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「私説・大磯百景 撮影録」
二月

先月の続きのような話をします。人にはそれぞれ性癖というものがありますね。その人らしさと言い換えても良いですが、「気が小さい」とか「優しい」とか「涙もろい」とか、はたまた「まがったことが嫌い」とか「元気がいい」とか「気が強い」とか。。それは誰にもあるものですが、しかし一般的な社会生活においては、それをあんまり表に出さないようにして人は暮らしている。赤ん坊や小さな子供の頃は性癖を丸出しにして生きていますが、それはいけないことだと習ったり、自分で恥をかいたりして学んでいき、大人になる頃には、人前で性癖を丸出しにしないようになる。つまり、自分を出さずにみんなに溶け込み、社会の部品となっていく。これは家庭内においても同じ。人と暮らすということはそういうことですね。

さて、長い間そうやって暮らして、定年を迎えた頃、何か趣味を持たなくちゃということで、カメラを始める。すると今までの長い社会的生活で、自分を隠して行動するというやり方がものすごく自然に身についてしまっていることに気づきます。写真は創作ですから、性癖(その人らしさ)が出ていなくてはいけない。誰か他人が撮った写真にいくら感動しても、その人じゃないのに同じ写真を真似して撮ってもしょうがない。今では霞の向こうに隠れてしまった、自分はどういう人かということを、もう一度よく思い出して、子供の時のようになって写真しなくては、カメラを持った甲斐がない。

これは若い人でも同じです。SNSで「いいね」がたくさんもらえても、コンテストで入賞を続けても、それが自分らしいものでなかったら、早晩つまらなくなってしまう。褒められることを優先してはいけない。自分が出ていないものは発表してはいけない。若くして自分を隠していては創作とは言えないものができてしまう。写真を発表するときは、対社会ですから大人らしくしてもいいですが、カメラに対しては遠慮なく自分を出せるように訓練しましょう。極端な話、カメラを始めて最初に習わなくてはいけないのは、露出や構図などではなく、この自分を出すという意識の持ち方、なのじゃあないかと思うのです。

人の真似をしてはいけない、というのじゃあありません。あらゆる創作は真似から始まると言えるくらいですから。しかし、その真似をした上に、自分ならここはこうする、このやり方にはまだ先があるはずだ、という強い意識を持って、真似を、というより、真似から飛び上がっていくようにしてほしいと思うわけであります。

「山王町・魚金の前」

大磯駅を東に下り、少し歩くと山王町の旧東海道筋に、町の魚屋さん「魚金」がある。冬晴れの午後、一風変わった魚が店先に箱に入って置いてあった。やっと歩くようになったくらいの子供がお母さんと一緒に、その箱を覗き込んでいる。 「お散歩の帰りですか?面白い魚ダネ〜。」「ええ、毎日ここを通るんです。」「写真撮らせてね〜。おじさん、大磯のみんなを撮ってるんだ。」「え〜っ、光栄です。^^」。都会と違ってこういう時、田舎では話はしやすい。写真を何枚か撮って立ち上がったら、店のご主人が「それはトウジというんだよ。もういいかい。日が当たってるから早くしまわないと」と言って急いで中に持って行った。そうか、漁港から届いたばかりだったんだ。写真撮るのを待っててくれたんだな。申し訳ない。写真を撮るのは、いつも申し訳ない事だらけだ。

α7R Elmarit-M 21mm 1/160 sec F8 ISO 200

「西小磯・冬の畑に咲く」

西小磯の広い畑は、調整地と言って住宅用に売ってはいけない土地なのだそうだ。畑にうずくまって作物の手入れをしているおばあさんに聞くと、売れれば楽になるのにと笑ったが、畑仕事は大好きなのだそうだ。収穫が遅れて開いてしまった野菜が枯れかけている。年寄りたちには手が回らないのかもしれない。しかし申し訳ないが、とてもステキな造形のような気がして、しばらく畔にしゃがみ込んで見とれてしまった。向こうを東海道線がいく。電車に乗っていれば、いつもあっという間に過ぎ去っていく畑たち。そこに立っている不思議さ。

α7R FE 24-70mm F4 ZA OSS 1/100sec F5 ISO 200

「西小磯・一日の終わり」

やはり西小磯の東海道線沿いの広い畑で。日暮れが迫り、まだ働いているおじいさんを、おばあさんが呼びに来た。電車の音で声は聞こえないが、「もう終わりにしてください」とでも言ったのだろう。しかしおじいさんは仕事をやめない。おばあさんは少し体を傾けて、なお覗き込むようにおじいさんの後ろ姿を見ている。夕方は電車の本数が多い。なにか言おうにもすぐまた電車が通り過ぎる。いつまでこの後ろ姿は元気に働くのだろう。いや今日だけの話ではなくて、いつまで。。いつかこの後ろ姿を懐かしく思い出す日が来るだろうが、今は、早く夕ご飯に帰ってきてくれるといいですね。

α7R FE 24-70mm F4 ZA OSS 1/30sec F4 ISO 400

「夕暮れの大磯駅」

大磯駅は、東海道線が東京駅を出て西に向かい、初めての木造平屋建ての駅。ここまではみんな駅は都会のビルだ。冷たくキンと晴れ上がった冬晴れの夕刻。日が沈むとさっきまで雲一つなく真っ青で夕焼けにならなかった空が、逆に茜色に染まってきた。駅に日がともる。西へ向かう列車がホームに入ってくる。学生さんや会社員を乗せて。大磯は小さな駅なので降りる人はそんなに多くない。駅前も閑散としている。ただ駅の建物が四角く、MCエッシャーのだまし絵のように、薄暗がりに重なっている。

α7R FE 24-70mm F4 ZA OSS 1/25sec F4 ISO 800

「糸月」

今月も、最後は造形写真で。。西に日が沈んで、それを追いかけるように細い三日月が青く泥む空と、茜色の空の狭間に浮かぶ。写真の下の方にある黒いものは、小さな雲です。これは城山(じょうやま)の山頂から箱根の方を見ていた時に気付いた造形。なんか絵画のようになったけれど、これも写真の楽しみです。

α7R 70-200mm F2.8 G 1/100sec F2.8 ISO200

では今月はこれで終わり。また来月お会いしましょう。

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