前作から約1,000日ぶりのオリジナル・アルバム『O.T. Come Home』をリリースし、さらにその最新楽曲のハイレゾ音源の配信を開始した奥田民生。「mora」で配信されている自身のハイレゾ音源には、音のひとつひとつまでに飽くなきこだわりが凝縮されている。
圧縮音源が全盛の昨今、ハイレゾを代表とする高音質音源はどう在るべきか? アナログからCD、そして圧縮音源まで、形は変われど常に珠玉のサウンドを作りつづけてきた奥田民生のハイレゾ論をお届けする。
ニュー・アルバム『O.T. Come Home』が目指したもの
ロックに対する愛と遊び心と歌心がきらめき、さりげなさの中に深いこだわりを秘めた奥田民生のニュー・アルバム『O.T. Come Home』。3年ぶりにソロ作をリリースしたわけや、その制作過程、楽器やサウンドに対するこだわりなどについてまずは聞いた。
──ユニコーンや地球三兄弟での活動もある中で、久しぶりにソロ・アルバムを作ろうと思ったのは、どういうところからだったのでしょうか?
奥田:
それはですね、レコード会社を微妙に移籍(SMEレコーズからキューンミュージックへ)してから、まだ1枚もオリジナルアルバムを出していなかったからです(笑)。
──(笑)ソロの純粋なスタジオ・アルバムとしては、ということですね。そろそろ出せ! みたいなプレッシャーがあったんでしょうか?
奥田:
いや、ないんですよね、逆にそれがプレッシャーというか(笑)。
──今回、すべての楽器をひとりでこなすということで、かなり気合が入っていたのではないかと思いますが、いかがでしたか?
奥田:
いや、気合はないですね(笑)。ひとりで全部やるっていうのは、一番ゆるい形なんで。ただもちろん、全部ひとりでやらないといけないんで疲れはするんですけど、メンバーとスケジュールを合わせなきゃとかがないんで、楽は楽でした(笑)。
──郊外のスタジオで、4〜5日泊り込んで集中的に制作するというのを繰り返して作り上げたそうですね。
奥田:
スタジオをいろいろ使って、そのたびに録音機材やセッティングが変わると面倒くさいんですよね。だから、このやり方は良かったです。僕は曲のストックはいつも全然なくて、常に出し尽くすようにしているので、今回も曲を作りながら録って、そこにアイディアを加えて、というふうにしてやっていきました。
──ギターをはじめとして、それぞれの楽器がとても生々しい音をしていますね。
奥田:曲によってはギター・アンプを2台同時に鳴らして録ったりしてます。行き当たりばったりで録音することが多いんで(笑)、そうしておくと途中でアイディアが変わったりしたときにもサウンドの調整をしやすいんですよね。あと、このアルバムは基本、ギター、ベース、ドラムだけなんで、棲み分けというか、それぞれの楽器の役割分担がはっきり分かるように録ることを意識しました。シンプルで、よけいな音が入っていないからこそ、ひとつひとつの楽器が聴こえてくる……そういうものにしたかったんですよね。ま、どうしたってひとりでやってますから、音数が多くなりようはないんですけど(笑)。
民生、『O.T. Come Home』ハイレゾ音源を聴く
次に『O.T. Come Home』ハイレゾ音源を、ハイレゾ対応ウォークマンR「ZX1」で試聴してもらった。比較のためにAAC音源も用意。さて本人はハイレゾとAACの違いを聴き分けられただろうか?そして、ハイレゾ音源に対する感想は?
──ではハイレゾ音源の試聴をお願いします。
奥田:全然分からない可能性もありますけど(笑)。
奥田:(……しばらく試聴)なるほど!
──違いが分かりましたか?
奥田:違いますよ!!
──(笑)いやいや、具体的にお願いします!
奥田:
そうですよね(笑)。これって写真と同じだと思うんですけど、解像度が高いですから、やっぱりスムーズですよね。こういうこと言うと良くないかもですけど、今回のアルバムはここまで音が良くなくてもいいかもしれないです。ちょっとバリバリ言ってるぐらいのほうがいいやっていう感じもあるし(笑)、でも、それじゃいけない音楽もあると思うんですよね。僕自身だって、バリバリした感じにしたくないときもあるわけで。そういうときには、絶対にハイレゾのほうがいいと思う。うん、こうして聴いてみたら、確かに違いました。
ハイレゾ、高音質音源の未来
新鮮なハイレゾ体験をした奥田民生に、ハイレゾ、高音質音源の未来について語ってもらった。日本を代表するアーティストが感じる、そして思い描く高音質の未来とは、一体どんなものだろうか?
──今後ハイレゾはどんどん普及していくと思います。こうして音源を聴いてみた上で、民生さんはそのあたりをどう感じますか?
奥田:
いっそ全部がハイレゾになってくれたら、作っている側としてはすごくやりやすいですね。今って、MP3で聴く人のことも考えて作っているんですよ。でも全部がこれになったら、そういうこと考えなくて済みますから。そういう意味でも、ハイレゾがどんどん普及していってほしいですね。
──現在、音楽メディアのメインはCDです。そのCDと比較した上で、ハイレゾの未来をどう考えますか?
奥田:
CDという、容量が1ギガも行かないものが、今これだけ普及してしまってるわけですよね。で、次どうするんだという状況にあるんだと思うんですけど……CDというのは途中のものだと僕は思っているんです。暫定のものというか。アナログ盤とは違って、例えば50年後に、「ああ、やっぱりCDの音って良かったな」と言うってことはあんまり考えられないじゃないですか。だからこのハイレゾのような、「次の段階」へ進んでもいいころじゃないかと思いますよね。
──音楽の作り手としてもそうだということですね?
奥田:
いや、実は作り手としては、CDで十分と言えば十分なんです。容量から見れば。特に僕がやっている音楽は、
周波数の上も下もそんなにないわけですよ。オーケストラが入っているわけじゃないし、僕の声自体だって限られているし。だからぶっちゃけて言うと、半分ぐらいしか容量使ってない気がします(笑)。でもね、大容量の中で真ん中だけ使うのと、いっぱいいっぱいの中の真ん中を使うのとは違うんですよね。やっぱり作っていて、そういう余裕は欲しいと思いますよね。
──そういう意味でも、ハイレゾには大きな可能性を感じるということでしょうか?
奥田:
もちろんです。こういうのは、一部の人が「俺のは音がいいんだ」っていうものであってはいけないと思うんですよ。みんながこれになってこそ意味があるんで。ぜひ広く普及させてほしいですね。