ラインアレイスピーカー
『SLS-1A』開発者インタビュー
第1回開発の背景と音質へのこだわり
画音一体のソリューションを
BtoB領域でも提供するために
まず、ラインアレイスピーカーとはどのような特長をもつスピーカーか解説をお願いします。
岩田:通常のスピーカーは点音源といって、1つの点から垂直方向、水平方向に球面状に音波が拡散するため、天井や床、室内の壁やガラスに反射して音の歪みやハウリングが発生しやすくなります。一方、線音源であるラインアレイスピーカーは、聞く人に対してまっすぐ円筒状に音波が放射されるため、周囲への反射を抑え明瞭なままの音を届けられるという特長があります。また、通常のスピーカーは、スピーカーから1m離れるごとに6dBずつ音が減衰するのに対して、ラインアレイスピーカーは3dBずつと半分しか音圧を減らさずに遠くまで音を伝えられるので、たとえば企業のエントランスやショールーム、講堂やホールといった広い空間での使用に適しています。通常のスピーカーは壁や天井からの反射の影響を受けやすいのに対し、ラインアレイスピーカーは正面から音を届けることが可能
通常はスピーカーから離れるほど音は小さくなるが、ラインアレイスピーカーは距離による音の減衰が少ない
ソニー株式会社
HES事業本部 HES商品企画部門
岩田 比呂志(商品企画)
今回、ラインアレイスピーカーを開発した狙いについて教えてください。
岩田:ソニーでは以前より業務用ブラビアやCrystal LED、データプロジェクターなど、法人向けのさまざまな大画面ディスプレイを手掛けてきましたが、それらを設置する大規模な施設に対応するサウンドソリューションがありませんでした。そこで、そうした広い施設でも高音質を届けられるスピーカーシステムを新たに構築することで、大画面ディスプレイと組み合わせた“画音一体”のソリューションを、コンスーマーだけでなくビジネス環境でも提供したいと考えたところから、今回の開発プロジェクトはスタートしました。革新的なスピーカーユニットの開発と
計算され尽くしたレイアウトで
さらなる高音質を追求
ソニー株式会社
HES事業本部 音響設計部門
田上 隆久(スピーカーユニット開発)
『SLS-1A』のスピーカーユニットには独自の平面振動板を採用しているということですが、それはどのようなものでしょうか。
田上:まず、複数のスピーカーを用いて空間に1つの音の波面をつくり出すことを「波面合成」と呼んでいます。一般的なスピーカーの振動板は凹凸形状をしているんですが、この構造だと複数並べたときに音の波面がきれいに合成できず、指向性に乱れが生じてしまうんです。その課題を解決するべく形状や素材から見直すなど試行錯誤を重ねた結果、完全にフラットな振動板はどうだろうという考えに行きつきました。これだと互いの音波が干渉し合わず、歪みの少ない理想的な音源を提供できますので、狙い通りの音が出たときは本当にうれしかったですね。この形状で特許も取得しています。音波干渉による音の歪みを抑え理想的な音源を提供する平面振動板
その平面振動板を磁性流体で支える構造を採用したことにはどのような効果があるのでしょうか。
田上:一般的なスピーカーは振動板の駆動源であるボイスコイルを機械的なダンパーで支えていますが、このダンパー自体がノイズの一因となっていました。SLS-1Aではダンパーを使用せず、磁性流体の磁力でボイスコイルを支える「磁性流体サスペンション構造」を採用しています。そうすることで機械的な抵抗を抑え、より伸びのあるクリアなサウンドが可能になりました。ダンパーレス構造が伸びのあるクリアな高音質を実現
スピーカーの距離が等間隔になることで
よりクリアな音を再現
振動板の形状を「矩形(四角)」にしたのはなぜでしょうか。
田上:一般的な円形の振動板を並べると、隣接する振動板の間隔が位置によってバラバラになるんですよね。そうすると、ここでも音の波面がきれいに合成されないというデメリットがあります。それに対し、振動板を矩形にすると、隣り合う振動板の間隔が均一になるんです。それによってそれぞれの音の干渉が極限まで低減され、より純度の高い音を再現できるようになっています。今回、スピーカーを等間隔でレイアウトしたことにはどのような理由があるのでしょうか。
吉岡:SLS-1Aでは1つのモジュールの中に8個のスピーカーユニットをわずか48mmという狭いピッチで配置しているんですが、これを2台連結したときも、連結部分で隣接するスピーカー同士の間隔が48mmになるよう設計しています。これが非常に大切なポイントで、この間隔が少しでもズレると高精度な指向性が出せなくなってしまうんです。2台、3台とつないでも内部のスピーカーがすべて等間隔になることで、まるで1つのスピーカーであるかのような、まとまりのある音と指向性制御を実現しています。連結してもスピーカーの間隔が変わらないレイアウト
どこの位置で聞いても明瞭な音が均一に届く、
クオリティーの高い視聴体験を提供したい
ソニー株式会社
HES事業本部 音響設計部門
吉岡 宙士(音響設計)
96kHzの高精細ビームコントロールとはどのようなものでしょうか。
吉岡:スピーカーユニット1つ1つを個別に制御することができる、96kHzサンプリングレートのDSP(デジタルシグナルプロセッサー)を内蔵しています。広い施設の中で、聞く場所が変わっても同じ音が聞こえるためにどのような制御をやっているかというと、それぞれのスピーカユニットをデジタル信号処理で電気的にずらして配置し直すことで、指向性を変化させているようなイメージなんですね。このずらすときに96kHzの細かさで制御することで波面がガタガタすることなく、より緻密な精度でなめらかに音を飛ばすことができるようになるんです。それによって、座席が階段状に設置された会場などでも、どの席から聞いても均一に音を届けられます。たとえば公演やライブだとしたら、やっぱり来場者全員が同じ音の体験を共有できるようにしたいじゃないですか。そのために何度も試聴を重ねて、最終的にこの仕様を採用しています。SLS-1AはFIRフィルターに対応しているとのことですが、どのようなメリットがあるのでしょうか。
吉岡:今回FIRフィルターを採用したのは、より高精度なビームコントロールを実現するためです。先ほど説明した信号処理でずらしているというのは、要するに各スピーカーユニットに個別のディレイをかけるイメージなんですが、単純なディレイだと全周波数にわたって一律の時間差なので、周波数によって指向性の乱れなどが生まれてしまいます。そうしたときにFIRフィルターを使用すると、それぞれの周波数に合わせた最適な値での時間調整ができるようになるんです。つまり、指向性を制御する際に、周波数ごとの乱れをより緻密に補正することが可能になります。壁や窓ガラスに音が反射すると、音が濁ってしまうんですよね。そうならないように、スピーカーから出た音を聞く人の方向だけに届くように制御したりすることもできます。
岩田:このFIRフィルターと96kHzサンプリングレートのDSPのおかげで、狙ったところにより確実に音を届けられるようになりましたね。たとえば企業のエントランスなどで、ディスプレイの前にいる人だけに音を届けて、受付など音を届けたくないエリアに音を極力届けないといった制御の精度も大幅に向上しています。その音の境界がはっきりわかるくらい高い精度を実現できました。
「センター面内定位」とはどのような機能でしょうか。
吉岡:大画面のブラビアやデータプロジェクター、Crystal LEDの画面を上下に挟むようにSLS-1Aを横向きに設置することで、ファントム(仮想音源)スピーカーを生成できます。これにより画面内のセンターに音を定位させることで、スクリーンの後ろにスピーカーが設置されている映画館と同じように、まるで画面の中央から音が出ているかのような映像と音が一体となった視聴体験を提供することが可能になります。やはり大画面の真ん中から音が聞こえると、臨場感や没入感が違いますね。そういう質の高い視聴体験を提供したいという思いは、開発初期の段階から持ち続けていました。ソニー株式会社
HES事業本部 音響設計部門
高松 睦(プロジェクトリーダー)
今回、SLS-1Aを商品化するにあたって難しかった点はどのようなところでしょうか。
高松:商品化にあたり、設置業者の方に見ていただき徹底したヒアリングを行いました。音質や使い勝手などについてさまざまな貴重なご意見をいただき、それをフィードバックとして反映しています。設計途中での仕様変更なので日程調整には苦労しましたが、おかげで素晴らしい商品となったと思います。また、SLS-1Aは新しいコンセプトの商品で、今まで接する機会のなかったさまざまな部署の方々に協力をいただき商品化しています。これは私自身にとっても大きなチャレンジと成長の機会となりました。最後に読者に向けてメッセージをお願いします。
SLS-1A