ソニーはワイヤレスヘッドホンのフラグシップであるヘッドバンド型の新モデル「WH-1000XM3」を開発した。従来モデルでも業界最高クラスのノイズキャンセリング性能を誇っていたが、今回新たに開発した「高音質ノイズキャンセリングプロセッサーQN1」を搭載したことで、さらに大きくノイズキャンセリング性能を向上させたとともに、音質も強化した。その開発にはどんな思いが込められていたのか、開発者に聞いた。
――今回1000Xシリーズとしては第3世代になりますが、これまでの経緯とWH-1000XM3での進化点について教えてください。
新開
初代のMDR-1000Xのときは、業界最高性能のノイズキャンセリングおよび、ワイヤレスでもハイレゾ相当というコンセプトでヘッドホンを開発しました。また、『外音取り込み(アンビエントサウンド)モード』や瞬時に周囲の音を聞くことができる『クイックアテンションモード』といった、従来のヘッドホンにはなかった機能も初代で搭載しています。第2世代のWH-1000XM2では、初代から搭載していた、ノイズキャンセリングを個々の装着状態に応じて最適化する機能『NCオプティマイザー』において、気圧変化に対する改善を行いました。飛行機に乗った際、上空で気圧が変化しても、最適な状態でノイズキャンセリングを行えるようになったのが特長です。さらに、「Sony | Headphones Connect」という専用アプリケーションを使うことで、外音取り込みの量を、スマホのアプリからコントロールできるようになったり、『アダプティブサウンドコントロール』というユーザーの行動に合わせて自動でノイズキャンセリングや外音取り込みモードの切り替えを行う機能を搭載したりするなど、アプリケーション部分にも力を入れて進化させました。
そして、第3世代のWH-1000XM3では、もう一度基本に立ち戻って、ノイズキャンセリング性能を上げるということと、より長時間使用できるように装着性を向上させることに注力しました。もともと初代から業界最高クラスのノイズキャンセリング性能をコンセプトとしているので、それをさらに強化する形で開発を行いました。そんなノイズキャンセリングの核となっているのが、今回新しく開発した「高音質ノイズキャンセリングプロセッサーQN1」です。
――ノイズキャンセリングの核となっているのが「高音質ノイズキャンセリングプロセッサーQN1」とのことですが、これはどんなもので、開発にはどういった経緯があったのですか?
柏木
「高音質ノイズキャンセリングプロセッサーQN1」は、外部の騒音をデジタル化するADコンバーター機能、ノイズキャンセリング処理を行うためのプロセッサー機能、処理結果を出力するためのDAコンバーターおよびアンプ機能を備えるデバイスです。同プロセッサーの開発は、2年前に初代MDR-1000Xを発表した頃から始まりました。MDR-1000Xの開発を終えた際に、従来のプロセッサーでできるノイズキャンセリング処理は、すべてやり切ったと感じ、さらに性能を向上させるために、新しいプロセッサーを作る必要があると思いました。
そこで、より高い処理能力を持たせ、従来よりも高度なアルゴリズムを使ってノイズキャンセリングをすること、内蔵するDACやアンプの性能を上げることの、2つに重点を置き、開発を行いました。そうして完成した同プロセッサーにより、従来のノイズキャンセリング性能を大きく上回る製品を作ることができました。
――そもそもノイズキャンセリングとは、どういった仕組みで行われているのか教えてください。
柏木
端的にいうと、ヘッドホンに搭載しているマイクで周囲の騒音を拾い、そこから逆位相の信号を作り出してドライバーから再生することで、騒音を打ち消す仕組みになっています。
言葉でいうのは簡単ですが、実はこの部分がとても難しいんです。入ってきた信号と同じ振幅で、ちょうど逆位相の信号を作らなくてはならず、これが少しでも振幅が違っていたり、位相がずれていたりすると、消し残りができてしまいます。だからこそ、いかに高精度な逆位相信号を作るかがポイントになります。この「高音質ノイズキャンセリングプロセッサーQN1」
では、デジタル処理により、高精度な逆位相信号を作り出しています。
――「高音質ノイズキャンセリングプロセッサーQN1」にはDACとアンプも内蔵とのことですが、この部分についてもう少し詳しく教えてください。
柏木 ノイズキャンセリングのためというところからお話しすると、逆位相信号を再生するときに、ヘッドホンアンプで歪んでしまったり、ノイズが付加されてしまったりすると、ノイズキャンセリングの性能に影響が出てしまいます。そのためできる限り低歪でノイズも少ない回路を採用することが重要です。「高音質ノイズキャンセリングプロセッサーQN1」では、モバイル向けとして最高クラスのS/N比、低歪率を実現するDACとヘッドホンアンプを搭載しています。また、合わせてプロセッサー部分も以前より多くの信号処理を行えるようにしたことで、高いノイズキャンセリング性能を実現しています。DACとアンプの高性能化は、ノイズキャンセリング性能だけでなく、 ヘッドホン自体の音質にも寄与しています。
――低ノイズ、低歪みが音質にも寄与しているとのことですが、具体的にどういった効果があるのでしょうか?
新開
音質の違いを感じられるポイントは2つあります。1つ目はノイズが少なく、歪みも少ないことで、これにより音がクリアに聞こえるようになっています。32bitの信号処理を採用することで、より正確な音を再現できるようになったというのも高音質化という面で、大きく寄与しています。2つ目は、ノイズキャンセリング性能が上がったことにより、外部の騒音によって音楽がマスキングされづらくなったことです。その結果、全体的によりクリアな音で楽曲を楽しむことができます。
また、音のチューニングという点では、楽器の音色がより自然に聞こえるよう、中低域や中高域のバランスを整えています。1000Xシリーズは、ジャンルを選ばずにさまざまな音楽を楽しめる音作りを行っています。ロックやポップスだけでなく、ジャズやクラシックまで、幅広くお楽しみ頂けるかと思います。
――一方で、NCオプティマイザーも進化しているとのことですが、これは従来と比較して、どう変わっているのでしょうか?
新開 NCオプティマイザーは、どんな方に対してもノイズキャンセリング性能を最大限に発揮できるように、ヘッドホンを装着した状態をヘッドホン内のマイクで検出して、最適化する機能です。たとえば、髪が長い方や眼鏡を掛けている方、ちょっとずらして装着している方だったりと、さまざまな装着スタイルで使用する方がいますが、装着方法の違いにより、場合によっては最高のノイズキャンセリング性能が得られないことも起こります。そうした問題を軽減させるために、さまざまな方に対してノイズキャンセリング性能を最適化しています。そして、気圧に対しても考慮したのが第2世代です。そして第3世代のWH-1000XM3では、「高音質ノイズキャンセリングプロセッサーQN1」により処理能力が向上したので、調整幅が柔軟になり、よりその方に合わせた最適化ができるようになりました。
――NCオプティマイザーと同様に、初代から搭載されているデュアルノイズセンサーテクノロジーは、1つのマイクの場合と比較してどんな効果があるのでしょうか?
新開
デュアルノイズセンサーテクノロジーは、2012年発売のMDR-1RNCから搭載されており、ヘッドホンの外側と内側に配置した2つのマイクで騒音を集音しています。フィードフォワード方式の外側のマイクは外部の騒音を集音し、耳に到達するまでの間にプロセッサーが逆位相の音を作っています。
フィードバック方式の内側のマイクは耳の近くに実際に届いている騒音を分析することで、装着状態によりイヤーパッドなどの隙間から漏れ込んだ騒音も消すことができます。この2つの方式の組み合わせにより、逆位相の音を高精度に生成することができ、高い騒音低減率を実現しています。
――充電がより速くできるようになり、10分の充電で5時間の再生を実現しているとのことですが、その詳細を教えてください
柏木 充電を速くするために、大電流で充電を行うと、発熱の問題がありますが、WH-1000XM3では充電回路の効率化を図ることで、充電電流を大きくすることができました。対応する充電器を使うことによって、10分の充電で5時間の再生が可能になりました。
――その他に機能面で強化された点はありますか?
柏木 従来機の場合、Bluetooth接続が切れると、一定時間後に自動で電源OFFになる仕様になっていましたが、今回からアプリ側で、自動で電源OFFにならないように設定できるようになりました。これによって、音楽は聴かずにノイズキャンセリングだけを行うことが可能になっています。また、左側のハウジングにマイクを複数搭載したことにより、ハンズフリー通話の音質も向上しています。