実を言えば筆者は、MDを使ったことがない。
その理由はなんだろうと考えたときに、やはりMDが出始めたころでも、CDが再生できるポータブルプレーヤーで十分だった事もあるだろう。
そうしているうちに圧縮技術としてMP3が出てきて、興味は一気にMP3プレーヤーのほうに移ってしまった。
未成熟ながらもパソコンベースの音楽再生ツールを使っていく中で、なんとなくMDというものを使うきっかけを失ってしまったような気がする。
だが確かにMDが、一時期音楽プレーヤーとして世の中を席巻したのは事実である。
ポータブルMDの出荷台数としては2003年頃がピークで、国内だけで年間300万台が出荷された。しかしご存じのように、その後音楽は録音するものから、パソコンを使って転送するものへと変化した。
実際にMDの販売も下降傾向にあり、2005年には年間出荷台数が130万台にまで減少している。
だがMDだって、停滞していたわけではない。
2002年にはパソコンにUSBで接続し、デジタル転送が可能な「Net MD」が誕生している。
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さらに2004年には、MDのメディア自体を大容量化し、従来のMDと上位互換を持たせたHi-MD規格が登場。
LinearPCM録音や、メディアをPCストレージとして利用できるようにした。
さらには2005年に機能拡張を行ない、デジタル静止画像に対応することを定めた「Hi-MD PHOTO」規格を追加。
写真も撮れるMDが登場するなど、音楽メディアだけに留まらない活躍の場を見いだしていった。
RH1の商品企画を担当した土屋 大定(つちや だいじょう)氏は、その流れをこう振り返る。
「Hi-MDの録音再生機ということでは、一世代目がMZ-NH1、二世代目にRH10という製品がありました。
今回のMZ-RH1(以下RH1)で第三世代目ということになります。
今回これを企画するにあたって、MDからHi-MDに進化した中で、もう一回きちんとMDだからできる、MDの得意とするところをきわだたせて、MDを必要とするユーザーに向けてきちんとしたモデルを作り込んでいく、ということを考えました。」(土屋)
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MDウォークマン商品企画リーダーの菊池 康子氏は、
「単純にHDDやフラッシュメモリ型のプレーヤーが便利なのは、私も認めるところなんです。
ですがそこで録るツールがあるかというと、現時点ではないんじゃないかと。
それができるのは、MDしかないんじゃないかということで、録再機ということを彫り込んで行ったんです。」(菊池)
確かにMDは、空のディスクに録音するということをずっとやってきたメディアだ。
そして昨年11月に発売されたLinearPCMのレコーダ「PCM-D1」が大変な反響をもって市場に受け入れられたことで、ナマ録ユーザーは確実に存在し、再生機のマーケットが変わっても関係ない、安定した市場があるということが明らかになったのである。
「どうせ作るんだったら、ウォークマンとして徹底的にカッコイイものを作りたい。
ウォークマンのコンパクトさの中に、高音質で録音できるというのを実現したかったんです。」(菊池)
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44.1kHz、16bit LinearPCMという、音楽CDと同じクオリティで録音できる機能は、Hi-MD1号機からすでに搭載されている。だがここで改めてその点を訴求してみると、知らなかったという人が多いのに驚かされたという。
徹底的にカッコイイ録再ウォークマン。そのデザインを任されたのが、デザイナーの村上 朋成氏である。
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「過去にMDの再生専用機はデザインしたことがあるんですけど、録再機は初めてでした。
僕がMDをデザインした頃は、一番MDが売れた時期でしたね。
2003年頃でしょうか。
この頃はライバルもいっぱいある中で、なかなかデザインの善し悪しだけでは仕事ができないところはありました。
サイズを小さくしようとか、店頭での見栄えとか、そこまで過剰に気にする必要ないんじゃないかと思いつつも、実際店頭にいって同じ矩形が沢山並んでいる姿を見ると、たしかにあるなと思ったり。」(村上)
筆者も今回の取材の前に、実際にいくつか量販店のMDコーナーを覗いてみた。
確かにMDというのは、メディアの形状から想起される矩形をベースにしながら、ファンシーな要素を取り入れている面は少なからずある。
これは再生専用機の市場が、主に10代から20代によって支えられているという事情があるようだ。
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「ただ心の中では、本当に使いやすさに根ざしたデザインという、極端にコスメティックに振られていないものをいつか作りたいというのはありました。
そういう意味では、今回はこれまで温めてきた思いをデザインできましたね。
今回は表示部を横に持ってきているわけですが、かつてであれば面積がネックになってNGになったデザインでしょう。」(村上)
今回のRH1のデザイン的な特徴は、その広い平面部をスマートに見せたところではないかと思っている。
従来表示部や操作部は平面にあるもの、と決めてかかってきたようなところがあるMDのデザインの中で、操作・表示部をサイドに突出させたのは、ユニークだ。
「従来的なものも合わせて提案したんですけど、今までありそうでなかった雰囲気であるとか、見た目が全然違うものというこのデザインが、開発者全員の思いと一致したわけです。
このデザイン、人によっては古いと言われている体裁してますけど、その中でも研ぎ澄まされた感じがするかなぁと。」(村上)
中でも一段突出したRECボタンの存在が、これはレコーダなんだぞと言外に主張している。
オーディオブロック設計担当の松本賢一氏は、入社したときからテープレコーダの部署という、オーディオ設計のプロである。
そんな松本氏が、面白い話をしてくれた。
「RECボタンって、録音機ではなかなか難しいんですよ。目立って触りやすくて、すぐ操作できるところになきゃいけないんだけども、間違って入っちゃだめ、あるいは止まっちゃだめという、わけのわからないボタンなんです。
そういう意味でこのデザイン見たときに、操作しやすいんだけど凹んでいて、明示的に操作しないと入らないようになっています。いいボタンですね。」(松本)
「RECボタンの周囲の凹みの形状なんかも、傾斜であるとか幅であるとか、そのあたりは何回も試作して、実際に立体で確認しながら、イメージしていきました。」(村上)
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今回のデザインは、ただユニークなだけではない。レコーダに求められる機能美があるのだ。
例えば有機ELディスプレイ部は、垂直ではなく少し上向きにカットされている。
一般的にポータブル音楽プレーヤーは、置いて使うことを想定しない。
元祖ウォークマンの発想の原点がそうであるように、身に付けて持ち歩くものなのである。
だがRH1は、MDウォークマンでありながら、置いて使うことを念頭に置いた作りとなっている。
「録音ユーザーの姿というのを、形に表わしていきたいと。
例えばミュージシャンが自分の演奏を録るようなシーンでは、機材の上にちょっと置いてもレベルが確認できるとか。
あるいはHi-MDのデッキ自体がジェネラルなものではないので、コンポの上にドライブとして置いて使うようなシーンも想定したんです。」(村上)
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そして上面に綺麗に並んだ操作ボタンも、置いた状態で上から押すのだ、という主張が伝わってくる。
RH1の外装・メカ設計を担当した田村 健一氏はこう振り返る。
「僕はNH1など歴代の録再機をやってきたんですけど、2号機の頃はDMPが全盛の時期になって、EL表示を使ってDMPっぽく見せようとしたんです。
ただちょっと厚くなっちゃったので、お客さんのガッカリ感みたいな声も聞こえてきた。
設計する方にとっても、今までやってきたMDのスタイルから脱却ができないんですね。
そこに村上さんの描いてきた、横に操作部を付けるというデザインがすごくハマったんです。」(田村)
だがこれまでにないアプローチなだけに、実際にやり始めたら予想外の事態がいろいろと起こる。
「機構を横に持ってくるということは、強度面とかを考えると、できあがりから見るよりは難しいことなんです。
さらにボタンを全部上面に並べるのも、結構大変でした。最初ボリュームなんかはあんまりいじんないから、下でもいいんじゃないかと思ったりもしました。
でも置いてこう使いたいよね、というのがあって、そこは意地でも上に持ってきてやろうと。」(田村)
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使い方と、使うユーザーと、モノのデザインが一致すること。
RH1にはパッと目を引く派手さはないが、録音ツールとしてこれまでのMDにはない高い完成度を持っている。