東京・品川のソニー本社5階にある「PORT」。ここは多様な価値観を持つ社員同士が交流し、成長する場として設けられたラーニングスペースです。人びとの働き方が多様化する中で、企業に必要なオフィス空間の在り方とは?コクヨ株式会社が運営するワークスタイル戦略情報メディア「WORKSIGHT」の編集長を務める山下正太郎さんにPORTをご覧いただき、ラーニングスペースに対する見解や、オフィス空間の考え方についてお話を伺いました。
(写真・左)山下 正太郎 | コクヨ株式会社 ワークスタイル研究所所長 WORKSIGHT編集長
(写真・右)小林 誠司 | ソニーコーポレートサービス株式会社 人事センター(インタビュー当時。現在はミライプラス代表)
今回の案内役は、ソニーコーポレートサービス株式会社 人事センターでPORT企画リーダーを務めた小林誠司(所属はインタビュー当時。現在は、ミライプラス代表)。PORTの内部は、大きく3つのスペース(Open Space/Learning Space/Meeting Space)に分かれています。
まず山下さんにご覧いただいたのは、『Open Space』。
小林:「オープンスペースは、二つのエリアに分かれています。入口寄りのエリアには円形のテーブルを置き、カフェのように人が集まり対話しやすい雰囲気を演出しています。一方、入口から離れたエリアには、階段状の椅子と170インチのスクリーンを設置しています。ここでは、最大150人規模のイベントを行うことができます。PORTでは、人事主催のワークショップや研修のほか、社員主催のイベントやセミナーも開催しています。成長や学びにつながる活動を行っている社内コミュニティーは、活動申請をすることで、ディスカッションルームを優先的に使えたり、PORT内に情報を掲示できたりするなど、さまざまな支援を受けられるのです」
続いて、『Learning Space』に移動。5つのディスカッションルームと、7つのクラスルームから成るエリアです。
小林:「ディスカッションルームには、コクヨさんの什器を入れています。デスクは一人用のものを置き、レイアウトフリーな仕様に。椅子も、実は特注なんですよ。職員室のような堅い雰囲気にならないように、コクヨさんにお願いして、ロングセラーシリーズの椅子の革を張り替えていただきました。一方、クラスルームでは、ビジネススキルやキャリア、技術など、多様なテーマの研修やワークショップを開催しています。クラスルームの一番のこだわりは、椅子の座面のクッションがすべて異なる点。PORTのコンセプトである“多様性”を表現するために、一部屋の中に同じ柄の椅子は二つとありません。施工の際は、PORTを設計した建築設計事務所の方に生地を選んでいただき、コクヨさんにお願いして、それらを座面に張っていただきました。コクヨさんのご協力のおかげで、理想通りの空間づくりができましたね」
最後に山下さんをご案内したのは、『Meeting Space』。11のダイアログルームには、あえて家庭で使用するタイプのデスクと椅子が設置されています。
小林:「この部屋は採用面接にも使用するため、緊張をほぐし、有機的な対話ができる空間を目指しました。壁面に飾られているのは、プレイステーション?のコントローラーやウォークマン?など、ソニーの歴代製品のグラフィック。採用面接の際には、それらが、会話のきっかけになることもあります」
PORTを一周した後、山下さんに感想を伺いました。
山下:「最近のオフィス空間の考え方に、ハッカブルな空間というものがあります。ハックというと、少しネガティブに聞こえるかもしれませんが、簡単にいえば、自分で再編集するということ。PORTにはさまざまなパーツが置かれていて、ユーザーや運営者側が用途に合わせて空間を組み替えられますよね。人の行動やコミュニケーションを活性化したり、創造性を高めたりするために、PORTのような空間のあり方は、非常にいいと思いました。近年、コワーキングスペースを擁する企業が多くなってきていますが、これには二つの目的があると分析しています。一つは、外の知を取り入れるため。特に大企業の場合は、作業が細分化し、知識が固定化しがちになります。そのため、コワーキングスペースのような外に開いた空間を作り、新しい風を入れようとする企業が増えているようです。もう一つは、社員同士の交流を促すため。社員一人ひとりが高い専門性を持っているにもかかわらず、部署を越えた交流が少ないために、知識が交わらないケースは多々あります。学びの場を通じて社員同士を交流させることで、イノベーションを促したいと考える企業は少なくありません」
機能的なオフィス空間を作るためには、どのようなことが重要なのでしょうか。
山下:「アクティビティのデザインがポイントになります。企業がワーカーに求める行動について考え、そういった行動を自然に促せるように、物理的なデザインに落とし込んでいく。オフィス空間の場合、デザイナーのエゴが前面に出すぎて、アクティビティが無視されるケースもあります。そのような空間は、見た目は格好いいけれど、機能しません」
小林:「PORTでは、アクティビティのデザインに向けて、プロジェクトメンバーが時間をかけてコンセプトを練りました。プロジェクトが立ち上がった当初のコンセプトは『オープンで、多様な人たちが集まり、交流ができる場』というものでした。しかし、そのコンセプトでは、ラーニングスペースをどう活用してほしいかがいまいち見えてきません。そこで、私がジョインした時に、プロジェクトメンバーを集めてワークショップを行ったんです。プロジェクトメンバーに対して、『あなたにとっての最高の学習体験は?』という課題を出しました。ワークショップではいくつかのグループに分かれて、メンバーそれぞれが書き出した『最高の学習体験』の内容について話し合ってもらいました。そこからキーワードを拾い、ソニーらしさを加えて、コンセプトを作りました。そうして完成したのが『PORT Vision』です」
小林:「PORTは、ラーニングスペースとして、リアルな場だけを指す言葉ではないんです。こういうふうに人を育てますという、ソニーグループの人材育成のコンセプト=PORTであり、これをリアルに体感できる場所が5階のフロアです。現在ソニーグループでは、約12万人のワーカーが有機的につながれるような、PORTの思想をバーチャル空間に広げる構想が立ち上がっています。これが実現すれば、国内外の他の拠点などで働く社員も、現在のソニー本社にあるPORTが実現しているような学び方を享受できるようになります。ソニーでは、社員が業務時間外やいわゆる『机の下』で作っていたものを、役員が面白がって製品化するといった文化が昔からありました。そのような活動を支援するのが5階のラーニングスペースであり、バーチャル空間におけるPORTでも、社員が積極的にコンテンツをあげることを推奨していきたいと考えています。『私はこの分野の専門家なので、この知識を皆にシェアします』という形で、気軽にコンテンツを上げられる環境を作れるといいですね。2018年11月にPORTがオープンしてから、既に50以上のイベントが開催されるなど、コミュニティーは活発化してきています。各イベントの動員数は、平均50人以上。のべ3,000〜4,000人ほどの社員が、何かしらのイベントに参加している計算になります。PORTのバーチャル空間への展開が実現すれば、社員同士の交流は、より活発なものになっていくでしょう」
さて、PORTの重要なキーワードの一つに「多様性」があります。価値観の多様性、人材の多様性、働き方の多様性……。「ダイバーシティーマネジメントによって、個人や人間関係、組織の変革が促され、会社の競争力の源泉になる」とよく聞きますが、それは本当なのでしょうか?山下さんに見解を伺いました。
山下:「組織文化を、コンテクストの高低で分けるという考え方があります。ローコンテクストカルチャーとは、簡単に言えば、空気や文脈を読まなくていい社会のこと。自由度が高い働き方とダイバーシティーは非常に相性が良く、ローコンテクストな国ほど多様性が高い傾向にあります。一方、ハイコンテクストカルチャーとは、空気や文脈を読む必要がある社会のこと。働き方の自由度が低く、多様性も低い傾向にあります。日本は、ハイコンテクストな社会とされています。ただ、だからといってローコンテクストが良くて、ハイコンテクストが悪い、ということにはなりません。企業組織についていえば、実際にイノベーションが起こりやすいのは、ハイコンテクストな企業だともいわれています。これまでの日本の企業は、ダイバーシティーが低い故に、非常に強いカルチャーが生まれ、イノベーションが起こりやすかった側面もあるのでは。ダイバーシティーを高めようとする日本の企業は、これまでと違う新しいイノベーションのあり方を問われるのではないでしょうか」
多様性を活かしつつ、イノベーションを起こすためには何が必要か。企業におけるダイバーシティーマネジメントは非常に難しいテーマのようです。2020年、新しい年、新しい時代を迎え、これから10年先の企業経営にとっても重要な経営課題であると感じました。
次回vol.2では、今回のメインテーマである「未来のオフィスの在り方」について、山下さんの考えをさらに深く伺っていきます。
WORKSIGHT編集長 / ワークスタイル研究所 所長
コクヨ株式会社に入社後、オフィスデザイナーとしてキャリアをスタートさせる。その後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンセプトワークやチェンジマネジメントなどのコンサルティング業務に従事。コンサルティングを手がけた複数の企業が「日経ニューオフィス賞」を受賞。2011年にグローバルで成長する企業の働き方とオフィス環境を解いたメディア『WORKSIGHT(ワークサイト)』を創刊。また未来の働き方と学び方を考える研究機関「ワークスタイル研究所」を立上げ、研究的観点からもワークプレイスのあり方を模索し続けている。