直前のイベント告知にも関わらず満員御礼!
ソニーが長年に渡って培ってきた技術とノウハウを結集したSignature Seriesに、この春、インイヤーヘッドホン『IER-Z1R』が追加。新開発のHDハイブリッドドライバーシステムなどによって、究極の「リスニング」用ヘッドホンであることを目指した製品です。インイヤータイプでは前人未踏となる100kHzの超高音域再生を実現するなど、スペックだけでも多くのオーディオファンを驚かせた本機。ソニーストアでは発表翌日から実機の先行展示を行い、多くのオーディオファンが詰めかけています。
今回のイベントは、その告知が開催日の4日前だったにもかかわらず、多くのご応募をいただき、あっと言う間に満席になるほどの注目度。登壇するのは、本製品の音質面を担当したアコースティックエンジニア・桑原英二と、メカ設計を担当したメカニカルエンジニア・島村瑞樹です。
イベント冒頭に、桑原から「かなり盛りだくさんな内容になると思いますが、ついてきてください(笑)」と宣言され、のっけからディープなゾーンに踏み込むことが示唆されました。果たしてどんな開発秘話が語られたのか、その一部始終をお届けします。
『IER-Z1R』が目指したのは
コンサートホール特等席の「空気感」
まず語られたのは、『IER-Z1R』が掲げるキャッチコピー「空気感までも描き尽くす高音質」に込められた意図。桑原曰く「なかなかすごいことを言っていますが、『IER-Z1R』では、言葉の通り、空気感、空間表現を何より大切にしました」とのこと。
さて、そんな『IER-Z1R』ですが、ソニーのヘッドホンの分類においては「リスニングヘッドホン」というカテゴリーに属します。昨年10月に発売されたインイヤータイプのヘッドホン『IER-M9』『IER-M7』はそれと異なる「モニターヘッドホン」となっていますが、その違いはどういったところにあるのでしょう? 桑原は次のように語ります。
「ソニーのヘッドホンでは機種ごとにどういった音場、シチュエーションを再現するかを定義し、それに基づいて設計を行います。『IER-M9』『IER-M7』は、アーティストが“演奏するためのツール”であるステージモニターとしての設計を行いました。その名のとおり、ステージ上で必要とされる音を実現しています。対して、『IER-Z1R』は、リスニング、つまり“音楽を楽しむ”ことが目的のヘッドホンであり、究極のリスニング環境を再現したいと考えました。従来のインイヤー型ヘッドホンは、スピーカーと比べてドライバーが耳に近い分、ディテールが分かり易い反面、音の広がり感が弱いと言われていますが、この、『IER-Z1R』では、そのイメージを変えたいと考えました。インイヤー型のメリットは残しつつ、まるでコンサートホールの特等席で音楽を聞いているかのような空気感を表現できるようにしたかったのです」
では「空気感」とは何なのでしょうか? 『IER-Z1R』の開発チームは、それを「音楽が奏でられている空間における立体的な音の体験」と定義。具体的には、一音一音の間の静寂、ボーカルや楽器の残響音などがリアルに感じられることを目指しました。
空気感を再現するための重要な要素として、再生周波数帯域とダイナミックレンジの拡大が挙げられます。拡大することでより自然な音に近付くと、開発者は考えました。そして、それらを実現するために新開発されたのが、2ダイナミック型ドライバー+1BA(バランスド・アーマチュア)型ドライバーという異色の構成(HDハイブリッドドライバーシステム)。これによって、インイヤー型ヘッドホンながら、3Hz〜100,000Hzという今までにないほど広い再生周波数帯域を実現することができたのです。
「人間には聞こえない100kHzという数値だけが注目されがちですが、可聴音域外の音を再生することで、それが無い場合と比べ、人間の音の感じ方が変わることは分かっています。また、サンプリング周波数192kHzのハイレゾ音源では理論上96kHzまでの音声を復元できることになっていますから、それに対応できないのも勿体ないですよね。そういったハイレゾソースをそのまま再現できることは重要だと考えています。さらに、可聴音域外の高い周波数の再現性を高めることで、可聴音域の音の再現性も同時に高くなるという説もあります。・・・とは言え、もちろん一番大切なのは可聴音域の音。『IER-Z1R』では、3つのドライバーにとことんこだわり、新開発しています。当然、可聴域も3つのドライバーがしっかりと働き、絶妙なバランスでフォローし合ってます。さらに、リファインドフェイズ・ストラクチャーやサウンドスペースコントロールといったソニー独自の技術を駆使することで理想的な周波数特性、位相特性を実現しています」(桑原)
その後は、そうした内部構造について、開発者である桑原自らが細かく説明。それに対して、熱心な参加者から「3つのドライバーはそれぞれどの周波数帯域を担当しているのか?」「BA型ドライバーはどこにどのように接続されているのか?」といった質問が次々と投げかけられ、桑原がそれに丁寧に回答。
また、トークの中では、細部へのこだわりも紹介されました。
「マルチドライバーヘッドホンで帯域分割を行うネットワーク回路は、厳密な音質調整をする上で、必要だと考えています。高音質はんだやフィルムコンデンサー、高音質抵抗など選りすぐりのものを搭載しています」(桑原)
「付属ケーブルについてもこだわりました。フラッグシップの製品である以上、交換することが前提のものは付けられません。最初から最高のものを開発し、同梱しています」(島村)
高音質だけじゃない
『IER-Z1R』自慢の高品位
『IER-Z1R』の価値は音質だけではありません。フラッグシップモデルとして、装着感やデザインについても並々ならぬこだわりが込められています。本機において、その点を担当した島村は、開発の苦労を次のようにふり返ります。
「ハウジングの形状に当たって苦労したのは、3つのドライバーをどのように配置するか。各ドライバーの音経路を音質視点からしっかり確保しつつ、装着性、生産性(製造時の組み込みやすさ)についても考えなければなりませんでした。特に12mmドライバーの音経路をどうするかは音響エンジニアと頻繁に会話しつつ形状を作り込み、シミュレーションと実際の音確認を繰り返した上で決めていきました。また、BAユニットを珠間切痕(しゅかんせっこん)部に収まるように配置したのも、音質と装着性と生産性を考慮した結果です。本機はおせじにも小さく軽い製品とは言えないのですが、実際に装着してみると、思ったよりも快適で重さを感じないようにできたのではないかと思っています」
そして、もう1つ見逃せないのが、特徴的なデザインです。
「パッと見、もっとも印象的なのがフェイスプレートのペルラージュ加工。これは高級時計のムーブメントなどに使われている伝統的な平面加工技術です。また、筐体には、高い表面硬度を持ち、耐食性に優れたジルコニウム合金をソニー製ヘッドホンとして初採用。素材の質感を活かすために、塗装やコーティングなどを行わず、磨き上げによって光沢感を出しています。やはり一生モノとも言える価格帯の製品でもあり、時が経っても変わらぬ質感を目指していたので、長く使っているうちに塗装が剥げるなどといったことを避けたかったという気持ちもあるんですよ。また、加工方法もポイントです。このジルコニウム合金は型に流し込んで成形できるので、難易度は高いですが、複雑な形状を作るのに適しています。そのため、装着性能を追求することができます」(島村)
こうしたこだわりは、本体だけでなく、ケースやイヤーピースなどといった付属品にも徹底。フラッグシップの名に恥じぬ作り込みに、多くの人が深く感心していました。
ソニーの理想を体現した『IER-Z1R』
これを新たな“リファレンス”にしてほしい
今回のトークショーでは、開発陣の意向により、講演中でも自由に質問できたのですが、最後に改めて質疑応答の時間も用意。ここでは、そこでのやりとりの中から、『IER-Z1R』を深く理解するに当たって重要なものをいくつか紹介させていただきます。
--『IER-Z1R』を接続するプレーヤーは何を想定していますか?
「もちろん、どんなプレーヤーと繋いでいただいても構いませんが、公式にはウォークマンの最上位モデル『NW-WM1Z』を想定しています。面白いところではPCMレコーダー最上位機の『PCM-D100』もおすすめ。実は音楽再生機としても非常に優秀なのです。あとはやはり、昨年末に発売された『DMP-Z1』ですね。初めてこれで音を聴いたときはとんでもないものを作ったなと驚きました(笑)」(桑原)
--『IER-Z1R』の音の具体的なターゲットは決まっていたのですか?
「2016年に発売されたSignature Seriesのオーバーヘッドバンド型ヘッドホン『MDR-Z1R』と同じく、ニューヨークの著名マスタリングスタジオを訪問し、そこのスタジオの音を理想として音作りをしました。このスタジオのマスタリングエンジニアは、これまでも多くの実績ある音源を世に送り出しており、音質を議論する上でとても信頼できます。『IER-Z1R』の開発では、このスタジオの音をしっかりと感じ取り、製品に反映することに力を入れました。我々、音作りのプロが備えている「音を客観視するスキル」をもってヘッドホン側に音場再現力を与える、これも重要な使命の1つです」(桑原)
--『IER-Z1R』にはエイジングは必要ですか?
「ソニーとしてはヘッドホンのドライバーにおけるエイジングは音質への影響が少ないため、特に推奨しておりません。スピーカーなどの大型オーディオ機器と異なり、ヘッドホンはそれぞれのパーツが小さく、構造や材質も含め振動板の柔軟性が大きく変化することはありません。そのためいわゆる『振動板がなじむ』などといった現象の効果が実質的に感じにくいのです。したがって、最初から高音質で楽しんでいただけます。ただし、装着に関わる部分は音に影響を及ぼし易いです。装着の仕方もそうですし、イヤーパッド、イヤーピースなどは使っていると徐々に変化しますので、トータルでは音が変わってくるということはあるかもしれません」(桑原)
そして気がつけば、あっと言う間にイベントも終了時刻に。最後に、開発両名が本機にこめたメッセージを語ってくれました。
桑原
「今回、「空気感」を再現するというコンセプトのもとに最高の音質を追求しましたが、極端な言い方をすると、「良い音」には100人いれば、100通りの答えがあり、個人単位で考えれば正解はありません。ただ、1つお願いしたいのは、ソニーがこの製品で“一つの理想を実現した”ということを信用していただきたい。そしてこの製品のコンセプトをご理解いただいた上で皆さんの“リファレンス”にしてほしいということ。質疑応答でもお話ししましたが、現場のプロフェッショナルが認めた音、一つの理想の音をこの小さい筐体に詰め込めたと自負しております。そして、その究極のリスニング体験をお客様にもシェアしたいという想いを込めて、この製品を完成させました。ソニーはこの製品で大きく儲けようとは思っていません。それよりも、こうして生み出した価値をより多くの人に体験してほしいと考えています。まずはぜひ、試聴だけでも良いのでその価値を体感してみていただきたいと考えています」