取材:藤本 健
ハウジングに真鍮(しんちゅう)を用いたMDR-EX650とアルミニウムを用いたMDR-EX450の2機種がソニーから発売された。バランスの取れた高音質を実現するとともに、高い装着性を実現する製品の開発の裏には、この機種のために新たに開発した12mmドライバーユニットの存在がある。この12mmのドライバーユニットの意義はどういうもので、真鍮(しんちゅう)やアルミニウムを採用した理由はどこにあるのか。MDR-EX650、MDR-EX450の開発者に話を伺ってみた。
インナーイヤーヘッドホンにおいて3000円〜10000円という中級価格帯は、一番需要も大きく、数多くのメーカーがしのぎを削りあっている、まさに激戦区。製品比較サイトなどの売れ筋ランキングなどを見ても、毎月のように順位が変わる難しいマーケットなのだ。
そうした中、「音質・装着性に優れたEXシリーズの決定版を一から作り出そう!」という機運が社内でも高まり、具体的に「こんな商品が作りたい」というアイディア出しが始まったのが2013年1月頃のことだった。
「ヘッドホン、特にインナーイヤーは体に身に着けるオーディオです。高音質であっても装着していて不快であれば音楽は楽しめない。まずは装着性を向上させたいという思いがありました。」と振り返るのはホームエンタテインメント&サウンド事業本部 V&S事業部 サウンド1部MDR設計1課の山田研次氏だ。
従来のEX510よりもいい音にするには、どうすればいいのかというテーマと同時に、装着性も重要なポイント。そこで、まず最初に今まで作ってきたヘッドホンを並べて、より装着性を向上するためにはどうしたらよいのかを一から議論していったのだ。インナーイヤーの装着方式は大きく分けて二つある。
ラテラル・イン・ザ・イヤー(以下ラテラル)とバーティカル・イン・ザ・イヤー(以下バーティカル)だ。それぞれドライバーユニットに対するイヤーピースの位置が違う。(下図を参照) ラテラルはドライバーユニットに対してイヤーピースをまっすぐそのまま取り付けるもの、バーティカルは垂直に取り付ける方式を意味する。
「ソニーは密閉型のインナーイヤーにおいて、当初ラテラル方式からスタートさせ、ドライバーユニット径の拡大とともにバーティカル方式へと装着スタイルを変えていきました。それぞれに長所、短所を持っています。ラテラルは装着安定性が高い一方で、人によっては快適性が損なわれることがあります。一方バーティカルは快適性は高いのですが、安定性はラテラルに劣る。最終的にはラテラル方式を基本として快適なハウジングサイズを検討していきました。」
ドライバーユニットに対しイヤーピースの角度をどうしたらよいのか、その時のハウジングの大きさはどのくらいが理想なのか…と、いろいろと試行錯誤を重ねる中、「このハウジングサイズであれば快適性と安定性を両立することができる」という最適解を導き出せた。
しかしそれに入るドライバーユニット径は12mm程度になる。今までソニーが採用していた13.5mmを採用することはできない。新たに高音質の12mmのドライバーユニットが必要だった。
「ないのであれば、新たにドライバーユニットを作ろう、ということになったのですが、ドライバーの大きさに直結するのが振動板の面積の大きさです。一般に振動板は大きいほうが"良質な音"というのが傾向です。でも、同じ価格帯で出すのだから、従来のMDR-EX310やMDR-EX510と比較してさらに音質を向上させたいと考えました。そこで、まずはシミュレーション上で、どのような振動板の形状にすればいいのか、振動板を駆動する磁気回路はどうすればよいかを100種類以上試しながら、検討していったのです」と語るのはサウンド1部MDR開発課の金山信介氏だ。
その100種類以上というのは、振動板の材質、厚み、形状、マグネットの大きさなど、さまざまな組み合わせで試していったということ。その他のパラメータをいろいろ調整しながらシミュレーションしていったそうなのだ。
ところで、ここでいう"良質な音"という言葉には、さまざまな意味が含まれているが、特に面積が小さくなることで影響が大きいのが音圧だ。音圧は振動板が動かす空気の量と捉えることができるため、面積が小さくなれば当然動かす空気の量は少なくなってしまう。面積が小さくなった分を、振幅を大きくすることに加え、振幅だけではなく振動板の有効面積を向上させることが金山氏の取り組んだ手法。
「振動板を大きく振幅させるために、振動板のエッジ形状が重要になってきます。ただ、一言でエッジ形状といっても高さ、溝の本数、深さ、外周のどこまで切れ込みを入れるのかなど数多くのパラメータがあるのです。エッジの幅が大きいほど柔らかくなるが、そうすると有効面積は小さくなってしまいます。そこでエッジ幅を最小にしながらも振幅を大きくとるために、いろいろとシミュレーションを重ねながら可能性の高いものへと絞り込んでいきました。またドライバーユニットに搭載する磁石を、16mmドライバーと同サイズにして従来よりも強力なものにすることでも振動板の振幅を大きくすることができました」と金山氏。
まずは100種類のシミュレーション結果から、可能性が高そうな組み合わせを12種類に絞り込んだ上で、試作。さらに、試作したドライバーユニットに対して、入力電圧を一定に保ちながら振動板の振幅を測定し、3種類まで絞り込んでいったという。
「まずは社内でターゲットとしていたMDR-EX510, MDR-EX310と比較してそれを超える性能が出せているか、また聴感での音質比較もしながら最終的に1つに決めました。パラメータが多くかなり苦労はしましたが、13.5mmを超える12mmドライバーユニットを作り上げることができたのではないかと思っています。」と金山氏は当時を語る。
まずは、12mmのドライバーユニットを実現するというところから開発が進められていったわけだが、この競合の多い中級価格帯において勝っていくためには、どういう外観にするかというデザイン面も非常に重要になる。
「ドライバーユニットの開発と同時にヘッドホン筐体側においても少しでも音質に貢献できる材料の検討をはじめ、真鍮(しんちゅう)に着目しました。真鍮(しんちゅう)は管楽器に使用されていることからも分かるように音質の評価が高い材料です。比重が大きいため重くはなりやすいのですがインナーイヤーのハウジング程度の大きさであれば十分に使用することができます」と山田氏は言う。
MDR-EX650は音質を最優先とした結果、真鍮(しんちゅう)を採用することになったが、MDR-EX450は音質と装着性のバランスを考慮し軽量なアルミニウムを採用することになった。
もう一つ力を注いだのが音導管。ここも材質や形状によって音質に大きな影響を与える。MDR-EX650には、ここでも真鍮(しんちゅう)を使った。
「ドライバーユニットから耳へと音を通すための音導管は太いほどストレートに音を伝えることができ、減衰も少なくなります。樹脂を音導管に使うと強度の関係で肉厚にする必要があり、内径が細くなる結果、わずかですが音響的な減衰が大きくなります。しかし金属ならできるだけ内径を太くして音を伝えやすくすることができます」と山田氏。
真鍮(しんちゅう)とアルミニウムを使ったデザインを行ったのが、UX・商品戦略本部 クリエイティブセンター オーディオビジュアルプロダクツデザイングループ パーソナルオーディオデザインチーム1デザイナーの勝樂純子氏。
「心地よい装着性を意識しながら金属の素材感を生かす形状を検討していった結果、今回のハウジングは回転をベースとした切削加工となり、真円を元にしたデザインとなりました。この円を元にしたハウジングは装着した状態で耳への圧迫を軽減するような形状にもなっています。また特に真鍮(しんちゅう)は管楽器などをイメージする素材なのでその上質な雰囲気を表現できるように心がけました。中でも気をつかったのは顔となる外側の金属部分をどう形作るか、という点でした」と勝楽氏。
MDR-EX650, MDR-EX450ともに心地よい装着性と美しさの両立を基本にデザインが検討されている。耳に装着されることを考慮したハウジングには全体的に丸みを持たせつつ、側面を絞り込み、金属の削り出し感を生かしながら形状が作りこまれていった。できあがった結果は、シンプルながら明らかにスタイリッシュで心地良い装着性を実現している。
「EX650もEX450も、基本的なデザインは同じなのですが、両機種ともに細かな部分にもこだわっています。何通りもの質感の異なる仕上げを試しながら一番と思えるデザインを施していきました。さらに上位モデルとなるEX650はプラグの部分にもアクセントとして真鍮(しんちゅう)本体の色味と質感を表現しています。そういった細かいところまで楽しんでほしいですね。」と勝楽氏は話す。
「真鍮、アルミの金属を採用した結果、両モデルともに非常にクリアな中高音域を実現できたと思っています。また上位モデルであるXBA-H1/2/3にも採用しているビートレスポンスコントロールも採用しています。昨今の音楽では低音域の再現性は非常に重要になっていますので中高音域のみならず低音域の正確なリズムの描写など音質には徹底的にこだわりました。」(山田氏)
このように装着性・音質にこだわり新しいドライバーユニットの開発からはじまったMDR-EX650とMDR-EX450は使われている素材こそ違うものの、「できる限り高い装着性を。できる限り良質な音を」という設計思想は共通だ。
まさに最新の技術とアイディアを結集させた作品といえる2機種なのだ。