その道の先人の声に真摯に耳を傾け、
期待に応えるパフォーマンスへ
「Airpeak S1」では、ソニーとして全く未経験の領域から、期待に応える完成度の高い商品作りを実現するため、「共創活動」という新しいものづくりに挑戦。空撮ドローンの世界で活躍するクリエイターをはじめ、多くのプロフェッショナルの声を商品に反映しました。その道のりと成果について、開発に携わったメンバーたちが語ります。
前田本プロジェクトでは、当初から、開発中のAirpeakを実際のユーザーにご体験いただいて、そのフィードバックを元に商品をより良く改善していこうと考えていました。
そういったユーザーと共に、商品を創り上げていく活動を私たちは共創活動と呼び、さまざまなイベントなどで皆さま触っていただいて、細かな改善を積み上げていくという活動を行っています。
ホームページ上でも”プロフェッショナルサポーター(以下、サポーター)”といった形でご協力いただける方々を募集しています。
https://www.sony.jp/airpeak/brand/#recruitment
前田商品化プロセスの中で大きく2つに分けることができます。まず最初に、Airpeakのコンセプトを模索するための活動、次に、開発中の商品を触ってもらう中で細かい機能まで含めて商品仕様を追い込むための活動です。実際に現場でドローンを活用し業務をしている方にお話しを伺うという部分では共通しているのですが、一つ目は、サポーターの業務に立ち合い観察し、お話を伺うことで彼らのワークフローを理解することに主眼を置いています。一方で二つ目の活動は、特定の方に対して、機能としてどうあるべきかを迷った際にひざ詰めでお話を伺ったり、体験会という形でイベントを実施し、複数名の方に機体を飛ばしていただきながらあるべき仕様を固めていきました。どちらも、サポーターが求めていることは何かをしっかりと伺い、汲み取った上で商品に落とし込んでいくという作業を“共創”という形で実施することで、ユーザーオリエンテッドな商品に仕上げていくことが可能であると考えています。
前田商品像を固めるために必要な意見であったと捉えていますが、ソニーがその技術を最大限活用してドローンを開発するのであれば、どのようなドローンが望まれるのか。つまり、これまでの開発ストーリーでもお話してきたようなソニー製ドローンの特長となる部分を固めるために必要な意見をいただき、開発にフィードバックしていきました。なお、当時はソニーがドローンを開発する、ということを明かさずにお話を伺っていましたので、欲しい情報を聞き出すのがなかなか大変だったと記憶しています。極秘で進めていましたので。
前田2021年1月のお披露目に先駆けて、2020年12月にオーストリアのグラーツで行われたソニーの電気自動車「VISION-S」の走行試験現場に「Airpeak S1」を持ち込み*、プロモーションビデオ撮影に使用しました。ここで初めて、映像制作のプロが実際の作品作りに「Airpeak S1」を使った感想をヒアリングしています。
開発中の試作機の飛行に関しては現地の法令に則って運用しています
前田そうですね(笑)。「VISION-S」をお披露目する映像はAirpeakで空撮したい!という強いチームの意思があり、それに向かって開発陣が必死に間に合わせました。またそれ以外にも、2021年5月に発売されたフルサイズミラーレス一眼カメラα™ (Alpha™)向けの超広角レンズ「FE 14mm F1.8 GM」のための動画撮影も「Airpeak S1」で撮影しています。これは、商品発表前の3月に沖縄県の西表島で撮影しました。
前田当時の「Airpeak S1」はまだ試作段階であり、更に完成度を高める必要があったのですが、そういう状況だからこそ、いろいろな環境に持ち込み、実際の撮影環境にて評価する必要があると考えていました。たとえば「VISION-S」の撮影をしたオーストリアのグラーツはマイナス10度という非常に厳しい環境だったんですよ。
前田グラーツの撮影では、飛行直前まではバッテリーを車内で温めるといった寒冷地での運用をしっかりしながら撮影を進めていきました。
前田ドローンパイロットはヨーロッパで活躍する方にお願いしました。もちろん機体を操縦するのは初めてでしたが、数回飛行させただけで機体の性能や癖を把握されていました。それで本番は車にギリギリまで近づいて飛行するなど、これぞプロというものを見せていただきました。そして本当にいろいろなご指摘、ご意見をいただきました。たとえば、彼らがこれまで使っていたドローンと比べて低空飛行時の安定性が優れていることについてはかなり高くご評価いただきました。
前田はい。この際、それで満足せず、特長をさらに伸ばしていくにはどうすれば良いのかを突き詰めていき、当時よりもさらに完成度を高めています。
そのほか、飛行、ホバリングの安定性やジンバルの滑らかさなども細かく指摘をいただいた部分です。当然、まだ試作機ですから機能的な不備も多く、それらをリモート会議システムで繋いだ東京のチームとやり取りしながら調整していきました。大変ではありましたが、同時にとても大きな財産になったと思っています。
宅間そうですね。まず事前確認中に、ジンバルの動きが低速でガクガクするという指摘がドローンパイロットからありました。当時の設計では細かい制御を正確に伝えきれない問題があったのですが、設計者内の事前確認ではそこまで気づけていませんでした。撮影に関わる重要な指摘だったため、日本で別の飛行実験中だったメンバーが急遽会社に呼び戻されてその日のうちに改善を図りました。そして現地にファームウェアを送って書き換えてもらい、満足いただける操作性でなんとか撮影に臨むことができました。現在のソフトウェアもこのときの改善を入れたものをベースにしています。
グラーツでの撮影中は、東京側はリモートでライブ中継をして不測の事態に備えていました。もちろん時差があるので深夜作業です(笑)。現地の不具合を即座に解析し、翌日の撮影までに改善提案をすることも何度かあり、気づいたら朝になっていました。個人的に一番印象に残っているのは、深い霧の中に突っ込んだときに動作が不安定になったことですね。我々は主に首都圏で開発を行っていたため、そうした過酷な自然環境については経験が不足していました。もちろん、ある程度は想定した設計をしていたのですが、足りない部分がわかった瞬間でした。
宅間はい。その後、きちんと改善を施し、後に実施した富士山での撮影では霧の中に突っ込んでも安定して撮影を続けられることを確認しています。なお、少しだけ言い訳させていただきますと、グラーツでの撮影時点の試作機はまだビジョンセンサーが調整中で、赤外線測距センサーだけで周囲の障害物などを把握させていました。ですので、グラーツでのトラブルがそもそも悪い条件下での出来事ではありました。
前田撮影したのは4〜5月なのですが、我々の想いや「Airpeak S1」の商品力をきちんと伝えられるような映像になるように、撮影内容を組み立てていきました。
具体的にはGNSS信号を受信しにくいトンネルの中を飛んでいくシーンや、強い風を受けている風車の周り、周囲を背の高い竹にぐるりと囲まれた竹林のシーンなどですね。こういったシーンでも「Airpeak S1」ならしっかり飛行できる性能の高さを伝えることができたと思っています。
前田もちろんたくさんあるのですが、この時点になるとさすがに細かい修正がほとんどです。ここまでで積み上げてきたことがきちんと実現できているかを確認し、問題のあった部分を発売までにどうリカバリーしていくかというフェーズでしたね。
三澤ただ、私が担当したメインジンバルのプリセット設定などはこのタイミングからのスタートでした。搭載できる一眼カメラαとレンズが豊富にあることが売りなのですが、一方でその組み合わせごとの細かなジンバルのチューニングは実はそれまでお客様の方でやっていただくことを想定していました。ですが、完成に近付いた「Airpeak S1」での撮影を進めていくうちに、やはり一定のプリセットは用意しておくべきだろうということになったのです。こちらについては後ほど詳しくお話しさせていただきますね。
前田2020年末の開発発表後、ホームページ上でプロフェッショナルサポーターの募集をさせていただきました。既にドローンを活用してお客様に商品やサービスを提供している方を対象に、共創活動への協力を呼びかけたのです。そして、実際に7月から9月まで1か月に1回くらいの頻度で体験会を行い、「Airpeak S1」を飛ばしていただいた感想をお伺いしたり、逆に我々が疑問に感じている部分をぶつけて、改善のためのアドバイスをいただいたりといったことをやっています。ちなみに体験会は発売後も定期的に続けております。
前田ありがたいことにいろいろな業界のプロの方々にご参加いただいています。空撮をされている方はもちろん、点検とか測量といった業務で使われている方、趣味だと謙遜されますがプロ級の方……幅広いサポーターの皆さまにご協力いただきました。
宅間フライトコントローラーとはドローンの飛行を制御する一連のモジュールのことです。「Airpeak S1」は自分の位置や姿勢などを把握するためのセンサーをたくさん積んでいるので、そこから取得した情報に基づいてモーターの出力を調整し、機体を安定飛行させるのが主たる役割です。
宅間フライトコントローラーに限らず、「Airpeak S1」の開発ではコンピューター上でのシミュレーションと実機での確認を交互に繰り返していくことで改善を図っています。フライトコントローラーについてはシミュレーター上で動かしている時間の方が長いくらいですね。そこでさまざまなケースを想定して作り込んで、はじめて実機を飛ばすという流れです。
ただ、充分に作り込んでいても、実機で飛ばすと、シミュレーターではわからなかったような問題がいろいろ見つかります。その飛行ログ(記録)は開発において非常に重要な財産です。特に、何かトラブルが起きたときのログはごちそうですね(笑)。「Airpeak S1」の開発においては、過去数年分の飛行ログを全てため込んでいて、フライトコントローラーの改善以外にもさまざまな目的で活用しています。また、シミュレーター自体もどんどんアップデートしていき、より正確な結果が得られるようにしています。
宅間トラブルが起きたときのログを、シミュレーター上の改良したアルゴリズムを搭載したフライトコントローラーに入力して、今度はきちんと動作するかを確認したりといった使い方をします。
宅間センサーの微妙な誤差やエラー、想定していなかった自然環境によるものなどですね。こうしたものは、いろいろな環境で、いろいろな飛ばし方をして見つかることが多く、プロのドローンパイロットに触っていただいて初めて露見したというものも少なくありません。共創活動で得られたものは多かったと思っています。
宅間さきほどお話ししたグラーツでの霧の話もそうですが、一般にセンサーにはそれぞれ得手不得手があって、「Airpeak S1」に搭載されている数々のセンサーも同様です。たとえば建物の中や深い森の中ではGNSSの位置情報が受信できませんし、暗い場所ではビジョンセンサーが使えないといった具合です。そこでフライトコントローラーでは、その時に使えるセンサーを最大限活用して飛行を安定させるということをやっているのですが、これらの活動を通じて、たくさんのエラーのパターンを得ることができました。
西表島の例で言うと、海岸から海の方向にドローンを飛ばした際、周囲全方向に空と海以外何もなくなったことでビジョンセンサーの精度が落ち、飛行が不安定になるということがありました。そこでその時のログを基にフライトコントローラーに改良を施し、そういう環境ではビジョンセンサー以外の情報の重要度を上げることで飛行の安定性を維持できるようにしています。
一方で、サポーターの方から良い評価をいただけた点も参考になりました。例えば空中で静止するホバリング時の安定性は、これまでのインタビューでも語られてきた推進システム、飛行制御やビジョンセンシング技術の積み重ねによって実現しているものなのですが、それがユーザーにとってどれだけ役立つものかは興味があるところでした。 西表島のロケでは、風の強い海岸でカメラ調整などのため空中で待機している際の安心感や、狭いマングローブ林の奥から飛び出すための微調整中、非常に安定していてやりやすいなど、何度も評価をいただけて嬉しかったです。実際に現場で安定性の重要性を再認識し、その後もさまざまなケースで活かせるように改善を図っています。
そのほか、インタビューの第1回目でも触れられている横風の中での飛行安定性なども、西表島でのフィードバックが大きく貢献しています。
前田西表島での撮影ではドローン・トゥ・ドローンと呼ばれる、飛行中のドローンを併走したドローンで撮影するカットを多用しているのですが、その時の苦労も後日、高機能化に繋がっていますね。
宅間こうした撮影をするには、撮影するドローンをもう一台のドローンと全く同じ速度で飛ばさないといけない難しさがあるのですが、海の近くで強い風も吹いている中だったもので、熟練のパイロットでも何度も失敗していました。そこで「Airpeak S1」では、このときの経験を踏まえて、「最高速度設定」という機能を追加し、スティックを最大に倒した時の速度が設定した数値にキープされるようにしています。向かい風でも自動で出力を調整して速度を揃えてくれるため、スティックで微妙な速度調整をすることなく、2台のドローンを併走させることができ、次の撮影ではとても喜ばれました。
宅間ちなみに最高速度設定は、各種撮影設定をまとめて切り換えられる「フライトモード」ごとに数値を個別に設定できるのですが、この仕組みを応用することで、送信機からフライトモードを切り換えた瞬間に最高速度設定が変更され、「Airpeak S1」が一気に加速していくという撮影法も編み出され、6月に公開されたプロモーションビデオの風車の映像で使われています。
前田なお、こうした活動を通じた新機能の実現にあたっては、特にサポーターの皆さまから具体的に「こういう機能がほしい」と言われたわけではありません。ヒアリングしていく中でなんとなく見えてきた課題のようなものから、こうすれば喜んでいただけるのではないかという仮説を立てて、それを機能にしていくというかたちで作り込んでいっているんです。
腰前モバイルアプリの「Airpeak Flight」は、機体や送信機などのハードウェアと連携して使っていただくアプリケーションであるため、まずは「Airpeak S1」というシステム全体でどういったUI/UXを提供するべきかを考えました。 その上で、その一部であるモバイルアプリとして、どういったUI/UXを提供するとクリエイターの皆さまの映像制作を最大限に支援できるか、というところを考えました。ただし、我々はプロではありませんから、まずは国内外のサポーターに対してヒアリングを行い、自分たちなりに考えたアイデアの検証やニーズの観測などを行い、どういった体験を作って行くべきか、具体的にそれをどうかたちにしていくかというところを突き詰めています。
腰前まず操作性の点からお話ししていくと、今回ヒアリングさせていただいた海外のクリエイターは、作品作りのために標高の高い雪山など、すごい場所に行ったりしているんですよね。そういう場所では当然手袋をしているわけですから、モバイルアプリの狭い画面にいろいろな機能を詰め込んでしまうと使えなくなってしまいます。
腰前ほかにも海上の揺れるボートの上で操作しているなんてクリエイターもいましたね。そうしたタッチが使えない、使いにくい環境でもドローンを操作するには、送信機でより多くの操作ができたほうが良いわけです。そこで、送信機の限られたボタンになるべく利用頻度の高い機能を割り当てるべく、彼らにとってどの機能が重要なのかを聞き出して割り当てるということをやっています。
腰前撮影機能周りで言うと、カメラの絞りとISOとシャッタースピードです。これらについては送信機からでも操作できるようにしています。モバイルアプリでは利用頻度の高い機能をフライト画面上に配置していますが、カメラ以外のところでは、飛行の安全性に直結するバッテリー状態を詳細に確認したいという声が多かったので、フライト画面上のバッテリーのアイコンをタップすると詳しいバッテリー情報が表示されるようにしました。これについては、それまで検討していなかった機能だったので、要望をいただけて良かったところですね。なお、バッテリー表示周りは他にもさまざまなリクエストをいただいていて、飛行中じっくりモバイルアプリの画面を見ている余裕のない時でも残量などを把握できるよう、当初よりも大きく見やすく表示するといった改善などもしています。
腰前そうですね。実際にお話を聞いてみると、自分が思っていたよりもいろいろな使い方をする人が多くて驚きました。送信機の持ち方にしても、スティックを2本指でつまむユーロスタイルで持つ方が結構いらっしゃるんですよね。スタンドに固定して操作するという人もいました。ただ、ユーロスタイルにせよ、スタンド置きにせよ、送信機背面のボタンを押せませんから、そこに重要な機能をアサインするのが難しくなってしまいます。そういうことも考えながら、なるべく多くの人が快適に操作できるような機能配置を考えました。
腰前大きなところでは、送信機に搭載されるボタンの数が増えました。ヒアリングの結果、必要な機能の数が思ったよりも多くて、当初予定していたボタン数ではまかなえないことがはっきりしたためです。この対応は主にハードウェアのチームで行っているのですが、ソフトウェアとしても、カスタムボタンの2回押し操作に機能を割り当てられるようにするなど、なるべく多くの操作に機能を割り当てられるようにし、カスタマイズの自由度を高めました。最終的には12種類の操作にユーザーそれぞれがよく使う機能をアサインできるようにしており、体験会でもとても好評をいただいています。
腰前撮影や操縦に集中していただくためには、迷わないというところが重要になってきます。そこで、送信機の設計チームと相談し、左側に主に飛行系の機能を割り当て、右側に撮影系の機能を割り当てるようにしています。フライトモードスイッチを左側に、先ほどお話しした絞りなどを操作できるダイヤルを右側にといった感じですね。そして、送信機の上部に配置されるモバイルアプリのUIもそれに合わせて、飛行系の表示やボタンを左側に、撮影周りの表示やボタンを右側に置くといった工夫をしています。
撮影周りの表示については、サポーターからのフィードバックを受けて、録画の表示を改善しています。録画を開始したつもりが、飛行後に確認すると実は撮れていなかったという悲劇が少なからずあるようなんですね(苦笑)。そこで、当初のデザインでは録画ボタンの赤い丸が、録画中は四角くなるという程度の違いしかなかったのですが、最終的には一目で録画中だと分かるよう、デザインを変更しています。
腰前そのほか、カメラのフォーカス位置をより分かりやすくしたり、αのタッチフォーカス機能に対応するなど、細かなUI改善はそれこそ山のようにやっています。ダイヤルを1段階動かすとどれくらいカメラの設定値を変化させるのか、みたいなところも試作段階でいろいろなバリエーションを作って、実際にサポーターの方に試していただくことでベストなかたちに落とし込んでいっているんですよ。
腰前はい。利用シーンを伺っていた中で、プロのクリエイターの方は緊迫感のある現場において、限られた時間のなかで撮影をされていると感じました。そのため、なるべく現場でのワークフローを省力化させたいと考えました。
冒頭でジンバルのプリセットについて話が出ましたが、撮影に利用するレンズを選択することで、機体に装着されているカメラとレンズに最適になるように自動でジンバルの設定を行う機能を搭載しています。これには、三澤さんが作成したカメラとレンズのプリセットのデータを利用しています。
また、実際に現場で行うワークフローの1つに、撮影前のセンサーキャリブレーションがあるのですが、機体のLEDやサウンドを利用してキャリブレーションの手順や進捗がわかるようにすることで、わかりやすく簡単に実施できるようにしました。これまでは、アプリ画面に表示されている指示に従って機体を動かす、といったものが多かったと思うのですが、アプリの画面を見ながら大きな機体を動かして、というのは大変ですよね。機体や送信機も含めたシステム全体でのUI/UXを考えた、とお話しましたが、このようにアプリ画面のUIだけではなく、機体や送信機のLEDやサウンドなども含めてUI設計を行い、より使いやすくなるように工夫を行っています。特にキャリブレーションは撮影前の余裕がない時間帯にやらねばらないことなので、ここを少しでも効率化して、オペレーターが撮影の準備に集中できるようにしたいという思いがありました。
腰前すでに「Airpeak S1」をお使いの方はご存じのように、モバイルアプリはすでに数度のアップデートを行っています。発売当初は基本的なところをまず提供させていただいたのですが、ほかにもやりたいことはたくさんありますし、お客様からもたくさんのフィードバックをいただいているので、それらを追加・反映する形でどんどん進化させていっています。
https://www.sony.jp/airpeak/update/products.html
これまでも飛行制限空域の情報を詳細に見られるようにするなどの機能追加も行なっていますが、今後はさらに使い勝手が向上するような進化をさせていきたいと思っているのでご期待ください。
三澤はい。まず、順を追って説明していきますと、今回、「Airpeak S1」ではメインジンバル部分について、すでに一眼カメラα対応ジンバルとして実績のあるGremsy社製のものを採用しています。ただ、市販のものをそのまま装着したのではなく、不要な機能を削除しカメラとジンバルの接合部分のケーブルをシンプルにするなどインターフェースをカスタム化した、「Airpeak S1」専用のものを同社から提供していただいています。
三澤その通りです。ただ、「Airpeak S1」で性能を発揮できるようにチューニングする必要がありました。設定すべきパラメータはカメラとレンズの組み合わせごとに10ほどもあったのですが、それらをトライ&エラーを何度も繰り返すことで各パラメータと撮影できる映像の因果関係を見極め、映像を安定して撮影できる設定を追い込んでいます。
三澤本体とカメラにIMU(慣性計測装置)を貼り付けて、毎週のように飛行実験に臨み、そのデータを分析するという日々が続きましたね。やってみて分かったのは、機体からプロペラの回転周波数とその倍の周波数の振動が伝わるということ。また、「Airpeak S1」の高い運動性能ゆえに、急発進や急制動時に大きな衝撃が発生するということでした。
三澤振動問題については、メカ設計担当者にお願いして、機体の剛性を高め、プロペラ動作時に発生する周波数帯で機体やアームに共振が起きないように変更しました。もちろん、簡単なことではなく、何度もシミュレーションと実際の空撮を繰り返して、弱い部分を特定し構造や素材を見直すことでやっと実現することができました。実際に「Airpeak S1」に触る機会があった時は、ぜひプロペラを支える4本のアームに触れてみてください。極めて剛性高く接合されていることがわかっていただけると思います。
そしてもう1つ、急発進・急制動時の衝撃への対策については、ジンバルの制御パラメータを追い込んでいくことで解決しています。ただ、このパラメータは搭載するカメラとレンズの組み合わせによって変わってしまいます。全ての組み合わせで最適値を見つけるには膨大な時間が必要となり、当時は到底、発売日までには終わらないと目の前が真っ暗になったのですが、本体のモーターなどの開発を担当した宮田(インタビュー第1回 推進デバイス編に登場)が効率的に探索できるアルゴリズムを開発してくれたため、飛躍的にパラメータ探索の時間は短くなり、何とか発売日までに間に合わせることができました。
三澤そうですね。カメラ本体は対応する中で最軽量の「α7C」と最重量の「α1」で数百グラムの違いがありますし、装着するレンズによっては倍近くにまで差が開きます。その重量幅と慣性モーメントの違いに対応する必要があるので、宮田のアルゴリズムがあったとは言え、本当に大変でした。また、実際にそれで大丈夫なのかは飛ばして確認する必要があります。結局、100種類以上の組み合わせ全てで飛行実験を行いました。非常に大変な作業でしたがメンバーを増員してもらい、皆の協力を得て何とかやり終える事が出来ました。
三澤振動によって映像がひずんでしまう、ローリングシャッターひずみという現象に悩まされました。通常は、被写体が高速に動いたり、早い周期で動く場合にこの現象が発生することがあるのですが、ドローンの場合、プロペラによる振動や向かい風などの外力によってカメラが振動することでもこの現象が発生してしまいます。プロフェッショナルサポーターを招いて行った体験会でも「この現象が発生したら、どんなにきれいな映像が撮れても撮り直しになってしまう」というフィードバックをいただいていました。
三澤当初はこの現象の発生メカニズムの原因を突き止めることに苦心したのですが、カメラ開発チームに協力頂いてセンサー等の情報から発生原理を精度よく把握するとともに、開発メンバーがシャッタースピードや録画フレームレートなどの撮影状況と振動周波数からシミュレーションで映像を作り、ローリングシャッター歪みの発生との関係を明らかにしてくれました。その結果、原理的に弱い振動周波数が判明し、その周波数帯への対策をメカチームと協力して行う事に非常に役に立ちました。
そして、それともう1つ、体験会での声を基に改良を施したのがコントローラーのスティック操作にまつわる部分です。多くの方々から「ジンバルはスムーズさが重要。いきなり動かない、いきなり止まらない。とにかく滑らかに動かしたい」というフィードバックをいただいていました。そこで理想通りの操作感を実現するべく、スティック操作の制御方式を大きく変更しています。
三澤実は当初、「Airpeak S1」ではジンバルの制御に関して、位置(=角度)をベースとして実装していたのですが、それだとどうしても満足いく滑らかな動作を実現することができませんでした。そこで実験的に速度(=角速度)での制御に切り換えてみたところ、指示する角速度さえしっかり作りこんでやれば、滑らかにジンバルを動かせることがわかったのです。そのため、大きな変更でしたが、ジンバルの制御を位置ベースから、速度ベースに切り換えるとともにスムーズな加減速のアルゴリズムを作りこみました。これによって、特にカクつきやすい駆動域終端での滑らかな減速や、機体旋回時の滑らかな追従などを実現できました。
腰前「Airpeak S1」は映像クリエイターの方をターゲットにした空撮ドローンです。クリエイターの皆さまが創り出した作品には、私自身がコンテンツ消費者として何度も感動させられてきました。今後、「Airpeak S1」や「Airpeak Flight」が皆さまの創作活動の一助となり、撮影された作品を目にする機会が増えていくことを楽しみにしています。また、映像制作分野だけでなく産業分野でも使われるようになり、より良い社会の実現に貢献していくようになればと思っています。そのためにも、今後も共創活動を通して進化を続けていきたいと考えています。
宅間私は「Airpeak S1」の開発最初期から参加していて、この商品との付き合いもかなり長いのですが、それだけに当時の、フラフラした機体を恐る恐る飛ばすような状況からよくぞここまできたものだと感慨深いものがあります。そして実際に世の中にお見せしたときの反響の大きさにも驚き、嬉しく思っています。今後、レベル4の目視外自律飛行などを実現していくためにはこれまで以上の安全性、環境ロバスト性が求められます。簡単な課題ではありませんが、その期待に応え、乗り越えていきたいと考えています。
三澤ソニーはジンバルを商品化していなかったため、経験のないところからのスタートとなり苦労しました。特に、パラメータ調整やすべてのカメラ・レンズの組み合わせ検証は本当に苦労しましたが、αの素晴らしい性能を十分に生かしたいという思いで開発に取り組みました。今後も引き続き対応カメラ・レンズのラインアップを拡充することで映像クリエイターの皆さまの創作活動を支える事に貢献したいと思います。
前田「Airpeak S1」の開発においては共創活動というかたちで本当にたくさんの方々からお力を貸していただき、ようやくここまでたどり着くことができました。ただ、さきほどもお話ししたように、皆さまがソニーに対してさまざまな可能性を感じていただいているので、今後も、その期待に対して応えるだけでなく、それ以上のところを目指して、商品の改善・進化を進めていきます。もちろん、この活動は今後も継続していきますので、どうか、今後も皆さまのご協力を賜れれば幸いです。よろしくお願いいたします。