取材:岩井 喬
MDR-1Rと同じコンセプトによる音質、デザイン、装着性を身にまとったBluetooth機能搭載ワイヤレスヘッドホンMDR-1RBTとノイズキャンセリングヘッドホンMDR-1RNCである。こうした機能の付加価値を加えたモデルは同じシリーズ内で完結させず、全く別のプロダクトとして発表されることも多い。これは各々の機能性を盛り込むがゆえにレギュラー機の音質まで追い込むのが難しい側面があるからだ。しかしMDR-1シリーズは敢えてそのハードルに挑み、乗り越えた。MDR-1Rと同一デザイン性と音質の統一感、優れた装着性を持つMDR-1RBTとMDR-1RNCはそれぞれの分野でもトップクラスの性能を有する実力モデルとして誕生している。まずはBluetooth機能搭載ワイヤレスモデルMDR-1RBTの開発統括に当たったソニー ホームエンタテインメント&サウンド事業本部 V&S事業部 PE1部4課の金子幸男氏にその特徴を語っていただこう。
「MDR-1RBTは“ワイヤレスで極める”というテーマ性を持たせたプロダクトです。当然のことながらMDR-1シリーズということで“音を極める”というテーマも内包させていますが、Bluetoothは技術規格ですから、その中でも最新のBluetooth3.0を採用して先進性を持たせています。さらにもう一つは“バッテリー寿命を極める”こと、そしてBluetoothの煩わしいセッティングを回避する“使い勝手を極める”という4つのテーマで作りました。」
一般的にBluetoothの設定は初期のペアリングを行う段階でメニューから無線機器の設定などを踏む必要があり、初心者にはややハードルが高いといえる。MDR-1RBTでは手軽に設定できる至近距離無線通信NFC(Near Field Communication)に対応している。今後NFCに対応したスマートフォンがさらに普及することを踏まえ、音楽プレーヤーとしてのスマートフォンからワンタッチでペアリングや接続ができるようにするための取り組みとして導入を決めたという。使用に当たってはGoogle PlayからNFC接続用アプリのインストールが必要となるが、Android2.3.3以降若しくは4.0.xのNFC対応スマートフォンやおサイフケータイ(Felica搭載携帯)でもワンタッチ接続(対応スマートフォンとMDR-1RBTをタッチさせるだけで簡単にペアリングから接続、切断、対応機器の接続切り替えができる)で簡単に設定できるようになる。
さらに音は通常Bluetoothのメリットの一つであるデジタル伝送であることに加えて、DSPを積み、“ウォークマン”でも採用されている独自の高音域補間技術DSEE(Digital Sound Enhancement Engine)やソニーならではのデジタルアンプ技術S-Masterなどを活用。フルデジタルで処理することで理想的な音質を作り出すことができるようにしている。ちなみにDSEEはMDR-1RNCとともにヘッドホン用に改良された最新バージョンが積み込まれた。圧縮音声で途切れてしまう16kHz以上の成分をクリアに補償するとともに時間領域の改善を行っている。自然界の音はだんだん減衰していくが、圧縮アルゴリズムではある程度の音量となるとすっかり音が消えてしまう。そこでDSEEにより、曲中の楽音の不自然な立下りに対して元の音からカットされてしまった成分を類推し補正を行うのだ。これにより音の消え際の再現性が良くなり、微細な余韻も短くなることなく、潤いのあるサウンドとしてくれるのである。そして電池がなくなった場合でもパッシブ動作でヘッドホンを使用できるようケーブルも同梱されている。これは従来機にはなかった機能であるが、実は音質面にも高く貢献しているようである。
「Bluetooth規格で周波数特性の上限は20kHzとなりますが、電源をOFFにして通常のヘッドホンとして使用する際はMDR-1Rと同じΦ40mm液晶ポリマー振動板採用ドライバーを搭載しているので、80kHzまでの特性をダイレクトに味わうことができるのです。Bluetoothモデルでも音質に妥協することのない作りとなっています」と金子氏。
ワイヤレス機ということでは電池寿命も気になるところだが、MDR-1RBTは完全充電後、約30時間もの長時間使用が可能となっている。通勤で片道一時間半かかる金子氏も「従来機は満充電で約17時間使えたが、一週間で15時間使用する私の環境ではギリギリという状況でした。しかし今回は高音質になった上、一回充電で30時間持つようになったので通勤のお供として安心して持ち歩けます(笑)。」とご機嫌の様子。サイズ感や重量もかなりMDR-1Rと近い作りとなっているので取り回しも良い。実際にプが一体化した構造も幸いし、高鮮度でヌケ良いダイナミックな音を楽しめた。従来のやや寝ぼけたBluetoothヘッドホンのサウンドとは一線を画す新たなワイヤレスヘッドホン像を作り上げたといっても過言ではないだろう。
続いてはノイズキャンセルモデルMDR-1RNCである。開発を統括したのはソニー ホームエンタテインメント&サウンド事業本部 V&S事業部 PE1部4課の鬼頭和久氏だ。
「目指したのはノイズキャンセリングヘッドホンとしてキャンセリング性能世界一を目指しながら高音質を実現すること。片耳あたりふたつのマイクを用いたデジタルデュアルノイズセンサーテクノロジーによるノイズ集音機構、と液晶ポリマー振動板を用いたφ50mmの大型ドライバーがこれらの要求を高い次元で実現させました。」と鬼頭氏。ハウジングの内側に設けられたフィードバックマイクとハウジングの外側に設けられたフィードフォワードマイク、さらにソニー独自のDNC(デジタルノイズキャンセリング)ソフトウェアエンジンを組み合わせることにより約99.7%(当社測定法による)の騒音低減率を達成した。ハウジング内外に設けられたノイズセンサーを採用するモデルは他にも存在するが、卓越した高い精度を誇るデジせた製品はMDR-1RNCオンリーである。従来機に搭載されたAIノイズキャンセリング機能もフルオート処理となり、ユーザーは操作の煩わしさを感じることなく静寂な環境での音楽リスニングが可能となった。
サウンド面では従来モデルよりさらに高分解能になったデジタルイコライザーに加えMDR-1RBTにも搭載されているDSEEやヘッドホン用にあつらえたS-Master フルデジタルアンプも装備しており、優れたデジタルプロセスによるサウンド再生を実現。ドライバー径が大きいサイズとなっている点はノイズキャンセリングヘッドホン特有の音響系の作りに由来したものだ。ノイズキャンセリングヘッドホンは音楽を再生すると同時に周囲のノイズを低減してくれるわけだが、世の中のノイズは想像以上に大きなもので、それらを確実にキャンセルしようとすると当然のことながら大きな音を作り出してキャンセルさせなくてはならない。限られた電源でどれだけ大きな音が出せるかも大きな課題であるが、世の中のノイズは低域に偏っており、ノイズキャンセリングヘッドホンは低音感度の高い音響系、つまり低音が良く出る作りにしなければならないのだ。
「ノイズキャンセリングヘッドホンとしての音響設計の特殊性、これをきちんと守りながらシリーズとして統一されたデザインの共通テーマ、そして音の世界を実現していくという点で苦労は多かったです。」と設計の難しさを語る鬼頭氏。このノイズキャンセリングのための音響系やフィルター制作でもかなり時間がかかったということであるが、イギリス行きのためにない時間を無理にでも作って設計に当たったそうだ。「ロンドンの戦いの中苦労して作り上げられた経験はこのセットの中に生きています。」と鬼頭氏は満足そうに完成度の高さを語ってくださった。
これほどまでオリジナルのパッシブモデルのサウンドを尊重して作り上げられたワイヤレス&ノイズキャンセリングヘッドホンには出会ったことがない。モダンな新しさの中に普遍性を併せ持つ独自のフォルムとソフトな装着感をそのままに、細部にわたってMDR-1Rに揃えられた作りとしたことで、住環境や趣向も様々なミュージックラバーに対しても広く対応できる付加価値を用意することができたわけだ。こうしてMDR-1シリーズそれぞれの特長やこだわりを開発陣から伺ってきたわけだが、ベーシックなスタイルであっても、あるいはケーブルの煩わしさから解放されたワイヤレス環境でも、街中や室内の様々な喧騒を静めてくれるノイズキャンセリングの世界でも、“好きな音楽を快適に、よりよい音で楽しめるようにすること”を揺るがない到達点としていることがよく理解できた。王道たる“1”の称号を持つMDR-1シリーズは、ミュージックラバーのユーザーがそれぞれの生活シーンに合わせてチョイスできる、音楽再生ツールの決定打となるヘッドホンシリーズといえるだろう。