「目指したのは、アウトドア系最高峰」
設計者に聞く、「MDR-D777SL」の秘密
D777SLが示した、新しいアウトドアの形
意外とロックな!? 音作りの秘密

小寺信良氏ハイエンドオーディオの世界で聴かれるものは、クラシックかジャズと相場が決まっている感がある。これは生音の録再にこだわっていくと最終的に行き着くところで、筆者も音響工学を学んでいた学生の頃は、コンサートなどの収録に引っ張り出されたものだ。

しかし筆者はロック派なので、高名なオーディオ評論家の方々とオーディオ談義をすると、途中でどうしても話が噛み合わなくなってしまう。ロックもいろいろ聴いていけば、ただうるさいだけではない。Hi-Fiなロックというのも存在するのだ。角田氏が音作りをする際にも、やはりクラシックやジャズをベースにしているのだろうか。

「設計の最初は、私の場合は70年代のロック。普通オーディオの技術者はあんまり使ってないかもしれませんけど、フリートウッド・マックの「噂/Rumours」とか、ナチュラルな感じがしてますね。あとはスティーリー・ダンの「Pretzel Logic」から「Aja」あたりまでは、特に神がかっているようなバランスです。ローリング・ストーンズの「Emotional Rescue」なんかも今聞いてみると意外とバランスいいみたいで、ビックリしました。そういうのは古いってよく怒られるんですけど(笑)。図面書くときは、Pink Floyd。これが一番心が落ち着いて。」

意外にロックな環境でハイエンドなヘッドホンがチューニングされているというのは、オーディオファンにとってはかなり衝撃的な事実だろう。

角田直隆「中域のバランスというのは、もうそれで作れちゃうんですね。でも今の2000年代の音楽はベースとか高い方なんかも全然違ってきてますから、あらゆる音楽を聞いておかしくないようにもう一回バランス取り直すという、そんなやり方してます。ただそのときに、中域は変えない。というのは、中域だけというところで言うと、密度感という意味では70年代のほうがあるんじゃないかと思うんですね。これは僕だけの意見かもしれませんけど。」(角田)

筆者もD777でいろんな音楽を聴いてみた。そこで共通するのは、各音像に前後の立体感があることだ。特に残響音の美しさ、延びゆく音を消えるギリギリまでトレースできる表現力の高さは、Z900HDを聴いたときの印象によく似ている。単に周波数特性のさじ加減だけでは不可能な表現力の世界が、そこにある。

「残響まできちんと聞こえるのは、中低域のレスポンスがちゃんとないとだめ、というのはありますね。そこにどれだけ充実感を持たせるかというのが、残響感の聞こえやすさとリンクしてると思うんです。Z900HDは業務用のフィールドで使われるモニタ用のヘッドホンですが、D777はもう少しリラックスして普通に使っていただけるような商品として作っています。とは言いながら、味付けとしてはちょっとモニタ寄りに振っているところはあります。サウンドエフェクト関係はよく見えるヘッドホンになっていると思うんですよ。一般リスニング用としてはちょっとやり過ぎかもしれませんけど。」(角田)

小寺信良氏と角田直隆音というのは、基音と倍音で構成されているのはご存じだろう。残響音というのは、音が反射していく過程でエネルギーの少ない倍音成分が次第に失われ、基音部が残っていく現象という見方もできる。ということは、基音部が集中する中音域で微細な音を拾い上げる能力がなければ、綺麗な残響というのは表現できないということになる。

何気ない言葉の裏側に膨大な音響工学の蓄積が埋め込まれている角田氏の言葉は、技術者にとっても我々リスナーにとっても、宝の山だ。

「作り」にも新技術が盛りだくさん

サウンド・イン・ダイアフラム
切り換えスイッチMDR-D777SLで新しく導入された技術に、「サウンド・イン・ダイアフラム」の切り換えスイッチがある。表面にあるスイッチをスライドさせると、周囲の音が聞こえるようになるという仕掛けだ。

「12年前、MDR-D77で初めてアウトドアの密閉型をやったときに、"密閉型ヘッドホンを外で使っていいのか"という議論が社内でありました。そこで考えたのが、中域の聞こえて欲しい部分だけを外から取り入れる、サウンド・イン・ダイアフラムという機構だったんですね。これはいい効果があって、私どもの特許にもなってます。」

実はサウンド・イン・ダイアフラムというのは、ソニーのヘッドホンにはかなり以前から導入されていた機構だったのである。確かに密閉型を屋外で使った場合、周囲の音が聞こえないのは危ないのではないか、と考えたのは妥当だ。だが時代はいつの間にかノイズキャンセリングが大ブームとなり、むしろ遮音が現代のトレンドとなりつつある。

「今回新モデルを作るにあたって、"完全に閉じたいこともあるよね"という意見も出たんです。サウンド・イン・ダイアフラムをなくしちゃうのか、それとも残すのかというので、これはもう侃々諤々の議論がありました。そんなとき私の上司が一言、"だったら切り換えたらいいじゃないか"と言いまして。あ、そうか、ということでできたのが、切り換えできるサウンド・イン・ダイアフラムなんです。こんなことでまたこれも、特許になっちゃいました。」

サウンド・イン・ダイアフラムは、エンクロージャに穴が空くわけではない。その奥には特定の周波数のみを通す振動板(ダイヤフラム)があり、密閉型のセオリーは崩さないのである。だからスイッチを開閉しても、サウンドそのものには影響を与えない。

「開いたときに音が違うという意見が出たらいやだなと思いながら作ってたんですけど、なんとかまとまりました。これはどちらかというと、棚ぼたです。開けたときは人の声、これは1kHzぐらいのところに子音があるんですけど、そこが入るようなことになっています。」(角田)

そしてこの切り換えスイッチの存在が、のっぺりしがちなヘッドホンのフォルムに一つのアクセントを加える恰好になっている。さらにそのヘッドホンの外装も、アルミのヘアライン仕上げを採用した。

ヘッドホン「こういうヘアライン仕上げで曲面というのは、多分世の中にあんまりないと思いますよ。うちのデザイナーが発案したんですけど、最初『できねえよ』と断わったんです。けど、やってみたらできちゃった(笑)。最初はヘアラインが広がっちゃうんじゃないかとか曲がっちゃうんじゃないかとか、いろいろ心配たんですけど。これはうちの努力というより、協力部品メーカーさんの努力で実現したんです。ここは本当にメカ担当者もよく粘って食らいつきました。」(角田)

またMDR-D777SLでは、小型ながら耳が丁度入るハウジングを採用した。耳が全部入るかどうかで、密閉度や快適さが決まる。これまでに耳が挟まれて痛くなるヘッドホンを買って、後悔した人も少なくないのではないだろうか。

「これは私ども伝統のイヤーコンシャス設計というんですけど、だいたいすれすれで耳が全部入る、というのを狙っています。実は以前のMDR-D66SLは少し径が小さくて、耳が入らないというご意見もいくつか頂戴しました。そこでもう一度日本人外国人含めて耳のサイズ調査をやり直しまして、出てきた解答がこれです。」(角田)

小寺信良氏と角田直隆D777が示した解答は、なにもサイズばかりではない。かつては「外で聴くものにクオリティを求めるのは無意味」という意見もあった。だが現状を見渡してみて、どうだろう。市場はあきらかに高音質を求めている。高級モデルの売れ筋のほとんどが、ポータブルオーディオ機器との組み合わせを前提とした製品群であることは面白い傾向だ。

D777は、密閉型ヘッドホンを屋外で使うということを最初に始めたソニーが繰り出す、次のステップである。コンパクトに折りたためることはもちろん、インナーイヤーのように細くしなやかな片出しケーブル、ユニット部を伸縮させながらも左右を繋ぐケーブルが本体から飛び出さないといった、細かいところまで手が行き届いている。

妥協のない高音質をコンパクトにまとめたこの製品は、「いい音とは何か」を知っている大人のためのデバイスなのである。

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小寺信良氏
映像アナリスト/コラムニスト
小寺信良氏

テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、映像と音楽を軸に、AV機器からパソコン、放送機器まで幅広く執筆活動を行なう。

主な著書は「できるVAIO」シリーズ、「できるビデオカメラ」(インプレス)など多数。

WEBではインプレス AV Watch、ITmedia +D Lifestyleにて、週刊コラムを好評連載中。また東京MXテレビ「クチコミTV2.0」に、AV機器コメンテーターとしてレギュラー出演中。

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小寺信良のMDR-D777SLレビュー