取材:藤本 健
バランスド・アーマチュア(以下、BA)ドライバーユニットとダイナミックドライバーユニットのハイブリッド型インナーイヤーヘッドホンの後継モデルが誕生した。最上位モデルのXBA-A3、中位モデルながらハイレゾ対応したXBA-A2、そしてエントリーモデルのXBA-A1の3機種だが、全機種ともドライバーユニットはすべて新開発のものに入れ替わり、大きくブラッシュアップしている。その新ドライバーユニットとはどんなもので、前モデルからどう進化したのか、開発の狙いや技術的、デザイン的なポイントについて、開発者に伺ってみた。
2013年9月に発売されたXBA-H3,H2,H1は、BAドライバーのもつ解像度の高いサウンドと、ダイナミックドライバーによる力強さ、ずっしりとした重低音を兼ね備えるインナーイヤーヘッドホンとして多くのユーザーから高い評価をもらった製品だ。中でもXBA-H3はハイレゾ対応ということで、注目を集めたモデルだったのだが、それから1年で後継モデルとなるXBA-A3,A2,A1が誕生した。
一般的に見ても、ずいぶん短いスパンでの新シリーズのように感じられるが、ここにはハイレゾの急速な普及という事情があったのだ。
「この1年の間にハイレゾが幅広い層のユーザーに浸透するとともに、ウォークマンをはじめとするハイレゾ対応機器が急速に揃っていきました。同時に、ソニーグループの音楽ダウンロードサイト、moraのハイレゾ対応など、配信サイト側のハイレゾ化が進みコンテンツ数も急速に増えてきています。ところが、それに対応したヘッドホンのラインアップが少なかったのです。やはり、より多くのお客様にハイレゾ対応ヘッドホンを使っていただく環境を整備するのがソニーの責務。そのためにラインアップを増やしたいという思いがあったことが、今回のXBAの一連の製品を早い時期に出した背景にあるのです」と語るのは、XBA-A3,A2,A1の開発リーダーのビデオ&サウンド事業本部 V&S事業部 サウンド1部MDR設計1課の鈴木貴大氏だ。そのラインアップを増やすという観点から、前シリーズではXBA-H3のみがハイレゾ対応だったのに対し、今回のシリーズではXBA-A3だけでなくA2もハイレゾ対応となっているのだ。
一方で、BAドライバーとダイナミックドライバーを組み合わせたハイブリッド製品としては、XBA-H3,H2,H1がソニーとして初であったこともあり、ユーザーからも様々な要望が上がってきていたのも事実だ。
「音はいいけれど、もっと小さくならないのか、もっと装着しやすくできないのか、という声は多数いただいておりました。もちろんハイブリッドなら大きくていいというものではありませんし、我々としても決して満足していたわけではないのです。やはり常に、さらに良いものを目指しているので、装着性の向上は命題であったのです」(鈴木氏)。
XBA-H3,H2,H1の後継モデルの企画を進めようとしていた中、それとは別に開発を進めていた新型のバランスド・アーマチュアドライバーユニットが完成に近づいていた。これをハイブリッド型に活用することで、高音質化が期待でき、ハイレゾ対応製品を開発するには打ってつけだったのだ。
そもそも、ヘッドホンでのハイレゾとは、どういう意味なのだろうか?
「デジタル的には44.1kHz/16bitのCDより上の96kHz/24bitなどをハイレゾと定義していますが、アナログ機器であるヘッドホンの場合、デジタルのようにスッキリ切り分けられるわけではありません。社内的には40kHz以上の高域が出る機器をハイレゾ対応としています。」(鈴木氏)というとおり、細かな性能チェックを行った上でハイレゾ対応と定義しているのだ。
そこで、新型BAドライバーは、従来と比較して、何がどう変わっているのだろうか?それが分かるのが写真の50倍模型だ。
見るとわかるとおり、最大の違いは、アーマチュアの形状。アーマチュアとは電気信号を振動に変換する部分で、模型では黄色いところを指す。従来品ではU字型に曲がっていたものが、新型では折り返す部分がなくなっている。その結果、従来品では上下の振動の動きが微妙に異なっていたのが、新型では上下対称なものとなっている。これがシンメトリック・アーマチュアというものなのだ。さらにアーマチュアと青い振動板が直接接続されているのも大きなポイント。他社の一般的なBAドライバーユニットでは振動板とアーマチュアをいくつかの部品で接続して振動を伝えているのに対し、ソニーのBAドライバーユニットは振動板自体を90度曲げてアーマチュアと直接接続しているのだ。これをダイレクト・ドライブ構造と呼んでいるが、その結果として、より感度高く、アーマチュアの動きを振動板に伝えられるようになっているのだ。
「この新しいBAドライバーを見て、とにかく今から開発する製品に搭載したいと思いました。ポテンシャルが非常に高かったので、これを使えば良い音にできるという確信がありました。BAドライバー単体としての素性がよくなっているだけでなく、ダイナミックドライバーとの音の繋がりがよくなりそうという予測がついたのです。」と振り返るのは同じMDR設計1課で音響部分を担当する桑原英二氏だ。
もともとBAドライバーの開発も、ダイナミックドライバーとのハイブリッドを一つのターゲットとしていたので、ハイブリッド製品にマッチするのは当然ではあるのだが、そもそも「繋がりがよくなる」とはどういう意味なのだろうか?
「XBA-A3もXBA-A2も、ハイレゾ対応ということから、3つのドライバーを搭載しています。具体的にはダイナミックドライバーと、フルレンジ仕様のBAドライバー、それにトゥイーター仕様のBAドライバーです。このうちダイナミックドライバーは低域重視で使っていますが、中域までしっかり出るため、当然のことながらフルレンジBAドライバーと音域が重なる領域があります。重ならないように設計するのがスピーカー等でとられている通常の手法ですが、今回のシリーズでは重ねる手法を取りました。中域はBAドライバーの音だけでも十分完成度が高いのですが、ダイナミックドライバーの中域も上手く足し合わせることで、音質コントロールの幅が広がります。特に、互いに補う形で音を繋げることで、スムーズな中域、即ちより自然なボーカルを実現します。今回のXBA-A3,A2,A1はその部分の検討に時間をかけ、結果、良い音へと仕立てあげることができました。」と桑原氏。
ちなみに、ダイナミックドライバーユニットの口径は、XBA-A3で16mm、A2は12mm、A1は9mmという仕様。いずれも、今回のシリーズ製品のために新規に開発したドライバーユニットである。音響抵抗や空間の大きさ、接続のための経路などさまざまなパラメータを調整しながら、BAドライバーの特性とダイナミックドライバーの特性を合わせこんでいるのだ。