株式会社WOWOW 様
WOWOWでは、2021年3月に予定する、4K放送の開始に向けて、ノウハウの蓄積とコンテンツの準備を兼ねて、積極的に4KやHDR番組の制作に取り組んでいます。4K HDRでの制作については、今回『連続ドラマW 坂の途中の家』で4作目となります。CineAltaカメラVENICEで撮影した6K素材を元に、4K HDRと4K SDRを仕上げています。このチームでの制作では、HDRとSDR、それぞれ全6話・全篇カラーグレーディングを行い、それぞれのベストを追求するという、とても贅沢で理想的な取り組みを行っています。
ワークフローとしては、VENICEを使用して3:2の6Kフルフレーム23.98p/S-Log3/S-Gamut3.Cineで撮影したものを、16bit X-OCN STフォーマットで記録し、ポストプロダクションに持ち込んでいます。IMAGICA Lab.でのポスプロ作業では、DaVinci Resolveでコンフォームとカラーグレーディングを行っています。また、エフェクト処理やタイトル編集も時にはグレーディングと並行作業で対応を行い、一部屋で完結するフローを採用しています。
モニタリングについては、テストや先行予告の制作段階では30型4K有機ELマスターモニター「BVM-X300」を使用していましたが、本篇の仕上げに導入が間に合ったため、31型4K液晶マスターモニター「BVM-HX310」を使うことにしました。
今回、BVM-HX310を導入して最も大きく変わったのが、HDRにおける強いハイライト表現です。全面フルで1,000nit表示が可能となりました。前作までは、BVM-X300の表現域まで輝度を抑えてHDRを調整するカットも多々ありましたが、今回はその制約から解放され、思い切った明るさの映像が作れるようになりました。結果、ハイライトレンジに長けるVENICEのポテンシャルを思う存分に生かすこともできました。特に全話のエンディングに出てくる「白い波」のシーンは、BVM-HX310でのモニタリングなくしては実現できないカットでした。
HDR/SDRの制作ワークフローとしては、SDRを作ってからHDRを作っています。作業済みのSDRグレーディングパラメーターに対して、予め用意したHDR用プリセットを一括に適用しHDR化します。このように、SDRの調整内容が生きた状態をスタートとして、HDRのカラーグレーディングを進めていきました。
HDRとSDRの視聴は短時間で行き来すると目がついていきません。今はだいぶ慣れてきたので同時に確認することもありますが、前作までは、翌日に持ち越したり、何時間かインターバルを取ったりしました。特にHDRからSDRへは順応に時間がかかります。一方で、SDRからHDRに切り替えると、その瞬間はものすごく色を乗せているように見えることもあります。
一般的なケースとしては、HDRを制作してからLUTを活用しSDRを作るとか、HDR→SDRの変換LUTをかけながらSDRをグレーディングすればHDRもある程度出来上がっている、というようなHDR先行型のワークフローを採ることが多いように思います。しかし、HDRを先にグレーディングした場合、HDRで作り上げた世界観が、制約の多いSDRの中にうまく落とし込めないケースがありました。今までこのチームで試行錯誤を重ねた結果、見慣れているSDRで先に世界観を固める方が作りやすいことがわかり、今はこの流れに落ち着いています。
当作品は全編4K HDR制作を行っていますが、4K HDRのカラースペースについてはITU-R BT.2020に準拠して作業を行っています。マスタリングフローとしては、4K SMPTE ST 2084(PQ)の16bit TIFFを保存用マスターデータとして生成し、そこから必要に応じて、LUT変換やフォーマット変換を行う形としています。
さらに、第1話だけですが、劇場上映用のHDRグレーディングも実施しました。こちらは放送開始に先立って行った、日本初4K HDRに対応したT・ジョイ博多Dolby Cinema™での特別試写会で上映しました。Dolby Cinema™は国内ではこれから広がっていくと思われますが、大きなスクリーンでのHDR上映は、とてつもない迫力があり、表現の広がりとして大いに可能性が感じられました。
BVM-HX310は、先行モデルのBVM-X300と比べ、液晶と有機ELという方式の違いはあれども、見え方はほぼ一緒で安心して使え、違和感なく移行できました。今回の作品ではBVM-HX310を通しで使用できましたが、ポストプロダクションでは、時には同じ部屋で作業を続けられない場合もあります。しかし、BVM-HX310とBVM-X300の見え方に違いがないので、途中で切り換える必要があっても問題なく作業できそうだと感じています。
強いて違いを挙げるならば、BVM-X300は艶があってきらびやかな、よく見え過ぎるくらいの印象。BVM-HX310は自然で落ち着きがあって、柔らかい印象です。有機ELに比べて、少し丸みがあって気持ちがよく、ややしっとりと見えるところが、この液晶モニターの美点かと思います。
さらに画面サイズは、BVM-X300に比べてBVM-HX310は1.6インチほど大きくなっており、数字以上にHDRの迫力と奥行きが豊かに表現されているように感じます。
HDRの制作を重ねるにつれて、SDRを先行してHDRを作りあげるフローだけでなく、いろいろと見えてきた部分があります。
例えば、今は白にも色を付けるといった演出も多くなっていますが、画を見ていると次第に人間の目は慣れてきます。それがHDRだと、より深くその光の色に目が慣れる、言い換えるとホワイトバランスが取られる傾向があり、演出としての色の表現が次第に薄れて感じてくることがあります。作品を頭から通しで見るとごく自然に見えても、映像を止めて見直したり、シーン同士を比較すると全く異なる印象に映ったりと、人間の目での正確な判断の難しさに直面することがあります。今はまだまだ十分なノウハウがない状況ではありますので、このようなHDRならではの特長と向き合い、さまざまな試行錯誤を繰り返しながらセオリーの確立を目指しているところです。
今回は、参考のためにHDR対応4Kテレビも並べて作業を行いました。民生テレビは、特に標準の設定にして比較すると、メーカーや機種ごとに見え方や特長はさまざまです。ハイライトも1,000nitを表示できない機種が多いものと思いますが、出しきれないハイライトを丸めて違和感のない表現をするなど、表示性能に対して適切な信号処理がなされているものと思います。そんな現状の中、1台のテレビの傾向から何かを判断するのは難しく、今後もデバイスが進化していくことや、将来的な表示技術の更新やフォーマット変換などを視野に入れ、本作品のマスター素材はBT.2020/ST 2084/TIFF 16bitで作成し、保存しています。
モニターのサイズや配置についても発見があります。4Kなど高解像度化してくると、繊細な評価のためにはモニターにより近寄って見たくなります。必然と30インチクラスのモニターも真正面に置いて1人で見たくなります。複数人で見ようとすると、手前に寄せた分、角度がついてしまいますので、視野角への要求も厳しくなってきます。モニターの台数や配置、編集室のレイアウトなども4KやHDR化で変化が求められていると感じています。
今回導入したBVM-HX310はハイライト輝度、コントラスト比、色域、どれをとっても、現状で業界最高クラスのマスターモニターです。しかし、これからもソニーのマスターモニターには、さらなる高輝度のHDR、さらに広い色域、さらに広い視野角など、より理想的なワークフローを実現してくれる進化を期待しています。
取材日:2019年5月中旬
株式会社WOWOW 様
日本国内を放送対象地域とする、放送衛星(BS)による有料放送を行うテレビ放送局。視聴契約者を対象とした、ネット同時配信もスタートしたほか、見逃し視聴サービス(オンデマンド配信)も提供している。「大人の鑑賞に耐える良質なコンテンツの提供」をモットーに、コンテンツの自社制作にも積極的に取り組んでいる。フラッグシップチャンネルの「WOWOWプライム」、スポーツやステージなどを中心とした「WOWOWライブ」、映画やドラマを中心とした「WOWOWシネマ」のHD3チャンネルでの放送を提供中。2021年3月からは4K放送を開始予定。