご紹介商品がすでに生産完了の場合もございます。
商品について詳しくは、ソニー商品サイトをご確認ください。
『宇宙戦艦ヤマト』は、1974年に放送されたテレビアニメ及び、1977年に劇場公開されたアニメーション映画作品。企画・原案・プロデューサーは西崎義展氏、監督・設定デザインは松本零士氏、音楽は宮川泰氏が担当。第1作としての「宇宙戦艦ヤマト」に続き、続編としての劇場用映画、テレビシリーズおよびスペシャル、リメイク作品としてのテレビシリーズ、関連企画としての小説版・コミック版などが製作されている。1995年より、音響監督として、今回の話者の1人、吉田知弘氏が参加。
その、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』の楽曲アルバム10タイトル ハイレゾ音源が、第3回に分かれ、8月6日よりmoraにて配信中。
10月1日には待望の第3弾がmoraより先行配信され、全ラインアップが勢ぞろい!名盤の数々をハイレゾ音源でお楽しみください。
【2014年10月1日より mora にて独占先行配信】
ハイレゾ音源とは?
一般的にオーディオ用のデジタル信号は、原音となるアナログ信号を一定時間ごとに標本化(サンプリング)し、それを量子化することで作られます。サンプリング周波数とは、1秒間に何回標本化作業を行うのかを表すもので、単位は「Hz」です。サンプリング周波数が高いほど得られる情報が多くなり精度は上がります。
サンプリングされた時点でのアナログ信号レベルをデジタルデータで表現することを量子化と言いますが、どれくらいの精度で読み取るのかをビット数で表しており、単位は「bit」です。bit数が高いほど、原音からより忠実に変換することが可能となります。
サンプリング周波数とbit数それぞれの数値が大きくなるほど、原音の再現性に優れ、微細な音の変化や音の余韻までも表現することが可能となります。ハイレゾ音源では、CDの「44.1kHz/16bit」規格を超えるものを指し、「96kHz/24bit」と「192kHz/24bit」が主流になっています。
従来から配信している圧縮音源では伝えきれなかったレコーディング現場の空気感やライブの臨場感を、ビット数の高さにより、楽器や声の生々しさや艶(つや)などのディテールに触れてより感動的に体感できます。