取材:大橋 伸太郎
より深くスピード感のある重低音、伸びのある高域、艶やかな中域を引っさげて登場した新EXTRA BASSシリーズ。外観も従来からずいぶん印象が変わった。特にフラグシップのMDR-XB90EXの力強い外観は何かの主張が感じられる。その変化の<心>をデザインチームに訊いてみよう。お会いしたのはソニー・クリエイティブセンター・パーソナルオーディオデザインチームの勝又賢次氏である。
「前世代機は『夜のカラバリ』なんです。」夜のカラバリ!? 何だか聞きなれないフレーズだが、<深夜族御用達のカラーバリエーション>という意味らしい。つまり前世代機はクラブミュージックのイメージに忠実なグラマラスでグリッター(艶)感のある赤、青といった妖しい色彩を纏っていた。
「今回もエントリーのMDR-XB30EXはレッド、ブルーを含めた全4色ですが、MDR-XB60EXはブラック、シルバー、ゴールドの三色、フラグシップのMDR-XB90EXは高級感あふれる一色というカラーのラインアップです。」ラインアップが拡大した一方、今回の新EXTRA BASSシリーズは色彩が整理されてストイックというか硬派な印象だ。
「EXTRA BASSシリーズは音質の進化と変化を造型に込めています。最初のEXTRA BASSはクラブで浴びる重低音をマッス〜量感で表現しています。迫力の重低音をイメージした造型表現だったのですが、今回は重低音の質が進化を遂げています。低域のピークが下がった一方、より追従性の高い俊敏な低音が出ているので、量じゃなくて引き締まった重さと密度が特長です。シリーズ全体のイメージリーダーMDR-XB90EXがもっともわかりやすい例です。」16mmの大口径ドライバーを採用したフラグシップMDR-XB90EXは、重低音好きでなくても、音楽ファンやオーディオ好きなら初めて目にした瞬間、これを持っていたい、と思わせる何かいい音を予感させるサムシングがある。
デザインする上で、『高比重』というキーワードをフィルターに通しながら考え、シリーズ全体に統一したイメージを落とし込みました。前モデルはEXTRA BASSシリーズをより浸透させる為に、装着している人を遠めに見て『あっ、EXTRA BASS』と分かるようなアイコニックなデザインを採用していました。全モデルで造られた世界観がベースにあるので、今回は音の進化そのものをデザインテーマにしました。」「単純に低音が大盛り(笑)じゃなくて引き締まった重さです。同じ大きさでも発泡スチロールとプラチナかではまるで重さが違うでしょう? 鉄がプラチナに変わって持った瞬間わかるあの重さの実感を視覚に込めました。造型上、円筒形とハウジングの円盤が一体になって滑らかに結ばれていますが、クラブの箱に音が溢れて滔々と流れ出しているイメージを角のない有機的なデザインで表現しました。従来のシンプルな造型からより有機的なモーフィング過程を入れて複雑で洗練された動きの造型に変えたわけです。」
その一方、フラグシップで16mmのドライバー搭載のMDR-XB90EXはメカニカルでクール。年季の入ったファンにも<ソニーのオーディオ>を強烈に感じさせる密度感、凝集感を発散している…。
「16mmの大きなドライバーを使っているのでユニットに対してハウジングを無駄に大きくしないことを心掛けました。ミニマムコンパクトがもう一つの特長です。」MDR- XB90EXをぱっと見るとこんなでかいものが耳に入るのか、という迫力のアピアランスだが、実際に耳に装着すると大きさを忘れてしまうのだ。まるで耳に入っていると思えないくらい自然なフィット感である。
「音質同様に、追い込んで追い込んでコンマ何ミリまでこだわった結果です。付けてみると思いの外タイトにフィットするという印象を持たれたなら、引き締まった低音イメージと結びついたので成功したと思います。」
今回の新EXTRA BASSシリーズ開発陣インタビューを通じて、謙虚で熱いエンジニア魂に打たれた。音響設計からデザインまで伺えるものは、響きに耳を澄まし一音をも揺るがせにしない真摯で正攻法のオーディオ作りである。それは一朝一夕のものではない。ソニーのヘッドホンには40年以上の歴史がある。長いスパンでノウハウを積み上げないと人間の聴覚と直接コンタクトするヘッドホン/イヤホンの優れた製品は作れないのだ。同時にソニーには音楽から映画、ゲームまでのエンターテインメントのコンテンツ資産がある。ソフト会社として過去の音楽の流行を生み出し一方それをオーディオメーカーとして受け止めてきたストーリーがある。そんなヘッドホンメーカーは世界でソニーだけである。
ソニーの音響メーカーとしての歴史が時間軸、裾野の広がりが空間軸、両方が切り結ぶ一点に新EXTRA BASSシリーズが今誕生し輝きを奏ではじめた。そのまぶしさを実際に手にして聴いて確かめていただきたい。